第三十四章 ご淫乱
「ねっ。問題なかったでしょ?」
「うん。心配して損した」
翌朝、アリアの部屋の前。事の顛末を語った私に先輩女神はニコリと微笑んだ。
「口では何と言っていようが、アデネラは優しい子よ。命を取るような真似は絶対にしないわ。それに聖哉は大抵のことは自分で何とか出来ちゃう勇者だから」
――はぁ。溜め息出ちゃう。やっぱり私はアリアには何一つ敵わないんだよなあ。いや、だけど、それにしても……
「アデネラ様はともかくとして、聖哉に関しちゃ私の方が付き合い長い筈なのに。悔しいなー。何でだろ?」
単なる愚痴だった。しかしアリアは私の言葉に対し、語気を強めた。
「り、リスタは私に、よくあの勇者のことを語ってくれるじゃないの! 慎重で強いとか色々! だから、大丈夫だと思ったのよ!」
「う、うん。そっか。そうだよね」
「それより、リスタ! あの二人を見てちょうだい! 修行の成果を見せてあげるわ!」
アリアはドアノブに手を掛け、部屋の扉を開いた。そして静かに座って修行していたマッシュとエルルに話しかける。
「ねえ、マッシュ! リスタにアレを見せてあげて!」
急に話しかけられて「お、おう」と少し驚いた様子だったマッシュだが、立ち上がると右手を私の方に向けた。「?」と思っているうちに、マッシュの右手が徐々に変化していく! それはトカゲ人間になる竜人化とはまた違った変化。今、マッシュは姿形は人間のまま、その右手だけがウロコのある巨大なドラゴンになっていた。
「な、何コレ!? アリア!?」
「神竜化の封印――その一部を精神統一によって解放したのよ。竜の手を解放することでマッシュの攻撃力が数段、跳ね上がったわ」
「どうだ、リスタ! すげえだろ!」
片手だけが巨大化した自信満々のマッシュを見て、私も喜ぶ。
「うん! すごいわ! 頑張ったわね、マッシュ!」
「へへっ!」
「手だけが巨大でバランス悪いから、ちょっとキモいけど……ホントよく頑張ったわね!」
「!? 何だよ、キモいって!?」
「リスたん! そんなことないよー! 手だけ見るとカッコいいよー! 全体的に見ると、まぁ……ずいぶんとアレだけど!」
「ずいぶんとアレって何だよ!! フォローになってねえよ!!」
「二人共、何よ、その言い草は。マッシュは努力の末、短期間でこの特殊スキル『大きくて愉快な手』を手に入れたのよ」
「アンタも俺のこと、バカにしてない!?」
憤慨するマッシュの肩にエルルが手を当てた。
「まぁまぁ、マッシュ!」
だがその時、エルルは少し意地悪く笑っていた。そしてマッシュが口を開く。
「なーにーすーんーだーよー!」
……えっ? マッシュの喋り方が急におかしくなった?
「エールールー! おーまーえー! まーてー! こーのーやーろー!」
エルルに掴みかかろうとするが、その動きは老人のように鈍い。
こ、これはひょっとして!
アリアが微笑む。
「そう。相手の動きを遅くする補助魔法『
「じ、じゃあエルルちゃんの隠れた才能って補助魔法のことだったの!?」
「そうよ」
ようやくマッシュに掴まれてエルルは謝っていた。
「ご、ごめんってばっ! 戻すから許して、マッシュ!」
そして再度、マッシュの肩を触る。するとマッシュは今度はチャカチャカと忙しなく動き出した。
「テメこのヤロいい加減にしろ今度は速すぎんだよさっさと元に戻せエルルでないともうこれから話ししてやんねえぞ飯も一緒に食わねえ聞いてんのかオイコラこのヤロ」
手足をバタバタさせて、息もつかずに喋りまくるマッシュ。
こ、今度は『
アリアが感慨深げにエルルの頭を撫でた。
「アナタのこの才能は後天的に授かったものね。きっと『皆の役に立ちたい』という願いがアナタにこの力を与えたのだわ。素敵なことよ」
「えへへっ!」
エルルはとても嬉しそうだった。
うん! ディレイもヘイストも、聖哉の強力なサポートになる! よかったわね、エルルちゃん!
ヘイストが解けて、普段通りになった後、ふてくされるマッシュに、エルルが本気で謝っていると、アリアが真面目な顔で言う。
「二人とも。今度、もう一度いらっしゃい。次はマッシュは完全な神竜化、エルルちゃんは更に新たな補助魔法を覚えるでしょう」
「おう!」
「うんっ! またよろしくお願いしますっ!」
私はアリアに賞賛の眼差しを向ける。
「うーん! こんなことなら最初からアリアに二人を任せておけばよかったわねー!」
どうも回り道をしたかな、と後悔していると、
「無駄なことなんか何もないのよ。色々な経験があったから、マッシュの神竜化の封印も解けかかっていたのだし、エルルちゃんの才能も開花したのよ」
「そっかー。いやー、それにしてもマッシュもエルルちゃんもパワーアップしたし、聖哉の弓の修行も順調だし、今回はバッチリね!」
何気なく言った私の言葉にアリアの動きが止まった。
「弓ですって……!? まさかリスタ……聖哉はミティスに教わってるんじゃあないでしょうね!?」
「そうよ! 弓の神っていえばミティス様しかいないでしょ?」
途端、アリアは両手で私の肩を掴むと、大声を出した。
「何てバカなことを!! アレは恐ろしい女神なのよ!!」
私がアデネラ様のことであんなにテンパっていた時ですら冷静だったアリアの顔は、今、真っ青になっていた。
「え、ええっ!? 恐ろしい女神って……アデネラ様より!?」
「アデネラなんか比べものにならないわよ! ミティスがどうして神緑の森にいるか知ってる? あの女神はね、勇者召喚された勇者を片っ端からさらって性的に食べまくった淫乱女神なの! それでイシスター様におとなしくするように森に追いやられたのよ! あそこに男が近寄ることは絶対にしてはいけないタブーなのよ!」
「はあっ!? う、嘘でしょ!? なら、どうしてアリアはそんな森に私をピクニックに連れていくのよ!?」
「それは私達が女神だからよ! ああ、もう、一体どうしたら……!」
「け、けど今まで特に何も無かったわよ!? 二人とも普通に修行しているもの!! きっとミティス様だって、今はもう改心して、」
「ミティスは今日が聖哉の修行の最終日だって知ってるんでしょう!? きっとXデーに向けて準備しているのよ!! ミティスは今日、大爆発する筈だわ!!」
「そ、そんな!!」
「知ってるでしょう! 女神と人間の性行為は絶対禁止事項! ゲアブランデの攻略どころじゃない! 一発で退場よ!」
「一発……! 性行為だけに……!」
「リスタ!? バカなこと言ってないで聖哉の元に行きなさい!! 早くっ!!」
「う、うん!! 分かった!!」
私はアリアの部屋を飛び出した。
「ま、待てよ、リスタ!」
「リスたんっ! 私達も行くよー!」
マッシュとエルルも私の後を追ってくる。
走りながら、私は事の深刻さを噛みしめていた。
――あの一億人に一人の逸材が『女神とエッチして終わり』……!? いや、そんなラストってないわよ!! どうせなら私と……って、いやいやそうじゃなくて!! そんなこと絶対にさせるもんですか!!
大急ぎで神緑の森の練習場所に駆けつけた私とマッシュ、そしてエルルは、そこでとんでもないものを目の当たりにした。一際大きい大木から派生した太い枝に、ミティス様が縄で吊されている。縄はミティス様の体全体にグルグルに巻き付けられていた。そしてその下に聖哉が佇んでいるではないか。
「せ、聖哉!? これって一体どういう状況!?」
「俺も分からん。先程、『準備があるから十分後に来て』と言われ、戻ってきたらこうなっていたのだ」
「……フフフフフフ」
その時、上空から笑い声。吊されたミティス様が喋り出す。
「聖哉さん。これは連射の最終試験なのでございます。私を吊しているこの特殊な縄は同じ位置に光の矢を三発連続で当てなければ切れません。私の頭上、寸分違わぬ縄の位置に矢を連射するのでございます」
な、なるほど! これって修行の一環なんだわ! でもどうしてミティス様自身が縄で吊されているの?
「見事、縄が切れれば、私の体に巻かれている縄も同時に外れ、私は真っ裸になって落下するのでございます。そして聖哉さんは全裸の私を受け止め、そのまま私達は激しく愛し合うのでございます。それが試験クリアのご褒美でございます」
「!! いやサラッと何言ってんの、あの人!?」
真顔でとんでもないことを言ってのけた女神に戦慄する。
やっぱりアリアの言った通り、この女神は変態なんだわ!! どうするの、聖哉!! 落とせば要らないご褒美が待っている!! ならば、いっそこのまま放置!? で、でもそれはそれで後々ヤバそうな気がする!!
「この三日間……辛抱という辛抱の連続でございました。聖哉さん程の美形を前にして、私のリビドーはマックスだったのでございます」
自分で縛った縄に体の自由を奪われながらも、ミティス様は恍惚とした表情を浮かべていた。
「さぁ、聖哉さん! 三連射して見事、縄を切って私を落とすでございます! そしてその後は聖哉さんの下半身の矢を私の下半身の的に連射するのでございます!」
あ、頭がおかしすぎる!! ホント、最低な女神だわっ!!
「聖哉!! どうするの!?」
「無論、答えは決まっている」
聖哉は迷いなく、光の魔法弓を具現! ミティス様に狙いを付けた!
「い、射るのね!? でも成功したら裸のミティス様が襲いかかってくるのよ!? 大丈夫!?」
「心配ない」
言い終わるや、聖哉の放った光の矢は凄まじい速度で、ミティス様の頭上の縄部分……ではなく、そのままミティス様の眉間に『さくっ』と突き刺さった!
え……? えええええええええええええ!? こ、コイツ、女神の頭、撃ち抜きやがったアアアアアアア!?
「オッ……へェェ……」
ミティス様が妙な声を上げる! 今、ミティス様の眉間から後頭部を一本の光の矢が貫いていた!
グロい光景を見て、私は身震いする。
ってか、いくら女神は死なないからって普通、ヘッドショットする!? この女神もそうだけど、この勇者もメチャクチャだな、オイ!!
だがミティス様は、細い目をギョロリと剥いて聖哉を見やる。
「聖哉さん……おいたはいけませんでございますよ……ふんっ!」
力むようにして全身の自由を奪っていた縄を切ると、淫乱女神は一糸まとわぬ全裸になって地に舞い降りた。
「フフフ。実はこの縄は、私さえその気になれば、いつでも脱着可能なのでございます」
出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだ色気ある肢体を見て、マッシュが顔を赤らめる。
「う、うお……!」
「マッシュ! 見ちゃダメっ!」
エルルがマッシュの目を両手でふさぐ。そんな中、ミティス様は自らの頭に突き刺さった光の矢を握った。
「連射の練習だというのにダメですわ。これでは試験は不合格でございます」
そして貫通している矢を、ずるり、と引き抜いた。眉間にポッカリ空いた傷口は、だが、すぐに修復する。
「それでは今から再試験でございます」
「さ、再試験、ですって?」
マッパのまま、ミティス様はクラウチングスタートのような体勢を取る。
「聖哉さん! 今から私はアナタを無理矢理襲うでございます! それがイヤなら、私に襲われる前に、教えた弓の連射にて私を止めるでございます! これも修行の一環でございます!」
いや聞いたことねえよ、そんな修行!!
ツッコミ所満載なのに、私にツッコむ暇も与えず、ミティス様は四つ足の獣のように両手両脚を使い、聖哉にダッシュする! 髪を振り乱し、全裸で襲い掛かる淫乱女神に、だが、勇者はまるで動揺していない! 平然と光の弓矢を構えると、ミティス様に向け、弓を引く! それはまるで彫像の男神のように凛々しい姿! 全ての煩悩を打ち払うように、聖哉の手から光線が発射される! 音もなく射られた光の矢は、気付けば既にミティス様の口、そして両目に突き刺さっていた!
「ウッボォッ……!」
口から喉にかけて矢で貫かれたミティス様は、ピタリと動きを止めて唸る。そして聖哉は私の隣で呟いた。
「……
おおおっ! これぞ練習の成果! 光の魔法弓三連射! で、でも……!
それを教えてくれた女神の両目と口には光の矢がブッ刺さっている!
ひいいいっ!! ほ、ホラー!! グロい!! グロすぎる!! で、でも、これでミティス様は前が見えないわ!!
安心したのも束の間。ミティス様は口に突き刺さった光の矢を、そのままボリボリガリガリと噛み砕き、ゴクリと飲み込んだ。
双眸を射抜かれ、だがそれでもミティス様は野生の獣のような体勢で再スタート! 笑いながら聖哉に突っ込んでくる!
「ウフフフアヒャヒャヒャ!! 女神はああああああ!! 死ィななぁあぁぁぁぁぁい!! こんなことでは私は止まらないのでございますうううううう!!」
「げえっ!? 両目に矢が突き刺さってるのに!?」
ミティス様は速度を緩めず、聖哉に向けて邁進。奇声を上げながら迫り来る全裸の怪物にエルルが震える声で叫んだ。
「こ、怖いよっ!! 本当にアレ、女神様なのーーーっ!?」
「まるで魔王軍みてえだ……!!」
マッシュがそう呟いた、その瞬間! なんとミティス様が方向転換! マッシュの方へと向かった!
「そ、そんなバカな!? マッシュを狙うなんて!?」
「とりあえずメインディッシュは後で! 先に前菜からいただくでございます! 私はショタも全然いけるのでございますうううううう!!」
あの女神!! 大声で、何てことを!! 天上界でショタとか言ってんじゃねえ!!
「一秒で服を剥ぎ取り! 二秒で結合! 三秒で果てさせてやるでございます!」
「うわあああああ!? し、師匠!! 助けてくれえ!!」
こ、こんなことは誰にだって予測不可能!! ど、どうしたら!?
しかし私の隣では聖哉が、マッシュに襲いかかろうとするミティス様にピタリと矢を向けている。
「お前の有り余る性欲から、俺でなく、マッシュに向かう可能性も想定済みだ」
言うや、瞬速! 聖哉の手から光線の如き矢が連続で放たれる!
その矢が当たったミティス様は、
「くっほおおおおおおっ!?」
筆舌に尽くしがたい叫び声と共に、背後の大きな幹の木に体ごとぶつけられた!
動きを止めたミティス様をまじまじと見た私は吃驚する!
両手の手の甲、両足首、そして心臓! 見事、五箇所に光の矢が
勝利を確信し、魔法弓を消失させた聖哉が独りごちるように言う。
「……
罪人のように、大木に張り付けられたミティス様は、それでもニヤリと笑った。
「こ、これでは……もう動けないでございます……! それにしても……私の行動を推測してから……人間がまさかの光矢五連射撃……! 素晴らしい……! お見事……で……ございました……!」
ガクリと頭を垂れる淫乱女神。そして聖哉はくるりと振り返ると、全裸のまま大木張り付けの刑にあったミティス様と赤く輝く夕日をバックにして、爽やかに言い放つ。
「
「……!?」
超現実的な光景に私が絶句していると、意識を取り戻した淫乱女神が息を切らし始めた。
「はぁはぁ……体全部が太くて長いもので貫かれているみたいでございます……はぁはぁはぁはぁ……」
エルルが私の腕を突く。
「ね、ねえ、リスたん……ミティス様の股から何か漏れてるよ……?」
マッシュも頷く。
「ほ、ホントだ。な、何だろ、アレ? おしっこか?」
「!! ダメッ!! 見ちゃあダメよ!! マッシュ、エルルちゃん!! こんなところにいちゃあいけないわ!! さっさとゲアブランデに行きましょう!!」
純粋な少年少女にあんな汚らわしいものを見せるわけにはいかない。私はオルガの砦へと繋がる門を出すと、保護者の如く二人の手を引き、聖哉と共に飛び込んだのだった。
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