第百四十一章 ラストチャンス
ルシファ=クロウに向かって歩く聖哉に、ケオス=マキナが護衛のように立ち塞がり、大剣を構える。
「ゴチャゴチャ言ってたけど、結局やろうってのねー? アンタなんかルシファ様の手を煩わせるまでもないわー。私が相手よー」
しかしルシファはケオス=マキナの肩に手をやり、後ろに引く。
「侮るな。この人間は偽装のスキルを使用して能力を偽っている」
「ええーっ! そうなんですかー? そんな風に見えませんけどー?」
私はルシファの顔を見て吃驚する。いつの間にか額にもう一つの目が現れ、聖哉を睨むように凝視していたからだ。
「通常ならば見抜けぬ高い領域で偽装をしているのだ。本来の能力値はお前やイレイザよりも上だ」
「……ほう。俺の偽装まで見破るとは。イシスターの水晶玉のような優れた透視力だ。ますますもって惜しい」
聖哉は剣をルシファに向けながら言う。
「最後のチャンスだ。ルシファ=クロウ。俺に従え」
「……くどい」
対してルシファは矢を射る構えを取った。聖哉が攻撃に身構えるも、ルシファは天に向けて漆黒の矢を放つ。雲間が裂かれ、現れたのは巨大かつ無数に目のある球体の怪物だ。
「せ、聖哉!
ルシファは聖哉を見据えたまま、感情に乏しい声を発する。
「魔族を除いたこの町にいる全ての者を感知した」
まずい! 私とセルセウスは当たっても、おそらく死ぬことはない! でも聖哉は違う! それに……
私の傍には、互いを支えるようにして抱き合うロザリーとニーナがいた。天に現れた巨大な目の怪物を見て、ロザリーは為す術もなく歯を食い縛っている。
――ううっ! このままじゃ町の人も皆、殺されちゃう! どうにかならないの?
もはやディアボロス・レイン発射まで時間は残されてない筈だった。だが突然、
「……バカな」
ルシファがぽつりとそう零す。見ると、ルシファは天を眺めている。自分が魔法弓を放ったのとは逆の方角の空だ。私もルシファの視線の先を見て、驚愕する。
「う、噓でしょ!!」
何と、空にもう一つの巨大な目の怪物が現れている! 事も無げに聖哉が言う。
「ルシファの技を真似てみた」
わ、私がロザリーとニーナちゃんを案じている間に、ディアボロス・レインを模倣して……空に放ったというの!?
天に現れた二つの怪物。一瞬、大きく目を見開いたルシファだったが、すぐにもとの表情に戻る。
「我が絶技を真似ることなど出来ぬ。おそらく幻術の類であろう」
「仰る通りです。そもそも人間が闇の技を扱える筈がない。ルシファ様、構うことなどありません」
イレイザに小さく頷くと、ルシファは胸の前で腕を交差させた。
「降り注げ。
刹那、東の空に現れた目の怪物が爆発した! 炸裂弾のように幾つもの漆黒の軌道へと変化し、町中に降り注ごうとするが、
「返すぞ。ディアボロス・レイン」
聖哉もルシファと同じく腕を交差している。同時に、逆方向の空に浮かんでいた目の怪物が爆裂。拡散された漆黒のエネルギーは、町に降り注ぐ軌道を追うようにして放たれる。今――中空では数百の漆黒の軌道が入り乱れ、音を立てつつ互いに衝突していた。
「す、すげえ! ルシファのディアボロス・レインを相殺してるぜ!」
セルセウスが感嘆して叫ぶが、咄嗟に私は気付いてしまう。聖哉のディアボロス・レインを避けた漆黒の軌道が高速でニーナとロザリーに向かっていることに!
「危ないっ!」
私が叫ぶと、ロザリーがニーナを守るように覆い被さる。しかし、別方向から疾走してきた漆黒の軌道がニーナの目前で音を立ててぶつかり、互いに消滅する。ロザリーとニーナが呆気に取られたように愕然としていた。
「よかった……!」
ホッとしてそう漏らしてしまう。そんな私をちらりと見て、聖哉はフンと鼻を鳴らした。
「撃ち漏らしなどない。迎撃成功率は100%だ。ディアボロス・レインの発射総数まで完全に模倣しているのだからな」
「そ、そうなんだ……!」
私はごくりと唾を飲む。さっき聖哉が竜人の分身を真似たのを見てもいまいちピンとこなかった。けど……これが道化師ジョーカの物真似の神髄! 人間には体得不能な闇の技、ディアボロス・レインを完全に模倣し、オリジナルを相殺した! 物真似ってこんなに凄いスキルなんだ!
そう考えると冥界でアホみたくゴリラの真似をさせられたことも、ほんのちょっぴり報われたような気がした。だが、呑気なことを考えている私とは対照的に、ルシファが聖哉を前にして無表情だった顔を歪ませていた。
「唯一無二の我が魔法弓を模倣するだと……。そんなことは神にも不可能な筈」
「神ではなく、冥界に住む者の技だ。それよりもルシファ。お前に一つ確かめたいことがある」
「えっ!? 聖哉、確かめたいことって!?」
「ルシファ=クロウ。俺は先程、お前に従えと言った。その返答をまだ聞いていない」
「!? いや聖哉!! 今のディアボロス・レインが返答だってば!! 明らかに協力しないってことでしょ!!」
「はっきりと言葉に出して断られた訳ではない」
聖哉はしつこくルシファに詰め寄った。
「もう一度問おう。最後の最後のチャンスだ。俺に従え」
「……くどいと言っている」
ルシファが苛ついたように言葉を吐く。そして私も何だかイライラしてくる。いやもうホントくっどいわね! いくら言ってもダメよ! ルシファの奴、人間に協力する気なんてサラサラないんだから!
ルシファはただ、三つの目で聖哉を睨み、冷静に分析をしていた。
「属性や形態を問わず、無条件に一度見た技を覚えるのか。まるで盗賊のようなあさましい能力よ。ならば次は貴様が見たことのない技をくれてやろう」
ルシファは耳に覚えのない古代言語のような呪文を唱え始めた。それと同時に複雑な動作で素早く両手を動かして印を組む。即座に空気の歪みのようなものがルシファの手の中に現れた。
や、ヤバい! 初見の技は物真似出来ない! かわすか、ガードしなきゃ!
だが私は聖哉が何かをブツブツ唱えていることに気付く。ルシファから聖哉に目線と映すと、聖哉も同じように手の中に空気の歪みを作っている。
「……
「えええっ!? 初めて見る技なのに何で!?」
意味が分からない! そして既にルシファが聖哉に手を向けている!
「貫け。不可視の魔法弓――『
――不可視!! つまり、肉眼で見えない空気の矢ってこと!?
ぶぅん、と鈍い音が轟いた瞬間、ルシファの腕より空気の歪みが放たれるのが、かろうじて私の視界に入る。
「せ、聖哉!!」
見えない攻撃に焦って叫ぶが、聖哉は普段通り落ち着いた表情で同じようにルシファに片手を向けていた。
「……
聖哉が呟くと同時に二人の間の空間が大きく歪む! 不可視の魔法弓同士が空中でぶつかることで発生した衝撃に吹き飛ばされそうになりながら、私は理解する。
――そ、そうか! 詠唱タイプの魔法なら発動前でも呪文と動作を真似ることで模倣できるんだわ!
私と同じようにケオス=マキナも聖哉の物真似に驚愕しているようだった。
「な、何てこと……まるで鏡! る、ルシファ様ー!」
「落ち着け、ケオス=マキナ。確かに面妖な技だが、我が身にダメージを与えることは出来ぬ。奴は卑しく真似事をして、どうにか魔法弓を防いでいるだけだ」
会話が聞こえたのか、聖哉が独りごちる。
「確かにもう真似をする魔力がもったいないな。此処からは普通に戦おう」
「へ、平気なの、聖哉!? 物真似は確か凄く魔力を消費するって……!!」
「うむ。先程からの模倣で現在、俺の魔力はヘルズ・ファイアを数千発しか撃てない程度に激減してしまっている」
「!? メチャメチャ撃てんじゃん!! これ、たいして減ってねえな!!」
それでも当人は心配そうな顔だった。改めて剣を構えて、ルシファと向かい合う。
「そういう訳だ。短期決戦にて勝負を決めさせて貰うぞ」
「ようやく攻撃に転ずるか。だが真似事のない貴様など恐るるに足らぬ」
ルシファは聖哉の偽装を見破っていた。聖哉本来のステータスを知り、自分より劣るとみて安心していたのだろう。しかし突如、聖哉の髪色と瞳が赤黒く染まる。狂戦士となって瞬時に間を詰めた聖哉の剣を長い爪で受け止めるも、ルシファは驚愕していた。
「能力値が倍以上に跳ね上がっただと……!」
たまらず翼をはためかせ、宙に逃げようとするも聖哉も飛翔のスキルを発動。しかし空中戦ではルシファに分があると踏んだのか、ルシファが天高く舞い上がる前に、中空で剣を縦一文字に振り下ろした。腕を交差させてガードしたルシファだったが、地上に強制的に降ろされて膝を付く。
「何だ……この力と速度は」
更に受け止めたルシファの腕がくすぶっていた。いつしか聖哉の剣は炎の魔法剣となっている。かつては不可能と言われた狂戦士化と魔法剣との併用である。
聖哉の攻撃力を目の当たりにし、ルシファ=クロウは女帝の如き沈着な態度をかなぐり捨て、殺意を全面に押し出していた。
「危険……お前は危険だ……!」
途端、ルシファの口が大きく裂けた! 耳まで裂けた口腔には針のような歯が無数に存在している! 目は漆黒に染まり、髪の毛が逆立つ!
「つ、遂に本性を! 聖哉、気を付けて!」
整った女性の顔から、おぞましい悪魔に変貌を遂げたルシファ。だが驚くでもなく聖哉は普段通りの口調で語りかける。
「ルシファ=クロウ。最後の最後の本当に最後のチャンスだ。俺に従え」
「!! どんだけしつこく猶予与えんの!? こんなタイミングで一体誰が協力するんだよおおおおおおおおおおおお!!」
当然、従う筈もなく、ルシファが鬼気迫る顔で聖哉に猛進する。
「頭ごと喰ろうてやるわ!」
「……それがお前の答えか。残念だ」
本当に残念そうに呟く。そんな聖哉を見て、私は心配になる。
「聖哉! 油断しちゃダメ!」
ルシファに未練があるなら、おそらく手を抜いた攻撃をしてしまう。そしてそれは真剣勝負に於いて致命的な欠点となる筈。だが――そんな心配は無用だった。一変して、聖哉は射るような目をルシファに向けていた。
「味方にならないのなら、完膚無きまで徹底的に破壊しておかねばならんな」
腰に付けた両の鞘から冥界で購入した剣を抜き、怒濤の勢いで殺到するルシファを迎え撃つ。怪鳥のような奇声を発しながら鋭利な爪で切り裂こうとしたルシファだが、それを二刀流で防御して、打ち払う。爪と剣の激烈なラッシュ。ルシファの爪を紙一重でかわし、聖哉の剣がルシファの体を僅かに掠める。
――魔法弓を使わない接近戦なのに、狂戦士状態の聖哉と渡りあってる……! いや、むしろ……!
双剣にて剣を振り回す聖哉の攻撃は手数こそ多いが、ルシファにクリーンヒットを与えられていない。一方、ルシファの爪は的確に聖哉の急所のみを狙って放たれている。心臓を抉るような一撃必殺の攻撃を、聖哉は体勢を崩しながらどうにかかわす。
「聖哉っ!」
聖哉が劣勢に思えて、私はブルッと体を震わせた。そして隣ではセルセウスが私以上にガタガタと震えている。
「うううっ!! 寒いっ!!」
「え……」
言われてハッとする。吐き出した私の息が凍る!! じ、実際に周囲の気温が下がってるの!? ……って、アレは!?
気付けば、聖哉の攻撃を防御していたルシファの両腕が凍り付いていた。苦悶の表情で、動かなくなった両腕をだらりと下げたルシファに聖哉が双剣の先を向ける。いつの間にか聖哉の剣からは冷気が漂っていた。
「凍てつく拘束の剣技……『
悪魔達がざわめき、イレイザも呻くような声を出した。
「こ、氷の魔法剣だと!? 奴は炎属性ではないのか!!」
イレイザが驚くのも無理はない。魔族の技すら模倣する物真似スキルに加え、魔法理論を超越した対属性の魔法剣。冥界の技は、私達神にとってもまた悪魔にとっても理解の外なのだ。
先程の攻防で私は聖哉が押されているように感じた。だが、それは勘違いだった。聖哉の攻撃がルシファにクリーンヒットしなかったのは、異なる属性を発動することによって生じた暴走状態の結果。命中率は落ちたが、その分、魔力は向上していた。フェンリル・ビートにより、薄く斬られたルシファの体表――その様々な箇所から氷が派生し、瞬く間にルシファの全身を覆っていく!
「あ……ぐ……!」
何かを言いかけたルシファだったが、その頭部さえも即座に氷で包まれてしまう!
「口や目からも魔法弓を出してくるかも知れんからな。全身、くまなく凍らせておいた」
平然と呟いた後、聖哉は氷の結晶となったルシファにゆっくりと近付いていく。
「氷結魔法は拘束力は高いが、トドメを刺すことに向いていない。やはり最後は破壊力のある火炎系が確実だ」
もはや身動きも話すことすら出来ないルシファを前にして、聖哉が大きく息を吸い込んだ。
「……
聖哉が炎を帯びた双剣を縦横無尽に振るうと、氷付けになったルシファの前に魔法陣の如き深紅の幾何学模様が現れる。狂戦士と化した超速の剣技により、ルシファの周りに十数個の魔法陣が形作られた。魔法陣が消えると同時に爆破のような閃光と衝撃が起こり、凍らされていたルシファの体は瞬時に解凍! 細かく焼け焦げたバラバラの肉片となって飛散する!
――る、ルシファ=クロウを倒した……? それもこんなに呆気なく……!
無傷で佇む聖哉にセルセウスがすり寄るように近づき、揉み手をする。
「い、いやぁ聖哉さん、流石っすね! こんなだったらルシファの協力なんてなくても全然平気じゃないっすか!」
「ルシファの魔法弓は暗殺に向いていた。仮にルシファが神竜王にやられたとしても、ある程度のダメージを与えることは可能だろう。弱った神竜王なら、より盤石に倒すことが出来る」
――執拗にルシファに協力を求めたのも、神竜王戦での自分の勝率を高める為か。聖哉なりの慎重さって訳ね……。
私が一人納得していると聖哉は真顔で言う。
「勝負は時の運。どれだけ実力差があろうと環境や体調、様々な要因が加味され、常に勝てるとは限らない。それでも戦闘に於いて、一つだけ確実な真理がある」
「え、と。聖哉、それって?」
「戦わなければ負けることはない」
「!! 当たり前じゃね!?」
「どちらにせよ、ルシファ懐柔は失敗に終わった。今度からは悪魔をその気にさせるような説得方法を考えておこう」
「も、もうやめなよ、あんなこと……」
呆れながらも私とセルセウスは安堵していたのだが、ざわざわと辺りの悪魔達が騒ぎだす。
「奴らを囲め!」
イレイザの指示で私達の周りに悪魔が押し寄せた。セルセウスが怯えるが、悪魔達は牽制するだけで動こうとしない。それも当然。ルシファを倒した聖哉に
「勝敗は常に分からない。それでもお前達が、ルシファを倒した俺に勝つ確率は限りなくゼロに近い」
珍しく取り乱した様子のケオス=マキナが叫ぶ。
「ま、ま、町にいる悪魔全員が力を合わせれば分かんないわよー! それに私にだってまだ奥の手が、」
「腹をかっさばいて、牛のような本体をひり出したところで意味などない」
「!! ひいいいいいっ!? どうしてそれを知ってるのー!?」
聖哉はいまだ双剣を鞘に納めず、鋭い目で悪魔達をぐるりと見渡した。
「全員下がれ。そうでなければ斬り殺す」
「ぐ……!」
イレイザもケオス=マキナも聖哉の気迫に押されるように後退する。その近くではロザリーとニーナがへたり込んでいた。聖哉が悪魔達に目を光らせている最中も、ロザリーは今し方起こったことがまるで理解出来ないように呆然としていた。
「伝説の怪物ルシファ=クロウが手も足も出なかっただと……! 何故だ……何故、倒せる……! 悪魔の力も得ていない普通の人間が……!」
私はそんなロザリーに言う。
「普通の人間じゃないわよ。一億人に一人の逸材が、更に努力して準備を万端にしてるんだから」
ごくりとロザリーが唾を飲む音が聞こえた。
「これが……神に選ばれし救世の英雄『勇者』か……!」
「うーん。ちょっと違うかな」
悪魔達を遠ざけた聖哉は、それでも安心せず辺りにオートマティック・フェニックスを数十羽放つと、剣を使ってルシファの消し炭を集め出した。そしていつものように消し炭にヘルズ・ファイアで火を加える。
「い、一体何やってんのよ、コイツー!?」
「な、何なのだ、この人間は……!!」
狡猾なケオス=マキナも百戦錬磨のイレイザも、聖哉の奇行に息を呑んで動きを止める。そんな光景を見ながら、私は固まったままのロザリーに微笑んだ。
「慎重勇者よ」
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