第百一章 展望

 翌朝。私は一人、早起きしてイシスター様の部屋に向かった。『まだら髪の悪魔』のことを報告する為である。


「……確かにその者が邪神である可能性は高いですね」


 私の話を聞いた後、イシスター様は神妙な顔でそう言った。


 特徴的な髪色から、すぐにどういった邪神か判別し、対策を与えてくださるだろうと期待した。だが統一神界に沢山の神々がいるように邪神もまた数多あまた存在するらしい。邪神の名が分からない現時点では、イシスター様にも見当は付かないようだった。


「私の予知能力の妨害に加え、神界にいるリスタルテの精神への介入。強大な力を持っている邪神です。いくら直接、アナタや竜宮院聖哉に危害を加えることはないといっても、警戒は決して怠らないでください」

「わ、分かりました」


 私は深く頭を下げ、イシスター様の部屋を出たのだった。




 セルセウスのカフェに行くと、既に聖哉がいて、キリコとジョンデも荷物をまとめていた。私は邪神のことを告げようと、聖哉に手招きする。


「ねえ聖哉。さっき、イシスター様とお話したんだけど……」


 その途端、「シャー!」と土蛇が私のドレスの胸元より飛び出してきた!


「うわわっ!? 何よ、コレ!?」

「敢えて言う必要はない。先程のイシスターとお前の会話は全て盗聴している」

「!! さらりと言ってっけど、それって犯罪だよ!?」

「いつも盗聴している訳ではない。セレモニクの呪いが未だ残っている可能性を考え、お前をマークしていたのだ。イシスターとの会話を聞くことが出来たのはその結果だ」

「ほ、ホント? と、ともかく盗み聞きしていたなら、話の内容は分かってるんだね……?」

「イクスフォリアでよく耳にした『まだら髪の悪魔』が、邪神だという話だろう。別に真新しくもない」

「ええっ!! じゃあ聖哉、気付いてたの!?」

「無論、想定内だ。こちらの動きを感知し、グランドレオンやオクセリオ、セレモニクに力を与える――こんなことはおよそ通常のモンスターには不可能だからな。邪神は、試合に出てこないが指示はするスーパーバイザーのようなものだと認識している。不安要素ではあるが、次元の異なる存在である以上、具体的な対策は立てられない」


 そして聖哉は荷物を肩に抱えた。


「とにかくイクスフォリアに向かう。まずは希望の灯火リトル・ライトに門を出せ」

「りょ、了解……」


 私はジョンデもキリコを呼ぶ。呪縛の玉が無くなった今では、地下にある集落『希望の灯火』の広場に直接、門を出すことが出来た。


 聖哉の後を私、ジョンデ、キリコと続いて、門を潜る。


「むう。信じられんな。これが地下なのか」

「地底にこんな大きな町があるなんて……!」


 魔光石の光に照らされて林立する家々や、畑で農作業する人達を見て、ジョンデとキリコが感嘆の声を上げていた。


 此処に住んでいる者達は元々、ガルバノの住人だった。だが、獣人に町を支配された時、土魔法の使い手アイヒの力により、地下に集落を形成して身を隠していた。今ではこの地を支配していたグランドレオンも聖哉によって倒されたが、慎重な勇者の指示で未だに地下生活をしているのだった。


 私達に希望の灯火の住人が気付く。キリング・マシンを見て、騒ぎにならないよう、私はキリコにフードを深く被らせる。そうこうするうちに周りには人山が出来た。幼いアイヒや、集落のリーダー、ブラットの姿もある。


「勇者様。お久しぶりです」


 頭を下げたアイヒに、聖哉は挨拶もなく、要点だけを話し始める。


「北の機皇オクセリオに加え、南の地を支配していた怨皇セレモニクも撃破した。そろそろ地上に上がっても良いだろう」


 途端「うわあっ!」と、聖哉とアイヒの会話を聞いていた人々が声を上げた。気付けば、泣いている人もいる。無理もない。獣人に町を襲われて以後、長い地下生活を送らざるを得なかった。それがようやく地上へ戻れるのだ。


「町は俺が作ったゴーレムが徘徊しているが心配するな。お前達をモンスターから守ってくれる。そして、アイヒ。この地下集落は塞がず、いざという時のシェルターとして残しておけ」

「分かりました。何から何まで、ご配慮ありがとうございます」

「では早速、地上の様子を見せよう。……リスタ」


 私は希望の灯火の真上に門を出す。聖哉が門を潜ると、住人達もその後に続いた。




 半壊した家屋が視界に入る。ガルバノは獣人によって荒らされたままの状態だ。それでも、


「光……! 太陽の光だ……!」

「獣人の支配から解放されたんだ……!」

「また地上で暮らせるのね……!」


 希望の灯火の人々は地上に出られた幸せを噛み締めていた。私の隣で、ブラットが目を擦っていることに気付く。


「あら。ひょっとして泣いてるの?」

「そ、そんな訳ねえだろ! 太陽が眩しいんだよ!」


 フフッ、強がっちゃって! 生意気な奴だと思ってたけど、可愛いところもあるじゃない!


 でもブラットだけじゃない。老若男女、皆、感動の涙を流している。ジョンデもキリコもその光景に心を打たれたようだった。


「何だか胸が熱くなるな……」

「地上に出られて、良かったですね!」


 しばらくした後、住人達は私と聖哉を取り囲んだ。


「勇者様、女神様! ありがとう! ありがとうございます!」

「何とお礼を言ったら良いか!」


 思えば、初めて希望の灯火の住人に会った時、私と聖哉は激しく罵倒された。だが今は、こうして涙ながらに感謝してくれる。


 ――本当に良かった……!


 希望の灯火の住民解放は、私と聖哉の苦労が報われた瞬間でもあった。


 私も感極まって泣きそうになっている最中、聖哉は真剣な顔でパチリと指を鳴らした。


「……アイアン・ドーム鋼鉄円蓋


 その途端『ゴゴゴゴゴゴゴゴ』と地鳴りがして、町の遠方三百六十度に出現した岩壁が、ガルバノを覆うようにせり上がっていく! 


「……は?」


 私が呆気に取られているうちにドームが形成! 日光は完全に遮られ、ガルバノは暗黒世界と化した!


「うおっ!? また暗くなったァ!?」

「い、一体、何が起こったの!?」

「怖いよ、おかあさーーーーん!!」


 突然の暗闇に叫ぶ住人達! 私も聖哉に叫ぶ!


「聖哉!? 何でアイアン・ドームなんかしちゃったの!? 地下にいる時より真っ暗になっちゃったけど!?」

「長い地下生活の後の急激な太陽光は目によろしくない。故に日の光を塞いでやったのだ」

「いや、これじゃせっかく地上に出た意味ないじゃん!!」

「皆、泣いていた。太陽光で目がやられたのだろう?」

「目が痛くて泣いてたんじゃなくて、感動して泣いてたんだよ!!」


 すると聖哉は小さく首を横に振った。


「訳が分からん。面倒臭い連中だ」

「!? 訳が分からなくて面倒臭いのはアンタだよ!!」


 暗闇に包まれ、悲嘆に暮れていた住人達だったが、聖哉のアイアン・ドームが解除されるとまた皆、一様に元気を取り戻した。


「よし。此処はこれで良いだろう。リスタ。次はターマインだ」

「う、うん……」


 聖哉に言われ、ターマインに通じる門を出す。


 色々あったが、私達はアイヒとブラット、そして希望の灯火の住民に笑顔で見送られながら、ガルバノの町を後にしたのだった。





 ターマインに着いた後、聖哉はジョンデに指示を出す。


「ジョンデ。カーミラ王妃を呼んでこい」

「それは構わんが、一体何の為だ?」

「今から王妃を交えて、会議を始める」


 聖哉はジョンデに注文を付けた後、王宮内の会議室に向かった。私とキリコは聖哉の後を追う。


 軍略を練るのに使う会議室には、大きな長方形のテーブルが用意されていた。上席に聖哉、私とキリコは隅っこの椅子に座った。


「リスタさん。会議って何なんでしょう?」

「さぁ? 私も何だか良く分かんないわ」


 やがてジョンデと共に王妃が現れ、私達の正面に座る。皆を見回した後、聖哉が厳かに口を開く。


「北の機皇オクセリオと南の怨皇セレモニクを倒したことで、このラドラル大陸は挟撃の危険が去り、それなりに安泰になったと言える。そこで今後の展望を話しておこうと思う……」


 聖哉が席を立ち、壁に貼られているイクスフォリアの世界地図まで歩く。そして地図を背に私達を見据えた。まるで教壇に立つ学校の先生のような雰囲気だ。


「次に戦う予定の死皇は、イクスフォリアに於ける最後の幹部クラスだ」


 私は目の前に座るジョンデに小声で話しかける。


「そうなの、ジョンデ?」

「ああ。獣皇、機皇、そして怨皇がいなくなった今、死皇シルシュトは魔王最後の右腕だな」

「死皇シルシュト、か。そいつさえやっつければ後は魔王だけなのね!」

「おい、そこ。うるさいぞ。黙って話を聞け」

「あっ、すいません。気を付けます……」


 ホントに先生みたいに注意され、私はショボンと俯いてしまうが……いやちょっと待って、何この生徒扱い!! 私、女神なんですけど!?


 私の気持ちなど知らず、聖哉は剣の鞘を指示棒代わりにして地図を指していた。


「俺達が今いるラドラル大陸から広大な海を挟んで西に、死皇がいるエアリス大陸。更にその北には魔王の居城があるというガストレイド大陸がある。通常なら、イシスターに許可を得た後、エアリス大陸に門を出し、死皇を倒してから、北のガストレイド大陸に臨むのだが、」


 途端、聖哉の目が鋭く尖る。


「現況、アルテマイオスが力を蓄えるために冬眠しているというならば、その隙を突いて討伐したい」


 王妃が驚いた顔をした。


「つまり、死皇より先にアルテマイオスを倒しに行くってことかい!?」

「うむ。実はアルテマイオスが力を蓄えていると知った時、既にこの作戦を考えていた。だが拠点となるターマインに挟撃の怖れがあった為、ラドラル大陸の防御を完璧にするまでは実行出来なかったのだ」


 私はごくりと生唾を飲む。


 せ、聖哉ってば、こんな大胆な策を考えてたんだ! そして……これってかなり良い作戦かも! 邪神だって、今までの聖哉の腰の重さから、死皇をスルーして魔王を狙うなんて思わない筈!


 しばらくして「くっくっく」とジョンデが笑う。


「面白い! お前にしては、思い切った作戦だ!」


 元将軍の血が騒いだのだろう。意気揚々と聖哉に言う。


「ならば今からガストレイド大陸を目指すという訳だな!?」


 しかし聖哉は首を横に振った。


「話は最後まで聞け。……この地形を見て、何か気付かないか?」


 聖哉が鞘で円を描くようにして示したのは、魔王のいるガストレイド大陸と、その南にある死皇のエアリス大陸だった。


 私は地図を凝視するが、聖哉の質問の意味が分からない。皆が押し黙る中、やがてキリコがぼそりと呟く。


「二つの大陸……あまり離れてないですね。この状況って、ラドラル大陸と似ているかも……」


 すると、聖哉は大きく頷いた。


「その通りだ、キリコ。ガストレイド大陸とエアリス大陸は小さな海を隔てているのみ。船があれば数日で行き来が可能だ。冬眠中の魔王を狙いたい気持ちはあるが、死皇を残してガストレイド大陸に乗り込めば、同じく北と南から挟撃される怖れがある。なので、」


 聖哉はきっぱりと断言する。


「死皇を倒した後で、魔王を倒すことにする」


 聖哉の最終決定に、ジョンデと私は愕然としていた。


「いや……あの……それじゃあ結局、やること普通じゃねえかよ……!!」

「そ、そうよ……!! 一体何の会議なの、コレ……!?」

「『攻め込みたい気持ちはあるが攻め込まないという展望を発表する会議』だ」

「!! いるかな、この会議!?」


 私は叫ぶが、王妃は「まぁまぁ」と、なだめてきた。


「何だかんだ言っても、『死皇を倒してから魔王を倒す』――私もこれが最善だと思うよ。一か八かの策を用いるより、順序を経て戦った方が間違いない」


 ジョンデは深い溜め息の後、聖哉に問う。


「……はぁ。だったら、今から死皇のいるエアリス大陸に行くんだな?」

「いいや。次は神界に向かう」

「ええええええ!? また神界に戻るのかよ!! イクスフォリアに来た意味ある!?」

「希望の灯火の住人を地下から解放し、また今後のプランを王妃に伝えるのが今回の目的だ。後は死皇戦に備え、神界で修行をする。文句はあるか?」

「ないけど……め、面倒臭……っ!!」


 ジョンデが呟く。うん、分かる。その気持ち、私すっごく、よく分かる。


 それでも私は聖哉の言う通り、神界への門を出した。すると、ふて腐れた顔のジョンデが当然のように付いてこようとしていた。


「あら。ジョンデも来るの?」

「えっ!? 『来るの?』って……俺、もう仲間じゃないのか!? だって此処までずっと一緒にいたし……お、王妃っ!! 自分も勇者のパーティに付いていって良いですよね!?」

「私は別に良いけどさ。女神様と勇者様はアンタのこと、必要なのかね?」


 するとジョンデは私に熱い視線を送る。


「め、女神!! ここまで来た以上、俺も世界を救うことにこの身を捧げたい!! 死皇もおそらく怨皇と属性は同系統!! 死なない上に呪いにも強い俺は便利だろ!?」

「ええー。どうしよう?」


 迷っていると、キリコが私の袖を引く。


「わ、私はジョンデさんがいた方がいいと思います!」

「キリコ……! そうだよな! 神界じゃ、俺達ずっと一緒にバイトしてたもんな!」

「うーん。でもジョンデって腐臭がするからなあ」


 私が渋るとジョンデは叫ぶ。


「な、なら、匂い消しの紅茶を携帯すればいいんだろ!!」


 ……プッ! 紅茶を頭から被ってまで付いて来たいんだ! ジョンデってば、何だか必死で笑える! 


「あはは! 仕方ないわねー! じゃあ聖哉? ジョンデも一緒に連れて行ってあげよっか?」


 そんな私の態度が気にくわなかったらしい。ジョンデが激しく睨んできた。


「あのなあ! 上から目線で腐臭とか言ってくれるが……アンタだって、体臭キツいんだからな!!」

「!! んなっ!? れ、レディに向かって何てこと言うの、この虚言症アンデッド!! ……キリちゃん!! 私、全然、臭くなんかないわよねっ!?」

「はい! 私、機械だから、リスタさんの匂いは、ほとんど気になりませんっ!」


 うおう……やっぱり臭いんかい……! ゲアブランデの時と一緒じゃんか! 純粋な少女の気遣いがよけいに心苦しいわ……ってか、そもそも私、どうして女神なのに体臭あるの……?


 落ち込む私をキリコが励ましてくる。


「でもジョンデさんと一緒にいると、リスタさんの匂いは全く気にならないんです!」


 ジョンデの腐臭の方が強いらしい。私はジョンデにニコリと微笑みかけ、肩にそっと手を置いた。


「ジョンデ。一緒に行きましょう」

「!! いや何だ、お前!? 俺はお前の消臭剤じゃねえぞ!?」


 言い争っていると聖哉が咳払いした。


「本来ならえた匂いを放ってくるお前達など、そこら辺に放置したい。だがリスタは女神であるという理由で連れて行かねばならず、またジョンデの朽ちた肉体を使って神界で試してみたいこともある……」

「じゃ、じゃあ聖哉さん?」

「うむ。仕方ない。キリコ。コイツらも連れて行ってやろう」


 キリコが声を弾ませる。


「よかったですね! リスタさん、ジョンデさん! 私達、一緒に行けますよ!」

「う、うん。よかったわ……」

「そ、そうだな。まぁ、よかった……のかな」


 いつの間にか聖哉の中で、私とジョンデはキリコよりもランクが下がっていたのだった。

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