第九十七章 駄女神の活躍

「ぐ……!」


 罠と知ったセレモニクが踵を返そうとする。だが、それより早く、部屋自体が眩い閃光に包まれた。


 ……今までの罠にあった爆発が可愛く思える程、火力ある大爆発だった。映像を映していた土蛇も破壊されてしまったのだろう。モニターは砂嵐になる。


 地中からプロクシー・ルーム怨念遮断部屋に新たな土蛇が現れて、再度映像が映し出された時には、


「かひっ……あひゅっ……」


 セレモニクが地面にうつぶせでヒクヒクと痙攣していた。十階で無くした左手に加え、今の爆破で右足までも失われている。


 虫の息のセレモニク。だがそのセレモニクに向かい、四方の壁から火炎が放射される! それが終われば部屋の天井が音を立ててセレモニクを圧死させようと迫る!


「こ、ここまでやるか……!!」


 残虐非道なトラップに、ジョンデが息を呑む。



『プロクシー・ルームは【最後の砦、その一歩手前】。故に此処でセレモニクの侵攻を確実に止めなければならない』



 聖哉が指示書にそう書いてあった通り、容赦のない攻撃がセレモニクを襲っていた。




 ……セレモニクを潰した天井が元の位置に戻った時、セレモニクはもうピクリとも動かなかった。


「た、倒したんでしょうか?」

「確かめてみるわ!」


 さっきは見えなかった。でも弱り切った状態のセレモニクなら、ひょっとしたら……。


 私はダメもとで能力透視を発動する。



 怨皇セレモニク

 Lv99(MAX)

 HP 1/666666 MP 1/66666

 攻撃力666666 防御力666666 素早さ666666 魔力6666 成長度999(MAX)

 耐性 火・水・風・雷・氷・土・闇・毒・麻痺・呪い・即死・眠り・状態異常

 特殊スキル 邪神の加護(LvMAX) 呪いの波動(LvMAX) 視界間瞬間移動(LvMAX) 暗黒体力(LvMAX)※光属性攻撃でのみ殺傷可能

 特技 グラッジ・ハンド呪縛掌

    ステルス・ステップ無音縮地

    ディメンション・ステップ次元間縮地

    ブラッディ・シスタリア憎悪血妹

 性格 執拗



「み、見えた! HPが、たったの1よ!」

「むう。しかし、ああまでされてまだ生きているとは、何という生命力……!」

「ステータスに『光属性攻撃でのみ殺傷可能』とあったわ! きっとトドメには光の力が必要なのよ!」


 私はキリコに尋ねる。


「ねえ、キリちゃん。此処からセレモニクのいる場所には行けそう?」

「えぇと……あっ、はい! この巻物のページに『プロクシー・ルームまで地下エレベーターを使って行く方法』という項目があります!」


 私は大きく息を吐き出した後、覚悟を決めて、宣言する。


「私が……トドメを刺すわ!」


 するとキリコが巻物を差し出してきた。


「で、でもこの指示を見てください! 聖哉さんは『危急の場合を除き、決してプロクシー・ルームには近付かないように』って、」

「HPもMPも1! セレモニクは完全に瀕死よ! 一撃さえ当たれば、やっつけられる! それに見たところセレモニクはチェイン・ディストラクション連鎖魂破壊を有する武器を持っていない! 私を殺すことは出来ないわ!」

「た、確かに奴が回復し、再び次元を超えた瞬間移動をしてきた場合を考えると、ここで確実にトドメを刺した方が良いに決まっているな……」


 心配そうにモジモジするキリコに、私は胸元から出した土蛇を渡す。


「コレ、念の為の土蛇電話。これで私はキリちゃん達と会話が出来る。ね、安心でしょ?」

「でも……私、やっぱり心配です……」

「平気だって! こういう時の為に金神と修行したんだから!」


 ジョンデがキリコの肩に手を当てた。


「ここまで言っているんだ。キリコ。女神を信じよう」

「は、はい!」

「じゃあ、行ってくるわ」


『プロクシー・ルームに地下エレベーターで行く方法』のページを見て、私は部屋の隅に移動する。現れた土蛇にそのページを見せるとコクリと頷いた。これでセレモニクのいる部屋に移動出来る筈だ。


 二人に手を振った後、私の体は吸い込まれるように地中に消えたのだった……。




 ケイブ・アロング移動式洞窟でせり上がるのと似た感触で、私は地中を移動してプロクシー・ルームに辿り着いた。少し離れた場所にセレモニクが倒れている。


『おい、女神。聞こえるか?』


 不意に胸元の土蛇からジョンデの声がした。


「ええ。今、辿り着いたわ」


『リスタさん。無茶はしないでくださいね』


「大丈夫。一気に決めるから」


 そして深呼吸した後……私はセレモニクに手をかざし、声を張り上げる。


「ヘイヘーイ!! ヘイ、ヘイ、ヘヘーイ!!」


 途端、土蛇電話の向こうが騒がしくなった。


『いや何やってんだ、あの女神!! ヘイヘイ言ってるだけだぞ!?』

『り、リスタさんっ!?』


 それでも私はノリノリで叫びまくる……が、セレモニクに変化は全く見られない。


『おい、女神!! ふざけるな!! 祭りじゃねえんだぞ!!』


 わ、分かってるわよ!! うっさいわね、あのアンデッド!! これ言わなきゃ光の力が発動しないんだから仕方ないじゃない!!


「ヘイヘイヘイ!! ヘイヘイヘヘヘイ、ヘイヘヘイ!!」


 なじられても私は叫び続ける。やがてジョンデの怒りは溜め息へと変わった。


『あ、あの【お祭り女神】……! 信じた俺がバカだった……!』


 誰がお祭り女神じゃい!! ってか、何よ、コレ!? こんな頑張ってんのに全然効いてる気がしないんですけど!! ……バルドゥル!! あのインチキ女神、ブッ飛ばしてやる!!


 とにかくもっと効果を出す為に、セレモニクへと近付こうと手を伸ばした瞬間だった。


 突然、肉が削げて骨だらけになったセレモニクの腕が私の手首を掴んだ!


「!! ぎゃああああああああああ!?」

「オオ……オオオオオ……!」


 歯の抜け落ちた口から怨嗟に満ちた唸り声を上げている!


『だ、ダメだ! キリコ、俺達も向かうぞ!』

『は、はいっ!』


 セレモニクに腕を掴まれながら私は泣きそうになっていた。


 あああああああっ、結局こうなるの!? また足を引っ張っちゃうの、私!?


 後悔しながら、ふと気付く。


「ググ……アア……! グアアアアアア……!」


 何と、苦しそうにセレモニクが呻いているではないか!


「あ、あれ?」


 気付けば私の手から出た淡い光がセレモニクを包んでいる!


 ま、まさか私の力が効いてるの!? よ、ようし!! こうなったら、もっと全力で叫ぶのよ!! 出でよ、私の女神力メガミック・パワー!! 更に向こうへ……プルス・ウルトラアアアアアアアアアア!!


「ヘイヘイヘヘヘイ、ヘイヘヘイ!! ヘヘヘヘイヘイヘヘヘイ、ヘイヘヘイ!! ヘイヘヘーイ、ヘイヘイヘイヘイヘーイ、ヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイ…………」


 今まで生きてきた中でこんなにヘイヘイ叫んだことはない。そのくらい私は叫びまくった。


「無事か、お祭り女神!!」

「リスタさんっ!!」


 地中から現れた二人は、セレモニクを見て絶句する。


 光に包まれたセレモニクはミイラのように体が干からびていた。私の手首を掴んでいた腕が力なく地に落ちる。


「や、やったのか……?」

「多分……。一応、確認するわ……」


 体力に重点を置いて、能力透視した私の目にステータスが映る。




 怨皇セレモニク

 Lv99(MAX)

 HP0/666666

 



「HPが0! 完全に絶命しているわ!」


 叫んだ後、ジョンデとキリコを見るが二人共、静かに押し黙っていた。


 ううっ! どうせ、呆れてんでしょ? まぁ……仕方ないわよね。実際めちゃヤバかったし……。はーあ、何でこうなるんだろ。私って格好悪……。


 しかし。予想に反して、ジョンデもキリコも感嘆の声を上げた。


「退魔の力、見事だ!! 見直したぞ、女神!!」

「……え?」

「す、すっごいです、リスタさん!! 聖哉さん無しで勝ってしまいましたよ!! 流石、女神様ですねっ!!」

「そ、そう? 別にたいしたことないよ……」


 控えめな顔をしつつも、


 ――イーヤッホォォォォォォ!!


 賞賛を浴びた私は、心の中、歓喜に満ちて叫んでいたのだった。





 セレモニクを倒したことで無事に神界への門を出すことが出来た。ジョンデが聖哉を背負って門を潜ると、頭上には輝く二つの月。神界は今、夜だった。


 強い神気のせいで神殿に入れないジョンデの代わりに、セルセウスの力を借りて、聖哉を私の部屋のベッドに寝かす。


 心配して聖哉の頬を撫でていると、セルセウスが楽しげに言う。


「しかし、この勇者が倒れるとは。わははは。これが天罰というやつかな」

「今の言葉、聖哉が知ったら大変なことになるわよ。セルセウス」

「うん……。いや、悪かった。言うなよ。絶対に。約束だぞ。あの……本当に言わないでください。お願いします。すいませんでした」


 するとアリアが部屋に入ってくる。


「リスタ。イシスター様がお呼びよ。聖哉は私が看てるから行ってらっしゃい……」




 イシスター様の部屋に一人、足を運びながら考える。


 一体、何だろ……ああっ!? もしかして私がセレモニクにトドメを刺しちゃったから!? あれって女神としてのサポートの範疇を超えてたんじゃ!?


 またもや最奥神界からの罰が下るのでは、と緊張しながら部屋に入るが、それは私の杞憂だった。


「罰などありませんよ、リスタルテ。行動不能だったとはいえ、セレモニクを追い込んだのは竜宮院聖哉の土魔法の力なのでしょう? アナタはそれに従い、敵を倒した。充分、サポートの範囲です」


 ああ、よかった! ……ん? じゃあ何の話なんだろ?


 すると突然、イシスター様は私に頭を下げてきた。


「ええっ!? イシスター様!?」

「イクスフォリアにいる邪神のせいで未来が見えにくくなっていたのです……」


 そして苦渋に満ちた顔を見せる。


「申し訳ありません。竜宮院聖哉の精神疲労に追い打ちをかけたのは私です。いくら精神的に強いといっても、彼は人間だというのに……。やはり、あのことは伝えるべきではなかったのかも知れません」

「え、えっと『あのこと』って……?」


 イシスター様はしばらく黙った後、私に言う。


「いずれ時が来ればアナタにもお話しようと思います」

「は、はい……」


 そして話題を変えるように微笑む。


「リスタルテ。勇者不在の中、女神としてのサポート、よく頑張りました。竜宮院聖哉の安否については問題ありません。きっともうじき目覚めるでしょう」





 イシスター様との会話の後、冷やしたタオルを持って聖哉が寝ている私の部屋へと戻った。扉を開くが、もうアリアもセルセウスもいない。


 ――あれっ! って、ことは、もしかして……!


「せ、聖哉……! 起きてたんだね……!」


 聖哉は既にベッドから起き上がり、窓の外を眺めていた。


「疲れてるんでしょ? もっと寝ていてもいいから……」


 だが、黙っている。聖哉のことだ。きっと自分が戦闘中に倒れてしまったことを激しく後悔しているのだろう。


「だ、大丈夫だよ! セレモニクは私達が倒したから! え、と……信じられない? でも私達が神界に帰って来ているのがその証拠! キリちゃんもジョンデも無事だったし、何も心配ないよ!」


 それでも聖哉は難しい顔で、また窓を眺め始めた。


「ねえ、聖哉……イシスター様から何を聞いたの? 私には教えてくれなくてさ……」


 更に無言。私は遂に声を張り上げる。


「あ、あのさあ!! な、何もかも全部、一人で抱え込むことないよ!? 私達を……私をもっと頼ってくれていいんだよ!? そ、その為のサポートなんだから!!」


 堪えきれない思いが溢れ出す。私は聖哉に近寄り、背後から抱きしめた。体温があまり感じられない大きな背中に向けて気持ちをぶつける。


「自分のせいで沢山の人達が亡くなった……。辛いよね? 苦しいよね? 普通じゃ考えられないよね? でもね……聖哉は一人じゃないよ。私が傍にいるから……!」


 聖哉の氷のような心を溶かしてあげたい――そう思い、私は一層強く力を込めて聖哉を抱き締めた。その途端、


『ズザザザザザザザ』


 聖哉の体が崩壊! 砂になって床にザラザラと散らばった! 私は絶叫する!


「げえええええええええ!? 心、溶かそうと思ったら、体ごと溶けやがったアアアアアアアアアアア!?」


 い、いや、そんな訳ないじゃん!! コレは……土人形!! ってか、待って!! 今、私的に結構いいシーンだったよね!? なのに私ゃ、土人形に向けて長々と喋ってたんかい!?


 そして背後を振り向く。そこには本物の聖哉がこれ以上ない程、白い目で私を見詰めていた。


 私はどうにか言葉を紡ぐ。


「な、な、な、何で部屋に土人形がいるの……?」

「弱っているところをお前に襲われたくなかったからな」

「そ、そんなことしねえし……それより、あの……今の……見てた?」

「うむ。一部始終、ずっと見ていた」


 フォォォォォォォォ!! 恥ぁずかしいいいいいいいいいいいいいいい!!


 恥辱のあまり死にたくなり、両手で顔を押さえ、ベッドに倒れ込んだ私に聖哉がぼそりと言う。


「お前を見ていると、何だか世の中のこと全てがバカらしく思えてくる」

「何よ、それっ!!」


 叫ぶが聖哉は一人、扉へと向かう。


「何処に行くの?」

「召喚の間だ」

「一人で平気?」

「もう回復した。だが念の為、今日一晩休んでからイクスフォリアに向かう」

「了解……」


 聖哉は、だが扉の前で少し立ち止まり、ぽつりと言う。


「リスタ。今回は助かった」

「……え?」


 そしてドアはパタンと閉められた。




 聖哉が去った後、私はベッドの上をゴロゴロと転がっていた。「リスタ。今回は助かった」、「リスタ。今回は助かった」……聖哉の台詞をリフレインしながら「うふふふ」と、ほくそ笑む。


 ふとグランドレオンを倒した後のカーミラ王妃の言葉を思い出した。



『この辛すぎる世界でアンタが傍に付いていてあげな。バカやってドジやって、それが知らず知らずのうちにあの子を救ってる』



 ――ちょっぴり納得いかないけど……私は、これでいいんだよね!!


 何だか女神としての自分の存在価値が認められた気がして、嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。




 ……その夜。私は聖哉の夢を見た。聖哉が寝ていたぬくもりがベッドに残っていたからかも知れない。


 夢の中で、私は女神になる前のティアナ姫に戻っていた。そして隣には聖哉がいて、私の腕の中には可愛い赤ん坊が眠っている。普段、無愛想な聖哉が私と赤ん坊を見て、優しく微笑んでいた。


 明晰夢というのだろうか。夢の中で私はこれが夢であるということを認識していた。


 ――前回、無事に魔王を倒した後も、聖哉は元の世界に帰らず、イクスフォリアに残ってくれた。そして赤ちゃんが生まれて、私と聖哉は仲良く一緒にターマインで暮らした……。


 何か一つ運命の歯車が違えば、こんな未来もあったのだろうか。そう思うと胸がキュッと苦しくなった。


 辛さを紛らわせるように、私は抱いている赤ん坊を撫でようとした。


 だが……赤ん坊の顔を見た瞬間、凍り付く。


 長い髪の毛! 潰れた目鼻! いつの間にか赤ん坊の顔は血に塗れた女の顔になっていた!


 逃げようとするが、赤ん坊は私の胸にしっかと抱きつき、離れない! 歯の抜け落ちた口腔を開く!


「私は……シャナク。セレモニクが末妹シャナク……」


 血塗れの顔が私の眼前に迫る!


「お前の魂が天に召されるまで呪いは続く。神の命とて絶つ、怨皇セレモニク最後の呪い――『ブラッディ・シスタリア憎悪血妹』」

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