第二十四章 竜の洞窟

 ドワーフの店主が言ったように、村を出てさらに東に向かうと、徐々に地形が変わっていった。先程まで草原を進んでいた私達は今、大小様々な岩が足下に転がる岩場を歩いていた。


 それにしてもかなり広い岩場である。洞窟の場所を道具屋にきちんと聞いておけば良かったと後悔していると、エルルが私に手をかざした。


「リスたん。見て」


 何とエルルの手の甲に竜を象ったような紋章が現れ、光を放っていた。マッシュの手にも同じような紋章が輝いている。


「初めての場所だ。でもわかるぜ。きっとあっちだ……」


 マッシュとエルルは紋章に導かれるように、岩場を進む。私と聖哉はその後に続いた。



 やがて二人が足を止めた場所には、見上げる程に巨大な岩壁。その下部に大きな空洞がぽっかりと口を開けている。


「どうやら着いたようだな」


 聖哉はたいまつを取り出し、火を灯した。今度は聖哉を先頭にして、私達は洞窟に入った。


 ゆっくりゆっくりと洞窟内を慎重に歩く聖哉だったが、五十歩も行かないうちに洞窟は行き止まりとなった。


「あっ、ホラ! もう行き止まりだよ! やっぱり、たいまつ、いらなかったじゃん!」


 したり顔で言うが、


「そんなことより、これを見ろ」


 聖哉は目の前の岩壁を指さしていた。


 ――じ、自分に都合の悪いことはスルー……!! 何だかもう腹立つのを通り越して羨ましい性格だわね……!!


 まぁとにかく、聖哉の言うように岩壁には、竜族の紋章が壁画のように大きく描かれていた。紋章の下には二人分の手形が掘られており、そこにマッシュとエルルの手を置けば封印が解けるのは明白だった。


「よし、エルル! 俺達の出番だぜ!」

「うんっ!」


 二人がまさに手をかざそうとした時『ゴキゴキッ』。聖哉の方から骨がきしむ音が聞こえた。驚いて皆、聖哉を見ると、巨大な岩壁を前にプラチナソードを抜いている。


「せ、聖哉!?」


 途端、聖哉はフェニックス・ドライブのように、剣の残像の残る速さで何度も何度も剣を頑強な岩壁に叩き付け始めた! 洞窟内に耳を塞ぎたくなる大音響が木霊する!


「ちょっと!! 何やって……」


 止めようとした。だが……いつしか聖哉に見惚れている自分がいた。剣を振るう聖哉の腕は滑らかに円を描くように、またムチを振るうように、強烈に岩肌を打ち付けていた。それは私が今まで一度も見たことのない剣さばきだった。流麗かつ華麗に激しい斬撃を打ち込みながらも、聖哉は息を乱していない。


「……腕や手首の関節を極度に柔軟にすることによって、斬り落とし、斬り返し、なぎ払い、打突などの剣技を一度の攻撃動作で行い、それを何度も繰り返す――これが、」


 そこまで言った時! 堅固な岩壁に亀裂が生じる! 刹那、私達の前に立ちふさがっていた障壁は、ガラガラと音を立てて崩れ去った!


「これが……『エターナル・ソード連撃剣』だ……」


 アデネラ様直伝の絶技を目の当たりにし、私よりも唖然としていたのは竜族の二人だった。


「む、無理矢理、封印解除しちまった……!!」

「わ、私達、いらないじゃん……!!」


 可哀想な二人を無視して、聖哉は崩れた壁の向こうに進んだ。



 マッシュとエルルを励ました後、聖哉に遅れて、壁の向こうに入った私達はまたしても唖然呆然とする。てっきり大きな宝箱でも置いてあるかと思っていたのに、そこは何もない狭い空間だったのだ。


「あ、あれ? 此処に最強の武器があるんじゃないの?」


 見回しても何もない。ただ魔法陣が地面に描かれているだけだった。肩すかしを食ったような気分がした次の瞬間、不意にその魔法陣から光が溢れた。同時に荘厳な声が辺りに響く。


『よくぞここまで来られた……竜の血を受け継ぐ我らが同胞よ……』

「な、何だ!?」


 男性と思しき、その声は、どうやら魔法陣から聞こえてくるようであった。


『勇者様……どうぞこの魔法陣の上にお乗り下さい。我ら竜族が住まう竜の里への扉を開きましょう。そしてそこにて、最強の武器イグザシオンを授けましょう』


 イグザシオン……!! それが魔王を倒せる最強の武器の名称……!!


「ねえ、皆! これってきっと私の出す門みたいな感じよ! この魔法陣から竜の里までワープ出来るんだわ!」

「竜の里か! それって俺とエルルの本当の故郷ってことだよな?」

「う、うん! 何だかドキドキするねっ!」

「ええ! 早速、行ってみましょう!」


 興奮した私達が、魔法陣の上に乗ろうとしたが、聖哉が片腕を伸ばして、制止する。


「待て。危険すぎる。罠かも知れん」

「え……。罠って……聖哉?」


 聖哉は岩壁を這っていた一匹のトカゲを捕らえ、魔法陣に乗せた。


「よし。全員乗ったぞ」


 そして魔法陣に向かって平然と嘘を吐く。


 ええーっ!? 乗ってないじゃん!! 乗ってるの、トカゲじゃん!!


『では竜の里へと転送致します』


 声の主が言うや、トカゲは光に包まれ、魔法陣に吸い込まれるように消えた。


 やがて、魔法陣から荘厳だが、少し狼狽した声が響いた。


『いや……あの……何故だかトカゲが送られてきたのですが……』

「うむ。では、そのトカゲを今度はこちらに送り返して貰おうか」

『い、一体どうして、そんなことを……?」

「いいから、やれ。まさか出来ないとは言わせないぞ?」

『わ、わかりました……』


 やがてトカゲは送り返されてきた。聖哉は食い入るようにそのトカゲを観察する。


「ふむ。トカゲに外観的な異常はない。どうやら俺達を異次元に送り、一網打尽にする罠ではなさそうだな」

『……そ、そんなこと……し、しませんって……』


 いつの間にか魔法陣の声からは、荘厳さが掻き消されていた。



 ……何だかんだで、光に包まれ、ようやく私達が魔法陣から転送されると、


「ようこそ。竜の里へ」


 洞窟で聞こえていたのと同じ声がして、私はその声の主を見た。その途端、


「ひえっ!?」


 声を上げて叫んでしまった。


 人間のように二足で立ち、麻の服を着ている。だが、それは大きなトカゲであった。突出した口からは短い牙が生えており、そこから人語を発している。


「驚かれるのも無理はありません。我々、『竜人』の容姿は人間とは随分違いますので」


 竜人は爬虫類のような目を細めながら口を歪ませた。どうやら笑顔を繕っているらしい。


「しかし、こちらも先程は驚きましたよ。魔法陣に向かい『ようこそ。竜の里へ』と言ったら、小さなトカゲがポツンと一匹、居ただけでしたからね」

「な、何だか色々すいません……」


 私が謝ると、竜人は「ふふふ」と笑った。


「まぁそのくらい用心深い方が世界の命運を託すのに安心というものです。……いや、申し遅れました。私、竜の洞窟の番をしておりますラゴスと言う者です」


 ラゴスは歩くと、部屋の扉に手を伸ばした。


「さぁ竜王母様が神殿にて待っておられます。今より、ご案内致しましょう……」



 扉の外に出ると、そこは町の中であった。だが、目に入る光景は今までゲアブランデで見た、どの町や村とも違う。『竜の里』というから牧歌的な雰囲気を想像していたのだが、どちらかと言えば、統一神界に近く、地球でいえばバロック様式のような感じの緻密で芸術的な造りの建物が林立している。


 キョロキョロと珍しげに物見する私達にラゴスは歩きながら話しかける。


「竜の里はアナタ方が居た場所より、海を隔てた遙か西の大陸ユーレアにあります。ユーレアは深い霧に包まれた人類未到の幻の大陸なのです。此処に人間が立ち入るにはあの魔法陣を潜るより他に方法はないでしょう」


 ……なるほど。どの世界に於いても、竜は神に近い存在。人間界に大事が起こった時以外、人目を忍んで、密かに暮らしているという訳ね。


 ラゴスに連れられ、歩いていると、すれ違う竜人達がマッシュとエルルを見て、口々に声を上げた。


「あれがマッシュ様とエルル様か!」

「マッシュ様! なんと逞しい!」

「ああ、エルル様も見目麗しいわ!」


 竜人達に羨望の眼差しを向けられ、照れくささを隠すようにマッシュはラゴスに話しかけた。


「な、なぁ。どうして俺とエルルは、此処の奴らと全然姿が違うんだ?」

「元々、我々『竜人』は竜と人との間の存在です。と言っても、その殆どが竜の血の方が色濃く前面に出ています。それで竜に近い外見になる訳です」


 それを聞いて、聖哉が口を開く。


「つまり、こいつらは竜の血が少ない出来損ないということか」

「そ、そうなのか……!?」

「そ、そーなんだ……!?」


 露骨な言葉に落ち込むマッシュとエルル。私が聖哉を叱ってやろうとした時、ラゴスは快活に笑った。


「いえいえ! 逆ですよ、勇者様! マッシュ様とエルル様こそ選ばれしお方! 我々、通常の竜人には為し得ない偉業を達成される運命を背負いし竜族なのです!」

「それってどういうことなんだよ?」


 マッシュが尋ねるが、ラゴスは首を横に振った。


「詳しくはこれから会われる竜王母様に直接お聞きになった方が良いでしょう」


 そう言って口をつぐんだラゴスに、今度はエルルが話しかける。


「ね、ねえラゴスさん。ひょっとして、私とマッシュの身内ってどこかにいるのかな? お、お父さんとかお母さんとか……」


 するとラゴスは、しばらく黙った後、


「お伝えするのは大変、心苦しいのですが……マッシュ様、エルル様の両親ともに十数年前、里で大流行した疫病にて既に他界されております。聞いた話ですと親戚縁者も皆、その時に……」

「そ、そっか」

「エルルちゃん……大丈夫?」

「う、うん! 何となくそんな気がしてたし! それに私にはマッシュがいるから平気だよ!」


 気丈に振る舞うエルルにラゴスは微笑んだ。


「此処にいる竜人全てはお二人を家族として思っておりますよ。それに竜王母様は我ら竜族の全てにとって母なる存在。アナタ達が来るのを楽しみに待っておられます」

「そうなんだ!! 早く会ってみたいなー!!」


 エルルが無邪気に微笑んだ。


 ――竜王母……竜族にとって母なる存在……か。私達、女神にとってのイシスター様のように高貴で優しいお方なのかしら?



 ラゴスに案内され、私達は統一神界の神殿に勝るとも劣らない豪奢な造りの神殿に足を踏み入れた。


 長く続く赤絨毯の先。竜人の従者達に囲まれ、竜王母は玉座に腰を下ろしていた。


 私達の姿が目に入ったのだろう。ゆっくりと立ち上がる。


「よくぞ来られたの。マッシュにエルル。そして勇者に女神よ。妾がこの竜の里を治める竜王母じゃ」


 声だけ聞くと、確かに高貴な感じがした。首には高価そうなネックレスを付け、裾を引きずるうぐいす色のドレスを身にまとっている。しかし、ドレスから覗くのは爬虫類の如き黄土色の皮膚、感情の読めない冷たい瞳、突き出た鼻と口。


 竜王母も他の竜人と変わらぬ直立する大トカゲであった。


 ――う、うわ……。全然イシスター様と違うじゃん。そして……お世辞にも綺麗とは言えないわね……。


 ふとイヤな予感がして竜王母から目を逸らし、聖哉へと向ける。案の定、聖哉は汚い物でも見るような目付きで竜王母を眺めていた。


「グロテスクだな」

「ウォォォイ!?」


 私は大声で叫ぶが、竜王母はよく聞こえなかったらしく、キョトンとしていた。


「ん? なんぞ言ったかえ?」

「え、えーとですね! ゆ、勇者は今、その、あの……そう! 『バジリスク蛇神の王』を彷彿とさせる雰囲気のある御方だと申したのですわ!」

「ホッホッホッ。バジリスクかえ。妾は蛇ではないのじゃが」

「そ、そうですよね! オホホホホッ!」


 どうにか誤魔化した後、私は聖哉をキッと睨み、これ以上、何も言わないように牽制しておく。やがて竜王母は爬虫類の目をギョロリと剥いて、真剣な声を出した。


「さて……事態は切迫しておる。今は亡き黄竜帝こうりゅうてい様が百年前に予言した通り、邪悪がこの世界を呑み込もうとしておるのじゃ。魔王は北の寒地アルフォレイス大陸を根城に、今も着々と侵攻を開始しておる」


 竜王母が、さらりと言ってのけた情報に私は声を上げる。


「アルフォレイス大陸……! そこに魔王の居城があるのですね……!」


 私は以前から考えていた案を言葉に出してみる。


「魔王城の場所が分かるなら、聖哉のメテオ・ストライク小隕石飛来衝で一気に壊滅させられるんじゃ!?」


 だが、竜王母は太い鎌首を横に振る。


「無駄じゃ。巨大な城の周りには外部からの攻撃を跳ね返すリフレクト反射魔法障壁が施されておる。隕石などぶつけようとしたら、術者にそれが跳ね返ってくるぞ」


 そ、そっか……。やっぱりそんなに簡単にはいかないか……。


「じゃが、安心してたもれ。その為にこのマッシュとエルルがいるのじゃからな」


 目を細めて竜族の二人を見た後、竜王母はマッシュに手招きした。


「マッシュよ。近う寄れ」

「えっ! お、俺?」


 おそるおそる近寄ったマッシュの頭に竜王母は手を乗せた。


「竜人変化のコツを教えてやろう」


 一瞬、竜王母の手が輝いたように見えた。そして次の瞬間、


「ま、マッシュ!?」


 私は叫ぶ。マッシュの顔や手足の皮膚が黄土色に変色していく! それと同時に体や顔の輪郭も変わっていき……


「えっ、えっ、えっ!! ち、ちょっと俺、今、どうなってんの!?」


 不安げにマッシュが叫んだ時、既にマッシュは立派なトカゲ人間――いや、竜人になっていた。


「ほれ、ほれ。誰ぞ、鏡を持てい」


 竜王母の言葉で従者が持ってきた手鏡を覗き込んだマッシュは、


「うわぁ……」


 変わり果てた自身の姿に嘆いた。竜王母は笑う。


「ホッホッ。いきなり竜人の姿になっては慣れぬものよの。じゃが、マッシュよ。お主の能力は今、随分と向上したのじゃぞ?」

「そ、そうなの? ……リスタ! 俺の能力を見てくれるか?」

「え、ええ! わかったわ!」


 そして能力透視を発動した私は息を呑んだ。




 マッシュ

 Lv16

 HP13810 MP0

 攻撃力9210 防御力8770 素早さ7900 魔力0 成長度57

 耐性 火・氷・毒・麻痺

 特殊スキル 攻撃力増加(Lv5) 竜人化(Lv3)

 特技 ドラゴン・スラスト竜打突

    ドラゴン・スラッシュ昇竜斬

 性格 勇敢




……レベルは変わっていない。だけど、


「す、すごいわ、マッシュ!! 今までの十倍の能力値になってるわよ!!」

「ほ、本当か!! で、でも言われてみれば……力が溢れてくる!! 今なら何でも出来そうな気分だぜ!!」


 最初は自身のヴィジュアルに不満だったマッシュだが、今は誇らしげに聖哉に叫ぶ。


「見てくれ、師匠!! 俺、こんなに強くなったぜ!!」

「うむ。だが、あまり近寄るな。モンスターみたいで思わず叩き斬ってしまいそうになる」

「!? ひっでぇよ、師匠!!」

「まぁ、それにしても驚いたな。やるじゃないか、マッシュ」


 珍しく聖哉に褒められて嬉しそうなマッシュだったが、


「俺の三十分の一くらいの能力値だ」


 何気ない聖哉の一言に大きなショックを受けた。


「えっ……師匠の三十分の一しかないの……? 竜人化してるのに……? ウッソ、マジで……?」


 やがてマッシュはシオシオと人間の姿に戻った。マッシュの気持ちも知らず、聖哉は肩を叩く。


「よかったな。これでもっと荷物が運べるぞ」

「お、押忍……」


 ――せ、せっかく十倍のステータスを手に入れて喜んでたのに……!! 可哀想すぎる……! ! ってか、マッシュの三十倍って、一体どれだけ強いのよ、この勇者は!?


 しかし、竜王母は落ち込むマッシュに、ニコニコと微笑んでいた。


「マッシュよ。修行を続け、時が来ればさらに『竜人』から『神竜』へと化することも可能じゃろう。そうすればさらに能力値は跳ね上がろうぞ」

「ほ、本当か!?」

「無論じゃ。お主はそれくらいの力を秘めた選ばれし竜族なのじゃからな」

「よーし!! 俺、頑張るぞ!!」


 希望に胸を膨らませるマッシュを横目に、エルルは耐えられなくなったように叫んだ。


「り、竜王母様っ!! わ、私にも、今の、やってくれますかっ!!」

「いや。アレはエルルには必要ないのじゃ」

「えっ……そ、そんな……!!」


 聖哉と同様、竜王母にも突き放されて、泣き出しそうなエルル。


 だが、竜王母は優しくエルルに告げた。


「安心せよ。お主にはマッシュより、もっともっと大切なお役目があるのじゃからの」

「ほ、本当ですかっ!? そ、それってどんな!?」


 目を輝かせたエルルに対し、竜王母は、口からチロリと赤く長い、裂けた舌を出した。


「エルルよ。お主はその命を捧げ、最強の聖剣イグザシオンとなるのじゃ」

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