第百七十四章 まだあんの?
狂戦士化した聖哉が、銃を持ったまま凄まじい速度でブノスに接近していた。ブノスは
「すっごい近付いて撃った!?」
私は思わず叫んでしまう。まるで剣の一撃を食らわせるかのようにブノスの懐に潜り込んで、聖哉が銃弾を放ったからだ。えー!? 銃ってもっと敵から離れて撃つものじゃないの!?
聖哉は腹を抱えてうずくまったブノスを注視しつつ距離を取っていたが、私の声が聞こえたのか、少し苛立ったような口調で言う。
「この銃には銃弾が二発しか入っていないのだ。故に、確実に当たる距離まで近寄って発砲した。同じ理由で、的も頭部ではなく大きな腹部を狙った」
「そ、そうなんだ。えっと……でも……」
銃弾を外さない為に、ギリギリまで近寄るのは聖哉らしい戦法だと思う。しかし……。
「何ブツクサ言ってんだ、テロリスタ! 当たったんだから良いじゃねえか!」
「ああ! ブノスの奴、苦しんでるぞ!」
アイヒとセルセウスが、腹を抱えて唸るブノスを見てそう言ったが、私は今までの経験から違和感を覚えていた。
――聖哉は二発しか弾丸を入れていないって言った!! 聖哉にしてはありえないくらい少なくない!?
だが、私の考えはまとまることなく終わる。ブノスが額から汗を垂らしつつも、笑い声を響かせたからだ。
「ぶ……ぶははは! 驚かせんじゃねえええ! たいして痛かねえじゃねえかよおおおお!」
「ま、マジか、コイツ!! 効いてねえぞ!! 弾丸が脂肪に吸収されたのか!?」
「聖哉君の銃でも通用しないのか……」
アイヒが驚きの表情を見せ、コルトも唇をきつく結ぶ。だが、その時だった。
「ぶふぉうっ!?」
ブノスの苦しげな叫び声。なぜ叫んだのか、見た瞬間、私は理解する。聖哉に撃たれた腹部がタキシードを引き裂く程に膨れ上がっていたからだ!
「せ、聖哉!? これは!?」
「破壊術式の力を応用した。着弾して体内に入ると弾丸がトゲ状に大きく広がり、対象にダメージを与える」
「つまり、聖哉君。体内で変形してダメージを与える弾丸ってことかい?」
「そうだ」
コルトに頷く聖哉。そして、苦渋の表情で再び腹を押さえるブノス。だが、やがて腹部の膨張が治まった。「はぁはぁ」と息を切らせながら、ブノスはにやりと口元を歪める。た、耐えた! 聖哉が作った変形する魔弾をっ!
「……まだだ」
聖哉が呟き、その刹那、私は吃驚する! ブノスの腹部を突き破るようにして、わらわらと土蛇が這い出してきたからだ!
「ぶっふぉうおおおおおお!?」
驚き、あえぐブノス! だが、驚いているのは私も同じだ!
「土蛇がお腹から!? 何で!?」
私の言葉に、聖哉ではなくコルトが反応した。
「そうか……! 銃弾内部に込めた魔力を二層にしているのか」
「二層!? コルト、どういうこと!?」
「聖哉君は先程言った破壊術式という力と、更に土魔法を組み合わせて銃弾に仕込んだんだ。銃撃だけで倒せなかった場合のことを考えて、トゲ状に変形する仕組みと、腹を食い破る土蛇で二重のダメージを与えられるようにしたんだ」
「な、なるほど! 聖哉得意の『保険』って訳ね!」
コルトの説明で、私は合点がいく。加えて、先程感じた違和感も消失した。聖哉にしては少なすぎると思った弾倉の弾丸。だがそれは、強力すぎる魔力を封じた特製の弾丸だったからだ。
「そんな……何ということだ……!」
――えっ!?
ルーク神父の震える声で、私はハッとしてブノスの様子を窺う。数匹の土蛇によって食い破られたブノスの腹部が再生していた! 傷口も塞がって、大きな腹は最初から何も攻撃を受けていなかったかのよう! 代わって聖哉の土蛇は風化するように消えてしまう!
「耐えたああああ!! 耐えたぞおおおおおおおお!!」
ブノスは誇らしげに雄叫びを上げた。
「面白え弾丸を作ったのは褒めてやるううう!! だが、俺様の防御は崩せなかったみたいだなあああああ!!」
「こ、これが……オークのスペリアル!」
ルーク神父が慄きの声を上げる。しかし。
「……まだだ」
先程と同じく、聖哉が呟いた。瞬間、ブノスの腹部が赤く変色して発火! 腹部から出た火炎は、見る見るうちにブノスの全身を覆う!
「ぶひいいいいいい!?」
「こ、今度は火に包まれた!?」
私が叫ぶと、聖哉が普段より少し大きめの声で言う。
「二層ではない。その倍。銃弾内部に込めた魔力は四層にしてある」
「よ、四層!! つまり合計四回、ブノスの体内で強力な魔法が発動するってこと!?」
「嘘だ! ありえねえ!」
私の言葉の途中、技術者のカロンがそう声を張り上げた。
「理論上は可能かも知れねえ! だが、そんな沢山の魔力を込めたら、ロケット砲のような大きな砲弾になっちまうだろ! あの小さな弾丸に一体どうやって?」
「た、確かにそうだね。弾丸に込められる魔力には限度がある。聖哉君の言う通り、どうにかこうにか四層の魔力を封じ込めたとして、各々の魔力は微々たるものになる筈だ。なのに……」
コルトは語りながら不思議そうな顔で、ブノスを見る。ブノスの体は今、聖哉の火炎魔法
「土蛇を具現化する高度な土魔法に、この火炎魔法の威力! どうやったら、そんな魔弾が作れんだよ!?」
カロンは技術者である。周りの誰よりも、聖哉の魔弾が気になったらしく、大声で叫んでいた。聖哉は面倒くさそうに「ふう」と息を吐いた後で言う。
「さほど難しい話ではない。ヒントは、俺の世界にあったフルーツジュースだ」
「あ、あん? フルーツジュース?」
カロンが呆気に取られた表情を見せる。私も気になって聖哉に尋ねる。
「ジュースって……えっと、あの、飲むジュース?」
「そうだ。市場に出回る果汁100%と銘打ったジュースの殆どは、濃縮果汁還元――つまり、果汁に含まれる水分を飛ばすことで体積を少なくして、輸入の効率化を図っている」
「へー。果汁から水分を飛ばすんだ」
液体から小さな固体にするようなイメージを私は想像した。
ブノスが火炎にのたうち回る近くで、私達は聖哉の説明に耳をかたむけるという、少しシュールな光景。聖哉が真剣な顔で話を続ける。
「俺はジュースの製造法を参考に、
しばしの沈黙後、私達は一斉に叫ぶ。
「「「「いや、
皆と一緒に私も思わずツッコんだ。だが、聖哉が何か言う前に、ブノスの変化に気付いたセルセウスが叫ぶ。
「おいおい!! 今度は凍り始めたぞ!!」
私もブノスに視線を向ける。業火に
「次は氷結魔法……! と、とにかく聖哉君にしか出来ない方法で膨大な魔力を圧縮して、小さな銃弾に注入したという訳だね」
「うむ。これが『
――濃縮魔力還元……!! ツッコミどころ満載な気が!!
それでも、ブノスに計り知れないダメージを与えていることは明らかであり、私はツッコミたい気持ちをグッと抑えた。
小さな弾丸に込められた四層もの強力な魔法。私達の誰もが、聖哉の慎重さに言葉を失いつつも勝利を確信していた。
だが……更に驚くことが起こる。ガラスが砕け散るような音! ブノスを見て私は目を大きく見開く! 体を覆っていた氷は粉々に砕かれて、ブノスはぜぇぜぇと息を切らしながらもそこに立っていた!
「こ、このブノス様を舐めてんじゃねええええ!! 四層の魔力全て克服してやったぞおおおおおおおおおおお!!」
這々の体ながらも愉悦に満ちて叫ぶブノスを見て、アイヒが顔を引き攣らせる。
「マジかよ! 怪物め!」
「おお、神よ……!」
ルーク神父が十字架を握り締める。勿論、私も戦慄していた。な、なんて奴! 聖哉特製の魔弾を耐えきるなんて! 聖哉も私達も、ブノスの力を低く見積もっていた!
「聖哉! 気を付けて! ブノスの反撃が来るわ!」
私は不安に駆られ、聖哉に忠告したが、
「……まだだ」
またしても聖哉がそう呟いた。「は?」と私が言った刹那、ブノスの腹部から目も眩む発光!
「はぐわああああああああ!?」
ブノスが電気ショックを浴びたようにバチバチと青白く光る! こ、これは雷撃魔法!? い、いや、待って待って待って!!
私は聖哉に叫ぶ。
「四層って言わなかった!? まだあんの!?」
すると聖哉は目を鋭く尖らせる。
「四層とブノスに聞こえるように言ったことで、奴は『どうにか魔法をあと数回耐えさえすれば』と、全力を尽くした筈だ。なのに、そのすぐ後に来る五層目の魔法。奴の心は打ち砕かれる」
「うっ……!」
聖哉の戦略に、私はごくりと唾を飲み込む。すぐ傍でブノスの絶叫が木霊していた。
「ほんげえええええ!!」
「ぶっひょうううううう!!」
「おげろぶほおおおおおおおおお!!」
実際、五層や六層どころではなかった。雷の魔力の後も、ブノスは燃えたと思ったら凍り、氷が溶けたと思ったら土蛇が体から這い出したりを繰り返す。いつしかブノスは倒れ伏し、叫び声を上げなくなっていた。
「も、もう死んでんじゃねえか? 一体いつまで続くんだよ……!」
「えげつねえなあ……!」
アイヒの言葉にセルセウスも同意するように、固められた体をぎこちなく身震いさせる。
私も何回も魔法のリピートを見させられ、呆然と呟いてしまう。
「まるで、お祭り騒ぎね……」
凍ったり輝いたりと賑やかなブノスを見て、そんな感想が私の口から漏れた。その途端、聖哉が私を睨む。
「おい、リスタ。ふざけるんじゃない。俺は敵を確実に葬る為、真剣にやっている。一発の銃弾に時間を掛けて様々な魔力を練り込んで、この強力無比な魔弾を作成したのだ。繊細かつ、それでいて極度の精神集中が必要だった」
「ご、ごめん! そうだよね!」
私は慌てて聖哉に謝る。よく考えてみれば、聖哉は基本的に氷の魔力を使えない。おそらく、冥界で授かった
光って燃えて凍るブノスが色とりどりに見えたからといって、ふざけた感想を述べてしまったことを心から反省していると、聖哉が厳かに言う。
「これが一撃必殺の特製魔弾――『
「!?
私が叫んだ時には既に、ブノスはボロ雑巾のようにズタボロになって絶命していた。
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