第十三章 不死の驚異

 ズンズンと近寄って来た聖哉に、白髪の神父は、うやうやしく頭を下げた。


「これは勇者様! 申し遅れました! 私、神父のマルスと申しま、」


 名乗っている途中の老神父マルスの頭に、聖哉は懐から取り出した聖水を有無を言わさず振りかけていた。


 じょぼ、じょぼ、じょぼ、じょぼ。


「……は?」


 聖水塗れで呆然とする神父。そして、


「せ、せ、聖哉ぁっ!? アンタ、一体何を!?」


 慌てたのは私だけではない。


「うおっ!! お前、何やってんだよ!?」


 竜族の少年がそう叫ぶと、


「やだあっ!! 何でいきなり聖水、かけてるの!?」


 竜族の少女も目を大きく見開く。さらに、


「神父さまあああああっ!?」


 シスターは口に手を当て、卒倒しそうになっていた。それも当然。『初対面の老人に聖水をしこたまブッかける』――この蛮行に声を上げない者などいるだろうか。


 そして、その中でも一際、大きな声を発している者がいた。それは聖水を被ったマルス神父自身であった。


「うぐぐぐおおおおおおおおおおッ!!」


 老人とは思えぬ、雄叫びのような声。見ると神父の頭部から煙が立ち上っている。


 え……ちょっと……こ、これは……まさか……!


「お、おいおい!」


 竜族の男の子も気付いたらしい。


 ――そう! これはアンデッドが聖水をかけられた時の反応!!


「ま、マジかよ!? そしたら勇者はコイツがアンデッドだと最初から見抜いていたってのかよ!!」

「す、すごいっ!! 流石は勇者だねっ!!」


 二人が感嘆している間にも、神父姿のアンデッドは苦しそうに頭をかきむしる。だがやがて、聖水によって火傷のように、ただれた顔をこちらに向けると下卑た笑いを教会に轟かせた。


「ぐはははははは! やるではないか! ケオス=マキナを葬った勇者め! お前らが油断した所を一網打尽にしてやろうと思っていたが抜かったわ!」


 そして中腰になり、飛びかかるような体勢を取った。


「だが構わん! このまま皆まとめて、亡き者にしてくれよう! 魔王軍直属四天王が一人、デスマグラ様に頂いた我が不死の力! 存分に思い知るがいい!」

「じ、上等だ、この野郎!」


 竜族の少年が鞘から剣を抜き、


「ふーんだ! 私だって、やっちゃうよーっ!」


 少女が魔法使いの杖を掲げる。しかし一番慎重な筈の聖哉は何故だか戦闘に加わらず、シスターに話しかけていた。


「あの神父はいつから教会にいたのだ?」

「ふ、二日前、宣教師としてクライン城からこの町にやって来られたのですが……」

「なるほど。元々この町の者ではなかったという訳か」

「ち、ちょっと聖哉! 世間話してる場合じゃないわよ! アンタも二人の手伝いするとかしなさいよ!」

「問題ない。既に敵の身動きは取れなくしておいた」

「えっ?」


 その途端。神父の頭部、両腕、両脚がバラバラと教会の床に崩れ落ちた。床を転がった首は、数秒後、自身の体に何が起きたかを悟ったらしく、


「何いいいいいいいいい!?」と大声で叫んだ。


 聖哉は落ち着いて、神父の様子を観察する。


「体をバラバラにされても血も出ないし、全然元気だな。なるほど。これがアンデッドか」


 竜族の二人は目を丸くしている。


「い、一体いつの間に斬りやがったんだ……?」

「さ、鞘から剣を抜いたのも見えなかったよー?」


 人間よりも動体視力が優れている筈の私にも動作が分からなかった。聖哉は剣神との修行でまたしても強くなったらしい。機会があればステータスを見てやりたいが、それは後だ。


「ねえ、聖哉。一つだけ教えて。どうしてマルス神父がアンデッドだと分かったの?」

「簡単な推理だ」

「聞かせてくれない? その推理とやらを?」

「いいだろう。まず神父はこの中で一番ヨボヨボの老人だった。つまりコイツは遅かれ早かれアンデッドだと踏んだのだ。だから聖水をブッかけたという訳だ」

「な、なるほど……って、何その理由!?『遅かれ早かれアンデッド』!? それ推理じゃないでしょ!!」


 適当かつ非人道、さらに老人蔑視とも取れる意見に私はツッコんだが、それでも聖哉がアンデッドを見破ったのは事実であり、これ以上は不問にすることにした。


 アンデッドの首は床に転がったまま、悔しそうに叫んでいる。


「ち、畜生が! 俺をやったくらいでいい気になるなよ! クライン城を攻め落としたデスマグラ様の不死の軍勢は現在もこの町に向け、侵攻中だ! ひひひひひ! 聞いて驚け! その数は何と一万! 明朝には到達し、この町を瞬く間に廃墟に変えるだろう! しばしの間、残された生を楽しむがいい!」


 い、一万のアンデッドの軍勢が明日にはやって来る……ですって……!?


 私は戦慄していたが、聖哉は相変わらず普段通りの表情で、神父の言葉が終わってからコクリと頷いた。


「うむ。コイツから知りたい情報はこれで充分だ。それでは後片付けといこうか。不死というからには、いつもより念入りにせねばいかんな……」 


 聖哉の呟きが耳に入った瞬間、


「みんな逃げてえええええええええ!!」


 私は絶叫し、竜族二人とシスターの背中を押した。


「ええっ? 逃げろって何だよ? だってもう敵は身動き取れないんだぜ?」

「違う! 本当に恐ろしいのはここからなのよ!」

「ど、どういうことなのー? 女神様ーっ?」

「いい? 戦闘よりむしろ後片付けの方に全能力を集中する――それがあの勇者なのよ! って、言ってるそばからホラきたああああああああああ!!」


 背後で耳をつんざく轟音! 聖哉の爆裂魔法が炸裂したのだろう。私が教会の扉を開けた刹那、上級魔法が引き起こした爆風で私達は教会の外へ吹き飛んだ。


 それからも断続的に続く爆発と振動。割れたステンドグラスから溢れる火炎。数分後、セイムルの町の教会は音を立てて瓦解した。


「き、教会が……歴史のあるセイムルの教会がああああ……!!」


 崩れ去った教会を見て、シスターは、ふらりとその場に倒れ、失神してしまった。


 やがて炎の中からイフリートが出現し、開口一番こう告げる。


「もう安心だ。モンスターは完全に消滅した」


「いやモンスターどころか教会まで消滅してっけど!? シスター、倒れちゃったじゃん!!」


 私は叫ぶが、例によって聖哉は気にも留めていなかった。銀の鎧をまとった竜族の男子がそんな聖哉におずおずと近寄った。


「ま、まぁちょっと……いや随分変わっているが……強いのは間違いないな。認めてやるぜ」


 そして聖哉に向けて握手の手を差し伸べた。


「よろしくな、勇者さんよ! 俺はマッシュ! 竜族の血を引く戦士だ!」


 するとローブを羽織った巻き毛の女の子も挨拶する。


「へへっ! 私はエルル! マッシュとは同じ村の幼馴染みなの! 私も竜族の血を引く魔法使いだよっ! これから一緒に頑張ろうね!」


 無言の聖哉に人見知りしなさそうなエルルが近寄る。


「ねえっ! 名前、教えて?」

「……聖哉。竜宮院聖哉だ」


 自己紹介しながら何と聖哉はエルルの頭に聖水を振りかけていた。


「はうあっ!?」


 驚くエルルに「ふむ。人間のようだな」と頷き、続けざまにマッシュの頭にも聖水を振りかける。


「お、お前、いきなり何すんだよ!!」

「これも人間か」


 さらに失神しているシスターにも聖水を振りかける。


「よし。人間」

「や、やめてあげなよ……気絶してるのに……」


 流石に私が咎めると、何故か聖哉は私の頭にも聖水をかけてきた。


「!! オォイ!? なんで私にもかけた!?」

「いつの間にかアンデッドと入れ替わったかも知れん」

「そんな暇なかったでしょうが!!」


 その様子を見て、


「ど、どれだけ慎重で疑り深い勇者なんだよ……」

「う、うん……病的だね……」


 マッシュとエルルは引いているようだった。すると聖哉はそんな二人を無言でジーーーーーッと眺め始めた。


「な、何だ、お前? 何見てんだよ?」

「そ、そーだよー? なぁにー? 変な目でずっと私達のこと見てー?」


 私はハッと気付く。聖哉は今、能力透視を発動させているのでは? よ、よし! それなら私も二人のステータスを見ておきましょう!


 聖哉と同じように私もギラギラと目を輝かせ、食い入るように二人を見詰めた。


「ちょっとぉ!? この勇者に女神様、何だか怖いんだけどーっ!?」


 涙目でエルルが叫ぶが、私は目力全開。やがて、私の視界には二人のステータスが表示された。




 マッシュ

 Lv8

 HP476 MP0

 攻撃力206 防御力184 素早さ101 魔力0 成長度28

 耐性 毒・麻痺

 特殊スキル 攻撃力増加(Lv3)

 特技 ドラゴン・スラスト竜打突

 性格 勇敢



 エルル

 Lv7

 HP355 MP195

 攻撃力98 防御力160 素早さ76 魔力189 成長度36

 耐性 火・水・雷

 特殊スキル 火炎魔法(Lv4)

 特技 ファイア・アロー火炎弓

 性格 明るい




 ……お、思ったより普通ね。聖哉の百分の一もないわ。竜族の血を引くっていうからもう少し能力値が高いと思っていたけど。で、でもこれからきっと伸びるのよね?


 プラス思考でそう考えつつ、隣にいる聖哉をチラリと一瞥して、私は体を震わせた。


 死んだ魚よりもっとずっと死んだ目で、聖哉が二人を眺めていたからである。

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