第百十九章 超えてなお得られぬもの

 聖哉が別の鞘から引き抜いた剣を見て吃驚する。それは塵になった筈のキラーソードだった。いや、これはきっと新しく合成したもの。リスタ・スーパーババ……もとい、ホーリーパワー・ドレインソード改と同時に作っていたのだろう。神から邪悪な存在に戻ったアルテマイオスに向かい、鋸の刃のような剣を叩き付ける。


「いける! 勝てるぞ!」


 聖哉の攻勢を見て、ジョンデが声を上げた。私も奮い立つような気持ちを抑えられない。


 ――倒せない! 倒せないよ、アルテマイオス! アンタなんかにこの勇者は倒せやしない! 


エターナルソード・EX真・連撃剣


 アデネラ様の剣技でアルテマイオスの巨体が切り裂かれていく。無数に出来た裂傷から紫の体液を魔王の間に撒きながら、野太い声で絶叫し、倒れ伏す。


「よ、よし!!」

「やったわ!!」


 私とジョンデは手を取り合うが、


「……死んだ振りは止めろ」


 聖哉の冷徹な声が魔王の間に響く。


「命はまだ、あるのだろう? 隙を突こうとしても無駄だ。俺は油断など一切しない」


 すると、満身創痍ながらもアルテマイオスがゆっくりと立ち上がる。聖哉の言う通り、完全に死んではいない。だが、ゼェゼェと息を切らすその姿は、もはや追い詰められた憐れな獣だった。聖哉が、こきりと首を鳴らす。


「このまま一気に畳みかけたいところだが、念の為、体力を回復しておこう。狂戦士状態を長く続けると疲労する」

「聖哉!! なら、治癒の魔法を使おっか!?」

「いらん」


 聖哉は胸元から渋色をした草のようなものを取り出した。


「そ、それは?」

「イクスフォリアの野草を独自に配合して作った。体力のみならずスタミナ、魔力も回復する」


 ええーーーーー!! そんなものまで準備してるんだ!? 治癒の女神の私がいるってのに!!


 特製の薬草をモグモグとかじった後、聖哉はアルテマイオスに宣言する。


「これで全快した。何時間でも、いや何十時間でも付き合ってやろう。お前の命が完全に尽きるまで」

「お、おのれ……!」


 アルテマイオスが牙を剥いて唸る。最初、アルテマイオスは己が得た絶対的な力で聖哉を弄ぶつもりだったのだろう。だが、形勢は逆転。今、弄ばれているのはアルテマイオスの方。もはや誰が見ても聖哉の優勢は疑いなかった。


 ――こ、これでもう、私の死亡フラグも解除されたんじゃ……そうよ!! きっと、そうだわ!!


 魔王戦で私が死亡する可能性があったのは間違いない。事実、神となったアルテマイオスにあわや吸収されるところだった。だから聖哉は神界で私の覚悟を待った。それでも結果、聖哉は私を助けてくれた。このまま魔王を倒し、私と聖哉、そしてジョンデもキリコも無事に帰れるんだ――そう思った。   


「ま、待て……! これ以上やると、取り返しの付かないことになるぞ!」


 アルテマイオスが振り絞るような声を出した。だが、聖哉は聞く耳持たず、剣を構えたまま近付いていく。するとアルテマイオスは、私の方をぐるりと向いた。


「この勇者を止めろ!! 後悔したくなければな!!」

「はぁっ!? 何、言ってんのよ!! 後悔なんてする訳ないじゃない!! 往生際が悪いわよ、アルテマイオス!!」

「く……くくくく! ひひひひひひ……!」


 突然、アルテマイオスは下卑た笑いを魔王の間に轟かせた。


「し、知っているぞ……! お前も勇者も……そして、もう一つの命もまた、あの時、俺によって殺された!」

「え……」

「聞け!! ターマインが王女、ティアナ姫の転生たる女神よ!! 貴様ら三人の運命は依然として俺の手の中にある!!」

「なっ!?」


 私は咄嗟に声を上げてしまう。アルテマイオスの大音声にジョンデも反応していた。驚愕に満ちた顔で私を見詰める。


「そ、そんな、まさか……! あ、アナタが亡くなったティアナ姫の転生した姿だというのか……!」

「ええっと、あの、その、」


 唐突に真実をバラされてテンパった私は、はぐらかすようにアルテマイオスに叫ぶ。


「わ、私と聖哉とジョンデの運命がアンタの手の中って、どういうことよ!!」 


 するとアルテマイオスは血を吐きながらも口元を歪めた。


「違う。違うなあ。『もう一つの命』とは、アンデッドの兵士ではない。俺が言っているのは、ソイツのことだ……」


 アルテマイオスが腕を向けた先。そこにいたのは、キリコだった。


 ――き、キリちゃん? ……って、ええっ!!


 キリコを見た途端、私は驚いてしまう。キリコが力なく、床にだらりと倒れていたからだ。


「キリちゃん!? どうしたの!?」


 駆け寄り、揺さぶるが返事はない。目の光源がチカチカと頼りなく明滅している。私はアルテマイオスを睨んだ。


「アンタ、キリちゃんに何をしたのよ!!」

「勘違いするな。それをやったのは俺ではない。そこにいる勇者だ」

「聖哉がキリちゃんに攻撃なんかする訳ないでしょ!!」


 聖哉を見ると、アルテマイオスに近付くのを止め、剣を持ったまま、佇んでいた。アルテマイオスは聖哉が攻撃を一時中断したのに安心したのか、今度はジョンデを指さした。


「そのアンデッド兵士の魂は、幸運にも穢れてはいないようだ。だがキリング・マシンは違う。俺が一から体を構築し、魔力を用い、死んだ人間の魂を宿らせた。その時、魂は穢れ、動力は神界の系統から俺の系統に移っている……」

「ど、どういう意味よ!?」

「簡単な話だ。つまり俺を殺せば、そのキリング・マシンも消滅する」

「!? そ、そんな……!!」


 アルテマイオスは私が狼狽えるのを見て、声を上げて笑った。


「くくくくくく!! それだけではないぞ!! そのキリング・マシンは特別な魂を宿している!! 全く、邪神の知恵はつくづく想像を超える!! 満足に思考すら出来ぬ胎児の魂が、キリング・マシンの高等魔導回路に順応し、物を考えるまでになったのだからな!!」


 な、何を言って……!!


 世の邪悪を全て集めたような顔でアルテマイオスは、にたりと笑う。


「そのキリング・マシンに宿る魂こそ、ティアナ姫が身ごもっていた赤子よ!!」


 どくん、と全身が激しく脈打った。目の前で倒れているキリコに視線を向ける。


 ――キリちゃんが……私の……!?


「そ、そんなの嘘に決まってる!!」

「嘘なものか。全ては邪神の計らいよ。俺に取っては最後の切り札――そして、貴様らに取っては……慈しみとも言えるかなあ? くくく! 本来、会えぬ筈の子供に会えたのだから!」

「嘘!! 嘘よ……!!」

「いいか! この俺こそ、貴様と勇者の子の生命が源! 貴様らは俺を殺せない! くくひひひひ、ははははははは……」


 突如、哄笑するアルテマイオスの顔が苦悶に満ちる。いつの間にかアルテマイオスに近付いていた聖哉が、巨大な腹部を剣で斬り付けていた。


「せ、聖哉っ!?」


 私と同じように、アルテマイオスが叫ぶ。


「し、信じていないのか!? 今、言ったことは全て真実だ!!」


 不意にキリコから「ううっ」と苦しそうな声が漏れる。キリコの瞳が先程より激しく明滅している。


「見ろ!! 偽りではない証拠に、そのキリング・マシンは俺の最後の命と連動している!!」

「キリ……ちゃん……!!」


 それでも構わずアルテマイオスに進もうとする聖哉に向かって、私は叫ぶ。


「待って!! 待って、聖哉!!」


 すると聖哉は歩みを止めた。アルテマイオスがにやりと笑う。


「そうだ。それでいい。我が子と長らく一緒に居たいだろう? 勇者よ、共存共栄の道を探ろうじゃあないか……」


 しかし聖哉が止まったのは、攻撃を止める為ではなかった。


「ジョブ・チェンジ。炎の魔法戦士へ」


 呟くと同時にアルテマイオスに突進! 炎で包まれた魔法剣をアルテマイオスに振るう! 皮膚を焼き切る斬撃を浴び、アルテマイオスが悶絶する!


 ……私は神界で、必ずイクスフォリアを救うと誓った。そして今、前世の宿敵、魔王アルテマイオスに対して勝利は目前。なのに、側で倒れる苦しそうなキリコを見て、覚悟が揺らぐ! 信念がボロボロと崩れ落ちていく!


 ――キリちゃん!!


 死ぬ。キリコが死ぬ。今まで一緒にいたキリコが、自分の子供かも知れないキリコが、死ぬ。それは私自身が消えるより何十倍も何百倍も辛かった。


「やめて、聖哉!! キリちゃんが死んじゃう!!」


 それでも聖哉は私とキリコを振り返りもせず、攻撃を続けている。私はジョンデに近付き、体を揺さぶった。


「ジョンデ!! 聖哉を止めて!!」

「女神……いや……ティアナ姫……」

「聖哉、疑い深いから信じてないのよ!! けど私には分かる!! アルテマイオスの言ったことはきっと本当よ!! キリちゃんは私と聖哉の子供なの!!」


 私が頼んでも、ジョンデは悲痛な面持ちで、ただ俯いていた。


「今……ようやく気付きました。なぜ奴が意味もなく神界に滞在しているように見えたのかを……」

「何、言ってんのよ!! それより、早く聖哉を、」

「勇者も、おそらく魔王の話が真実であると分かっています」

「な、なら、どうして攻撃を止めないの!?」

「キリコを救う方法は、残念ながら何処にも存在しないのでしょう。あの勇者にも、どうにもならないのです」

「はぁっ!? 何よ、それ!! 聖哉はお母さ……カーミラ王妃だって、救ってくれた!! 一億人に一人の逸材、大天才なのよ!!」

「それでも救えない時もありました。死皇に襲われた砂漠の町フルワアナの民――そしてその時と今の状況はほぼ同じです」


 私がジョンデと話している時も、肉を切り裂く音が響いていた。聖哉の剣で、アルテマイオスの腕の一本が血を撒き散らしながら吹き飛ぶ。アルテマイオスがダメージを受ける度にキリコの体も震えた。


「お願い、もうやめて!!」


 居ても立ってもいられず、戦いの場に走ろうとした私の腕をジョンデが掴んだ。


「姫! 行ってはなりません!」

「ジョンデ、放して!! 何か、何か、助ける方法がある筈よ!! これまでだって、ずっと何とかしてきた!! 聖哉はマッシュやエルルちゃんだって、私のことだって守ってくれた!! キリちゃんを助ける方法はきっとある!!」

「ありません……」

「どうして!? 試しもしないのに、どうして分かるの!! 知ったかぶらないで!!」


 ジョンデは私の腕を痛いくらいの力で握りしめ、怒声のような声を張り上げた。

 

「アイツが!! あの病気のように神経質な男が!! 慎重さの化身のような男が!! 考えに考え、万策、考え抜いたに違いありません!! それでも助けられない!! だから……」


 歯を食い縛り、ジョンデは押し黙る。


 ――か、考え抜いた? 一体、何を?

 


『別件だ』



 不意に、神界で言った聖哉の言葉が思い出され、その瞬間、私は気付く。


 ……そうか。聖哉は知ってたんだ。キリちゃんが自分の子供だってこと。オクセリオ戦の後、神界でイシスター様に真相を聞いて、それからずっと一人で悩んできたんだ……。



『たとえば霊体を体から切り離し、別の体に入れることも可能という訳か』



 ……それはキリちゃんの代わりの体を見つける為。幽神ネフィテト様の技を会得し、霊体を他の容れ物に移すことで、どうにか解決の兆しが見えたように思えた。でも、



『これでまた振り出しだ』



 ……ダメだった。死皇戦でクレオ達が砂になるのを見て、大本おおもとの力が無くなれば、そこから派生する者を救うのは無理だと悟った。


 それでも聖哉は諦めなかった。



『対象を永遠に凍らせるような技はないか?』


『準備が出来たらこちらから声を掛ける』


『まだだ』


『もう少し待て』



 ……魔王との決戦の準備は整っても、残った可能性はないか模索し続けた。でも……何をしても、どう足掻いてもダメだった……。


 いつの間にか私の目から涙が溢れていた。ジョンデが戦いを見守りながら呟く。


「アイツは何があろうと魔王を倒し、そしてイクスフォリアを救うでしょう。そう決めたからこそ、この戦いに臨んだのです」

「どうし……て……?」

「病的に慎重で傍若無人。それでも、アイツは勇者だからです」


 涙で滲む視界の中、炎に包まれた聖哉がアルテマイオスを斬り付けている。溜まらず反撃をしようと振るったアルテマイオスの腕が炎に朽ちて消し炭になる。


 不意に私の手に馴染みのある何かが触れた。


「リスタ……さん……」


 視線を下に向ける。倒れたキリコが私の手を握り返していた。


「キリちゃん! 意識が!」

「わ、私……嬉しいです。リスタさんが私のママだったんですね。そして……聖哉さんが……」


 キリコはアルテマイオスに剣を振るう聖哉の背中を眺めていた。血走った双眸のアルテマイオスが叫ぶ。


「貴様の剣は我が子を殺すのだぞ! 人の身に悔やみきれぬ業苦を背負うことになる! 進む道は俺と同じ魔道! 貴様の未来は血に塗れる!」


 聖哉は射るような目をアルテマイオスに向けたまま、大きく息を吐き出す。体から発散するオーラがより色濃く広がった。


「ステイトバーサーク・フェイズ2・8……!」

「貴……様あああああああああああああああああああああ!!」


 キリコが私の傍、消え入りそうな声で呟く。


「不思議です……。消えるのは怖い筈なのに……でもパパを見ていると怖くないんです」


 キリコは私の手を握っていた。


「クレオが消えた時……何も残らないと思いました。でも違います。目を閉じてもパパもママもいます……」


 聖哉の攻撃を為す術なく受け続けていたアルテマイオスの体が漆黒のオーラに包まれる。戦闘の意志を剥き出しにして、魔王が咆哮する。


「こ、殺す!! 全ての命を振り絞ってでも貴様を殺してやる!! 今度こそ確実に息の根を止める!! 腹を引き裂いて、心臓を刳り抜いて、魂を捻り潰す!! 貴様はあの時と同じように地べたを這いずれ!!」


 空気を揺るがすアルテマイオスの覇気に、キリコがびくりと体を震わせるのを感じた、その時。


「……キリコ。強くなりたいと言っていたな」


 聖哉はアルテマイオスに対峙したまま、振り向かずにキリコに語りかけた。


「お前は、そのままでいい」

「はい……!」


 キリコが聖哉に返事をした刹那、暗黒の闘気をまとったアルテマイオスの四本の腕が聖哉を襲う。凄まじい膂力と速度を宿した攻撃だが、烈火の如きオーラをまとい、狂戦士の限界を極限まで高めた聖哉には掠りもしない。瞬間移動と見紛う敏捷さでアルテマイオスの背後を取る。アルテマイオスが振り返った時には既に、


フェニックス・ドライブ鳳凰炎舞斬

 

 縦横無尽に烈火の剣を振るっている。深紅の魔法陣が数個、アルテマイオスの眼前に描かれた。次の瞬間、アルテマイオスの腕は全て切り落とされ、床に落下するより早く焼失する。


 腕を失い、がくりと膝を付いたアルテマイオスは、戦闘中だというのに、ふと何かに気付いたように辺りを見回した。


「俺の最後の命の波動が……邪神のもとへ流れていく……そうか……くくく……そうだったのか……」


 無惨な姿になり果てながら、アルテマイオスは一際大きく笑った。


「くくくくははははははは!! お前を俺が殺そうが、お前に俺が殺されようが、どちらでも良かったのだ!! 俺も所詮は生け贄!! 全ては邪神の筋書き通りだ!! 俺を倒したところで貴様の……いや、貴様らの運命に永遠に安息はな、」


 だが魔王の叫びは途中で潰える。聖哉のフェニックス・スラスト鳳凰貫通撃がアルテマイオスの頭部を貫いていた。


「……キリちゃん!!」


 私は咄嗟にキリコに叫ぶ。キリコは私が握っていない方の手を、胸に付けた花のペンダントに重ねていた。最後の力を振り絞るようにして声を出す。


「パパ……ママ……ありがとう」


 魔王の巨体が音を立てて、崩れ落ちる。それと同時に、握っていたキリコの手は力を無くした。そして、いつも優しげに輝いていた目の光もまたその色を完全に失った。

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