第八十四章 対話

 洞窟にキリング・マシンのすすり泣く声が、ハイクオリティ・サウンドで聞こえてくる。


 私は土蛇マイクでキリング・マシンが隔離された洞窟に向かい話しかけた。


「おーい。聞こえる?」

「ひぐっ、ぐすっ……あっ、は、はい!」

「私はリスタルテ。リスタって呼んでくれていいわ。アナタって名前はあるの?」

「いいえ。ありません」

「じゃあ、そうね……。女の子みたいだし『キリコ』ってのはどう? 『キリちゃん』! 良い名前でしょ!」


 その途端、


「うわあああああああん!!」


 より大きな泣き声が木霊した。


「!? ご、ごめん!! そんな名前ダメだよね!? キリング・マシンだからキリコだなんて、我ながら安直だったわ!!」

「ううっ……違うんです……! すごく……すごく嬉しくて……!」

「ええっ?」

「だって、こんな私にまさか名前が与えられるなんて……! 夢みたいです……!」


 よ、よかった! 喜んでくれてるみたい!


 私は再度、体に巻き付いている土蛇は害がないので安心するようにキリコに伝えた。


「……じゃあ、私そろそろ行くね」

「リスタさん。もう行っちゃうんですか? 寂しいです……ぐすっ……」


 また泣きそう!! う、うーん……どうしよ……。


「キリちゃん! ちょっと待っててね!」


 私は洞窟を出ると、神界の花畑へと通ずる門を出した。





 雲一つない晴天の下、麦わら帽を被った土の女神――いやオネエ神のマーリャ様は、じょうろで花に水をやっていた。


「あ、あのマーリャ様。こんにちは……」


 マーリャ様に会うのは、聖哉に生き埋めにされた後でデコを踏まれたあの一件以来だった。


「あーら。ごきげんよう」


 隠すことなく野太い男声でマーリャ様は挨拶を返してきた。マーリャ様の顔を見て、私は更に驚く。肌の手入れをちゃんとしていないのか、青いヒゲがポツポツ生えている。


 目を丸くする私に、マーリャ様は「フッ」と鼻で笑った。


「あれから噂が広まってさー。アタイがオネエ神であることが他の神々にバレちゃったのよ。それでね、自分からカミングアウトした訳じゃないけど、何だか妙にスッキリしたの。だからもう聖哉ちゃんのことは恨んでないわよ」

「そ、そうですか! よかった!」

「まぁ機会があれば、後ろから掘ってやりたいけどね」

「!! やっぱ恨んでません!? ……と、ところでマーリャ様! 今日はちょっとお願いがありまして……」


 私は先程から目を付けていた桃色の可愛い花を指さした。


「この花を貰ってもいいですか?」

「あら。そんなの全然いいわよ。持ち運びしやすいように、植木鉢にヌプヌプッと挿入してあげるわ」

「いやあの……普通に入れてください……!」

 




 マーリャ様に花を頂いた後、私はキリコのいる洞窟に戻った。


「……ぐすっ、ぐすっ」


 やはり洞窟からは、すすり泣く声が聞こえる。


「キリちゃん?」

「ああっ! リスタさんっ!」


 私は洞窟内に門を出現させると、キリコのいる隣の洞窟とリンクさせた。意を決して、門をほんの少しだけ開き、


「そぉりゃっ!」


 貰った植木鉢を上手く投げ入れた後、すぐに門を閉じる。


「あ、あの、リスタさん? 凄い勢いでお花が飛んできたんですけど……?」


 そう。門を潜らずにキリコに花を与えるにはこれしか方法がなかった。


 私はマイクで話しかける。


「キリちゃん! そのお花、あげる!」

「わ、私にですか?」

「うん! 綺麗でしょ?」

「え、ええ! すごく綺麗です! それに……見ていると何だか心が安まります!」

「じゃあ、もう泣かないでね?」

「はい! 頑張りますっ!」


 土蛇マイクを置いて立ち去ろうとした時、おずおずとキリコの声が響いた。


「リスタさん……また会いに来てくれますか?」

「ええ! いいわよ!」


 私は笑顔でキリコに返事をしたのだった。





 翌日。


 ターマインに溢れかえったゴーレムを見ながら、私は隣にいる聖哉に尋ねる。


「パッと見た感じ、前より数が増えてない? 一体、今どのくらいのゴーレムがいるの?」


 しばらく待ったが返答はない。


「……聖哉?」


 無口で秘密主義なのはいつものことだが、今日の聖哉は普段に輪を掛けて静かだった。よく見ると、視線は一点を見詰めて、心ここにあらず、といった感じだ。明らかに様子がおかしい。


「聖哉ってば!」


 肩を揺するが、相変わらず返事はない。


「ちょっと!? 大丈夫なの!?」


 心配になって激しく揺すり続けると、


『パキッ』


 ……乾いた音がして、聖哉の肩から下の腕が外れてしまった!


「ギャアアアアア!? う、腕が取れたァァァ!? ごめんなさいいいいい!!」


 腕を抱えたまま、ひたすら謝る私の隣から、聖哉の声がした。


「……何をしている?」

「ああっ、聖哉!! あのね、今、聖哉を揺すってたら聖哉の腕が急に取れて……って、ええええええええ!?」


 意味が分からず、二人の聖哉を交互に見ていると、腕のある方の聖哉がジト目を向ける。


「それは俺の影武者だ。土魔法で作った土人形に変化の術をかけたのだ」

「ああ……な、何だ、そーなんだ……って、影武者!? 何でそんなのがいるのよ!?」

「ターマインにいるからといって安心は出来ん。俺の寝首を掻こうとする人間がいるかも知れんからな」

「ターマインの人達が聖哉を襲うってこと!? そ、そんなこと、」


 ……ない、とは言い切れないのかも知れない。この世界を救えなかった聖哉を恨んでいる人が存在することを、私は何度も目の当たりにしてきた。


「最大の敵は魔王軍ではなく、むしろ人間かも知れない」

「それはいくら何でも言い過ぎでしょ……!」


 その時、聖哉の後ろから、荷物を担いだ商人らしき男が笑顔で近寄って来た。手には薬草を持っている。


 気配に気付いた聖哉は凄まじい速度で振り返るや、男の胸ぐらを掴んだ。


「ヒイッ!?」

「おい、お前。さては刺客だな?」

「ち、違います! 私はただの商人です!」

「誰に雇われた?」

「いや誰にも雇われてません! この薬草をどうかと思ってですね、」


 男の言い分を聖哉は全く信じていないようだった。私も一緒になってなだめると、ようやく男から手を離した。


「いいか。二度と俺の背後をうろつくな。次は……殺す」

「!? どんな勇者だよ!!」


 殺し屋のような勇者に向かって私は叫ぶ。そして商人は商人で、悲壮感のある叫び声を発しながら逃げ去っていった。


 非道の後、聖哉は構わず歩き出す。


「ちょ、ちょっと? 何処に行くのよ?」

「見張り塔だ。元々、行く予定だったが、お前に出会ったせいで道草を食ってしまった」

「塔? 何の為に……あ……もうっ! 待ってってば!」



 聖哉の後を追って、見張り塔に向かう。塔の天辺では、王妃とジョンデが佇んでいた。


「こんな所に呼び出して、一体何を始めるつもりなんだ?」


 ジョンデが訝しげに聞いてきた。どうやら前もって聖哉が呼んでいたらしい。


 しかし答えず、聖哉は無言で両手を天にかざす。


「……アイアン・ドーム鋼鉄円蓋


 すると、地鳴りと共にターマインをぐるりと囲っているグレイト・アイアンウォールが空に向かい伸長する! しばらく伸びると内側に曲がるようにして形を変え、傘のようにターマインを覆っていく!


「「な、な、な、な、な!!」」


 私とジョンデが呆気に取られている最中、全方位から伸びた壁が空中で連結。日光が完全に遮られた。


 暗がりの中、胸元から魔光石を出した聖哉が語る。


「空襲時にドーム型に変形する。それなりにMPを消費するが、これで空からの攻撃を完全に防げる」

「説明もなく、いきなりこんなことするなよ! 急に真っ暗になって、民衆が騒いでるぞ!」

「だからこそ此処にお前達を呼んだ。今からこのことをターマインの民衆に伝えろ。本番の空襲時にパニックにならないようにな」


 やがて『ゴゴゴゴゴ』と音がして、空を覆うドームが開いていく。伸びた壁は徐々に縮み、元の位置に戻った。


「一応の危険が去れば、このように解除する」

「あ、あるかないか分からん空襲に備えて、ここまでやるか……普通……?」


 ジョンデが愕然として呟くが、王妃は笑顔だ。


「まぁやり過ぎでもいいさ。ターマインの皆が無事で過ごせるのなら、ね」


 王妃の言葉に頷くと、聖哉は歩き出し、見張り塔にある部屋の扉を開けた。以前、王妃が捕らえられていた部屋には、幾つもの水の張ったおけが並べられている。


「せ、聖哉。今度は何?」


 聖哉がパチンと指を鳴らすと、桶は、それぞれ異なった風景を映し出す。


「普段、俺の目とリンクしている土蛇が見ている映像を此処に投写した。こうすることでターマイン周辺の様々な場所で起こることを視認出来る」


 カメラ……と言ってもこの世界の人間には分からないだろうが、これは『監視カメラ』そのものである。これで聖哉だけでなく、私達も機皇兵団の動きを俯瞰出来るようになった。


 ……空襲時にドーム型になる鋼鉄の壁。

 ……周辺に設置した複数の監視カメラ。


 ターマインは、さながらハイテク装備の要塞になったのだった。


「リスタ。門を出せ。今度はガルバノに向かう」

「ガルバノで何をするの?」

「すぐに敵の第二陣が来るかもと予想したが、まだ時間に猶予はあるらしい。ならば、この時を活かし、ガルバノにもターマインと同じ程度の設備を施しておく……」


 



 翌日。


 聖哉は精力的にターマインとガルバノを行き来し、防衛を強化しているようだった。最初、ジョンデは様子を見に付いていっていたが、飽きたのか、今は同行せず、ターマインで王妃の傍にいる。


 私もまた、門を出して聖哉をガルバノに移動させた後はターマインで自由に振る舞っていた。私にピッタリ付きまとわれるのがイヤだろうと思い、空気を読んだのだ。


 暇な時間、私は王妃と話したり、またキリコがいる洞窟に行ったりした。


「……くすくす。聖哉さんのお話、とっても面白いです!」

「聞いてると笑えるけど、実際近くにいると疲れちゃうんだよ?」


 土蛇マイクでキリコに話しかける。聖哉があるかないか分からない空からの攻撃に備えてドームを作ったこと、またこれまでにあった慎重な話をすると、キリコは楽しそうに笑った。


 ふと気付いて私はキリコに尋ねる。


「でも実際、複雑よね? キリちゃんのパパって機皇オクセリオな訳だし……」

「は、はい。お父様と勇者様が話し合いで仲良くなって頂けたら一番良いのですが」


 それが不可能なのは火を見るよりも明らかだろう。何だか気持ちが暗くなりそうなので、私は話題を変えた。


「それでお花はどう?」

「あの……そういえば何だか元気がなくて……」


 キリコが植木鉢を手に取って、私のいる洞窟の壁に向かって見せてきた。花はしおれて、土がカピカピに乾いている。


「ああっ!! 水!! お水をあげるの忘れてた!!」

「水……? それはつまり栄養が足りていないということですか? なら私の体から出る機械油を垂らせばどうでしょうか?」

「いやそんなことしたら100%枯れるよ! 待ってて! 今、お水持ってくるから!」


 私は慌ててターマインの井戸から水を汲み、手桶に入れてから洞窟に戻った。門を出して、キリコの洞窟に入る。そしてすぐさま水を植木鉢に与えた。渇ききっていた土はあっという間に水を吸い込んでいく。


「ふう……! これで一安心ね!」


 すると、背後でキリコの声がした。


「リスタ……さん……」


 そして、私は気付く! 入るなと言われていたキリコの洞窟に入ってしまったことを!


 ――や、や、やっちまったあああああ!! あんなに聖哉に言われてたのに、つい勢いで入っちゃったあああああ!!


「ようやく……こうして近くで会えましたね……リスタ……さ……ん」

「き……キリちゃん? 嘘……! 嘘よね……?」


 だが、いつものキリコの声ではない。キリコは私に歩み寄り、機械の腕を私に伸ばしてきた。


「や、やめてっ!!」


 危険を感じ、私は叫んだ。しかし……キリコは私の手を取ると、ぶんぶんと上下に振り回し、弾んだ声を出す。


「リスタさんの姿、初めて見ました! 感動です!」

「えっ……」

「すっごい素敵です! 髪の毛もお顔も、ものすごく綺麗で私、憧れちゃいます!」

「そ、そう?」


 よ、よかったあ! やっぱりこの子、悪いモンスターじゃないんだわ!


「……でも、お花さん、まだ元気がないようです」


 言われてみれば、確かに水を与えたのに花はしおれたままだ。手遅れだったのだろうか。


「待って。試しにやってみる」


 私はしおれた花に対して、治癒の能力を発動した。怪我をした人間に手を当てるようにして花を癒したのだ。


 やがて……くたびれていた花は背筋を伸ばしたようにピンと立ち上がった。


「これで大丈夫よ!」


 ――しっかし、我ながら一生懸命頑張って、しおれた花を治すのが精一杯だなんて。聖哉が知ったら、またバカにされそうだわ……。


 心の中で自嘲するが、キリコは興奮して腕をバタバタ振っていた。


「すごいです! リスタさん、奇跡です!」

「い、いやまぁ、私だって一応、女神だからね」

「女神様ってすごいんですねっ! 本当にすごい! すごすぎますっ!」


 久々に誉められまくり、私は天にも昇る心地になっていった。


「そう! そうよ! 私は聖哉よりも偉いんだから!」

「尊敬します! リスタさんっ!」


 ああ……何て気分が良いのかしら! そうよ、私は奇跡を起こせる神様なのよ!


 女神としての威厳を取り戻した時、


『シャシャシャシャシャシャ!』


 胸元に入れておいた土蛇が鳴った。


「り、リスタさん!? 何ですか、それ!?」

「ああ、土蛇電話よ。キリちゃん、ちょっと静かにしていてね」


 土蛇の尾っぽを私の耳に、頭を私の口に近付ける。


「もしもし、聖哉? 今、ガルバノ? ターマインに戻る?」


 すると土蛇から低い声が聞こえた。


『……門を使い、キリング・マシンのいる洞窟に入ったな?』

「!! ええええっ!? ど、どうして分かるの!?」

『お前の行動など全てお見通しだ』


 聖哉の叱責が始まり、私はその場でペコペコと頭を下げ続けた。


「本当にすいません……でもあの、襲われたりはしなかったので……あ……はい……そういう問題ではないですね……すいません……仰る通りで……はい……今後は肝に銘じて……いえ今度という今度は……ええ……はい……すいません……以前もそう言いましたよね……はい……すいませんでした……はい……失礼します……はい……」


 土蛇電話が終わった後、


「り、リスタさん……大丈夫ですか?」


 どうにかキリコに親指を立てたが、指は震え、顔はひきつっており、女神としての威厳は完全に消え去っていたのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る