第八十三章 おかしな機械

「ねえ、聖哉! あのキリング・マシン、他のと違うよ! 性格が『優しい』って、なってる!」

「む……」


 バラバラになったキリング・マシンの残骸を眺めつつ、メモを取っていた聖哉は、しばらく黙って、そのキリング・マシンを見詰めた。


「どうやら残ったキリング・マシンの中で、性格があるのはコイツだけのようだな」

「コレって、どういうことなんだろ?」

「工場で同じ機械を大量量産すれば、万に一つくらいの確率で出来損ないが混じることもある。コイツがそうなのだろう」


 そして聖哉は視線をキリング・マシンの残骸へ戻し、メモ取りを再開した。


 ――あれっ!? たった、それだけ!?


 一瞬、聖哉らしくないと思った。だがよくよく考えれば、聖哉は戦闘に役立つ情報のみを収集しているのだろう。『出来損ない』のキリング・マシンなどに興味はないようだ。


 やがて聖哉がペンを置く。


「よし。これで全ての分析は終了した」

「やっと終わったか!!」


 ジョンデが心底嬉しそうな顔を見せた。


「うむ。それでは最後の大掃除といくか」


 そして聖哉の合図で大量のばくだんロックがキリング・マシン達の洞窟に降り注ぐ。


 ばくだんロックに襲いかかるキリング・マシン。広い洞窟のあちらこちらで爆発が起きた。


 そんな中。私の視線は、洞窟の隅でガタガタと体を揺らし続けるキリング・マシンに注がれていた。


「聖哉……あのキリング・マシン、やっぱり震えてるよ……」

「だから何だ?」

「いや、だから、その……何だか、ちょっと可哀想じゃない?」

「魔導兵器が、か?」

「……うん」


 聖哉もジョンデも半ば呆れたような顔で私を見た。それでも、洞窟の隅で体を振るわせるキリング・マシンが、戦火に怯える小さな子供のように思えた。


 つまらなさそうに、そのキリング・マシンを一瞥した聖哉だったが、


「『性格を有する魔導兵器』か。まぁ、確かに貴重なサンプルかも知れん。念の為に隔離しておくか……」


 震えるキリング・マシンの立っている地面に穴が開くや、姿が消える。程なくして、キリング・マシンは隣の小さな洞窟に排出された。同時に、ばくだんロックが残りのキリング・マシン達を一斉爆破する。まさに間一髪だった。


 隔離された小さな洞窟でキリング・マシンは状況が分からずキョロキョロしていた。しかし、頭上から一体のばくだんロックが『ズシン』と落ちてくると、驚いて腰を抜かしたように地面にへたり込んだ。私も同じように驚く。


「ばくだんロック!? どうして!? 貴重なサンプルって言ったじゃない!!」

「実験だ。もしアイツに高度な知能があれば、ばくだんロックを攻撃しない筈だ」


 私達は二体のモンスターを見詰めるが、やはりキリング・マシンは怯えたように震えるのみで攻撃したりはしなかった。


「聖哉。あの子、攻撃しないよ。だって『優しい』んだもの」

「本当にそうだろうか?」


 聖哉が指を鳴らす。すると驚くことに、ばくだんロックが口を大きく歪めて笑った。


「オイ、オメー……! ボサッとしてねえで攻撃してこいよ?」


 野太い声を発する岩石に私は仰天する。


「喋った!? ばくだんロックが喋ったわ!!」

「攻撃してこない相手に対しては、どうしても攻撃したくなるような仕様にしてある」

 

 聖哉の言った意味はすぐに理解出来た。ばくだんロックは癪に障る笑みを浮かべながら話し続けた。


「おい、やってみろよ、このポンコツがよォー! オメー、まさか突っ立ってるだけで何も出来ねえんじゃねーだろーな、バカヤロー! オラオラ、やってみろってんだよォー! どーせお前なんか、何をやっても無駄だろうけどよ! ヒヒッ、このマヌケ!」


 私の横でジョンデが拳を握りしめていた。


「な、何と、腹の立つ……!」

「確かにウザい! ウザすぎるわ! 無性に殴ってやりたくなるっ……!」


 その後もばくだんロックは煽り言葉を繰り返したり、キリング・マシンの周りを踊るように転がり続けたりして、ウザさを増し続けた。


 私とジョンデが憤然と歯を食い縛っていた、まさにその時、


「き……ま……せん……」


 何かが聞こえた。ばくだんロックの胴間声どうまごえではない。


 次の瞬間、


「出来ませんっ!!」


 少女のような甲高い声が洞窟内に響く!


 ――ま、まさか……? いや、間違いないわ! この声は、あのキリング・マシンの……!


「ほう。喋れるタイプもいたのか」


 聖哉が指を鳴らすと、ウザいばくだんロックは地中に沈むようにして消えた。


 そして狭い洞窟に一体だけ取り残されたキリング・マシン。聖哉がマイク代わりの土蛇を口元に運ぶ。


「おい、お前」


 聖哉の声が、向こうの洞窟に響いたのだろう。キリング・マシンは辺りを窺いながら人語を発する。


「こ……こんにちは」


 本当に年端もいかない女の子のような声だった。


「どうして、お前はばくだんロックを攻撃しなかった?」

「だ、だって……あの岩を攻撃すると爆発してしまいますし……それに、そもそも私、攻撃なんて……」


 キリング・マシンは自ら進んで話し始めた。


「私……今日も『人間達を殺せ』って言われてきたんですけど、実際、生き物を殺すなんてそんな恐ろしいこと出来なくて……」


 ――ほ、本当に優しいんだ……! 変な魔導兵器ね……!


 見かけは他のキリング・マシンと全く同じ。それでもあどけない声を聞いていると、何だか可愛く思えてくる。


 しかし聖哉はそんなことには全然興味がないようだ。聞きたいことだけを端的に尋ねる。


「お前のように喋れるタイプは他にどのくらいいる?」

「い、いえ。多分、お父様以外は……」

「お父様?」

「あっ、機皇オクセリオ様のことです。お父様以外は喋れないと思います。……あのう、なのにどうして私は喋れるのでしょう?」

「知るか」

「……すいません」


 少し項垂れたキリング・マシンは、だが、すぐに顔を上げて、弾んだ声を出す。


「でも私、今、お喋り出来るのが嬉しくって! 私以外のキリング・マシンの皆さんはいくら話しかけても『ギギギ』とか『ガギガギ』としか言わなかったんで! だから、こうして私なんかと会話してくれて、本当に本当にありがとうございますっ!」

「黙れ。それより機皇オクセリオについて、もっと詳しく話せ」

「は、はい。ごめんなさい。すいませんでした……」


 ――つ、冷たっ!? もう、どっちが機械だか分かんないわね……!!


「お父様の外見はですね、えぇと、腕が四本、足も四本あって、それから、あの……」


 その後も聖哉はキリング・マシンに色々尋ねていたが、あまり有益な情報は得られなかったようだ。淡泊な表情で言う。


「もういい。質問は以上だ」

「……何だかお役に立てなくて、すいませんでした」


 聖哉がマイクから口を離す。


 私は狭い洞窟に一人取り残されたキリング・マシンを眺めていたが、地中から急に顔を覗かせたデスミミズを見て、


「キャア!?」


 と叫んで、慌てていた。その様子が微笑ましくて何だか笑ってしまう。


 だが、聖哉はそんなキリング・マシンに絶対零度の眼差しを向けていた。


「怪しい奴だ。機皇オクセリオの仕向けた刺客ではないだろうか?」

「し、刺客? あの子が?」

「そうだ。ワザと間抜けな振りをして俺達の隙を狙っているのかも知れん」

「で、でも隙を狙うも何も、私が偶然気付かなかったら、ばくだんロックに破壊されてたじゃない?」

「……ふむ」


 聖哉は少し考えていたが、


「どちらにせよ、後顧こうこの憂いは断っておいた方が良い。やはり解体しよう」

「ええっ!? そんな!!」


 私はジョンデの肩を揺する。


「ちょっとジョンデ! 何とか言ってよ!」

「いや俺も別に異論はないぞ? 何せそいつは魔王の作ったモンスターなんだからな」

「いくら魔王が作ったからって、中には良いモンスターだっているわよ!」

「どうだかな。俺はターマインで多くの獣人共を見てきたが、一体としてまともな奴などいなかったぞ」

「何よ!! ジョンデは別に『悪いモンスター』じゃないでしょう!?」

「!? いや、そもそも俺はモンスターじゃねえよ!!」


 憤るジョンデを指さしながら私は叫ぶ。


「聖哉! とにかく壊すことないよ! どうしても心配なら、その子にもジョンデみたいに土蛇、いっぱい巻き付けときゃいいじゃん!」

「何で俺を引き合いに出すんだよ!!」

「ジョンデだって、いつ理性を無くすか分かんないアンデッドモンスターじゃんか! どっちかって言ったら、その子の方が安全よ! ホラ見て! ジョンデが今にも理性を無くしそう!」

「無くしてねえわ!! 畜生、腹立つなあ、この女神!!」


 ゴチャゴチャ言い争っていると、


「うるさい。分かったから少し黙れ。」


 聖哉が大きな溜め息を吐いた。


「……ならば、とりあえず土蛇を巻き付けた上で、この場に監禁することにする」


 私がホッと胸を撫で下ろすと、聖哉は厳しい視線を向けてきた。


「あくまで珍しいサンプルとして保管しておくだけだ。少しでもおかしな動きがあればすぐに解体する」

「……う、うん」


 聖哉の合図でキリング・マシンの隔離された洞窟に土蛇が多数、現れた。


 それを見た途端、


「イヤーーーーーーッ!?」


 キリング・マシンが絶叫する。それでも土蛇達は構わず、キリング・マシンの首や手足にまとわりついた。


「へ、蛇が、私の体に!? た、た、助けてくださあああああい!!」

 

 キリング・マシンは哀れにのたうち回っていたが、聖哉は更なる指示を出す。


「念の為、イヴル・レーザー邪光線の射出口にも土蛇を詰め込んでおくか」


 顔面にも、ぐるり巻き付いた土蛇に、泣き喚き、悶絶するキリング・マシン。


「か、可哀想……!」


 私は溜まらず土蛇のマイクを聖哉から奪った。


「ねえ、聞こえる!? 大丈夫よ!! おとなしくしていれば、その蛇はアナタに危害は加えないわ!!」

「ほ、ほ、本当……? し、信じていいですか……?」


 そんな私達を聖哉は白い目で見ていた。


「おい、リスタ。そろそろ行くぞ。こんなものに時間を割いている暇はない。機皇兵団の第一陣を壊滅させたことで、ターマインが人間の手に戻ったことは明らかとなった。故に第二陣は本気の戦力を見せてくるだろう。より確実な準備をして、それに備えねばならん」

「よ、よく言うわね……! 自分はあんなに時間を掛けて、じっくり分析してたくせに……!」

「分析は戦略上、必要かつ重要だ。お前のはただの遊びだろう?」

「別に遊びって訳じゃ、」


 ジョンデが横から会話に割り込んでくる。


「それで確実な準備ってのは何だよ? 一体どうするつもりなんだ?」

「空からの攻撃に対する防衛を重点的に行う」


 ……聖哉は飛行タイプの魔導兵器をずっと警戒しているようだが、実際そんなのがいるのだろうか。私はキリング・マシンに尋ねてみる。


「ねえ。空を飛ぶキリング・マシンはいるの?」

「わ、私は見たことがありませんが……」

「リスタ。聞くだけ無駄だ。ソイツは大した情報を持っていない。そして口から出る言葉も真実とは限らん」

「聖哉だってさっき質問してたじゃんか!?」

「無論、話半分以下で聞いている。とにもかくにも対策すべきは空からの攻撃だ。それさえ凌げば五重に張ったアイアン・ウォールに死角はないのだからな」

「あ、あのう……」


 不意にキリング・マシンの声がした。聖哉が少し興味のある顔をしてマイクで話しかける。


「どうした? 何か思い出したことでもあるのか?」

「いいえ……そうではなくて……ぐすっ……! やっぱりこの土蛇……すごく怖いです……あぐっ……!」


 聖哉は眉間にシワを思いっきり寄せた。


「よし。お前に一つ、アドバイスをやろう。『黙っていろ』。以上だ」

「ううっ……! うぐっ、ひっく、ひっく……!」

「!! いや、メチャメチャ酷くない!?」


 私は土蛇マイクで泣いているキリング・マシンに言う。


「落ち着いて! 大丈夫よ! だから泣かないで!」


 慰めながらふと気付くと、聖哉がいつの間にか洞窟内に出現させた土の階段を上って、地上に出ようとしていた。


「これ以上、此処にいる意味はない」


 ジョンデも聖哉の後に続く。私も付いて行こうとしたが、キリング・マシンのすすり泣く声で足を止めた。


「聖哉……あの、私、もうちょっと此処に残っていいかな? この子が落ち着くまで話しかけてあげたいの……」

「バカバカしい。勝手にしろ」


 吐き捨てるように言って立ち去ろうとした聖哉だったが、厳しい顔で振り返る。


「門を使ってアイツの洞窟に入るんじゃないぞ。分かっているな?」

「わ、分かってるよ! もう、この間みたいなことは絶対にしません! これは振りじゃなくて、絶対に!」

「今度は何があっても120%決して確実に紛れもなく死んでも助けんからな」

「そこまで言わなくたっていいじゃんか!!」

 

 そうして……聖哉とジョンデが去り、私と優しいキリング・マシンだけが洞窟に取り残されたのだった。

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