第百六十八章 かつての仲間

 修行最終日。


 ウノとドゥエに挨拶を済ませてから、私は聖哉に言われた時間にリビングに向かう。待ち合わせの時間には聖哉が先にいることが多いのだが、今回は私一人だけだった。


 早く来すぎちゃったかな……思いながらテーブルに目を落とすと、とんでもないものを発見してしまう。



『僕のことは探さないでください セルセウス』



「!? アイツ、逃げやがったあああああああああ!!」


 聖哉に知らせようと慌ててリビングを出ようとすると、ドアが勢いよく開かれた。そこには聖哉がいつものように無表情で突っ立っていた。


「聖哉!! セルセウスが書き置きを残して、」

「問題ない。既に対応済みだ」

「え?」


 何と聖哉の隣には、藁で巻きにされたセルセウスがいた! 聖哉はミノムシのようなセルセウスをリビングにポイッと投げ入れる!


「ううっ、しくしく……!」


 セルセウスはゴロゴロとリビングを転がった後、さめざめと泣き始めた。私は急いで泣いているセルセウスに近寄る。


「アンタ、逃げたんじゃなかったの!?」

「書き置きを残して……ぐすっ……リビングを出た瞬間に捕まったんだ……!」

「そ、そんなスピーディに……!」


 聖哉は冷たい目をセルセウスに向けていた。


「修行中のセルセウスの態度及び、今まで観察してきた経験上、こういうこともあろうかと思い、土蛇で絶えず監視していたのだ」

「でもセルセウスだって土蛇は警戒してたのに!」

「土蛇は服の中だけではない。天井、床、あらゆるところからセルセウスを見張っている」

 

 ぱちんと聖哉が指を鳴らすと、リビングの天井、花瓶の中、部屋の隅……四方八方から沢山の土蛇がニョロリと姿を現した! うわ、怖っ!


「ぐすっ、ひぐっ、あうっ!」


 泣きじゃくっているセルセウスに少し同情してしまう。しかし聖哉はそのままセルセウスをズリズリと引っ張り、玄関まで連れて行く。その間に廊下でウノとドゥエにすれ違った。


「聖哉さん。今から捻曲イクスフォリアに行くのかい?」

「うむ」

「……おぐっ! あふっ!」

「聖哉様。どうかお気を付けて」

「うむ」

「……ひっく! おぐうっ!」


 メチャクチャ泣いてるセルセウスをスルーして、別れの挨拶を済ませた聖哉が外に出た時。私はセルセウスとはまた違う意味で憐れな者がいることに気付く。

 

「ぷっぷ、ぷっぷー。はとぷっぷー」


 ウノ邸の庭で、エンゾは両手を上下に振りながら胡乱な目で走り回っていた。今日は私が尋ねるより先に聖哉が口を開く。


「心配ない。じきに元に戻る」

「ほ、ホント……? 前もそんなこと言ってなかった?」


 とても大丈夫に見えないエンゾを放置し、聖哉は簀巻きにされたセルセウスを剣で切り裂いた。瞬間、スタンド・アローン仁王立てを発動。硬質化させる。そうして、うなだれるセルセウスに灰色のフードを無理矢理被せていた。


「ねえ、それは?」

「鉛色の男を連れていると目立つだろう。こうして露出を少なくし、人目を避けるのだ」


 そう言いながらセルセウスを手押し車に叩き込むようにして乗せる。フードを被ってガクリと俯くセルセウスを乗せた手押し車は、それはそれで怪しく思える……つーかコレ、私が押すのよね!? やだなあ!!


 そんなことを考えている最中、聖哉は家畜がされるような首輪をエンゾに装着させていた。


「こ、今度は一体……?」

「勝手に走り回らないように、エンゾには首輪を付けておく。リードは手押し車に繋げておくので、しっかり監視するように」

「リードって……!」


 私は改めて、目の前の光景を眺める。一人のオッサンは手押し車の上で泣き崩れ、もう一人のオッサンは前後不覚に陥っている。


 ――いや何なの、この状況!?


 それでも聖哉は冥界の空を眺め、涼しい顔で拳を握り締めた。


レディ・パーフェクトリー準備は完全に整った

「!! 準備整ってるの、アンタだけじゃない!?」


 私はオッサン達を指さしながら叫ぶ。


「あふっ……! 行きたくない……ぐすっ、ひっく……!」

「ぽっぽー、しゅっぽっぽー」


 地獄のような状況なのだが、聖哉は何食わぬ顔だ。


「気にするな。ガルバノへの門を出せ」

「ほ、ホントに行くの? こんな二人連れて……マジで?」

「早くしろ」


 大きな溜め息を吐いた後、私は捻曲イクスフォリアへの門を出す。聖哉はステイト・バーサークを発動して狂戦士状態となり……意外にもそのままスタスタと門に向かうので、私は驚いてしまった。


「透明化はしないんだ?」

「ガルバノを制圧するのに透明になる必要はあるまい」

「制圧……!」


 聖哉は捻曲イクスフォリア攻略に於いて、今まで以上に入念に準備をしたり、行ったと思ったらすぐ帰ってきて、修行をしていた。だが、ここにきてようやく頼もしい言葉を聞くことが出来た。


 うんうん! こうなった聖哉は仕事が早いのよね!


 私は興奮しつつ、聖哉を眺める。聖哉は茶色のマントをしっかりと羽織っていた。


「ちょっと失礼しまーす」


 私は気になって、マントをそっと翻してみる。聖哉は懐かしい土属性魔法戦士の鎧姿だった。


 あれ? ボディアーマー作るとか言ってなかったっけ? それに聖哉のことだから、マントの中は銃器でいっぱいかと思ったのに……鎧姿にこだわりがあるのかな?


「……おい。お前は何をしている?」

「あ。いや、別に」 

「俺が先に進む。お前は手押し車をしっかり押して付いてこい」


 そして聖哉はためらいもなく門を開き、颯爽と進んだ。


「ま、待ってよ、聖哉! うんしょ、よいしょ、どっこいしょ!」


 私はセルセウスが乗り、エンゾが繋がれた手押し車を押して後を追う……ふうふう、これはなかなか疲れるわね……って、何やらされてんの、私!?


 落ち着いてよくよく考えれば聖哉は手ぶらで、私だけがオッサン二人の介護を任されている。腹が立ったので、門を抜けた後で文句を言おうと思っていたのだが、


「こ、これは……!」


 眼前に広がる光景に息を呑んだ。私達が冥界に滞在していた間、捻曲イクスフォリアでは数時間しか経っていない筈。その証拠に辺りは変わらず夜である。なのに点滅する街灯に照らされた地面は所々陥没し、辺りには人々が倒れ伏していた。


「なによ、この惨状は!?」


 近くに倒れている男性を覗き込んでみる。その瞬間、彼に頭部が無いことに気付いて、私は尻餅をついてしまう!


「ひいいっ! し、し、死んでる! 聖哉ぁっ!」


 怖くて振り返ると、聖哉は鋭い目で前方を見据えている。聖哉の視線の先には鳶色の髪の男性が佇んでいた。普段着のような軽装だが、よく見ると急所を守るように胸当てを付けている。


 ――敵!? もしかしてコイツがやったの!?


 腰の鞘に手を当てて戦闘モードの聖哉とは打って変わって、男は周囲を見渡した後、世間話をするような穏和な声を出した。

 

「ウォルフの仕業だよ。変身の最中、君達に逃げられたのが屈辱だったみたいでね」

「じゃ、じゃあ、これって私達があの時、帰ったから……!?」


 責任を重く感じて、ごくりと唾を呑む。だが男は優しく微笑んだ。


「気にすることはない。やったのはウォルフだ。それに皆、自分の命が一番大切。逃げるのは悪い事じゃない」

「そ、そうですか」

「それにこの町にいる連中は最初から死んでるような奴らばかりさ。もちろん僕も含めてね」


 皮肉っぽく肩をすくめて見せる。確かに捻曲イクスフォリアのガルバノは、獣のような性格の人間が住む乱れた町だ。それでも、目の前にいる男性は幾分まともに思える。


「ええっと。それでアナタは一体、」


 彼に歩み寄ろうとすると、聖哉が間に入った。


「不用意に近付くな。コイツは能力値を隠している。怪しい奴だ」

「能力の隠蔽はこんな世の中じゃあ常識だよ。それに君だって同じようにステータスを隠してるじゃないか」


 男性は笑いながら、敵意が無いのを示すように両手を広げて見せた。


「僕はコルト。ジョブ職業はウインド・コントローラーだ」 


 ――コルト……!?


 その名前を聞いた時、体がどくんと脈打った。ゲアブランデ攻略の際、イシスター様に水晶玉で見せて貰った過去の映像と、目の前の男性が合わさっていく。


 こ、この人、前世の私と聖哉のパーティメンバーじゃない!!


 私がティアナ姫であり、聖哉が向こう見ずな性格だった時、魔王アルテマイオス討伐に参加していた仲間――それが魔術師コルトだった。


 聖哉はコルトを見詰めながら言う。


「ウインド……それは風属性の魔法使いのようなものか?」


 聖哉は名前より、職業の方が気になったらしい。私はイシスター様に映像を見せて貰ったが、聖哉は一度目のイクスフォリアの冒険を覚えていない。名前を聞いてピンとこないのも無理はないだろう。


 聖哉に聞かれて、コルトはくすりと微笑む。


「純粋な魔法使いはこの町には存在しないよ。人間が扱う魔力には限界がある。自己の特性を媒介として、魔導武器に利用するのが今の常識さ。僕の場合は風の魔力を操り、銃弾の軌道を調整して命中率を上げる。それが『ウインド・コントローラー』だ」


 そう言ってコルトは懐から銃身をちらりと覗かせた。あえて抜かなかったのは、聖哉に誤解されたくないからだろう。そ、それにしても本当にみんな銃を持ってるのね。ホント危ない世界だわ……。


「ところで、詳しい話は場所を移動してからにしないか? ウォルフに見つかるといけない」

 

 コルトは辺りを見回しながら提案したが、聖哉は首を横に振る。


「お前がウォルフより危険な奴という可能性もある」

「ちょっと聖哉!」


 私は疑い深い眼差しをコルトに向けている聖哉の腕を引っ張り、耳打ちする。


「大丈夫よ! この人は信頼出来るわ!」

「何故分かる?」

「それは……後で話すよ」


 私が同意の意思を伝えると、コルトは歩きだした。大通りから離れ、鉄骨の建物が林立する路地裏に向かっていく。コルトを追うように私は手押し車を押していたが、いつの間にか聖哉が私の隣にいた。


「押すの手伝ってくれるの?」

「違う。お前がコルトを信用する理由だが……奴が昔のパーティメンバーだからという簡単な話ではないだろうな?」

「!! 知ってたの!?」

「コルトという名前には覚えがある。前回ガルバノの地下で、アイヒという少女に出会った。アイヒは自分がコルトの妹だと言っていた」

「そっか。そうだったわね」

「かつての仲間。だが今回は敵かも知れん。此処が捻れた世界だということを忘れるな」


 そして聖哉は路地裏を進み続けるコルトに、ぶっきらぼうな言葉を投げる。


「おい。どこまで行くのだ?」

「僕の仲間のいる所に案内しようと思ってね」

「フン。罠かも知れん。此処で結構だ」

「君は疑い深いね。でも確かに、そういった用心深さはこの世界で生き残る為に必要だ」

「……話の続きだ。お前の知っている情報を教えろ」


 聖哉は建物を背にし、更にコルトと一定の距離を取って話していた。聖哉の慎重さにコルトが苦笑いをする。


「ウォルフの変身を見たかい? あれは、強力なマジックアイテム『スペリアル』を媒介にして能力を得ているんだ」

「それは既に知っている。マジックアイテムの上位系がスペリアル。そして最上位がアルテマと呼ばれるものだろう」

「詳しいね。なら、これは知ってるかい? 君達の魂はその最上位マジックアイテムのアルテマに匹敵する。それがウォルフが君達を狙っている理由だ」

「つ、つまり私達を人質にしようとして?」

「そんな生やさしい話じゃない。マジックアイテムに魔力を注入する為には、その者が持つ全生命力を費やさなくてはならないんだ」

「ってことは、私達の命を……!!」

「そう。だから公国直属精鋭部隊ガイディング・リライト導きの残光のウォルフは君達を殺そうとしている。ガルバノ公国だけじゃない。この情報が漏れれば、君達はイクスフォリア全土から狙われることになるだろう」

「イクスフォリア中の人間が敵って訳!? そんな……!!」


『魔物や悪魔ではなく、本来救うべき筈の人間達から狙われる』――この事実に私は絶句するが、聖哉は動じずに冷静な目をコルトに向けていた。


「お前もまた俺達の命を狙うのか?」

「正直、それも考えたよ。アルテマ級の魂を手に入れることは、一国を手に入れるのと同じことだからね」

「えええっ!!」


 衝撃的なコルトの発言に怯えて、私は聖哉の近くに移動する。


 ほ、ホントに聖哉の言う通り、コルトも敵だっていうの!?


「でも、もう一つの可能性もある。僕はそれをこれから確かめたい」

「か、可能性って何よ?」

「アルテマ級の魂を持つ君達が、この狂った世界を変えてくれるという可能性だ」


 飄々としていたコルトは今、真摯な瞳で私と聖哉を見据えていた。しばしの沈黙の後、聖哉がもたれていた建物から離れる。


「いいだろう。お前の仲間の元に行こう」

「……聖哉?」

「この男を信じた訳ではない。だが、話を詳しく聞いてみる価値はありそうだと判断した。俺達にとってエンゾに代わる情報源というところだ」

「そ、そう……うん、そうね! そうしましょう! 町をぶらついていて、ウォルフに見つかっても大変だし!」

「ということで、アレはもう必要ないな」


 ふと気付いたように聖哉は荷台に近付くと、エンゾの首輪を外した。そしてエンゾの肩を軽く叩く。


「行け、エンゾ。お前は自由だ」

「じ……ゆう……?」


 一瞬、戸惑いを見せたエンゾだったが、やがて本能的に理解したのか嬉しそうに叫ぶ。


「しゅっぽっぽー!!」


 首輪を外されたエンゾは奇声を上げながら走り、夜のとばりの向こうへと消えた。聖哉は満足そうに頷く。


「うむ。元気そうで何よりだ」

「!? 心にかなり深い傷を負っていそうだけど!!」


 不安を感じながらエンゾを見送る。振り返ると、コルトが手押し車に乗るセルセウスを見詰めていた。


「この三角座りしてるフードの彼は? さっきから一言も喋らないけど」

「ええっと、ちょっと色々あって凹んじゃって」


 私が苦笑いでフォローしたその時。セルセウスが被っていたフードをバサッと取った。鉛色の肌を小刻みに振るわせている。


「どうしたの、セルセウス?」

「く、来る……!」

「来るって何が?」


 突如、けたたましい連続音が町に響き渡る! セルセウスは目にも止まらぬ速さで荷台から飛び降りると、聖哉の前で腕を十字に交差させた! 鉄が鉄に弾かれる音が私の耳朶を震わせる!


「よう。こんなところにいやがったか」


 くぐもった声が聞こえた。硝煙のくすぶるマシンガンを片手に持ちながら、暗闇から現れた者を見て、私は息を呑む。


 ……変身の最中に逃げてきたので、完全体となったウォルフを見るのは初めてだった。一見すると、二足で立つ狼の獣人――しかし二メートルを超えて伸張した体躯は白銀の装甲で覆われている。ウォルフはまるで、狼を原型にして作られたロボットのようだった。


 ――こ、これがスペリアルの力!? 魔導の力をその身に宿した人間だというの!?


 人間はおろか獣人とも、かけ離れた存在となったウォルフは、機械のような頑強な腕にマシンガンを携えながら、セルセウスに視線を向けていた。


「盾になって銃弾を弾いたな。そいつもスペリオンか?」

「スペリオン……?」

「高位マジックアイテム『スペリアル』を扱う者のことさ」


 コルトは私に説明しながら、ウォルフと同じように、頭を抱えて震えるセルセウスを見詰めている。


「彼は一体何なんだ? 凶弾から身を挺して仲間を守ったかと思えば、泣きながらガタガタと震えている」


 いやまぁ、みんな不思議に思うよね! 考えてることと、やってることが逆だもん!


 しかしウォルフもそんなセルセウスを警戒しているようだ。私はその隙に聖哉に話し掛ける。


「どうする、聖哉!? 何かヤバそうだよ!! いったん逃げる!?」

「問題ない。元々、コイツは倒すつもりだったからな」


 聖哉の声が耳に入ったのだろう。ウォルフの目が光を放ちながらこちらに向く。


「逃げ回ったと思えば、俺を倒すだと? 強力な武器でも手に入れたのか?」

「そんなところだ」

「なら、コレと勝負するか」


 物々しい外観のマシンガンをウォルフが聖哉に向けた、まさにその刹那、


「ヒィィィィ!!」


 泣き叫びながらセルセウスが飛び出してきて、聖哉をかばうように両手を広げた!


「むう」


 一瞬、迷惑そうな顔をした後、聖哉は足を振り上げ、自分の前に仁王立ちするセルセウスを蹴っ飛ばした! 狂戦士化の力で蹴られて吹き飛び、空き缶のように路地裏を転がるセルセウス!


「えええええええええええ!? 聖哉、何で蹴ったの!?」


 私はビックリしてセルセウスを見る。スタンド・アローンは解除されたらしく、セルセウスは元の姿に戻って、そのまま失神していた。


「スタンド・アローンは狙撃を主とする遠距離攻撃から身を守る手段。近距離戦ではこちらの攻撃の邪魔となる」


 いや、だからって蹴らなくてもよくね!? 勝手に硬質化させられたり、解除されたり、そりゃセルセウスも泣きたくなるわ!!

 

「それより、ウォルフ。戦う前に一つ聞こう。俺がいない間、貴様は一体何人殺したのだ?」

「ええっ! せ、聖哉……?」


 聖哉は真剣な眼差しをウォルフに向けていた。そ、そうか! 町の人達を殺されて怒ってるんだわ! 


 ウォルフは装甲で覆われた口をぱかりと開いた。釘のような鋭く尖った歯が覗いている。


「何人殺した、か。良く聞く台詞だな。それじゃあ俺も良く言う台詞で返そう。『十より先は覚えちゃあいない』」

「覚えていないだと……」

「くくく。怒らせちまったかな?」

「こ、コイツ、人の命を何だと思ってるの! こんな奴に同情の必要なんかない! 聖哉、やっちゃって!」


 私の言葉に頷くと、聖哉がマントの中に手を入れた。てっきり冥界で作った銃を取り出し、ウォルフのマシンガンに対抗するのだと思った。しかし……


「へ?」


 聖哉の手にはごっそりと例の『ごめんなさい』と書かれたシールが握られていた。


「覚えていないなら仕方ない。とりあえず五十枚渡そう」

「!? またそのシールかい!! アンタも人の命を何だと思ってんの!?」


 単なる私の勘違いだった。聖哉は全然怒っておらず、平常運転。ガッカリする私だが、シールを見たウォルフは感心したように言う。


「町の奴らを殺したのもお前の動揺を誘いたかったからなんだが。そういう手口はどうやら通用しないらしい」

「四十七、四十八、四十九……」

「ははは。聞いちゃあいねえ」


 ウォルフが笑っている間も、聖哉は札束のようにシールを丁寧に数えていた。


「よし、五十枚。一旦、此処に置いておく」

「それはもういいって言ってるでしょうが!!」


 聖哉は足下にシールの束を置く。そしてふと思い出したようにもう一枚、シールを取り出した。


「だからああああああああああああああ!!」


 怒り叫ぶ私を無視して、聖哉はそのシールをウォルフに向けて投げつける。突き刺さるような速度で投げられたシールを、ウォルフが自らの眼前で掴んだ。


「……お前の分だ」

「おいおい。そりゃあ笑えねえなあ」


 おおっ! 今のはちょっと格好良かったかも……って感心してる場合じゃないわよね!


 ウォルフの顔からは笑みが消え、辺りは肌を刺すような緊迫感に包まれている。そして私は、両者のボルテージがいつの間にか一触即発の状態まで高まっていることに気付くのだった。

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