2.救世難度SSイクスフォリア
第五十二章 再会と変化
統一神界の神殿内部にある、見渡す限り真っ白で広大な空間――『勇者召喚の間』で、私は弾む息もそのままに床に魔法陣を描いていた。
イシスター様に勇者リストを頂いた直後、私は息急き切って此処まで駆けてきたのだ。
召喚の為の呪文を詠唱しながら、そこに書かれている勇者のステータスを感慨深く眺める。どうにか泣きやんだ筈なのに、目頭が再び熱くなった。
ステータス初期化と同様に、きっと聖哉は私との冒険の記憶を全て無くしている……。でも、いいの。また会える。それだけで充分よ……。
そして私は召喚する勇者の名前を読み上げる。
やがて、魔法陣から光が溢れ、地上世界から一人の勇者が召喚された。
スラリとした高身長。爽やかな黒髪。凛々しいマスク。体から発散される男神の如きオーラ。部屋でくつろいでいたのだろうか。竜宮院聖哉は上下黒のルームウェアを着ていた。
もはや二度と会えないと思っていた勇者と私は、こうしてまた再会出来たのだ。
――聖哉……!
無意識に伸ばしかけた手を必死で抑えた。
ダメ! ダメよ、リスタルテ! しっかりしなさい! 聖哉は私のことなんて、もう何も覚えてないんだから!
自分に言い聞かせつつ、精一杯の笑顔を顔に湛え、背筋を伸ばした。どうにか女神らしい体裁を整えた後、改めて聖哉を見詰める。
もう一度、最初から始めましょ。ゆっくりと時間を掛けて。ね……聖哉。
そして。私は以前、聖哉を召喚した時と全く同じ台詞で語りかける。
「初めまして。私はリスタルテ。この統一神界に住む女神です。故あってアナタを地上から、この次元へと召喚しました。竜宮院聖哉。アナタこそ異世界『イクスフォリア』を魔王の魔の手から救う勇者なのです」
……訪れたのは当然の沈黙。突然、天上界に呼び出された聖哉は、あの時のように訝しげに私を見詰めていた。私にとってはデジャヴのような懐かしい感覚だ。
聖哉が遂に口を開いた。
「リスタ。お前は何を言っている?」
「……え?」
あ、あれっ? ちょっと? えっ? 今、リスタって言った? は? どうして?
「全く同じ台詞を以前聞いたが。それとも今のは勇者召喚の際、絶対に言わなければならない決まり文句なのか?」
な……な、な、な、な、な……!!
私は酸欠の金魚のように口をパクパクさせながら聞く。
「わ、私のこと……覚えてる……の?」
「当然だ。俺は健忘症ではないのだからな」
「う、嘘……!! 嘘でしょ……!!」
「本当だ。健忘症ではない」
「いや健忘症のことなんかどーでもいいよ!! それより、どうして!? 勇者召喚されれば、前の世界の記憶は消える筈なのに……!!」
「知らん。とにかく覚えている」
不意に、頭の中で先程のイシスター様との会話が蘇る。イシスター様は確かこう言っていた。
『今回は特例です』
つまり……つまり……イシスター様が聖哉の記憶をそのままにしてくれた……!? そ、それしか考えられないわ!! 何て素敵な、お計らいなの!!
私が感動に打ち震えていると、
「というか、ステータスが元に戻っているではないか。あんなに苦労したのにバカバカしい。どうにかならんのか、このシステムは」
聖哉は不満をタラタラとこぼしていた……が、それがまた聖哉らしくて……そんな相変わらずの勇者を見て、堪えていた衝動が堰を切ったように溢れ出した。
「うわああああああん!! 聖哉ああああああ!! 会いたかったよおおおおおお!!」
先程までの女神然とした態度をかなぐり捨てて、私は聖哉に飛び付くと、胸に顔を埋め、泣きじゃくった。
「あの時、魂まで破壊されちゃったかと思ったんだ!! もう二度と会えないかと思ってたんだ!! みんなの前で強がってても、ホントは辛くて辛くて仕方なかったんだよ!!」
散々泣き喚いた後、胸から顔を離す。すると、
「あ……!」
聖哉の服に私の涙の跡がいっぱい付いていた。いや涙だけならまだしも、鼻から出たやつとか、口から出たやつとか、とにかく色々と付着している。
げええええっ!? や、ヤバっ!! つい我を忘れてやっちゃったわ!! コレもう絶対、殴られるううううう!!
私は咄嗟に自分の頭を手でかばうが、聖哉は私を殴ったりはしなかった。
「あれ? お、怒らないの? 服に、すっごいシミ付いてるけど?」
「別にそのくらい構わん」
「えっ? いいの? な、何で?」
「……リスタ」
そして聖哉は真剣な顔で私を見詰めた。
「お前が必死になって俺を助けようとしてくれたことも覚えている。それに天獄門の代償で死ぬ間際、前世のお前が俺にとって大切な存在だったことも思い出したのだ」
「た、たいせつ?」
「そうだ」
「大切……わ、私が……?」
「そうだ。大切だ」
「私って……聖哉にとって……大切な存在なの?」
「そうだ。何度も言わすな。そもそも今回はお前の為にやって来たのだ。頭の中にイシスターの声が響き、お前が俺を救った罰としてゲアブランデよりも困難な世界の担当になったと言うからな」
「そ、そう……。えーと、あの、うん……ちょっとだけ待っててくれるかな……」
私は聖哉から見えないように顔を背けて、うずくまった。
ウッヒーーーーーーーーッ!? な、な、な、何よ!? 何なの、この展開はあああああああああああ!?
地獄から天国! 絶望から絶頂! 言いようのない幸福感が私を襲う! だが……それでも私は首を横に振った。
い、いや待って!! あんなこと言って、ホントはバカにしてるのかも!! そうよ、この男のことだから、油断させておいて突然、蹴ってくるかも知れないわ!! 試してみるのよ!!
ドキドキしながらも私は聖哉に近寄り、
「し、失礼します……!」
さりげなく聖哉の腕に自分の腕を絡めてみる。聖哉の表情に変化はなく、無言だったが、特に攻撃されることはなかった。
こ、こんなバカな!! 嫌がらない!? こ、これはもう確実に……いや、まだよ!! さらに検証してみましょう!!
腕を組んだまま、私は上目遣いで聖哉を見上げた。
「ねえ、聖哉。時間が取れたら、マッシュとエルルちゃんにも会いに行ってあげようよ? ホラ、二人とも温泉に行きたがってたよ?」
今までなら「知らん」などと言いそうなところだが、聖哉は即答する。
「そうだな」
はい、『そうだな』頂きました!!
「あの二人にも迷惑をかけた。会えるのならば、今すぐにでも会いに行きたい気分だ」
も、もう間違いない!! つ、遂に……遂に……
私の心の中で打ち上げ花火がゴージャスな大輪を咲かせていた。
遂にツンデレがデレやがったああああああああ!! 待っててね、マッシュ、エルルちゃん!! ラブラブになった私達を見せてあげるわっ!!
「だが、それは今回の目的を果たした後だ。今度の世界はゲアブランデより難度が高いのだろう? より入念な準備が必要だ」
途端、聖哉の目が鋭くなった。
「早速、修行を開始する」
「えええええっ!? い、いきなり!?」
「ああ。前と同じように、まずは此処で基礎トレーニングから始める」
そして聖哉は私に視線を送る。言われなくとも分かる。私に召喚の間から出て行って欲しいのだ。
「そ、そう。分かったわ」
やっぱりストイックなところは全然、変わってないなあ。ちぇっ。もっとラブラブしたかったのに……。
私は以前のように女神の創造の力で、簡易トイレやベッドなどを作った後、聖哉にブザーを手渡した。
「じゃあ、準備が出来たら知らせてね」
少し寂しい顔で出て行こうとした時。
「リスタ」
聖哉が私を呼んだ。
「後で、飯を頼む」
「……うんっ!!」
「ねえねえねえねえ、聞いてよ、アリア!! 聖哉ってば、すっっっごく優しくなったのよ!! もう殴ったり蹴ったり、乳を潰してきたりしないの!!」
「よ、よかったわね。っていうか今までそんなことされてたの……」
私は先輩女神アリアドアの部屋で、興奮しつつ、まくし上げていた。私の話を聞いて、アリアはクスリと微笑んだ。
「聖哉に記憶が残っているのはイシスター様のお陰ね。きっとリスタのことを考えて、最奥神界の神々に取り合ってくださったのよ。私も先程の失礼な物言いをお詫びしなきゃ。リスタも後できちんとお礼を言っておきなさい」
そこまで言って、アリアは急に眉間にシワを寄せた。
「ちょっと……リスタ? 聞いてる?」
「うん、うん! 聞いてる、聞いてる! イシスター様にお礼でしょ? 分かってるわよー!」
「ね、ねえ、リスタ。あまり本気になっちゃあダメよ? 昔は恋仲でも、聖哉は人間。アナタはもう女神なんだから」
「あははは! ヤダなあ! そんなの分かってるってば!」
「そう? ホントに分かってる?」
アリアは何故か深い溜め息を吐いた。
「心配だわ。本当は私も一緒に付いて行きたいのだけど。イクスフォリアはアナタにとって辛い思い出がある世界。今は忘れていても現地に行けば、きっと魂が反応して……」
アリアの心配を余所に、私は軽口を叩く。
「平気、平気! だって私にはラブラブで前前前世なダーリンがいるから! ……あっ、ヤダっ! もうこんな時間! 聖哉にご飯作ってあげなくちゃ! またね、アリア!」
「り、リスタ!? イシスター様にお礼は!?」
「ごめん! それ明日にする!」
私はアリアの部屋を出て、天界の厨房へと急いだ。
翌日。聖哉の朝食のおにぎりを作り、召喚の間へ向かっていると、セルセウスとアデネラ様が廊下に佇んでいるのが見えた。
「おはよう、セルセウス! 今日もいい筋肉ね! アデネラ様も目の下のクマがとっても素敵よ!」
快活に挨拶するとアデネラ様が呆れたような顔を見せた。
「す、すごい変わり様だな。ま、まぁ聖哉が生きていて、う、嬉しいのは分かるけど……」
だが、私のこのテンションはそれだけではない。実は昨日、夕食にシチューを作り、持って行った時、私はまたも聖哉の変化を検証してみたのだ。猛獣に餌をやるが如く、緊張しながら私は聖哉の口元にシチューの入ったスプーンを向けた。
『せ、聖哉! あ、あーん! あーん、してみて? ほら、あーん!』
……ものすごい緊張感だった。今にも正拳が飛来し、私の頭にめり込むのではないか。そんなマイナス思考が頭をかすめた。だが……聖哉はスプーンをパクリ。無言でシチューをモグモグと咀嚼した。
『お、おいしい?』
『うむ。うまい』
……そんなことがあったのだ。そして、今日も今からおにぎりを『あーん』させて食べさせるつもりだ。だからテンションが上がり、放っておけばひとりでに顔がニヤけてしまうのも仕方ない。
そんな幸せな私と真逆に、セルセウスは肩を落としていた。
「はぁ……あの勇者が戻ってきたのか。もしや、また修行の相手などさせられるのでは……はぁ……」
「大丈夫よ、セルセウス! 聖哉、前より優しくなってるから!」
「えっ! そ、そーなのか!?」
「そうよ! ゲアブランデで色々あって、聖哉だって成長したのよ!」
「そ、そうか……! うん? しかも、待てよ……! よくよく考えれば、奴のステータスは初期化されて、今は俺よりも弱い筈! そうだ、怯える必要などまるでなかったのだ! クククク……ハーッハッハッハッハッ!!」
バカ笑いするセルセウスの背後に、
「上機嫌だな。セルセウス」
勇者が腕組みをして立っていた。
「ハッハ……ハヒィィィィッ!?」
「おい、セルセウス。現在、俺がお前より弱いからと言って調子に乗らないことだ。すぐに追いついて二度とケーキを作れない体にしてやるぞ」
「な、な、何言ってんすか、ヤダなあ、もうっ! 調子なんか乗るわけないっすよ! それよりお帰りなさい、聖哉さん! 本日もお勤めご苦労様です!」
さっきの勢いはどこへやら。セルセウスは揉み手で聖哉の機嫌を取っていた。
「ってことは、聖哉。ひょっとして今からセルセウスに修行して貰うの?」
「うむ。今回、基礎トレーニングは早々に切り上げた。それよりさっさと神界の神相手に修行した方が効率的だと思ってな」
「あ、あの、俺、ケーキ作りがあるから修行とか、そういうのはちょっと……それに少し熱があるんだ……下痢もしてるし、体も節々が痛い……もう死ぬかも知れん……」
あからさまな嘘を吐いて逃げようとするセルセウスの肩を聖哉がポンと叩く。
「安心しろ、セルセウス。休息はちゃんと与える。空いた時間を趣味のケーキ作りに当てればいい」
「え……!! ほ、本当か!? ケーキを作る時間なんてあるのか!?」
「無論だ。今回からは修行より、お前の自由を第一に尊重する」
私はセルセウスに耳打ちする。
「ねっ! 聖哉ってば優しくなったでしょ!」
「あ、ああ! そうだな! うん!」
だが聖哉はセルセウスにキッパリと言う。
「休憩は五時間につき一分。睡眠時間は三日に一度、三時間だ。いいな?」
「!? いい訳ないだろ!! 何、その『ブラック修行』!? 条件が劣悪すぎる!! ケーキなんてどのタイミングで作るの!? 一分じゃ卵もとけないけど!?」
セルセウスは半泣きで私の肩を揺さぶった。
「ってか、全然優しくなってないぞ!! むしろ横暴さに拍車が掛かってる!!」
あ、あれ? おかしいわね。優しくなったと思ったんだけど……。
そんなセルセウスを突き飛ばして、アデネラ様が聖哉に話しかける。
「せ、せ、聖哉。せ、セルセウスなんかより、わ、私と、し、修行しよう?」
アデネラ様を見て、私はギョッとする。頬を染めて、恋する女子の瞳ではないか!
ええっ!! アデネラ様、聖哉と私の前世のこと、知ってる筈なのに!? ま、まさか久し振りに聖哉を見て、恋心が再燃しちゃったの!?
私はハラハラして聖哉を窺うが、聖哉はつまらないものを見るような視線をアデネラ様に向けていた。
「うむ。アデネラは相変わらず不気味だな。見れば見る程、気持ちが悪い」
「う、うん……! す、すき……!」
!? またすごく酷いことを言われてるのに、アデネラ様が満更でもない顔をしている!! で、でもどういうこと!? 聖哉ったら、アデネラ様にも今まで通り厳しいわ……!!
すると聖哉は私の方を振り向き、冷淡な顔を少しだけ緩めた。
「そうだ、リスタ。いいことを考えたぞ。セルセウスとアデネラ、二人と同時に修行を行う。これなら更に時間も短縮出来る」
セルセウスが「ヒィッ」と叫んだが、私は笑顔で頷く。
「そ、そうね! それはいいアイデアだわ!」
そして聖哉は踵を返したが、再度、私を振り返る。
「リスタ。飯が出来たら呼んでくれ。今日はお前の部屋で食べよう。いいか?」
「い、いいよ!! 全然、いいよ!!」
嫌がるセルセウスを引き摺るようにして、聖哉とアデネラ様が召喚の間に向かっても、私は呆然と一人、その場に立ち尽くしていた。
そっか、聖哉……私にだけ優しいんだ……!! ウフフフフッ!! 何よ、この優越感は……!! いや、でも……そらそうよ!! だって聖哉と私は前世からの赤い糸で結ばれてるんだもの!! しかも二人で力を合わせてゲアブランデの魔王を倒して……そんなの、もうラブラブになるに決まってるじゃない!! そらそうよ!!
そして数時間後。聖哉が本当に私の部屋にやって来た。
私は愛情込めて作った料理を振る舞う。
「おにぎり、おいしい?」
「うむ。うまい」
「サラダは?」
「うむ。うまい」
ヤバい……!! 幸せすぎる……!! 何を食べても「うむ。うまい」としか言わないけど……とにかく幸せ……!!
もくもくと手料理を頬張る横顔を眺めているうちに、私の鼓動は早まってくる。
い、今ならキスしてもたいして嫌がらないんじゃ? や、やるか!? あの時、出来なかったし、やったるか!? ホッペにブチュッといったるか、おい!? はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁっ!!
しかし突如、ノックもなく扉が開き、アデネラ様が入ってきた。
「せ、聖哉! せ、セルセウスが、ま、また、に、逃げた!」
「そうか。今行く。見つけてお仕置きせねばならんな。たっぷりと」
パパッと料理を平らげると、聖哉はアデネラ様と出て行ってしまった。
あーあ、キス出来なかったかー。でも……ま、いいか! そんな焦る必要ないじゃんね! 修行が終わればイクスフォリアじゃずーーーーっと二人きりなんだし! チャンスはいっぱいあるわよね! うーん! こうなったら早くイクスフォリアに行きたいなー! 難度
……そう。今から振り返ると、その時の私は、まさに幸せの絶頂状態でした。だけど、そんな状態は長くは続かなかったのです。それどころか私の思いはこの後、完膚無きまでにズタズタに引き裂かれ、ボロボロに崩れ去ることになるのでした。
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