第八十五章 苦境

「……ものすごく怖いんですね。勇者って」


 ビクビクしながら呟くキリコに、私は頷く。


「いやまぁ、本来は慈愛に満ちた人が多いんだけど、あの勇者は特別っていうか、むしろ異常っていうか……」


 その時、またも土蛇電話が鳴った。


「り、リスタさん! また電話ですっ!」

「ヒイッ!? 悪口を聞かれた!? ヤバい!! 乳を潰される!!」

「!! 勇者ってそんなことするんですかっ!?」


『シャシャシャシャシャ!』


 土蛇電話が鳴り続ける。私は意を決して電話に出た。


「あの違うんです……異常っていうのは勿論、良い意味の異常でして、」  

『何を言っている。それより今、ターマインの外に放っている偵察の土蛇が機皇兵団を発見した』

「ええっ!! つ、遂に第二陣が!?」

『そうだ。すぐに見張り塔まで来い。そのキリング・マシンと一緒にな』

「キリちゃんを連れてっていいの!? ……って、聖哉!? もしもーし!?」


 土蛇電話を一方的に切られた私を、キリコは呆然と見詰めていた。


「あの私……お外に出てもいいんでしょうか?」

「う、うん。いいみたい。でもターマインの人達に知れたら騒ぎになるから、私の傍から離れないでね?」


 聖哉の意図は分からなかったが、私はキリコを連れ、ターマインの見張り塔に移動したのだった。






「……き、キリング・マシン!?」


 門を開き、塔の天辺に出ると、護衛の兵士達がキリコを見て、身構えた。


 私より先に聖哉が兵士達に告げる。


「心配ない。ソイツはジョンデと同じように体中に土蛇を巻き付けており、ジョンデと同じように行動を制限し、またジョンデと同じようにすぐ再起不能に出来る」


 聖哉の言葉を聞き、兵士は皆一様に安堵の表情を浮かべた。……ジョンデ以外は。


「俺と同じように同じように、ってうるさいんだよ、お前は!!」


 怒声を発した後はキリコを睨む。

 

「それで、どうしてそのキリング・マシンを此処に連れてきた?」

「コイツは『ロボじち』だ。交渉に使えるかも知れんからな」


 その言葉に私は仰天する。


「『ロボじち』!? 人質みたいなこと!? 聖哉!! アンタまさかひょっとして、キリちゃんを壊さなかったのは、この為に!?」

「まぁ、相手は魔導兵器。交渉に応ずるとも思えんし、こちらとしても交渉などするつもりはない。それでも手札は多いに越したことはないからな」


 んんん!? 交渉するつもりがないのに、念の為の人質!? い、意味が分かんないんですけど……!!


 考えても理解出来ないので、これ以上は追求しないことにした。


 聖哉は塔にある監視部屋に移動し、土蛇カメラで機皇兵団の様子を窺う。


「よし。そろそろアイアン・ドーム鋼鉄円蓋を展開しよう」


 土蛇カメラに映るキリング・マシン達の集団は、ターマインからまだ充分離れているようだったが、聖哉は壁をドーム状に変形させた。そうして空中からの攻撃に備えつつ、複数のカメラを仰ぎ見る。


「北方に、ざっと一万体か」


 聖哉と共に、しばらく黙って監視カメラに映るキリング・マシン達を見ていた私はあることに気付いた。


「ねえ、聖哉。空……飛んでないね……」

「うむ。飛んでいないな」

「やっぱり飛行タイプなんていねえじゃねえか!! ドームにした意味ねえな!!」


 ジョンデの叫びに聖哉は平然と返す。


「意味はあった。『安心を買えた』のだからな。それより北の草原で間もなくキリング・マシンとゴーレムとの戦闘が始まりそうだ」


 カメラに映し出された映像を見ると、所狭しとキリング・マシンの大群が映っている。しかし迎え撃つこちらのゴーレムの数も負けていない。


「一体、どれくらいのゴーレムを戦闘に使ったの?」

「北方に向かわせたゴーレムは約8000体。数では多少劣るが、問題はあるまい」


 その言葉に嘘はなかった。ゴーレムが軽く腕を振るえばキリング・マシン達が吹き飛ばされる。私の感覚だが、ゴーレム一体でキリング・マシン三体分の能力がある気がする。ゴーレムの力は圧倒的でキリング・マシン達は第五の壁を超えるどころか、壁に近付くことすら出来ないでいた。


 私達はしばらく北方の映像を見ていたが、やがて聖哉がカメラから目を離した。


「第二陣の殲滅までに後一時間といったところだな」


 ……勝利を確信する聖哉の言葉に、ジョンデも私も嬉々とした、その時だった。


『シャーシャーシャーシャー!!』


 土蛇電話とはリズムの違う、けたたましい土蛇の音が聖哉の胸元から聞こえた。


「何だと……!」


 普段、冷静な聖哉が顔色を変える。


「せ、聖哉!? 今のは!?」

「警報の土蛇だ。敵が第一の壁付近まで接近すればアラートするようにしてあった……」

「ええっ!! 第一の壁って、ターマインを守る最後の壁でしょ!? 何かの間違いじゃないの!?」

 

 ジョンデも焦りの表情を見せて、素早くカメラを見る。私も同じように、今まで見ていた北方の壁周辺はもちろん、西、東方面のカメラも確認するが、壁の周りは守備のゴーレムが仁王立ちしている風景が映し出されている。


「……南方か」


 聖哉の呟きで南方の監視カメラに視線を向けた。だが他のカメラ同様、変わりはない。


「南を守っているゴーレムはやられていないわ!! キリング・マシンの姿すらない!! なのにどうして、アラームが鳴るのよ!?」


 聖哉が押し殺したような声を出す。


「おそらく奴らは地下の岩盤を砕きながら、第五の壁から第二の壁の下を通過したのだ……」

「空からではなく、地下だと!? つまり裏をかかれたという訳か!?」

「無論、敵が地中を掘削くっさくしつつ侵攻してくる可能性も考慮していた。故にグレイトアイアン・ウォールは地下にも伸びている。地表から肉眼で見えている50メートル、そして見えないが地下にも50メートル。実際は全長100メートルの壁なのだ」

「そ、それなのに奴ら、地下50メートルの更にその下を潜り、侵入してきたって訳かよ!?」


 ギリッ、と聖哉の歯噛みする音がした。


「念には念を入れて、最後の第一の壁のみ、他の二倍の長さの地下100メートルまで伸長させていたのだが……」


 聖哉は南方に設置した第一の壁と第二の壁の間を映すカメラを睨んでいた。


 やがてモグラのように土を掘り起こし、地上へと姿を現したキリング・マシンを見て、私もジョンデも息を呑んだ。


 青く光るメタリックなボディ。ドリルのような形状の両腕。それは新しいタイプのキリング・マシンだった。


「……まずい。まずいな」


 聖哉がツカツカと忙しなく辺りを歩き回り始めた。ジョンデが、自らを安心させるように呟く。


「だ、だが、やつらの侵攻はここまでだ! なにせ敵は地下100メートルの第一の壁を超えられなかった! だから諦めて、地上に上がってきたんだからな!」

「そ、そうよね! 大丈夫よね!」


 私はジョンデの言葉に同調するが、聖哉は苦々しげに言う。


「ダメだ。ターマインの強固な地盤を砕き、深度50メートルまで達するということは、つまり……」


 第一の壁周辺のカメラを見る。地上に現れた百体を超える新種のキリング・マシン達が、第一の壁に向けて、腕のドリルを突きつけていた! 壁は徐々に削り取られるように、砕け散っている! 


「地上に上がり、正面突破を企てるこの部隊に加え、おそらく現在も地下の岩盤を掘削し、100メートルの壁の下を超えようとしている部隊もいることだろう」

「正面、そして地下からも迫っているということか……!」


 耐えきれなくなったようにジョンデが聖哉に歩み寄った。


「話が違うぞ!! 『空からの攻撃を防げば完璧』――お前はそう言っていただろうが!!」


 ジョンデの一言に聖哉が目を尖らせる。


「……黙れ!」


 聖哉は珍しく怒りの感情を剥き出しにしていた。明らかに苛立っている様子だった。 


「せ、聖哉……!」


 私の視線に気付くと、大きく息を吐き、平静を取り繕うようにして言葉を発する。


「もはや、こうなっては仕方あるまい」


 そして、聖哉は指を鳴らす。激しい地鳴りが私達の体を揺らし、ターマインの空を覆っていたドームが収縮するようにして無くなる。


「な、何をしたの?」

「ターマインを囲う第五の壁から第二の壁までを撤去した。そして最後の壁である第一の壁にのみ、俺の持てる全魔力を注入――壁の厚さと深さを五倍に伸長した。もっと厚く深くしたいが、空に向かって伸ばすのと違い、固い土壌のある地中ではこれが限界だ」


 こうしてターマインを守る五重の壁は一枚のみになってしまった。聖哉としては予想が外れた上での苦渋の選択だったのだろうが、それでも五倍に増した壁の厚みは、ドリルでの敵の正面突破を防ぎ、また地下からの侵入も防いでいた。どうにかキリング・マシン達の侵攻は小康状態になったのだ。


 とにもかくにも、ホッとした途端、


「おい、待て! 此処に入るんじゃない! 今、勇者様は忙しいのだ!」


 塔の階段付近でガヤガヤと騒ぎが聞こえた。


「つ、次は何なのよ!?」


 気になって声の方に行くと、


「勇者様にどうしても進言したいことがある!!」


 見張り塔の護衛兵に囲まれつつ、屈強な戦士が叫んでいた。よく見ると、先日、聖哉に仕えようとして、「農作業をしろ」と一蹴された戦士である。


「ど、どうしたの!?」


 戦士は私に気付くと、言葉を少し和らげた。


「言われた通り農作業をしていて、気付いたことがあるのです」


 ジョンデもキリコも、そして聖哉もいつの間にか近くにいて、戦士の話に耳を傾けていた。


「昨日、ごく短い間だが、パラパラと小雨が降りました。その時、ターマインにいるゴーレム達が、うずくまるようにして動きを止めたのです。このことは自分だけでなく、多数のターマインの民衆が目撃しています」


 聖哉が眉間にシワを寄せた。


「つまり『ゴーレムが水に弱い』とでも言いたいのか? バカバカしい。ゴーレムに水耐性があることは既に確認している」


 しかし、戦士は断言する。


「いいえ、間違いはありません! 雨水を受けて、ゴーレム達は動きを鈍くしたのです!」

「雨水……だと……?」


 聖哉が睨むように私を見た。


「『空から直接降ってくる雨水にのみ耐性がない』……リスタ。そんなモンスター特性が存在するのか?」

「た、確かに考えられないことではないわ! 井戸水や濾過された水とは違い、降ったばかりの雨水には自然の力が多く含まれている! 普段、水耐性があるゴーレムでもひょっとしたら……!」


 悪いことは重なるもので、見上げれば、今にも泣き出しそうな曇り空が広がっている。


 ――も、もし……今、雨が降れば……!!


 不意に『ガンッ』と激しい音がして、私とキリコはビクリと体を震わせた。聖哉が置いてあったテーブルを蹴り上げた音だった。


 激高を見せた後、聖哉は監視カメラのある部屋に戻ると、今度は人が変わったように焦燥とした様子でカメラを眺め始めた。視線を激しく動かし、爪を噛んでいる。こんな聖哉は初めて見たような気がする。


 ジョンデはしばらく黙っていたが、やがて「チッ」と舌打ちをした。踵を返し、部屋から出た後は兵達に指示を飛ばす。


「各自、戦闘準備! そして王宮の守りを固めろ!」

「じょ、ジョンデ!?」


 その時、ジョンデは本来の将軍の顔付きに戻っていた。


「俺は奴を買いかぶっていたようだ。奴の用心深さは、『強さに裏付けられた慎重さ』だと思っていた。だが、実際は逆。奴の強さは『慎重さがあってこその強さ』なのだ。つまり頼りにしている慎重さが崩れた時、精神もまた、もろく崩壊する……」


 ジョンデが歩き去った後、私は聖哉の背中を眺める。


 ――聖哉……!


 ……イクスフォリアに来てから苦しい戦いが続く。魔王を上回る能力値を持っていた獣皇グランドレオン。更に今回、機皇オクセリオには裏をかかれ、よもやターマインへのキリング・マシン侵入を許すところだった。


 聖哉はとんでもなく用心深い。出来る限り全てのことに対処できるよう、前もって準備をしている。だが、それでも予知能力を持っている訳ではない。森羅万象や突発的な事象を含めた全ての可能性を探るには、人の身では限度がある。


 いくら『ありえないくらい慎重』だとしても、これが竜宮院聖哉の限界なのかも知れなかった。

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