第百八章 慎重勇者

 聖哉に文句を言ってやろうと、いきり立ちながら洞窟住居を出た瞬間、驚いてしまう。地面に所狭しと置かれた数十の木の桶が、フルワアナ内外の光景を映し出していたからである。


 土蛇カメラと連携した桶の周りには聖哉とキリコ、ジョンデがいた。そして……


「おいおい。一体、何だってんだ?」

「こんな朝っぱらからさあ……」


 ゴーレムに先導されて、ぞくぞくとフルワアナの人達が集合してくる。


「聖哉!! 何なの、コレは!?」

「言ったろう。町外れに敵がいる、と。被害を最小限に抑えるべく、町の人間を一カ所に集結させている訳だ」

「な、なるほど……いやでも敵って!?」


 聖哉が無言で指さした桶には、褐色の巨大なドラゴンとゴーレム数体が戦っている映像が映し出されていた。


「ど、ドラゴン!! ドラゴンが攻めてきたって言うの!?」

「これはフルワアナ北西の映像だ」


 聖哉が次々と指さす桶を見て、私は戦慄する。


 サイクロプスにキマイラ! 他にも異形のモンスター達が、フルワアナ近辺で聖哉のゴーレムと戦っていた!


 桶を覗き込んだ町の人が叫ぶ。


「あ、アレを見ろ!! キングスコーピオンだ!!」


 別の桶には黄金の体躯の巨大サソリが映し出されている。


「……そんな……バカな!」


 聞き慣れた声がして振り返ると、私の背後で向こう見ず聖哉が血相を変えていた。


「キングスコーピオンは俺が退治した! それにサイクロプス、ドラゴン、キマイラ……全て一年前、俺達のパーティが戦って倒した相手ではないか!」


 ええっ!! じゃあ、死体が蘇って襲ってきたとでも言うの!?


 桶の映像を見た町の人々が、心配そうな顔を向こう見ず聖哉に向けていた。


「せ、聖哉様! この町は大丈夫なのでしょうか?」


 すると向こう見ず聖哉は鞘から剣を抜いた。


「俺が行って、退治しよう。フルワアナの人々は俺が守る」


「おおっ!」と人々から歓声が上がる。


 や、やっぱりこっちの聖哉ってば勇者っぽいわ! でも……


「お前など何の役にも立たん。出てくるな」


 慎重聖哉が一蹴した。


「……何だと?」


 向こう見ず聖哉が顔をしかめるが、慎重聖哉は謝る素振りすら見せない。


「既に町外に配置したゴーレムが全ての敵と交戦中だ。加えて、土蛇による町内の監視も同時に行っている。お前が出る幕など無い」


 面倒臭そうに告げた後、慎重聖哉は私達を振り返った。ジョンデが難しい顔で言う。


「それにしても、いきなり攻めてきたな」

「うむ。死皇のプランが変更されたのかも知れん」

「プラン? 何だそれは?」

「……少し待て」


 ジョンデと会話していた慎重聖哉が目を見開いていた。視線の先を見て、私は吃驚する。向こう見ず聖哉がこの場から歩き去ろうとしていたからだ! 「チッ」と舌打ちして慎重聖哉が追い掛け、肩に手を当て、グイと引く。


「おい。お前は何をしている?」

「町の外に赴き、敵を倒すのだ」

「お前はバカなのか? お前の出る幕は無いと言ったろう?」

「町が襲われている! ジッとなどしていられるか!」

「役に立たんと言っているだろうが。お前はキリコやジョンデよりも弱いのだ」


 そう断言されても、向こう見ず聖哉は余裕ぶった表情で言う。


ガナビー・オーケー何とかなる


 刹那、私は慎重聖哉の鼻が僅かに痙攣するのを見た。


 や、ヤバッ!! 絶対、怒ってる!!


 危険な空気を察した私は二人の間に滑り込み、向こう見ず聖哉の説得を試みる。


「だ、大丈夫だって! ここはゴーレムに任せましょう! それに、いざとなれば土魔法による外壁だって展開出来るんだから! そうよね、聖哉?」

 

 慎重聖哉が頷く。それでも向こう見ず聖哉は引かなかった。眉間にシワを寄せたままで、慎重聖哉を睨む。


「俺は行くぞ。俺は勇者。そして魔王を倒した男なのだからな」

「弱い世界の弱い魔王だろうが。お前のレベルでは今、急襲している魔物にも勝てん。何度言えば分かるのだ?」

「いいや。正義の心は俺を強くする」

「話にならん。お前の正義は偽りだ」


 その言葉に、今度は向こう見ず聖哉が鼻を痙攣させた。


「訂正しろ! 言って良いことと悪いことがある!」

「本当のことを言っただけだ」


 睨み合う二人の聖哉! 一触即発の場面に私がアタフタしていると、キリコが叫ぶ。


「ふ、二人とも落ち着いてください! それより桶の映像を!」


 キリコに言われて桶を見た私は仰天した。桶には、大の字で倒れたサイクロプスに、ズタボロのドラゴン、キマイラが映し出されている! 


「ええっ!! こんなに早くやっつけちゃったの!?」


 どうやら言い争いをしているうちに、聖哉のゴーレムが敵を全て倒してしまったらしい。私は安堵するが、慎重聖哉の顔は厳しい。


「気を抜くな。おそらく、まだ終わっていない。いや……むしろ、これからだろう」


 そう言って鋭い目を桶に向けている。やがて、倒されたサイクロプス達の体から、もうもうと黒い煙のようなものが浮かび上がり、天に昇った。


 私は咄嗟に桶から目を離して、辺りを窺う。町の四方から立ち上がった黒煙がフルワアナの上空に集まり、真っ黒な雲を形成していく!


「我が名は死皇シルシュト……死と破壊を司る者」


 不意に、町中に轟く声! 地獄の底から響いてくるような不気味な声は、私達が聞いているのを知っているように語りかけてきた。


「勇者よ。まずは見事と言っておこう。邪神の秘儀によって生み出された虚構なるこの世界を魂より認めれば、お前達は呑み込まれ、露と消える筈だったのだから……」


 た、魂より認めると呑み込まれて消えちゃうって……マジで!?


 フルワアナで時を過ごしていた私は『この世界の方が元の世界よりも幸せかも』と思いかけていた。私だけじゃない。ジョンデもキリコも同じだったに違いない。だけど……それこそが邪神の狙い! あの時、慎重聖哉が邪魔してくれなかったら私達、ひょっとして消えていたのかも!


 ジョンデが驚愕したような顔で慎重聖哉に問う。


「お前はまさか、このことを知っていたってのか!?」

「無論、そういった可能性も考慮していた」


 例の如く、聖哉の数十……或いは数百ある可能性のうちのひとつだったのだろうが……どうあれ、邪神の企みは失敗したのだ。


「もはや、この世界は存在する必要はない……」


 不吉な死皇の言葉に私はドキリとする。


「も、もしかして死皇の奴、この町の人達を消そうってんじゃ!? せ、聖哉!! どうしよう!?」

「念の為、フルワアナにいる全ての民の懐に土蛇を忍ばせている。そして土蛇が噛み付いた瞬間、町の人間を一気に霊体化する。幽神ネフィテトに教わった技の応用だ」

「そっか! 肉体を消されても霊体が残れば!」

「うむ。苦肉の策だが、一旦は土蛇やゴーレムに霊体を宿らせておけば良いだろう」


 クレオがキリコの傍で心配そうな顔をしていた。


「ね、ねえ、キリコ。僕達、大丈夫かな?」

「はい! 大丈夫です! 聖哉さんは用意周到、準備万端ですから!」


 キリコが明るい声を出す。そして、聖哉はパチリと指を鳴らして呟いた。


「……ゴースト・バイツ蛇咬霊化


 土蛇が噛み付いたのだろう。フルワアナの人々はバタバタと地に倒れ、その後、肉体から霊体が浮かび上がる。


 ――こんな準備までしていたなんて、流石は聖哉ね! これでみんな救われるわ、って……えっ……?


 私は目を疑う! 目の前で倒れているフルワアナの民の体が、霊体ごと砂になって消えていく!


「ダメ……か」


 慎重聖哉がぼそりと呟いた。


「だ、ダメって?」


 押し黙った聖哉に代わるように、死皇の声が響く。


「何をしようが無駄だ。元々、この世界に存在しない虚構の人間に逃げ場はない。大本おおもとである邪神の力が解除されれば、その派生たるものが消えるのは道理」


 私の周りでフルワアナの人々が次々に砂となっていく! 私は焦って、慎重聖哉の肩を揺さぶる!


「聖哉!! 次の手は!?」


 しかし、聖哉は無言でゴースト・バイツ蛇咬霊化を解いた。フルワアナの皆の霊体が元の肉体へと戻る。


「……無理だ。どうにもならん」

「ええっ!? せ、聖哉っ!!」


 今までの経験から、どうにか聖哉が状況を打開してくれることを期待した。それでも聖哉は動かず、町には死皇の声だけが木霊する。


「虚構世界の住人を救う術など万に一つもあるものか。さぁ、これから先は見物だ。虚構の世界が消える時、真の世界の記憶が流れ込む……絶望と共にな」


 自らの体が砂と化していくのを見詰めながら、グレスデンとミレイが呆然と呟いた。


「思い出したわ……。私は……私達は……」

「そうだ……俺達は一年前……魔王軍によって殺されたんだ」

「ああ……クレオ……私のクレオ……」


 クレオに近付こうとしたグレスデンとミレイの体が砂となって地に飛び散った。


「グレスデン! ミレイ!」


 ジョンデが叫ぶ。そしてキリコは金切り声を上げる。


「聖哉さんっ! クレオが!」


 クレオの足は徐々に砂と化していた。


 ――な、何か方法は……助ける方法は無いの!?


 だが聖哉は動かず、私は立ちすくむしかない。クレオがキリコを見ながら呟く。


「僕……もう死んでたんだね……」


 ポロポロと涙を零していたクレオは、不意に男の子らしくニカッと笑った。


「な、なぁ、キリコ! 絶対に魔王を倒してよ! 魔王がいたら、ぼ、僕達みたいな人が世界中に溢れちゃうから!」

「クレオ……!」

「キリコと友達になれて……嬉しかったよ」


 キリコはクレオに手を伸ばす。だがその手が届く前に、クレオの微笑んだ顔は、砂となって消え失せてしまった。


「ううっ……。こんなの……こんなの酷すぎます……」


 キリコががくりと頭を垂れる中、死皇の声がフルワアナに響く。


「砂に還るがいい。存在すらせぬ者達よ」


 人々だけではなかった。建物さえ含んだフルワアナの町が砂になっていく。それでも、向こう見ず聖哉だけは運命に必死に抗うように歯を食い縛っていた。


「聖哉!!」


 私は向こう見ず聖哉に駆け寄る。聖哉は体を震わせていた。


「ああ……そうだ。全ては虚構。俺は賢者の村に行っていない。俺は……愛する人も……お腹の子供も守れなかった……」


 最後の力を振り絞るように、向こう見ず聖哉は慎重聖哉に近付いていった。途中で足が砂となり、慎重聖哉の目の前で崩れ落ちる。


「お前の言う通り……俺の正義は偽りだったようだ」


 私は、向こう見ず聖哉の目から涙が溢れていることに気付く。聖哉が泣くのを見るのは初めてだった。


「もっと深く考えを巡らせればよかった……。準備に準備を重ねて怠らなければよかった……」

「聖哉……!」


 向こう見ず聖哉の後悔が痛いほど伝わってきて、自分のことのように胸が締め付けられる。私の目からも涙が零れた。


「ティアナ、許してくれ……」


 天を仰ぐようにして言った言葉に、居ても立ってもいられなくて、私は消え去りそうな向こう見ず聖哉の体を抱き締めた。


「私は平気!! 私は大丈夫だから!!」


 向こう見ず聖哉は、私がティアナ姫の転生した姿だと知る由もない。それでも、


「ありがとう。女神様……」


 力なく、そう呟いた。慎重聖哉はそんな向こう見ず聖哉を見下ろしていた。


「惨めだな。本当にバカだ。お前は」

「すまない……」

「だが、バカなお前がいたせいで俺は今、此処にいる」

「お願いだ。死皇を……魔王を必ず倒してくれ……」

「言われるまでもない」


 向こう見ず聖哉がほんの少し微笑んだ気がした。


「頼んだ……ぞ。慎重勇者」


 刹那、向こう見ず聖哉の全身は砂となって、聖哉の足下に飛散した。目を背けたくなるような残酷な光景――それでも私はその時、二人の聖哉が溶けて、一つに合わさったように思えた。


「す、全てが砂に変わっていくぞ……!」


 ジョンデが愕然と呟く。気付けば、私達は廃墟にぽつんと佇んでいた。辺りは見渡す限りの砂漠。そして人骨が転がるのみ。


 いつの間にか上空では、町を覆っていた黒雲が集まり、巨大なドクロの形となっている。


「虚構の生を再び得たところで、運命は変わらない。奴らは二度の死を味わい、絶望は更なる絶望で塗り重ねられた。このことが我が力をより強くするだろう」


 愉悦に満ちた死皇の声の下、


「クレオ、クレオ……!」


 キリコが、クレオだった砂を胸に抱きしめるようにして泣いていた。


「この外道が!!」


 ジョンデが怒りで拳を握り締めている。勿論、私だってこれ以上ない程に憤慨していた。フルワアナの民は二度も魔王の手の者に殺された。砂となる瞬間、どんなに辛く苦しく、そして怖かったことだろう。


 ――死皇シルシュト! 許せない! 絶対に!


 不意に私の隣、一歩前に進む足音を聞く。剣を構えた聖哉の横顔を見た時、私は背筋に冷たいものを感じてしまう。


 ……あんなことがあったのに、怒りも悲しみも何処かに置き忘れたように平然としている。向こう見ずだった時の面影は微塵もない。戦闘に不要な感情を全て廃し、ただ敵を倒すことのみに神経を集中させる完成された勇者の姿がそこにあった。


「運命は変わらないと言ったな。ならば、」


 聖哉が空のドクロに視線を向ける。


「お前が俺に倒される運命にも変わりはない」

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