第六十四章 封殺

 ――ひ、久々に聞いたわ……!!


 この台詞を言った後、聖哉は圧倒的な力で敵を打ち倒してきた。だが安心は出来ない。ブノゲオスは、とんでもない強敵だ。素早さ以外の数値はレベルMAXとなった聖哉に勝るとも劣らない。その上『邪神の加護』や『全属性魔法軽減』などのスキルも兼ね備え、私達の魂を破壊する武器まで持っている。きっと戦帝と戦った時のように、一瞬たりとも油断の出来ない接戦になる筈だ。


 ……戦いの火蓋を切ったのは聖哉だった。剣を振り上げ、レベルMAXの超絶スピードにてブノゲオスに至近――したかと思いきや、身構えたブノゲオスの隣にあったテーブルを破壊する。


「ええっ!?」


 私は驚くが、砕け散ったテーブルの周りで、ガラスのような破片がキラキラと輝いている。


 ブノゲオスが笑う。


「ブヘヘヘヘ。残念だったなあ。叩き割ったのは『呪縛の玉』じゃねえぞお。テーブルの上にあったのは、ただの水晶玉だあ。呪縛の玉は絶対に分からねえところに隠してあるんだからなあ」


『剣でブノゲオスを攻撃すると見せかけて、呪縛の玉を狙う』……聖哉らしい行動だと思った。だがそれが呪縛の玉ではないと嘲笑われても、聖哉の表情に変化はない。


「グランドレオンとの通信手段を断っただけだ。戦闘の終盤、苦境に陥ったお前が奴に助けを乞うことが予想されるからな」

「な、何だとお……!?」


 小馬鹿にされ、ヒクヒクと鼻を痙攣させるブノゲオスを尻目に、聖哉は何と剣を翻し、鞘に仕舞った。


「せ、聖哉!? どうして!?」

「剣はトドメを刺す時に使う。それまでは土魔法だけで充分だろう。ちなみにレベルMAXにしたのも念の為だ。実際、もっと低いレベルでもコイツ程度になら確実に勝てた」

「ええええっ!? じゃあ何で三日間も掛けてブノゲオスを偵察してたのよ!?」


 私は驚き、そしてブノゲオスは顔を真っ赤に紅潮させる!


「ふ、ふ、ふざけやがってえええええ!! この野郎があああああああ!!」


 斧を振りかざし、聖哉に突進しようとする! だがその途端、ブノゲオスは大きな音を立てて、無様に転倒した!


「ああああああ!? 何だああああああ!?」


 見れば、ブノゲオスの足首に何かが絡みついている! 一見すると太いロープ……だが意思を持っているようにクネクネと動くそれは、褐色の蛇! いつの間にか、私達が出てきた床下から長く伸びて、ブノゲオスの足にまとわり付いている!


 あ、あれは……土魔法!? そうよ、オートマティック・フェニックス鳳凰自動追撃のように、ハイ・ウィザード高位魔術師のみが生み出せる、遠隔操作可能の魔法蛇なんだわ!! 


 足に絡まっていた土蛇は鎌首をもたげ、ブノゲオスの腰に食らいつこうとするが、


「こんなもん、何だってんだあ!!」


 斧を伸びた胴体に叩き落とすと、土蛇はその体を土砂と化し、呆気なく床に飛散した。


「ブヘヘヘ! 大したことねえなあ!」


 余裕の表情を見せたブノゲオスだったが、瞬間、音を立てて、部屋の至る箇所の床が裂ける! そして、そこからウネウネと数十匹もの土蛇が出現する! 更には壁や窓からも土蛇が進入してくる!


 抑揚のない声で聖哉が言う。


「何百匹もの土蛇が屋敷を取り囲んでいる。逃げることも出来ないし、外にいる仲間の獣人が助けに来ることもない。此処は既に土蛇の巣なのだ」


 い、いつの間に、こんな大量の土蛇を!? ……そ、そうか! 聖哉はただ三日間、ケイブ・アロングで地下に籠もってブノゲオスを偵察してた訳じゃない! 時間を掛けて土魔法で土蛇を生み出してたんだ! そしてそれを屋敷の周りに放っていた!


 無数に床から這い出る土蛇! 壁や天井からも穴を開けてワラワラと湧いている! そしてジリジリと囲むようにブノゲオスに迫っていく! その不気味な光景に私の背筋は凍り付く! もはや、これは悪魔の所行! とても世界を救う勇者の技とは思えない!


 無数の蛇が一斉にブノゲオスに飛びかかろうとした瞬間、


「舐めるなあああああ!! ゴッド・チョッパー神裂戦斧!!」


 ブノゲオスが縦横無尽に斧を振り回す! ブノゲオスに食らいつこうとしていた土蛇たちは直前、斧にかすっただけで、或いは風圧に触れただけで、土砂に戻り、床に散らばった!


「な、何てパワー……!!」


 一瞬で十数匹の土蛇を葬った攻撃力に驚愕していると、ブノゲオスが床に落ちた土塊つちくれを見て、ほくそ笑む。


「魔法で作った蛇だからって、一度、土に戻したら、もう再生は出来ねえようだなあ……」


 ブノゲオスは斧を持っていない方の手を、鋼の胸当てに当て、自らの装備を剥ぎ取った。


「ええっ!!」


 胸当てを外したブノゲオスを見て、驚愕する! 胸から腹にかけて、乱杭歯を剥いた巨大な口が、ぽっかりと大きく開いていた!


「土蛇ごと、お前らを丸呑みにしてやるよおおお!!」


 ま、丸呑み!? 嘘でしょ!? ま、まさか……!!


 私は救いを求める眼差しを聖哉に向ける。


「どうしよう、聖哉!! アイツ、あの口の中に私達を吸い込もうってんじゃ!?」

「そうだな。奴の特技にそれらしき技があった。そこで、リスタ。お前の出番だ」

「えっ!! わ、私っ!? 一体、何をすれば!?」

「沈め」

「へ?」


 急に聖哉は腕を振りかざすと、


 ゴスーン!!


 いきなり私の脳天に、げんこつを喰らわした!


「!! はおわあああああっ!?」


 バキバキ、ボッコーン!!


 凄まじい勇者の拳で、私の下半身は傷んでいた床板を突き抜け、土中に埋まる!


「お、お、お、お前……いきなり何してくれてんじゃあっ!!」


 下半身が埋まったまま、聖哉を見上げて叫んだ、その時。


「死ねえええええ!! バキューム・シュレッダ吸引噛砕!!」


 ブノゲオスの胸腹部にある口が張り裂けんばかりに大きく開いた! 予想通り、耳を揺さぶる吸気音と共に部屋中の物や土蛇が、その中に吸い込まれていく! 私の自慢の金髪も持って行かれそうになる! 


「うわわわわわっ!!」


 引き付けた後、魂を破壊してから飲み込もうというのだろうか、ブノゲオスはチェイン・ディストラクションを誘発する斧を片手に待機していた! 


 ――ヤバい、ヤバい!! 殺されちゃううううううう!!


 焦るが、下半身がしっかりと地中に埋まっているせいで、私はブノゲオスの吸引にどうにか耐えていた! そして……聖哉は聖哉で、埋まった私の肩に腕を回し、ブノゲオスの吸引力に抗っている!


「いや……ちょっと待って!! 何コレェ!? 私は『つっかい棒』じゃねええぇぇ……、」


 などと叫んでみたものの、状況をよくよく認識してみれば、まるで聖哉が私の背後から抱きついているかのようではないか。


 あ、アレ……? ちょっとコレ……いいじゃない。何だか素敵じゃない……。うん、いいや、もう。はい、私、つっかい棒です。倒れないように、しっかりアナタを支えます。つっかい棒ですからね。


 一瞬、頭の中がお花畑になったものの、私はすぐに現実に引き戻される。


 ……部屋に無数にいた土蛇が、一匹もいなくなっていたからだ!


 ブノゲオスは吸引を一時停止。腹の大口を閉じた後、満足げに笑った。


「ブヘヘヘへ! 全部、粉々に破壊してやったぞお!」 


 や、やっぱりとんでもない怪物だわ! 余裕ぶってないで、剣を抜いて本気で戦わないと! でも奴にはバキューム・シュレッダがある! 発動されれば身動きが取れない! 一体どうやって戦えばいいの?


 私の狼狽とは裏腹に、聖哉は私の肩から手を放し、そのまま無防備にブノゲオスと対峙する。


「せ、聖哉!? 私から離れちゃダメだって!! 今、バキューム・シュレッダを発動されたら、吸い込まれちゃうよ!?」

「その心配はない。既に勝敗は決している」


 そして聖哉は淡々と語る。


「ブノゲオス。今、お前は全ての土蛇を噛み砕き、破壊したと思っているようだが、そうではない。あえて破壊されたように見せかけ、土砂に戻していた蛇も混じっていたのだ」

「あぁん? 何だってえ?」

「そして、それは今。お前の腹の中で再度、土蛇に変形している」

「お、お前……!! ま、まさか……!!」

「外側は全魔法軽減のスキルを用いてカバーしていても、内側は案外もろいのではないか?」


 ブノゲオスの顔から血の気が引く! 勇者の冷淡な視線がブノゲオスを射抜く!


「食い破れ……トランスフォーム・オートマティックナーガ土蛇変化自動追撃……!」


 途端、ブノゲオスの腹部、胸部が内側から何本もの細長い棒で押されたように膨れあがった! そして耳を塞ぎたくなるような肉を切り裂く音と共に、


「ぐわああああああああ!!」


 土蛇達がブノゲオスの体を突き破る!


「ひいいいっ!?」


 ホラーな光景に私は叫ぶ! 手足を除く体の至る所から、オートマティック・ナーガが血飛沫を撒き散らし、肉を食い破り、這い出してくる!


 最後の一匹が脇腹の辺りから這い出した時、ブノゲオスは頭部と腹部の両の口から黒い血液をゴボッと吐き出し、巨体を床に前のめりにしてくずおれた。


 ……しばらく経っても、ブノゲオスはピクリともしない。


「や、やったの?」

「うむ」


 聖哉は私の頭頂部を片手で掴むと『ズボオッ!』と地面から引き抜いた!


「!? ウォォォイ!! なんちゅう引き抜き方すんの!? 私ゃ、畑のダイコンか!?」


 ぞんざいな扱いに怒るが、聖哉は私を無視。私は気持ちを切り替え、ブノゲオスを倒した手際に感心する。


「それにしても凄いわ。本当に剣を使わずにブノゲオスを倒しちゃった。しかも、圧勝。とんでもないわね、土魔法って……」

「そうだな。他の魔法よりも敵を欺くことに長けている。上手く使えば、今回のように相手のステータスを度外視して、倒すことが出来るだろう」

「うん、うん! これさえあればグランドレオンとかいう奴もどうにか攻略出来るかも!」

「それは早計だ。此処から先は土魔法だけでは心許ない。更なる能力が必要になるだろう。その為に一旦、神界へと戻る。呪縛の玉を破壊して……な」

「あ! そういや、それって何処にあるんだろ? ブノゲオスは絶対見つからない場所に隠してあるって言ってたけど……」


 そしてキョロキョロと部屋を窺った私は、戦慄した。


 いつの間にか、ブノゲオスの巨体がゆらりと立ち上がっている!


「せ、聖哉!! 生きてる!! まだ生きてるよ!!」


 慎重な聖哉が『勝敗は決した』と断言した! だから、私はその言葉を信じた! だが、体を内部から食い破られ、ドス黒い血液を止め処なく滴らせながらも、ブノゲオスは生きていた! 信じがたい生命力! そう、此処は難度SSイクスフォリア! 聖哉も私もそのことを忘れ、慢心していたのだ!


「まだだ……まだ終わってねえぞお……!」


 言うや、ブノゲオスは己の右指を左目に突っ込んだ!


「うわわっ!」


 直視することすら憚られる光景! ブノゲオスはブチブチと左の眼球を指で引っ張り出す!


「ブヘ……ブヘへへへ! これが……『呪縛の玉』だあ……! 魔王様に体内に埋め込まれてたんだよお……! ま、町全体を呪縛で包む程の魔力を宿した、こ、この玉を飲み込むことで……お、俺の能力は飛躍的に向上するんだあ……!」


 そしてブノゲオスは眼球――いや呪縛の玉を口元へと運ぶ!


「油断してトドメを刺さなかったのが、お前の敗因だあ!! 見て驚けえええええ!! これが俺の第二形態!! 『ビースト・ハザード魔獣生態変異』だあああああ!!」

「せ、聖哉!!」


 焦る私と対照的に聖哉はまるで取り乱していない。


「第二形態か。どんな感じになるか少し興味はあるが、見ないし、驚くつもりもない。お前が俺に勝つつもりなら最初から目玉をくり抜き、その技を行使すべきだった。ならば、少しは勝率も上がったろう。まぁ、そうさせない為にお前を苛つかせていたのだが」


 ブノゲオスが今まさに玉を飲み込もうとした時、


「グボオッ!?」


 ブノゲオスの喉元が膨れ上がる! 不意にブノゲオスの口から飛び出した何かが、ブノゲオスより早く呪縛の玉を喰らった! それは玉をくわえたまま、聖哉の足下まで這い寄って来る!


「言った筈だ。既に勝敗は決している、と」


 ブノゲオスと同じく、私も目の前の光景に絶句する!


 呪縛の玉をくわえているのは――土蛇! ブノゲオスの口から突如現れた土蛇が、呪縛の玉を奪ったのだ! 


「そ、そんな……!! まだ体内に残していたの……!? どうして……!?」

「ブノゲオスはHPが高い。体内に侵入させたオートマティック・ナーガでは致命傷は与えても絶命しない可能性があった。故に、土蛇をあえて一匹忍ばせておくことで、半死半生のブノゲオスが何かしらの反撃に出るのを前もって封殺する――まぁ、これも念の為だ」


 聖哉がパチリと指で合図すると、土蛇は音を立てて、呪縛の玉を噛み砕いた。


 ブノゲオスが恐怖の表情を見せて、後ずさる。


「な、何なんだ……! 何なんだあ、お前は……!」

「呪縛の玉も破壊した。それでは宣言通り、トドメは剣で刺すことにしよう」


 聖哉は鞘から剣を抜くと「コォォォォ」と静かに息を吐き出した。プラチナソードが聖哉の呼吸に反応するように光を帯びる。部屋の空気が振動する。


 かたや無傷に、かたや瀕死。もはや観念したのだろう。ブノゲオスが大声で叫ぶ。


「お、俺をやったところでお前はもう終わりだあ!! 夕刻にはグランドレオン様がガルバノを視察に来られる!! 思い知るがいい!! 小細工など全く通用しない、圧倒的に凶悪な獣皇の力をなああああああ!!」


 聖哉は両手でプラチナソードを持ち、大上段に構える。そして……


アトミック・スプリットスラッシュ原子分裂斬……!」


 ゲアブランデで見せた土属性の魔法剣が、イクスフォリアでも復活! 剣がブノゲオスの頭頂に振り下ろされた刹那、爆発にも似た轟音と衝撃波! 


 屋敷の床が裂け、クレーターのように陥没した地面に、ぐったりと横たわるブノゲオスに向け、


「死んだように見えるが……もう二、三発いっておこう」


 再度、容赦のない攻撃が振り落とされた……。




 レベルMAXのアトミック・スプリットスラッシュを数発喰らい、それでもブノゲオスは未だに原型をとどめていた。


 私は今度こそ油断せずに能力透視を発動。ブノゲオスの絶命を確認する。間違いなく事切れている筈なのに、聖哉は更に土魔法を発動。チェイン・ディストラクションを宿した斧ごとエンドレス・フォール無限落下で奈落へと叩き落としていた。


「ね、ねえ、聖哉! グランドレオンが来るんでしょ! 早く逃げた方がよくない?」


 だが聖哉はまるで慌てる素振りを見せず、アゴに指を当て、考えるような仕草をしていた。


「奴がガルバノ視察を決めたのは、ブノゲオスと水晶玉で会話した一昨日。あの時点で探りを入れようとするとは、なかなか用心深い奴だ。まぁ……それも想定の範囲内だが」


 ようやく聖哉は私に統一神界への門を出すように指示した。出現させた後、私は恐る恐る門を開いてみる。


「あっ! 門の中にあった壁が消えてる! これなら帰れるわ!」

「グランドレオンは夕刻に来る、と言っていた。それまで後一時間程度。予定より早く来ることも想定して、三十分以内に統一神界にて、グランドレオンに対抗する新たな特技を身に付けよう」


 三十分――つまり時の流れの遅い神界で換算すると、二日程度。たったそれだけの期間で大丈夫なのかしら。いや……今はとりあえずこの瞬間を喜ぼう! 神界に戻れるんだ! もうデスミミズも食べなくていいし、トイレにも行けるし、お風呂だって入れる!


 門を潜りながら、私は聖哉に微笑んだ。


「よかったね! 地下生活から解放されて! 聖哉も、頭おかしくなりかけてたもんね!」

「誰がだ。お前と一緒にするな」

「またまたぁ! ブヘヘヘとか笑ったりしてたじゃん! 結構、ギリギリの状態だったくせに!」

「あれは今後を見据えてのことだ」

「は、はぁっ? 何よ、それ?」


 聖哉の言った意味が分かったのは、神界に帰ってからのことであった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー