第十七章 大女神

 今、目の前で起こった奇跡に私は心の底から震えていた。


 ――空間を切り裂き、届かない筈の世界に到達する超空の斬撃ディメンション・ブレイド次元裂光斬……って何ソレ、すっげえええええええ!? 一体どういう原理!? この勇者の能力、もう神レベルなんだけど!?


 だが感極まっている最中、私の手は誰かにグイと引かれた。


 ……気付けば、私は聖哉と一緒に統一神界への門を潜り抜け、一面真っ白な召喚の間にいた。


「ふえっ?」


 あまりに突然のことに意味も分からず惚けていると、聖哉が私の頭を叩いた。


「痛っ!? ちょっと何すんのよっ!?」

「ボサっとするな。本番はこれからだ」

「ええっ? 本番って?」

ディメンション・ブレイド次元裂光斬はデスマグラの片腕を切り落としただけだ。今、奴は一種の錯乱状態だろうが、すぐに逆上してマッシュを殺すだろう」

「た、確かに! どうしよう!」

「だからこそ時の流れがゲアブランデの百分の一しかないこの天上界に来たのだ。奴が錯乱状態から立ち戻り、再度、武器を取ってマッシュを殺害するまで早ければあと十秒といったところだろう。つまり……」


 そして聖哉はツカツカと歩き、召喚の間の扉を大きく開く。


「つまり、今より開始、十五分以内に此処、統一神界にてあの場に辿り着く方法を見つけ、マッシュを救出する。わかったら付いてこい」


 一瞬戸惑った後、


「は、はいっ!! わかりましたっ!!」


 私は先輩の神々に対して言うような大きな声で聖哉に返事していた。





 ……その後、聖哉に言われるままに神殿内を案内し、大女神イシスター様の部屋の前まで辿り着くも、扉の前で躊躇していた私を聖哉が急かした。


「どうした? 此処には天上界で一番偉い女神がいるのだろう? 早く扉を開けろ」


 そ、そりゃあ確かにイシスター様ならマッシュの居場所を特定することも出来るかも知れないけど……


 私は扉を開く前に聖哉に念を押す。


「いい? ホントにすっっっっごい女神様なんだからね? くれぐれも粗相のないようにね?」

「わかった」

「本当に大丈夫? 事情は私から説明するから、聖哉は黙っていてよ?」

「わかった、わかった」


 私は咳払いした後、豪奢な装飾の施された扉を開く。イシスター様はいつものように椅子に腰掛け、編み物をしていた。


「失礼します。治癒の女神リスタルテです。本日はイシスター様に直接お話しを聞いて頂きたく、」


 かしこまって喋っている最中、背後の勇者が私の前に躍り出た。


「おい、バアさん」

「!? ちょっと待てええええええええええ!! 黙ってろって言っただろうがああああああ!!」

「お前は話が長い。俺が簡潔に言う。いいか。今からゲアブランデにマッシュルームを探しに行く。だからマッシュルームのところに通じる門を出せ。早くしろ、バアさん」

「オィィィィ!? バアさん言うなああああああああ!! それからマッシュルームじゃなくてマッシュだよ!! キノコ狩りに行くみたいになってるよ!!」


 つーか『バアさん』とかマジありえんし!! そしてさっきまで、ちゃんとマッシュって言えてたのに、なんでまたキノコに戻りやがった!?……と憤まんやる方なしの私だったが、イシスター様は普段と全く変わりなく、穏やかに微笑んでいた。


「ほっほっほ。要は仲間を捜して欲しい、ということでしょうか。しかし、過度に人間を助けることは神界の法で禁止されているのですが……」

「普段、この女がやっているようにゲアブランデの特定の位置に門を出現させるだけだ。何の問題もない。違うか?」

「ふむふむ。確かにそういう風に言われると問題はないのかも知れませんねえ」

「そうだろう。ならば急げ」

「はい、はい」


 私はハラハラしているが、イシスター様は聖哉の悪態などまるで気にする様子もなく「よっこいしょ」と立ち上がると棚から大きな水晶玉を持って来て、それにしばらく手を当てた。


「……わかりました。場所はクライン城付近の森、その地下ですね。どうやら広い地下室の中に囚われているようです」

「さ、流石はイシスター様!! ……そ、それでどうするの、聖哉? 前みたいに少し離れた位置に門を出して貰う?」

「いや、今回は前と事情が違う。死にかけキノコの目前でいい」

「目の前ですね。ええ、ええ。わかりましたよ」


 イシスター様は呪文を唱え、ゲアブランデへの門を出現させた。天上界に来てから、この間、僅か十分以内。マッシュの救出には充分、間に合うだろう。


 私は深々と頭を下げる。


「イシスター様、本当にありがとうございました!! このお礼は後日、必ず!! ホラ、聖哉も感謝しなさいよっ!!」

「まぁよくやった」

「!? 何様なんだよ、お前は!! ……ってか、聖哉!! 念の為に聞くけど、アンタ、アンデッド対策は大丈夫よね? きっとデスマグラの奴、私達が門を出た瞬間、ゾンビやらスケルトンやらワラワラ出してくるよ?」


 聖哉はジト目を私に向ける。


「誰にものを言っている? 無論、レディ・パーフェクトリー準備は完全に整っている


 そして自ら門に進んだ聖哉の左手を見て、私は目を見張った。


 ……なるほど。確かに準備は完璧らしい。なぜなら既に左手は業火に包まれている。


「門を開くと同時に奴にヘルズファイアを叩き込む。お前はその隙にキノコを捕獲しろ。いいな?」

「り、了解!」


 よ、よぅし! 私も気合い入れて頑張らなくちゃ!


 だが、聖哉が門を開けようとした瞬間、


「……竜宮院聖哉」


 イシスター様が急に聖哉の名前を呼んだ。


「なんだ?」

「成長しましたね」

「まるで以前から俺を知っているような口ぶりだな。俺はお前と今日、初めて会ったように思うが?」


 腑に落ちない様子の聖哉だったが、ふと納得したように頷いた。


「ああ、そうか。認知症か」


 私はもはや我慢できなかった。


「さっきからいい加減にしろや、テメーーーーーッ!! 認知症な訳ねーだろがァァァ!! イシスター様は何でも見通せんだよォォォ!『病的に慎重で態度もデカくて口が激ワルのお前が、仲間助けに行くなんてほんのちょっぴり僅かばかりだけど成長したね、よかったね』ってそう言ってくれてんだよォォォ!!」


 ものすごい剣幕でがなり立てた後、表情を緩め、


「ねっ? そうですよね、イシスター様!」


 と尋ねたが、大女神イシスター様は何も言わず、ニコニコと微笑んでいた。


 聖哉は「フン」と鼻を鳴らす。


「仲間を助けるなどそんな大それたことではない。ただのキノコ狩りだ。さぁ行くぞ」


 今度こそ私達はゲアブランデへと通じる門を開いた。背後から、


「どうかご武運を……」


 イシスター様の優しい声が聞こえていた。

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