第五十三章 侵入

 聖哉がアデネラ様達と修行を開始した翌日、ふとイシスター様にお礼を言ってなかったことを思い出した私は、急いでイシスター様の部屋へと足を向けた。


 ノックをして、扉を開けると同時に頭を下げる。


「すみません、イシスター様! お礼を言うのが大変遅れまして……」

「いえいえ。いいのですよ」


 予想通り、イシスター様は私を咎めたりはしなかった。木の椅子に腰掛け、編み物をしながら、優しい顔でニコニコと微笑んでいる。


「記憶を残したままの勇者召喚――これが私に出来るせめてもの応援です。後はリスタ。アナタと竜宮院聖哉に託します」

「本当にありがとうございます!!」


 心の底から感謝の意を伝えると、イシスター様は編み物を止め、私の顔を見詰めた。


「本当はもっとアナタ達の力になってあげたいのですが……イクスフォリアのことを考えると、頭の中にもやが掛かったような感覚になり、近未来が見通せないのです。ゲアブランデの魔王も私の予知の力を阻む魔力を持っていましたが、今回はそれ以上です」


 そしてイシスター様は少し顔を引き締める。


「勇者を倒し、世界を滅ぼした魔王は邪悪なる次元からの恩恵を受けます。魔王のみならず、イクスフォリアに住む魔物達も他の異世界のモンスターと比べようもない程に力を増しているでしょう。加えて、この度のイクスフォリア攻略にアナタの治癒の力は使えません。非常に厳しい戦いになるのは容易に想像がつきます。ですが、」

「聖哉がいるから大丈夫です!!」


 言葉の途中、笑顔で宣言すると、大女神は「ホッ、ホッ」と声を上げて笑った。


「そうですね。過去の後悔を経て、竜宮院聖哉は肉体的な強さだけでなく精神的な強さも併せ持つ、稀に見る逸材となりました。ただあの子にも弱点はあります。早すぎる成長スピードは、長所でもあり、また短所でもある。ゲアブランデの時のように、いずれまた能力値に限界が来るでしょう。それでも、あの子ならそれを乗り越え、イクスフォリアを救ってくれる……アナタと同じように、私もそう信じていますよ」


 イシスター様は慈愛に満ちた微笑を見せた。


「リスタ。今回は難度SS世界。出発の準備が完全に整うまで、竜宮院聖哉には統一神界にて修行をして頂いて構いません」


 大女神のご厚意に再び頭を深く下げた後、私は部屋を出たのであった。






 イシスター様と話した後、私は気持ちを新たにしていた。聖哉が優しくなったからといって、いつまでも惚けている訳にはいかない。今回、私の能力である治癒は使えない。ならばそれに代わる何かを身に付けておきたかった。愛する聖哉の役に立ちたい、と痛烈に思い始めたのだ。


 とりあえず、聖哉が修行している間、私はアリアにイクスフォリアのことを尋ね、リサーチすることにした。私にとっては記憶の無くなった世界だが、アリアには鮮明に刻印されている筈だ。失敗した世界のことを聞くのは気が引けることであったが、攻略の為には避けては通れない道だった。


 最初、語るのを戸惑っていたアリアは、しかし、訥々と言葉を発した。


「リスタ。私はね……今でも事あるごとにイクスフォリアのことが気になって、水晶玉で見てしまうのよ……」


 アリアが見る水晶玉の光景は凄惨なものだという。現在、イクスフォリアは完全に魔王の支配下にあり、その大陸のほぼ全てが魔王の配下によって統治されている。そして人間達は、奴隷、家畜……あまつさえ玩具や食料にされているとのことだった。


「今回、イシスター様が魔王の魔力の隙を突き、どうにか出発地点として選んでくださったのが『ガルバノ』という町よ。この町は基本的に従順な奴隷を作り、排出する町。だからそこに住む人間達は比較的、まともに生活しているわ。と言っても食料や玩具にされない程度だけれど……」

「今回はそこからスタートするって訳ね」


 私は頷きながらメモを取っていた。気付くと、アリアが相好を崩している。


「とても熱心ね。最初はどうなることかと思っていたけど……その様子なら安心だわ」

「ん。私も聖哉の役に立ちたいからさ」


 しばらくアゴに指を当てて、考え事をしていたアリアは、何事か閃いたように軽くポンと手を打った。


「そうだ、リスタ! 『鑑定』のスキルを教えてあげる! 道具や装備なんかの状態を把握する力よ!」

「鑑定? い、いるかなぁ、そのスキル……」

「イクスフォリアは魔王に支配されている世界。普通の異世界のように、人間がやっている武器屋や道具屋なんか滅多に存在しないわ。武器や道具は自分達でどうにか工面するしかないの。鑑定スキルは絶対に役に立つ筈よ」


 覚えられるかと不安だったが、コツを掴めば習得は、さほど難しくはなかった。ステータスを能力透視する感覚で対象となる物体を見ればいいのだ。二日経ってから、私は鑑定スキルをマスターした。


 試しにアリアの部屋にあった花瓶を鑑定してみる。


『花瓶――花を挿す容器。この花瓶は神界の珍しい陶器で出来ているようだ。売れば高価で取引されるだろう』


 そんな文言が私の脳裏に浮かんだ。


 うん! 聖哉の世界の人達が遊ぶゲームみたいで、ちょっと面白いかも!


「文体なんかの細部は調節出来るの。カスタマイズしてアナタ好みの鑑定能力にするといいわよ……」




 ――ふふっ!! 聖哉、誉めてくれるかな!?


 アリアの部屋を出た後、スキップして召喚の間へ向かう。扉を大きく開くと、へばって倒れたセルセウスの隣で、聖哉は滝のような汗を流しながら、アデネラ様と木刀を打ち鳴らしていた。


「リスタか」


 私を一瞥すると、聖哉は稽古を止めた。


「あっ、ご、ごめん! 練習の邪魔だったよね?」

「いや、別に構わん」


 ああ……相変わらず優しい……!


「あのね! アリアに鑑定のスキルを教えて貰ったの! 有効な道具や武器を見極めることが出来るんだ!」

「それは助かる。頑張ったな」


 誉められて、頭がほわんとした。頑張って覚えて本当によかった!


 そして不意に、あることを思い付いた。


 ――こ、このスキルで、聖哉を鑑定したら一体どうなるのかしら?


 私はこっそり聖哉に対して鑑定スキルを発動した。『私の一番知りたい聖哉の鑑定情報を映したまえ』……そう念じながら。


 すると私の視界に以下のような情報が提示された。



 ★リスタのドキドキ恋鑑定★

 ◎彼とアナタの愛情度は? 『90点』 

 ◎彼にとってアナタは? 『大切な存在』

 ◎一言アドバイス!  『このまま行けばきっと近々ゴールインよ!! がんばって!!』



 うおおおおおおっ!! 鑑定スキルすっげええええええ!! 90点とか、もう相思相愛じゃん!! しかも、このまま行けばゴールイン!? つーか、一言アドバイスって、私の潜在意識が私自身にアドバイスしてんの!? よ、よく分かんないけど……とにかく鑑定スキル、SUGEEEEEEEEEEEE!!


 私の視線に気付いた聖哉が首を捻る。


「うん? どうした?」

「い、いえ、別に! オホホホホッ!」

「ひょっとして俺のステータスが見たいのか?」

「あ、うん。それはすごく見たいけど……」


 情報漏洩を恐れ、前回、聖哉はステータスを私に見られるのを極度に嫌がっていた。厚い偽装のスキルで執拗に能力値を隠していたのだが、


「リスタならば構わん。見せてやろう」


 イエスッ!! ゴールイン間近の私達には、もうそんなことは関係ないのだ!!


 私は能力透視を発動させ、偽装のスキルを解いた聖哉のスキルを垣間見た……。



 竜宮院聖哉りゅうぐういん せいや

 Lv51

 HP145683 MP25622 攻撃力72888 防御力67693 素早さ65007 魔力28765 成長度669

 耐性 火・氷・風・水・雷・土・毒・麻痺・眠り・呪い・即死・状態異常

 特殊スキル 火炎魔法(LvMAX)爆炎魔法(Lv8) 魔法剣(Lv9)獲得経験値増加(Lv15)能力透視(Lv18)偽装(Lv20)合成(Lv7)

 特技  ヘルズ・ファイア地獄の業火

     マキシマム・インフェルノ爆殺紅蓮獄

     フェニックス・ドライブ鳳凰炎舞斬

     フェニックス・スラスト鳳凰貫通撃

     エターナルソード連撃剣

 性格 ありえないくらい慎重



「も、もうこんなに……!!」


 攻撃力は七万超え、HPも十五万近い。難度C程度の異世界ならこのままで充分、攻略出来るステータスである。いくら難度SSだろうと、もうそろそろ出掛けて全然良いと思うのだが、それでも聖哉は首を横に振る。


「まだだ。せめて竜王母を倒したレベルまで上げたい」

「そ、それってMAXまでレベルを上げるってこと!?」

「うむ。だが問題はその後だ。どうにかして限界を超えなければ、前回同様、イクスフォリア攻略は手詰まりになるだろう」


 イシスター様が懸念していたことを、やはり聖哉も悩んでいた。限界を超える為にも、とにかく上限まで上げなければ話にならない。なので聖哉は早くレベルをMAXまで上げたいのだろうと私は推測した。


「ちなみに飛翔のスキルやアトミック・スプリットスラッシュ原子分裂斬ウインド・ブレイド裂空斬等の特技が付与されていないが? 以前はもっと低いレベルで身に付いていたと思うのだが、これは一体どういうことだ?」

「救う世界の基準に合わせて、スキルや技が変化するの。イクスフォリアは飛翔のスキルが習得出来ない世界のようね。それに魔法体系もゲアブランデより細分化されているようだわ。今回、聖哉は火炎系の魔法しか使えないみたい」

「それは厄介だな」

「うん。こういうところも難度SSたる所以ね。でも逆にゲアブランデには無くて、イクスフォリアで新しく手に入るスキルや技もある筈だから」


 話し終わった後、聖哉はアデネラ様と稽古を再開した。セルセウスと違い、アデネラ様はタフらしく、疲れた様子も見せず、聖哉と激しく剣を交わしている。


 そんな光景を目の当たりにして、またしても私はウズウズとし始めた。鑑定スキルだけでなく、もっともっと聖哉の為に何かしてやりたい。


 ――そうだ!


 突如、アイデアが舞い降りた。聖哉を絶好のポジションから開始させる為、門の調整をしようと思ったのだ。


 初めて行く世界ということもあって、実際に門を出して見なければ、下位女神である私には微細な出現位置の調整が出来ない。聖哉達から離れた場所で呪文を唱え、異世界イクスフォリアの門を出現させた。


 ふと聖哉が私の方に視線を向けていた。


「おい。リスタ。何をしている? まだ準備は整っていないが?」

「ああ、コレ? 調整よ! 始まりの町の中でも、より安全な位置に門を出したくて!」

「その気持ちは嬉しいが……まさか扉からいきなりモンスターが出て来たりはするまいな?」

「心配しないで! 強力な結界を張ってるの! 絶対に大丈夫よ!」


 しかし、


『ぎぎぎぎぎ……』


 門が勝手に音を立てて開かれる。


 ――え。


 驚くより何より、ただ茫然自失として私は自動的に開かれた門を見詰めていた。


 そこには狼の顔をした獣人が立っていた。筋骨隆々の体躯は銀色の体毛で覆われている。同居人が気兼ねなく部屋に入って来るような、あまりにも当然で自然な光景だった。


「初めまして。別次元の女神様。そして、さようなら」


 発された低い声の人語を聞き、ようやく生命の危機を感じた時にはウェアウルフ狼男の鋭い爪が私の首筋に突き立てられようとしていた。

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