第百六十九章 女神の理解

 ごめんなさいシールをウォルフが鋼鉄の指で弾く。瞬間、花の綿毛を突いたようにシールはバラバラに砕け散った。


 私は聖哉をサポートすべく、自らの目に集中。機械化したウォルフのステータスを読み取ろうとした。しかし、私の目に数値は映らない。頑張って目を凝らしてみたが、無駄だった。難度Sを超える異世界では敵の能力値にプロテクトが掛かっていることは珍しくはない。だが……


 ――こんな序盤から、もう敵のステータスが読み取れないなんて!! 流石は難度SS+捻曲イクスフォリア!! 攻略難度がますます上がってるんだ!! そして……私も、ますます使えなくなってる!! 


 能力透視すら出来ずに落ち込む私とは対照的に、ウォルフは余裕ぶってマシンガンを肩に乗せ、聖哉を睨め付けていた。


「何だ、抜かないのか? 銃くらい持ってんだろ?」

「……俺は、これでいこう」


 聖哉は腰の鞘から聖剣イグザシオンを抜き――そして、そのまま剣先を地面に突き刺した。


「術式解除」


 途端、水面に石を落としたように、イグザシオンから光が溢れて拡散する。眩い光にウォルフが晒された。


「……何だ、今のは?」


 訝しげなウォルフだったが、外見に変化はない。聖哉は当然のように言う。


「ふむ。人間に戻らなかったか。奴の変身は魔法や術の類ではないらしい。まぁ十中八九、そんな気はしていたが念の為にやってみた」


 ダメもとで一応、やってみたんだ! ホントに全然意味なかったけど……でも試してみるに越したことはないよね! 


 次こそは剣を仕舞い、銃を出すのかと思った。しかし聖哉は依然としてイグザシオンを構えている。


「会ったときから気になってたんだが……お前の格好。まるで数百年前の戦士だな」


 ウォルフはバカにするように呟くと、マシンガンを持った腕を掲げた。


「見せてやるよ。時代錯誤の戦士に、近代戦闘ってやつを」


 機械化したウォルフの腕から配線のような管が幾本も伸びる! 触手のように蠢くソレは、持っていたマシンガンを包み込んだ! パキパキと乾いた音を立てながらマシンガンが形状を変え、ウォルフの腕と同化していく!


「そんなことが出来るのか」


 感心したように聖哉が呟く。変形した腕の先端には指のような太さの銃口が五つ覗いている。そしてウォルフはソレを聖哉に向けた。


「ほう。まるでガトリングガンのようだな」

「せ、聖哉! 呑気に観察してる場合じゃ、」


 私が喋っている途中、ウォルフの腕が火を噴いた。耳をつんざく速射音を発しながら、無数の銃弾が聖哉を襲う。だが、聖哉が先程までいた場所には何もない。ウォルフの放った銃弾は地面を削り、弾痕を残しただけ。私の視線の先――狂戦士の速度で横っ飛びして銃撃をかわした聖哉は、片手を自分の胸に近づけていた。


 ウォルフの奴! さっきは時代錯誤とか言ってくれちゃって! 今に見てなさい! 聖哉だって、冥界で銃を準備して……って、あれっ!? 


スネークバイト土蛇疾走


 私の予想に反して、聖哉は腕を懐の中に入れず、ただ振り払うような動作をしただけだった。ウォルフの周りの地面がボコボコとせり上がり、地中から現れたのは十を超える数の土蛇。それが一斉にウォルフに向かう。


 こ、これは土魔法!? どうして銃を出さないの!?

 

「はは。また随分と古くさい」


 まるで怖じける様子もなく、ウォルフは変形していない方の手を素早く顔前にかざした。瞬時に幾何学模様の魔法陣がウォルフの眼前に展開される。聖哉が放った土蛇達がウォルフに到達する直前、音も立てず蒸発するようにして消えていく!


「なっ、消失!? あれってもしかしてマジック・バリアー魔法無効障壁!?」


 かつては魔王ゼノスロードはアンチ・マジックフィールド反魔法領域を展開し、聖哉の魔法を完全に封じたことがある。そう、ゲアブランデ攻略ので。


「あんな高度な術式を使えるなんて……! 何て奴なの!」


 驚愕する私の隣で、コルトが平然と言う。


「戦闘を生業なりわいにしている者にとって、魔法の無効化はさして珍しい事じゃあない。ちなみに僕だって出来る」

「ええっ!! そうなの!?」

「純粋な魔力のみによる攻撃を防ぐ術は、百年前から確立されてるんだ。近代戦闘は魔力を武具に付与し、ハイブリッド化することで魔法の無効化を防ぎ、攻撃するのが定石だ」


 は、ハイブリッド……!? うう……ウォルフにも言われたけど、私達って何だか遅れてる気がする……!!


「剣による物理攻撃に、単純な魔法攻撃――それじゃあスペリオンスペリアル使いには通用しない」


 それは『銃を使わなければ勝機が無い』という宣告のようなもの。なのに聖哉は相変わらず土蛇を顕現し、そして同じように無効化されている。楽しそうにウォルフが笑う。


「もう一段階、ギアを上げようか……エンチャント・ディスオーダ・ブレット乱律穿弾付与!」


 機械化されたウォルフの腕から、禍々しい障気のようなものが立ち上った。


「あれは!? コルト!!」

「奴の持つ混乱の魔力特性を、腕に同化した銃に与えた。弾丸に掠るだけで精神が崩壊する。厄介だね」

「ってかアイツ、どんどんパワーアップしていくじゃない!!」


 更に次の瞬間! 私とコルト、そして倒れたセルセウスの近くで地面が隆起する!


「ひいっ!! 今度は一体何なの!?」


 しかし、せり上がった地面はまるでバリケードのように私達を囲っていく。ウォルフの銃撃をかわしながら、聖哉がちらりとこちらを見た。


「それは俺がやった。俺が弾丸を避けても、お前達が被弾して混乱状態になれば面倒だからな」

「あっ、そうなんだ……ってか、それはありがとうだけど先に言ってくんない!? ウォルフの技かと思ったじゃない!!」 


 バリケードの隙間から叫ぶが、聖哉はウォルフの攻撃をかわすことに専念している。その後も延々と続く、ウォルフの銃撃。銃と一体になった腕からは無限のように弾が発射され続ける。


 膠着状態に居ても立ってもいられなくなって、私はコルトの肩を揺さぶった。


「ねえ!! 奴に弾切れは起こらないの!?」

「きっと体内で弾丸を生成し続けているんだろう。それも機獣化したウォルフの能力なのかも知れないね」

「そんな……!」

「弾丸は、ほぼ無限。それに避け続けているだけじゃあウォルフには勝てない――タンク役を外したのは早計だったんじゃないかな」


 コルトが倒れたセルセウスを見ながら呟いた。その声が耳に入ったのか、聖哉がぼそりと言う。


「早計とは聞き捨てならんな。セルセウスを外したのは、俺一人で十二分に対処可能だからだ」


 そして聖哉は動きを止めて、剣を大きく後方に引いて構えた。そのまま鋭い眼光でウォルフを見据える。聖哉の構えを見て、ウォルフもまた銃撃を止めた。


「おいおい。何だそれは? まさか、剣で銃弾を斬るつもりなのか?」


 !! ま、マジで!? 昔、日本のことを調べていた時、カタナで銃弾を弾く漫画やアニメを見たことがある!! けど、あれはフィクション!! 普通の人間にそんなことは到底不可能!! けど……だけど……狂戦士化した聖哉の素早さと動体視力なら……!?


 一直線上に対峙したウォルフと聖哉。聖哉が銃弾を斬り伏せる格好良いシーンを想像し、私はごくりと唾を呑む。


「いくぜ?」

「うむ」


 けたたましい速射音をあげてウォルフが腕から銃弾を放つ!


「聖哉っ!!」


 そして……聖哉はそれを今までと全く同じように横っ飛びしてかわした。


「……は?」


 思わず私の口から言葉が漏れた。その後も聖哉はまるで剣を使わず、かわし続けている。呆気に取られて私は叫ぶ。


「いや、剣で切るんじゃないの!?」

「そんなことをすると言った覚えはない。そもそも、高速で飛来する銃弾に剣を当てたところで、上手く軌道を変えられないかも知れないし、当たった瞬間、粉々になった銃弾の破片が俺に飛んでくる恐れもある。とにかく危険すぎる」


 かわしながら聖哉は、剣を使わなかった理由を丁寧に説明していた。い、いやまぁ分かるよ! 漫画やアニメみたいに格好付けて当たったら大変だもんね! 


 しかし『じゃあ何で思わせぶりに構えたんだよ……!』そんな疑問がふつふつと沸き上がってくる。結局、真相は分からなかった。そして聖哉は相変わらず、ウォルフの銃弾をただただ避けるだけだった。


 終わらない銃撃の合間、ウォルフが聖哉に語りかける。


「弾の消耗を期待してるんだろ? ははは。お前の体力が尽きるのが先か、俺の弾切れが先か、根比べだな」


 ううっ! ウォルフのこの余裕! コルトの推測通り、体内で銃弾を生成してるのは間違いない! そして、その能力に絶対的な自信を持っているんだわ!


 私は焦り、コルトは思案するように顎に指を当てていた。


「どうにかウォルフに接近出来たとして、剣も魔法も通じやしない。こんな状況でウォルフに一体どうやって勝つのか。僕には想像がつかないよ」


 ――た、確かに!! 一体どうすればいいの!? こんな不可能な状況……!!


 その時。ふと、心に引っ掛かるものがあった。聖哉は準備万端でこの戦いに臨んだ筈! そして、自身も充分に対処可能だと言い切っている! なら……!


 今一度、私は落ち着いて周囲の状況を確認してみる。

 

 ……心底、不思議そうな顔のコルト。


 ……慢心した様子で乱射を続けるウォルフ。


 ――待って!! この状況が、聖哉自身が作りあげたものだったとしたら……!?


 突然、脳裏に雷光が走り、私は密かに拳を握りしめる。


 分かった!! 分かったわ!! 聖哉は『ギリギリまで銃の存在を隠して、油断させてから使うつもり』なんだ!!


 作戦自体は、至極単純。だが、それに要している時間が普通ではない。戦いが始まってから今までずっと逃げ回っている聖哉が、懐にマシンガンを隠し持ってるなんて一体誰が想像するだろう。


 ――そう、持ってたら、とっくに出してるって『普通』思う!! そして、その『普通』を超えるからこそ、相手の裏を掻くことが出来るのよ!!


 改めて戦いを眺める。銃撃の合間を縫って襲い掛かる聖哉の土蛇を、魔法陣を展開して相殺するウォルフ。背後から迫る土蛇にも、素早く体を動かしてかわしている。


「硬質化して鈍重になったかと思えばそうでもないな。その点はセルセウスの仁王立てより遙かに便利だ」

「くくく。硬質化のみならず、人狼ワーウルフの持つ敏捷性や勘の鋭さも受け継いでいる。それがスペリオンスペリアル使いだ」

「なるほど。大体分かった。それでは分析は終了だ」


 や、やっぱり! 今までイグザシオンのみで対応していたのは、スペリオンとの初戦闘でしっかり分析しておきたかったから! そして、それはもう終わった!


 ……聖哉の作戦に戦闘の途中で気づけたことは、まるで自分が勇者の理解者になったような気がして誇らしかった。昔の私だったら意味も分からず、心の中でバカにしたり、ツッコむだけだったかも知れない。だが、聖哉と行動を共にしてきて、私は徐々にその凄みが分かりかけている。そう、少しずつ私はこの勇者を理解し始めている!


 ウォルフは、自分に有効な攻撃手段を持たない聖哉に対して、明らかに警戒心を薄めていた。連射は続けているが、銃の照準がブレ始めている。聖哉のいる位置から明らかに外れた場所で弾丸が地面を撃った瞬間。私は心の中で強く確信した。


「聖哉!! 今よ!!」


 私の叫びとシンクロするように、聖哉が腕を胸元に向けた。


 ――機が熟すのを待ちに待ってから、相手の虚を突く! 見なさい、ウォルフ! これが慎重勇者の計略よ!


 聖哉の懐から取り出される銃。驚くウォルフとコルト……そんなことを想像していた私だったが、

 

スネークバイト疾走土蛇


 ……聖哉はまたも土魔法を使った。


 ――!? 銃、使わんのかい!!


 思わず大声でツッコみそうになるのを堪える。ま、まだ引っ張るのね!? つーか土蛇は通じないんだって!! 遅れてるのよ!! この世界じゃそんな攻撃は!!


 飛びかかった土蛇は当然のように魔法陣で無力化される。しかし、


「……フルヘイスタ聖天速


 聖哉は次にイグザシオンの特殊スキルを発動。狂戦士化と合わさった驚異的な速度で、初めてウォルフの背後を取った。


「速い……!」


 驚愕のウォルフ。そしてコルトも軽く口笛を吹く。


「機獣化し、勘を研ぎ澄ませているウォルフの背後を取るとは。あんな技をまだ隠していたんだね」

「……隠していたのはこの技だけではない」

「え?」


 聖哉の言葉にコルトが驚き……そして私はほくそ笑む。


 ――このタイミングだったのね!! 機は完全に熟した!! さぁ、聖哉!! 至近距離からの銃撃をお見舞いしてやるのよ!!


 しかし。


「……ステイトバーサーク状態狂戦士2・8」


 聖哉の体から見慣れた狂戦士のオーラが拡散される。聖哉は銃を取り出さず、自らの狂戦士化のレベルを引き上げた。


 !? さ、更に速度とパワーを最大まで高めた!! 機はもう熟しに熟しまくってる気がする!! これ以上伸ばすと腐っちゃうわ!! いっけえ、聖哉ぁっ!!


 しかし聖哉は、聖剣イグザシオンを力任せにウォルフに振り下ろした。聖哉の最大パワーの剣を、ウォルフは両腕を交差させて受け止める。周囲に甲高い音が響き……それと同時に、私の堪忍袋の緒は切れた。


「いやもう全ッ然、使わんやんけええええええええええええええええええ!!」


 コルトが少し体を震わせ、怪訝そうに私の顔を覗き見る。


「ど、どうしたの、急に大声で叫んで? ビックリしたなぁ、もう……!」

「あっ、いや、こちらの話で。ホホホ」


 さっき私は『ようやく聖哉のことが理解出来てきたわウフフ』とか思って良い気分だった。けど……だけど……やっぱりコイツ、全然分からーーーん!!

 

 歯ぎしりギリギリしながら私は聖哉とウォルフを眺める。交差させて攻撃を防いだ腕の中でウォルフは、にやりと笑っていた。

  

「良い剣だ。だが、この装甲の前には無力だ」


 何て防御力! イグザシオンでも歯が立たない! やっぱり、スペリオンには魔力と物理を融合させた攻撃じゃないと通じないのよ! だから銃を使いなさいよ、早く! イライラするなあ、もう!

 

 私は聖哉を睨む。攻撃を受け止められたまま、聖哉は鋭い目をウォルフに向けていた。


「確かに硬い。だがそれでもアーダマほどの硬さではない」


 静かに息を吐き出す。そして止められていた剣をそのまま力任せに振り切ろうとしていた。


 ――だーかーらー!! そんな原始的な攻撃じゃダメなんだって!!


 しかし私の思いとは裏腹にメキメキと鈍い音が響き渡る! 聖哉の体から赤黒いオーラが拡散し、足下の地面が陥没した! 斬るというよりは押し潰すように! 交差させているウォルフの腕に亀裂が入る! 


「ぐっ……」


 ウォルフが初めて焦りの表情を見せた。銃撃で形勢を変えようとしたのだろう。銃と同化した腕を抜く――だが、それがいけなかった。片方だけになった腕では聖哉の攻撃を支えきれない。銃化したウォルフの腕が聖哉に照準を合わせるより早く、イグザシオンは残った片方の腕を押し潰す! そして勢いをそのままに、ウォルフの胴体をえぐる!


「こ……の野郎……!」


 胴体に剣を受け、ウォルフはうめきながら銃弾を連射する。しかし、イグザシオンの攻撃により半壊しているせいで照準が定まらない。銃弾は全て明後日の方向に飛んでいく。一方、イグザシオンが突き刺さったウォルフの胴体からは火花が飛び散っていた。


 持てる全ての力をイグザシオンに注ぎ込むように、聖哉が低く呼吸を発する。同時に、体を包む狂戦士のオーラが周囲に大きく拡散した。「ふんっ」と聖哉が珍しく気合いのこもった声を発する。その刹那、生命体を斬ったとは思えない熾烈な斬撃の音と共に、ウォルフの体は上半身と下半身に分かたれた。


 ドッと地面に落ちたウォルフの上半身を見て……私は絶句する。


「は……え……? な、何コレ……?」


 か、か、か、勝っちゃった!? 狂戦士化とイグザシオンの力で、ゴリ押し……!? 物理攻撃と純粋な魔法じゃスペリオンに勝てないんじゃあなかったの!? い、意味が分かんない……!!


 結局、聖哉は銃を一度も使わなかった。というか、懐から出しさえしなかった。ならば、冥界で作成した沢山の銃は一体何だったのか。私とセルセウスが標的にされたマシンガンの練習に意味はあったのだろうか。


 精神的に疲れてグッタリしていると、隣のコルトも私と同じように顔色を変えていた。 


「信じられない。驚いたよ」

「うん……私も信じられないくらい驚いたわ……」


 しかしコルトの驚愕は、私のそれとは意味が異なっていたようだ。上気させた顔で興奮気味に話す。


「純粋な攻撃力のみでスペリオンを倒すとはね。想像以上だ。流石はアルテマ級」


 熱っぽいコルトの視線の先、聖哉はイグザシオンを未だに握ったまま、上半身のみとなったウォルフを眺めていた。


 私は聖哉が土魔法で作ってくれたバリケードから外に出る。銃を使わなかった理由を聞く為、駆け寄ろうとした時。既に人間の姿に戻り、胴体から多量の血液と臓物をさらけ出したウォルフが視界に入って、私は凍り付く。同時に背後でセルセウスの声が響いた。


「ひいっ!! 何だアレ、グロい!! 吐きそう!!」


 無理矢理、捻曲イクスフォリアに連れて来られたショックでしばらく人事不省だったが、ようやく正気に戻ったらしい。


 私は小走りで聖哉に近付いていく。そしてウォルフを黙って見詰める聖哉の腕を引っ張った。


「行こう。聖哉」

「しかし……」


 聖哉はウォルフの死体を見据えたまま、不安そうな表情を見せる。聖哉のことだから、死体を燃やし尽くしたり、奈落の底に落下させたいのかも知れない。だが、流石に女神として担当する勇者にこれ以上、の死体を損壊させたくはなかった。


「もう大丈夫だよ。ね。行こう」


 渋々とした顔の聖哉を引っ張って歩く。すると私達とすれ違うようにして、コルトがウォルフの死体へと向かっていく。


 そして。変わらぬ笑顔のまま、コルトはウォルフの半身を蹴り飛ばした。


「こ、コルトっ!?」


 突然の非道に驚いて叫んでしまう。しかし、


「……かはっ!」


 何と! 上半身のみのウォルフが苦しげにうめいた!


「嘘!! あんな状態で人間がまだ生きてるなんて!?」

「スペリオンは能力者。完全に命を絶つまで油断は禁物だよ」


 そして懐から銀色の銃を取り出し、ウォルフに向ける。コルトの持っている銃の周りの空間が渦を巻くように歪んだ。コルトは自分の特性である風魔法を銃に応用して命中率を高めると言っていた。周囲の空間を歪める程の魔力を帯びた銃は、きっとそれに違いない。


 ウォルフが大きく目を見開き、鬼気迫る表情でコルトを睨み付けていた。


「『ウインド・ヴォルテクス集旋操銃』……! お前が……テロリストか……!」


 ――!! て、テロリスト!? コルトが!?


 瞬間、コルトは銃弾を放った。眉の間に打ち込まれた弾は頭部を貫通。ウォルフは目と口を開いたまま、動きを止めた。今度こそ完全に絶命したのだろう。だが、その後もコルトは弾丸をウォルフの半身に撃ち続けた。弾丸が撃ち込まれる度、ウォルフの体が痙攣するように動き、私は怖くて目を逸らす。


「トドメはこんな風に、しっかり刺さなきゃね」


 六発の銃弾を全て撃ち尽くした後、硝煙の燻る銃口にフッと息を当てる。たった今、人を殺したというのに平然と笑顔で話すコルトに戦慄してしまう。


「それじゃあ改めて、僕達のアジトに案内するよ」


 ――だ、大丈夫なの? このままコルトに付いていって……?


 元の世界で、コルトは聖哉のパーティメンバーだった。その時のコルトが勇者の仲間として、世界を救う熱い意思を持っていたことに疑いはない。しかし、此処は捻曲世界。普段から聖哉が言うように、出会う者全てを疑った方が良いのかも知れなかった。

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