第八十六章 追い詰められて

「聖哉さん……大丈夫でしょうか?」


 監視部屋の外。キリコが心配そうな口調で私に話しかけてくる。


「ええ、大丈夫よ! 色々、重なってちょっと動転してたみたいだけど、そのうち打開策を考えてくれるわ! 聖哉は精神的にタフなんだから!」

「そうですか! なら、安心ですね!」


 キリコにそう言ってみたものの、内心はハラハラしていた。聖哉は今まで一度も見たことのないくらい狼狽している。勿論、気持ちは痛いほど分かる。今現在もキリング・マシン達は南方正面の壁を砕きつつ、また地中を掘り進めているのだから……。


「キリちゃんは平気? キリング・マシンがゴーレムに壊されるのを見るのって辛いんじゃない?」

「は、はい。確かに辛いです。でも私、人間が襲われるのもまた嫌なんです……」


 優しいキリング・マシンはそう言って、俯いた。私はキリコに何と言ってやれば良いのか分からず、押し黙った。



 その後、聖哉は北方の壁に集中させていたゴーレムの半数を南方に向かわせた。だが、それは良い策ではなかったようだ。背中を見せたゴーレムにキリング・マシンが襲いかかり、劣勢に陥った。加えて、南方の壁を守っていたゴーレム達もまた地下から現れたドリルを持つ新型キリング・マシンに追い込まれていた。新型は通常のキリング・マシンよりも性能が高く、一体の能力はゴーレムと同程度に思えた。


 ……今はしばらく聖哉を一人にさせた方がいいのかも知れない。だが、私としてもいつ敵に攻め込まれるか分からない状態に気が気ではなかった。


 意を決して、私はキリコと一緒に、聖哉のいる監視部屋に入る。


「どう? 何か対策は出来た?」


 聖哉はカメラを見たまま、私を振り返らず、ぼそりと言う。


「壁を壊されたり、壁の下を潜られたりする可能性を考えて、ターマインにいる全てのゴーレムを壁近くに移動させようと思う」

「全てって、町や王宮を守っているゴーレムも?」

「そうだ。守備は手薄になるが、ターマインの住民を守るにはもうこれしか方法がない」

「でも……地下から侵攻してくる新型キリング・マシンは、壁を超えてすぐに地上に出るとは限らないんじゃない? ひょっとしたら王宮の近くまで進んで、そこで這い上がるかも……」


 聖哉は驚いた顔で私を見た。そして数度、コクコクと頷く。


「そうか。いや、そうだ。そうだな。お前の言う通りだ。別の手を考えよう」


 そうして画面に目を戻すと、貧乏揺すりをしながら、爪を噛んだ。


 ――聖哉が私の考えに気付かされるなんて……!


 それほど精神的に追い詰められているのだろう。私は何だか悲しい気持ちになって、部屋を出た。


 機皇兵団が壁を超えるまで、時間に猶予はあるのだろうか。いや……あると信じたい。そして願わくば、その間に聖哉がいつものように冷静に戻ってくれることを祈るのみだった。


 八方塞がりに思える状況下だが、悪いことばかりではなかった。塔から空を見上げていたキリコが明るい声を出す。


「リスタさん! 晴れてきたようですよ!」


 頭上を見ると、ターマインを覆っていた一面の曇り空が晴れ始めている。当分の間、降雨によるゴーレムの弱体化は防げそうだった。




 それからの数時間は何事も起きずに過ぎた。南方地下の様子までは分からないが、厚みを増した壁を正面突破することは新型キリング・マシンにとっても至難であることは、土蛇が映す映像を見ると良く分かった。また一時、劣勢に陥った北方のゴーレムだが、やはり地力は通常のキリング・マシンを上回っており、徐々に形勢を立て直しつつあった。


 事態は少しずつ好転しているように思えたが、


「……敵の動きがおかしい」


 ジョンデが不審そうに言う。ターマインにいる兵達に指示を送った後、ジョンデは塔に戻ってきて、高所から敵の動向を窺っていた。


「おかしい、って何がよ?」

「やられている訳でもないのに、北方のキリング・マシンも南方の新型も、攻撃の手を緩め始めた……」


 そのジョンデの不安はすぐに形になった。


 塔より遠くに見える土煙。そして、地鳴りのような音が私の耳に届く。


「な、何なの!?」


 ジョンデと一緒に遠方の土煙に目を凝らす。


「嘘でしょ……! あれは……!」


 人間より視力の良い私の目に映ったのは、津波のようにターマインに押し寄せるキリング・マシンの大軍だった。しかも……


「ぜ、全方位から来ます!」


 兵士の言葉でぐるりと周りを見渡す。まさに360度――土煙はターマインを囲うように近付いてきていた。まるで一つの巨大な生き物がターマインを飲み込もうとしているかのよう。侵攻してくるに従って、地鳴りは徐々に規則性のある機械音となり、キリング・マシン一体一体の姿も見えてくる。ほとんどは通常のキリング・マシンだが中には新型もいる。そして、驚愕すべきはその数だった。


 ジョンデが冷や汗を手で拭う。


「一万……いや、もっといる……! 奴ら、この援軍を待っていたという訳か!」

「こんな数のキリング・マシン、とても対処出来ないわ!」

「いや! ターマインの町中にいる全てのゴーレムを掻き集めて戦闘に使えば数では同等になる! 多少危険だが、やるしかない! 太陽が出ているうちに決着をつけなければならんからな!」

「そ、そう……ね……」


 ジョンデも先程の聖哉と同じ考えだった。そして私は最早、その考えに反対出来ない。事態はそれほど差し迫っていた。


 大軍と合流したキリング・マシン達は、壁の外を守るゴーレムをぐるりと囲い、対峙していた。よもや一触即発。だがそれでもキリング・マシンは動かない。


「こ、今度は一体、何を待って……?」


 途端、私の耳に雷鳴のような轟音が鳴り響く!


 音のした空を見上げて、私は戦慄する。


 ターマイン上空に数個の幾何学模様の図形が描かれていたからだ!


「魔法陣……!? まさか……!!」


 イヤな予感は的中する。魔法陣が光り輝いた後、晴天だった空にはどんよりとした雨雲が広がった。同時にスコールのような豪雨がターマインに降りしきる!


 激しい雨に打たれ、ゴーレム達の動きに明らかな変化が訪れる。壁の外で戦闘中のゴーレムは動きが鈍り、キリング・マシンの大群に飲み込まれる。また壁の内側ではガクリと片膝を付くゴーレムも見られた。


 ――ど、どうして!? どうして敵にゴーレムの弱点が知れ渡っているの!? ゴーレムが雨水に弱いと分かったのは、ついさっき!! 壁で囲まれたターマインの外に情報が漏れる筈がないのに!!


 考えがまとまらない。しかし、ゆっくりと思案している暇はなかった。


 弱ったゴーレムにキリング・マシン達は一斉に襲いかかった。動きの鈍くなったゴーレムは次々と倒され、土塊へと姿を変える。ゴーレムの防御が崩れると、キリング・マシンは壁へ殺到する。そして新型がドリルを壁に打ち付けた。


 ジョンデが溜まりかねたように踵を返した。聖哉のいる監視部屋に向かおうとしている。


「ジョンデ!? どうする気!?」

「もはやターマインにいるゴーレムを出したところで形勢は変わらない! ならば勇者を連れて戦いに行く! 俺達自身が戦うしかない!」

「だ、だけど聖哉は今そんな状態じゃないわ!」

「ダメだ! 引き摺ってでも連れて行く!」

「ちょ、ちょっと落ち着いてよ!」


 言い合いながら、私とジョンデ、そしてキリコは監視部屋に雪崩れ込んだ。


 ……そして、その瞬間。私は自分の目を疑った。


 聖哉が足を組んで椅子に腰掛け、優雅に紅茶を飲んでいたからだ。 ジョンデがワナワナと震える。


「お、お、お前……何を呑気に紅茶なんか飲んでるんだァーーー!?」

「待って、ジョンデ!! 聖哉はきっと落ち着こうとして、」

「ええい、悠長なことを!! 今はとっくにそんな状況ではない!! さぁ、準備しろ!! 戦いに行くぞ!!」


 だが聖哉は紅茶の入ったカップを眺めていた。


「ターマインの紅茶は香りが良いな。俺の世界で言うと、ダージリン・ティーに近いだろうか。とにかく、うまい」


 落ち着き払った口調の後、また一口、紅茶をすする。途端、ジョンデが聖哉に掴みかかった。


「紅茶飲んで酔っ払ってんのか、お前はァ!? 敵の策でゴーレムは弱体化!! もう一刻の猶予もないんだぞ!!」

「……うるさい奴だな」


 そう言うや、『ビチャッ』! 聖哉は紅茶をジョンデの顔にブッかけた!


「て、テメーこの野郎!! 何しやがる!!」

「お前はゾンビ臭い。だが、これで少しは良い香りの『ダージリン・ゾンビ』になるだろう」

「!? 誰がダージリン・ゾンビだあああああ!! ブッ殺すぞ、このアホ勇者!!」


 ジョンデはありえないくらい激怒していたが、私は勇者の傍若無人振りを見て思う。


 せ、聖哉ってば、正常に戻ってる!! いや、この状態が正常ってのが、どうにもアレな感じだけど……とにかく、いつも通りだわ!! 一体、何があったというの!?


 聖哉は憤るジョンデを無視しつつ、一つの土蛇カメラの映像を眺めていた。そこには異様なキリング・マシンが映っている。通常キリング・マシンの3倍程ある体格。腕が四本、足もまた四本。機械で出来た蜘蛛のようなモンスターを見て、


「お父様……!」


 キリコが呟いた。


 ――あ、あれが機皇オクセリオ……! 大将が自ら出てくるってことは、やっぱり第三陣は機皇兵団の全戦力! 勝負を決めるつもりなんだわ!


「このカメラの映像は南方の壁に設置してある土蛇によるものだ。互いの音声も伝わる。試してみろ」


 そう言って、聖哉は土蛇をキリコの前に差し出した。おそるおそる手に取ったキリコは土蛇をマイク代わりにオクセリオに話しかける。


「お、お父様、聞こえますか?」


 しばしの沈黙の後、


「……人間に捕らえられたキリング・マシンか」


 キリコと違い、機械が無理矢理、人間の言葉を話しているようなオクセリオの声が監視部屋に響いた。


「お前を使った交渉などには応じない。お前が壊されても、代わりは腐る程、居る」


 冷たく言い放たれ、キリコは体を小さく震わせたが、勇気を振り絞るように言葉を発する。


「に、人間達を襲うのは、やめて頂けませんか?」

「何を言っている? 作戦を中止する理由が見あたらぬ。現在、我が軍は圧倒的に優位。まだら髪の悪魔に授かりし魔導具により、雨の魔法陣を展開。ゴーレムの弱体化に成功した。更に全方位の壁は後少しで破壊可能。また地下部隊は深度250メートルに到達し、五倍化した壁を潜ろうとしている。我が軍の勝利は揺るがない」

「だからこそ、お父様! もう攻撃をやめて頂きたいのです! 私はキリング・マシンが壊されるのも、人間が襲われるのも嫌なんです!」

「人間を殺すことが我らの使命だ」

「お父様……!」


 オクセリオはキリコの願いに聞く耳を持たなかった。ジョンデが沢山ある映像の一つを指す。


「おい!! あれを見ろ!! 奴の言ったことは本当だ!! 南方の壁が崩れそうだぞ!!」


 確かに壁にはドリルによる亀裂が走っている。オクセリオが言うには、ターマインを覆う全方位の壁が今、この状態なのだ。


 それでも聖哉は冷静に言う。


「案ずるな。今から壁を補強する」


 オクセリオに聖哉の言葉が聞こえたらしい。


「一部分の損壊なら修復出来るだろうが、お前の魔力はもう限界の筈。数カ所の同時損壊には対応出来ないと推測する」


 ううっ!! そんなことまで見通されてる!! ど、どうするの、聖哉!?


 だが、聖哉は指をパチンと鳴らし、事も無げに言う。 


リペア・アイアンウォール鉄壁再生……」


 途端、激しい地響きと共に私の足下が震動した!


「聖哉!! 南方の破られそうな箇所を再生したのね!?」 

「いや。南方のみならず全方位の壁を修復した」

「そ、そうなんだ!? 魔力はまだギリギリ残ってたのね!!」

「そして修復と同時に壁の厚さを二十倍。深さは2000メートルにしておいた」

「……はい?」


 き、聞き間違いかしら。


「あの……今、何て? もう一回、言ってくれる?」

「補強した壁は厚さ二十倍、深度2000メートルだ。もはや蟻一匹、通さん」


 ……私とジョンデ、そしてキリコは互いに顔を見合わせる。しばしの沈黙の後、


「「「はああああああああああああ!?」」」


 私達は絶叫した。


「だ、だって厚さも深さも五倍にするのが限度だって言ってたじゃんか!!」

「それに、そんなことが出来るなら、何故もっと早くやらないんだよ!?」

「ちょ、ちょっと待てください!! 皆さん、アレを見てください!!」


 キリコの指し示した壁の外を映す複数の土蛇カメラは、地面がボゴボゴとせり上がる映像を捉えていた。


「新たな敵の援軍か!!」


 ジョンデが顔を歪ませたが、そこから現れたのは新型キリング・マシンではなかった。土の下からキリング・マシンの倍以上ある体を浮上させたのは、聖哉の作ったゴーレムだった。


 ジョンデが驚いて聖哉を見る。


「壁の外にゴーレムだと!? お前、一体いつの間に!?」 

「有事の際を考え、元々、ターマイン周辺の地下に隠しておいた」


 墓場から這い出るゾンビのようにして、無数のゴーレムが現れる。


「何て数……!! 一体、どのくらいいるのよ!?」

「およそ三万体だ」

「!! 三万体!?」

「まぁ実際もっと、いるのかも知れんが、あまりにも作りすぎて把握しきれなくなった」


 聖哉の言葉に嘘はなかった。今や、映像には途方もない数のゴーレムが映っている。


「ターマインを囲っている機皇兵団を、このゴーレムで更に囲う」


 聖哉が作戦を呟いたその時、ターマインの空にまたも魔方陣が展開される!


「だ、ダメよ!! いくら数が多くても、ゴーレムは雨で無力化されちゃうわ!!」


 地中から雲霞の如く湧いたゴーレムに、無情の雨が降り注ぐ! 全身に雨を浴びたゴーレム達は、


「あれっ……!?」


 まるで動きを鈍らせることなくキリング・マシン達に殴りかかっている! いやむしろ、今までセーブしていた力を解放したように、力任せに投げ飛ばし、引き千切り、新型のキリング・マシンを圧倒していた!


「な、な、何だ、こりゃあ!? 雨水が弱点なんじゃねえのかよ!?」


 叫び声を上げるジョンデに、聖哉はジト目を向ける。


「俺の作ったゴーレムに弱点などない」

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