第二十三章 イザレの村

 竜の洞窟はクライン城より東にしばらく進んだ所にあるという。そう教えてくれたマッシュも行ったことのない場所であり、故郷であるナカシ村の村長に聞いた話らしい。村長は「竜族の者が近くに行けば、自ずと洞窟の場所を感じるだろう」とも言っていたという。


 とにかく私は、クラインの森の外れに門を出した。全員が門から出ると、早速、聖哉が文句を言ってきた。


「イシスターに頼み、竜の洞窟目前に門を出せば良いものを……」

「だ、ダメよ! こうやってショートカットすること自体、本当は良くないんだから! 通常は前に出した門の近くから再開するものなんだからね!」


 ってか、そもそも通常の勇者は聖哉みたいにちょくちょく天上界に帰らないけど!


「世界を救えなどと言っておきながら、そういう回りくどいことをするのが意味不明だ」

「仕方ないじゃん。何度も言ってるけど、人間に過度の援助をしてはならないってのが神界のルールなんだから。それに、たまにはフィールドを歩くのも楽しいわよ? ねっ、マッシュ!」


 私が目配せするとマッシュは大きく頷いた。


「ああ!! 俺、早くモンスターと戦ってみたい!! セルセウスのオッサンとの修行で自分がどれだけ強くなったか確かめたいんだ!!」

「ねーっ! そうだよね!」


 私達が意気投合していると、聖哉は小さな溜め息を吐いた。


「そんなことより、どこかで道具を買いたいのだが」


 するとエルルが不思議そうな顔で聖哉を見上げる。


「道具? なんでー?」

「洞窟に行くのだろう? たいまつは勿論、食料や飲料水、色々と用意しなくてはなるまい」

「で、でも聖哉くん。洞窟って言っても魔物とかはいないと思うよ? 最強の武器を封じ込めた聖なる洞窟って私、聞いたもん」

「ダメだ。何があるかわからん。準備は必要だ」

「ま、まぁ、きっと行きがけに町か村があるわよ。見つけたら寄って買えばいいわ。とにかく行きましょう」


 慎重な勇者をなだめつつ、私達は歩を進めたのだった。





 聖哉を先頭に草原地帯を二十分は歩いただろうか。


「ふう、ふう」と後ろを歩くエルルが辛そうなので、背負っている荷物を持ってあげようとして近付くと、何とエルルは両手の間に小さな炎を作っていた。


「え? それ何してるの、エルルちゃん?」

「あ、えっとね、ヘスティカ様が教えてくれたんだ。歩きながらでもこうやって魔法の練習出来るって。結構しんどいんだけどねー」

「それで息を切らしてたのね」

「うん! けど、モンスターが出たら、聖哉くんとマッシュのお手伝いしたいし! 私もちょっとは役に立ちたいから!」


 健気に微笑むエルルの声が聞こえたらしく、聖哉は振り返った。


「そんなことはしなくて良い。お前は荷物持ちだ。荷物だけ持っていれば良い」

「そ、そっかー。あ、あはは……」


 エルルは笑顔だったが、その顔は寂しげだった。


「ちょっと聖哉!!」


 相変わらず口の悪い勇者を窘めようとしたが、


「それに、モンスターは現れない」


 聖哉はぼそりとそう呟いた。


 そういえば、さっきから随分と歩いているのに一匹もモンスターに出くわさない。この辺りはそこまで平和な地域ではない筈。なのに一体どうして?


 だが、やがて。地平線の彼方に、うごめくものが見えた。人間より視力の良い私の目には、二足歩行で歩くブタのモンスターの醜悪な顔が映っている。


「マッシュ! アレ、見える? オークじゃない?」

「お、ホントだ! オークか! 肩慣らしにはちょうど良いな! いっちょうやるか!」


 マッシュが剣を抜いて、遠くのオークに向かって駆けようとした、その時。突如、上空に現れた巨大な火の鳥がオークに向かって飛翔する! 水鏡の池でヘスティカ様が作った火の鳥より、さらに一回り大きなそれはオークに急降下して体当たり! 瞬間、オークは炎に包まれ、その場にくずおれた!


 エルルが私の腕にしがみつく。


「な、何なのーっ!? 今のモンスター!?」

「オークもろとも自爆したように見えたぜ!?」


 モンスター同士の仲間割れ!? い、いや、そもそもアレはモンスターなの!? もし、そうじゃないとしたら……


「皆、気を付けて!! 術者が近くにいるかも知れないわ!!」


 私が叫ぶとマッシュもエルルも防御態勢を取った。そんな緊迫したムードの中、聖哉が落ち着き払った口調で言う。


「気を付ける必要などない。アレは俺が作ったのだからな」

「「「へ?」」」


 私達三人は呆然と聖哉を見る。


「『オートマティック・フェニックス鳳凰自動追撃』。半径50メートル以内に近付くモンスターの邪気を感知し、自動的に炎の攻撃をする」


 あ、アレ、聖哉の魔法なんだ……!? 遠隔での火炎攻撃魔法――いや凄いっちゃあ、凄いけど……


「さ、流石は師匠! でも今度、敵が出たら俺がやるからさ!」


 その時。エルルが叫んだ。


「あっ! マッシュ、また敵だよ! ほら、向こうっ! 木のオバケが歩いてるっ!」


 人間の顔が幹に刻まれた呪われた樹木のモンスター『人面樹』が二体、こちらに向かってやって来ていた。


「ようし!! 待ってろよ、人面樹!!」


 マッシュは鞘から剣を抜き、全力で走るが、空を飛ぶフェニックスの方が断然速い。滑空し、簡単にマッシュを抜き去ると、人面樹に激突。二体同時に炎上させた。


 足を止め、その場で愕然とするマッシュ。しかし、私はエルルに叫ぶ。


「見て! 後方にまたモンスターよ!」


 人間の子供程もある巨大蟻『キラーアント』の群れがこちらに向かってやって来ていた。


「エルルちゃん! アナタのファイア・アローなら遠くの敵も倒せる! そして今ならフェニックスは自爆したばかりで、いない! いけるわよ!」

「う、うんっ!」


 エルルは早速ファイア・アローを展開、矢を放つ。


「いっけえええっ!!」


 まさにキラーアントにエルルの魔法の矢が直撃するかと思った瞬間、矢の軌道上に新たなフェニックスが降り立った。フェニックスは、炎の片翼でファイア・アローを『ぺしっ』と払った後、キラーアントにぶつかり炎上した。


 唖然とするエルル。その隣で聖哉が自信ありげに腕を組んでいた。


「無駄だ。オートマティック・フェニックス鳳凰自動追撃はレベル30以下のモンスターなら瞬殺する。それを常時、三基、上空に放っているのだ。お前達の出る幕はない」

「そ、それじゃあモンスターと戦えねえじゃんかよ……!!」


 流石に苦虫を噛み潰したような顔をしたマッシュを聖哉は睨んだ。


「どうした、マッシュ。『戦わずして勝つ』――それが最上の策だとこの間、教えたろう?」

「あっ!! そ、そうでした!!」

「戦闘より、お前とエルルは荷物が荷崩れしないかに気を配れ。わかったな?」

「お、押忍!!」


 そして聖哉は颯爽と先頭に立って歩き出した。


 私はそんな聖哉の大きな背中をジト目で見る。


 ……モンスターに出会わない訳だわ。今まで全部、フェニックスが退治してたのね。ってか、ちょっとくらいマッシュとエルルちゃんに戦わせてやればいいのに……。そ、それにしても、あんな高位遠隔魔法の特技まで会得しているなんて一体、聖哉って今、どれほどのステータスになっているのかしら? どうせ聞いても教えてくれないだろうし……


 ――ようし!! 久し振りに見ちゃおっかな!!


 私は意を決して、聖哉に対して能力透視を発動した……。





 竜宮院聖哉りゅうぐういん せいや

 Lv1

 HP111 MP111

 攻撃力1 防御力1 素早さ1 魔力1 成長度1

 耐性 火・氷・風・水・雷・土

 特殊スキル 火炎魔法(Lv1) 魔法剣(Lv1)

 性格 ありえないくらい慎重





 ……ぜ、全部『1』!? 何て露骨な偽装!! フンッ!! なら、目に大きな負担を掛けるけどメガミックパワー女神力を使って、その偽装を破るまでよ!! さぁ、いくわよっ!! 猛り狂え!! 私のメガミックパワー……って、あ、あれ?


 気付けば私の目の前に、聖哉のステータスから飛び出した『数字の1』が、横一列に並んでいた。人差し指ほどの『数字の1』は生き物のように体を揺らし、 


「イー、イー!」と甲高い声で鳴いている。


 な、何かしら、コレ……で、でも……ウフフッ! ちょっぴり可愛いかも……なんて思った刹那、沢山の『1』が私の目に向かって飛び込んできた! 数字の1の先端が私の目にサクサクと突き刺さる!


「ホッギャアアアアアアアア!? 目が痛ってえええええええええええ!?」


 あまりの痛さに絶叫すると、隣で歩いていたマッシュがビクッと体を大きく震わせた。


「き、急に何だよ、リスタ!? ビックリするだろ!!」

「す、数字の1が!! 数字の1が、イーイー鳴いて可愛いかもと思った瞬間、私の目に飛んできて突き刺さったのよおおおおおおお!!」

「!? なんだそれ、童話!? アンタ、ひょっとして妙な葉っぱでも、やってんのか!?」

「別にバッドトリップしてる訳じゃないわよっ!!」


 私達がギャーギャー騒いでいるのを、聖哉は冷めた目で見詰めていた。


「……また得意の覗き趣味か」

「犯罪者みたいに言わないでくれるかな!?」

「人の情報を勝手に盗み見るのは立派な犯罪ではないか。この世界に警察があれば通報したいくらいだ」

「だ、だったら聖哉のステータス、私に教えてくれたらいいじゃん!!」

「ダメだ。お前が知る必要はない。ちなみに言っておくが、さっきのトラップは単なる警告だ。今度見たら、両目と頭部を破壊する。二度と見るな」


 両目どころか頭部まで……!? ゴクリ……!! こ、これは、しばらく見ない方が良いわね……!!


 戦慄しつつ、私は聖哉の能力透視を諦めたのだった。




 

 やがて前方に田園風景が見えてきた。畑の周りには木造の小屋も点在している。どうやら小さな村に辿り着いたらしい。


「うむ。それでは此処に寄って道具を調達するとしよう。品数は少なそうだがな」


 そんな聖哉の前にクワを持ったおじさんが歩いてきた。おじさんはにこやかに微笑む。


「やあ、旅の人達。ようこそ来なすった。此処はイザレの村だべ」


 そのおじさんの顔に、聖哉は懐から取り出した聖水を振りかけた。


「ぷわっぷ!? いきなり、なにすんだ、おめえ!?」

「うむ。人間のようだ」

「いや、聖哉!? もう聖水よくない!? デスマグラもやっつけたし、流石にアンデッドは出ないと思うよ!?」

「そう思わせておいてアンデッドかも知れん。油断は大敵だ」


 そして聖哉はマッシュを振り返った。


「いいか、マッシュ。新しい格言を授ける。覚えておけ。『忘れた頃にアンデッド』」

「『忘れた頃にアンデッド』か……!! くぅーっ!! これまた心に染みる名言だぜ!!」


 い、一体どの辺が心に染みるのよ……。全く理解出来ないわ……。


 私と同じように、おじさんもウンザリした顔で、聖水で濡れた服を眺めていた。


「ビチョビチョだべ……なにすんだよ、もう……」

「おい、お前。この村の道具屋は何処だ。さっさと教えろ」

「こ、こんなことしておいて、よくそんな風に上から聞けるもんだべな。……道具屋はここをしばらくまっすぐ行って、突き当たりを右に曲がったところにあるだ……」



 ふて腐れたおじさんが言った通りに、まっすぐ歩く。すると、すぐに道具屋の看板が見えてきた。


 エルルが首をかしげる。


「あれれ? もう道具屋? 道の突き当たりを右に曲がるんじゃなかったっけ?」

「でも看板に道具屋って書いてあるぜ?」

「きっとあのおじさん、聖哉に聖水を掛けられた腹いせに嘘を教えたのよ……」


 そして私達はその道具屋に入った。だが店内に足を入れた途端、妙な感覚に襲われた。聖哉も気付いたらしく、腰の鞘に指を当てている。


「いらっしゃい」


 しわがれた声と共に商品の陳列してある棚の向こうから現れたのは、背が極端に小さく、でっぷりとした店主だった。しかし、その男から僅かに感じる気配。それは……


 私は剣を中段に構えた聖哉を止める。


「ま、待って、聖哉! これはドワーフ! 分類はモンスターだけど、その殆どが人間を襲わず、平穏に暮らしているの!」


 私の叫び声に店の奥から、同じように背の小さい年配の女と、男の子が飛び出してきた。剣を持った聖哉を見て、血相を変える。


「や、やめてください! 一体、主人が何をしたというのですか!」

「やめろー! パパをイジメるなー!」


 私の膝下くらいしか身長のないドワーフの少年は大声で聖哉に訴えていた。流石に敵意はないと感じたのか、聖哉は剣を仕舞った。そして怯えるドワーフの店主に言う。


「おい。この店に、たいまつは置いているか?」

「は、はい。ご、ございますが……ひょっとしてあの洞窟に行くのですか?」

「知っているのか?」

「ええ。東の岩場に洞窟があります。でも、入ってすぐに行き止まりですよ……」


 マッシュがハタと膝を打った。


「それだ! 俺とエルルが封印を解けば、きっと行き止まりの向こうに行ける筈だぜ!」

「なるほど。とにかく、たいまつを貰おうか」

「ね、ねえ、聖哉。私、思ったんだけど、聖哉の火の魔法を使えば、たいまつが無くても明るいんじゃない?」

「ダメだ。MPを無駄に消費したくない」


 するとエルルが元気に手を上げた。


「じ、じゃあ、聖哉くん! 私の火の魔法を使ってよっ! 私のMPなら減っても大丈夫でしょ?」


 そんな名乗りを聖哉は一蹴する。


「いらん。お前の魔法より、たいまつの方がよっぽど信頼出来る」

「聖哉っ!! あ、アンタねえ!!」


 私は叫ぶが、エルルはぎこちない笑顔を見せる。


「い、いいよ、リスたん。確かに私のファイア、不安定だし」

「エルルちゃん……」


 どうにか役に立とうと振る舞うエルルが何だか不憫だった。

 

 何よ、もう、聖哉の奴!! そのくらい、エルルちゃんにやらせてあげたらいいのにさ!!


 だが聖哉は、もはや、たいまつを買う気満々だった。小袋から金貨を出しつつ、マッシュに目を向ける。


「おい、マッシュ。今から俺達は初めての洞窟に向かう。そこで問題だ。たいまつは何本いる?」

「五十本!!」

「!! マッシュ!?」


 とんでもない数のたいまつを即座に回答したマッシュに私は叫んだ。


 こ、この子、聖哉に毒されて道具感覚が完全におかしくなってるわ!!


 しかし、それでも聖哉は首を横に振る。


「惜しいが違う。洞窟は迷宮のように入り組んでいるかも知れん。つまり入ったら最期、数十日出られなくなることも考えられる。他にも水を吐くモンスターに襲われ、手持ちのたいまつがシンナリ湿って使い物にならなくなることも推測出来る。加えて、最強の武器を手に入れた後は帰りの分のたいまつも必要……となれば、最低、五百ぽ、」

「五本ください!!」


 聖哉の言葉に被せるように私は店主に注文した。




 明らかに不服そうな聖哉を押し出すようにして外に出ると、背後からドワーフの店主と、妻と息子が笑顔で私達を見送った。


「お買い上げありがとうございました。冒険者の皆様に、クロスド=タナトゥスの加護がありますように……」


 クロスド……? 聞いたことないわね。この辺りで崇拝されている精霊かしら?


 特に気にもせず、その後、違う店で保存食と水を手に入れ、ようやく私達は竜の洞窟へと向かったのだった。

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