第六章 奥の手
「それじゃあすぐに助けに行けるように、町の中央に門を出すわね!」
呪文を詠唱しようとした私の頭を、聖哉が『ゴン!』と叩いた。
「痛っ!? な、何すんのよ!?」
「バカか、お前は。いきなりあの場に登場してどうする。もっと離れた場所にしろ」
「で、でも、それじゃあ助けられない……」
「助ける為に離れた場所に出るのだ。奴の性格は『残忍』なのだろう? おそらく奴は俺が現れたのを見た瞬間、男を殺すだろう。人質の意味が無くなるからだ」
そ、そっか。確かに言われてみればそうかも。でも、
「だからっていって女神の頭を殴らないでくれるかな!?」
私が怒ると聖哉は珍しく落ち込んだ様子を見せた。
「わかった。今度からは気をつけよう」
あらっ? な、何だか素直ね?
「わ、分かってくれたら……いいけどさ……?」
しおらしげな聖哉の顔に少しだけキュンとしてしまう。だが聖哉は私の頭を叩いた自分の手を心配そうにじっと見詰めていた。
「妙な雑菌が付いたかも知れん」
「!? 付いてねーよ!!」
私も殴ってやろうかと思ったが、そんなことをしている場合ではないので、どうにか気持ちを入れかえ、呪文を詠唱したのであった……。
大事を取って二十メートルは離れた場所に門を出現させた私と聖哉は、道具屋の物陰からケオス=マキナの様子を窺っていた。
見晴らしの良い町の広場でニーナの父親の首に大剣を当てている。巻き込まれるのを恐れてか周りに人影は全くない。ただニーナだけが父親の目の前で泣き叫んでいた。
一つ大きな欠伸をした後、ケオス=マキナは呟く。
「うーん。十分って結構長いわねー」
そしてチロリと赤い舌を出した。
「やめた、やめたー。五分にするわー。この男は、もう殺してしまいましょう」
ニーナがより一層大声で叫ぶ。それと同様、私も焦って聖哉の肩を揺すった。
「ま、ま、マズイよ!! 早く助けに行かないと!!」
物陰から出て、ニーナの元に駆けつけようとした私を、
「待て」
聖哉が止めた。振り返ると、既に鋼の剣を鞘から抜き、中段に構えている。
「な、何してるの?」
「離れていろ」
こんな遠くから一体何を? 二歩後ずさりながらも聖哉を見る。すると構えた剣の周りの空間が歪んでいるように見えた。
「
次の瞬間、聖哉は二十メートルは離れたケオス=マキナに向かい、剣をなぎ払うように振った。剣から解き放たれた空間の歪みがケオス=マキナへと向かう。
……こ、これはひょっとして空気を刃のようにして飛ばす真空波のような技!? で、でも聖哉ってそんな特技あったっけ!?
ケオス=マキナを狙った真空波は高速だったが、低い位置を這うようにして進んだ為、土煙を上げていた。それに気付いたケオス=マキナは余裕でステップし、体をかわす。ケオス=マキナの足下の土が大きく爆ぜただけだった。
真空波が発射された方向に居る私達を見て、ケオス=マキナは笑った。
「ふふふふ。来ると思っていたわー。それにしても何よ、今のはー? 逃げたり不意打ちしたり、騎士道精神に欠けるわよー?」
「アンタにだけは言われたくないわっ!」
人質を取る卑怯な相手に私は嫌みをぶつける。すると、ケオス=マキナはまたも楽しそうに笑う。
「でも不意打ちは残念だったわねー。当たらなかったわよ、それー」
「……元より当てるつもりはない」
私と聖哉はケオス=マキナに歩を進め、対峙する。そして私達の背後には抱き合うニーナとその父親がいた。
「パパー!! うわあああああん!! よかった、よかったよー!!」
「た、助かりました!! ありがとうございます!!」
礼を言う父親を振り返りもせず、聖哉はシッシッと手を払う。父親は悟ったのか、頭を下げた後、ニーナを抱いて遠くへ逃げた。
「ああ、そういうことかー。なるほど、なるほどー。まんまとしてやられたって訳ねー」
私達が人質救出を優先させたことを知ったケオス=マキナは、それでもニヤニヤと笑っていた……が、やがて目前に佇む聖哉を見て、顔色を変えた。
「これは……何があったのかしら。一刻前とは別人じゃないの」
血のような赤い瞳が聖哉を睨む。
「信じられない。私の能力値を超えている。一体どうなっているの……」
狼狽するケオス=マキナに私は声を上げる。
「へぇ! アンタも能力透視、出来るんだ? それで見たの? 聖哉のステータス? ふふん! すっごいでしょ! さぁ、負けを認めるなら今のうちよ!」
その時、私は「ざまあみろ!」と言ってやりたいくらいに良い気分だった。しかし、その気分は瞬く間に打ち崩される。
ケオス=マキナは一転、先程と同じように余裕の笑みを浮かべた。
「それじゃあ私もちょっとだけ本気でやらないとねー」
「えっ?」
「『
呟いた途端、ケオス=マキナの体から溢れ出る漆黒のオーラ。同時に額に血のように赤い魔族の紋章が浮かび上がる。
「ふふふ。一瞬、勝った気になったかしらー? でも残念ねー。教えてあげるわー。戦闘の達人はねー、常に奥の手を隠しているものなのよー」
い、イヤな予感しかしない! だけど、私は恐る恐る能力透視を発動した……。
ケオス=マキナ
Lv66
HP5511 MP227
攻撃力1128 防御力1199 素早さ1060 魔力517
耐性 水・風
特殊スキル 魔剣(Lv18)
特技
性格 残忍
そ、そんな……!! 攻撃力、防御、素早さも1000を超えている!! HPも跳ね上がって!? せ、せっかく追いついたと思ったのに、これじゃあ……
「さぁ、楽しませてねー、勇者様?」
言うや、ケオス=マキナが大剣を振りかぶり、聖哉に向かって急発進。
「せ、聖哉っ!!」
私が叫ぶのと、大剣が聖哉の首を狙うのとは、ほぼ同時だった。だが聖哉が反応している。上体を後方に逸らすと大剣は空振り。ホッと安堵したのも束の間、
「まだまだー! ドンドンいくわよー!」
ケオス=マキナは巨大な大剣を小枝を振るように軽く扱い、聖哉に斬撃を喰らわせようとする。斬り付け、なぎ払い、突く……。私はハラハラしつつ、その光景を眺めていた。だが、敵の剣は聖哉の体に触れることはなかった。
「んんー? まだ私の動きに付いてこられるのねー? アナタってばひょっとして勘が鋭いのかしらー?」
一旦、攻撃を止めて、距離を取ったケオス=マキナ。
そして私は心の中でガッツポーズだ。
そ、そうよ! これはゲームじゃない! ステータスの数値が高い方が必ずしも勝つとは限らないわ! 勝負には『第六感』や『駆け引き』といった色々な要素が加味されるのよ!
「うーん。面倒くさい、面倒くさいわー。けれど、念には念を入れておくとしましょうか……」
大剣を傘のようにクルクルと回しながら、ケオス=マキナは私に向かって言う。
「ねえ、女神様は私のステータス、見たのよねー?」
「見たわよ! それが何?」
「じゃあ、今から私の特技『
た、確かにそんな特技があったわね!
私は聖哉に叫ぶ。
「聖哉! 気をつけて! 必殺技が来るわ!」
注意を促すが、ケオス=マキナは大剣を中段に構え、なぜかグリップを反転させた。
「えっ!?」
私は驚く。ケオス=マキナが、大剣の切っ先を自分の腹部へと向けていたからだ。
「久し振り、久し振り、久し振りよー。人間相手にこれを見せるのは……。そして、教えてあげるわ。本物の戦闘の達人は『奥の手の中に更にもう一つの手を隠し持っている』ものだということを……」
そして、何と! 大剣で自分の腹を掻っさばく! 裂かれた腹から黒い血液がボドボドと滴り落ちる!
「うわわっ!? な、な、何やってんの、アンタ!?」
「こ、これが……『
「がはっ!」と激しく吐血し、絶命したかのように目の輝きを失い、カクンと首が垂れる。
「……な、何なの!?」
ピクリともしないケオス=マキナ。だが、切り裂いた腹部に動きがあった。
突如、ケオス=マキナの腹から人間のものとは思えぬ巨大な腕が『ぬっ』と現れる。漆黒の両腕は腹を更に引き裂き、中にある何かを出そうとしていた。
「ひいっ……!」
私は小さく呻く。
不気味で異様な光景だった。私とほぼ同じ身長のケオス=マキナの腹部から、やがて身の丈三メートルはあろうかという生物が這い出してきたのだ。
……頭部から生えた二本の角。裂けた口から覗く牙。筋骨隆々な漆黒の体躯。長き尻尾。背負う黒き翼。
それは巨大な悪魔であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。