第十八章 知略

 門を出た瞬間、薄暗く、だだっ広い拷問部屋で「手が! 俺の手があああああ!」と、叫び、のたうち回るデスマグラに向け、既に聖哉がヘルズ・ファイアの宿った左手を伸ばしていた。


「……あ?」と、デスマグラが突然の闖入者ちんにゅうしゃに気付き、三つ目を聖哉に向けた刹那、


「燃えろ。ヘルズファイア……!」


 聖哉の腕から出た炎がデスマグラを包んだ。


 よ、よっし! 案外簡単にいけたわね! 警戒してたけど、周りにはアンデッドもいないし!


 そうとなれば、デスマグラの始末は聖哉に任せて、私は椅子に縛られているマッシュに近付き、縄を解いた。


「大丈夫、マッシュ!?」

「あ、ああ……」


 すぐに目隠しも外す。そうして改めてマッシュを見て……私は思わず顔を背けそうになった。


 片方の目が潰されており、両手の指は全て切り取られている。さらに腕や脚には火傷の痕が。


 マッシュは私を見て、どうにか笑顔を繕おうとしているが、ところどころ抜け落ちた歯が痛々しい。


 腹の底から怒りが込み上げる。


 あのサド趣味の三つ目ハゲ! 十代も半ばの少年によくもこんな酷い拷問を!


「すぐに治してあげるからね!」


 私は治癒魔法を発動する。指や目の再生には時間が掛かる。とりあえず全身の疲労と手足の火傷を治すことに力を注いだ。


 治癒を続けながら、「そろそろトドメを刺している頃かしら」と何気に聖哉の方を見て……私は目を疑った。


 炎に包まれたデスマグラを前に、聖哉が眉間にシワを寄せ、苦々しい顔をしている。普段、あまり感情を表に出さない聖哉にしては珍しい表情だった。


 だ、だけど、一体どうして? デスマグラはヘルズファイアに焼かれているのに?


 しかし、私はようやく気付く。確かにデスマグラは炎に包まれている。しかしそれはヘルズファイアの赤い炎ではなかった。デスマグラの体を覆っているのは黒い炎。しかもそれが聖哉のヘルズファイアから身を守っているようである。


 ヘルズファイアの炎が消えた後、その黒い炎はデスマグラの体を離れ、デスマグラの隣で瞬時に、二メートルはあろうかという人の形を象ってゆく。


「な、何なの……一体……!?」


 私の言葉に、マッシュが俯いていた顔を上げ、目も鼻もない黒き炎の怪物を見た。その途端、マッシュは激しく体を震わせる。


「あ、あ、アイツ……!! アイツは……アイツは……!!」

「マッシュ? ど、どうしたの? 落ち着いて!」


 顔面蒼白のマッシュは、歯をカチカチと鳴らせている。


 一方、デスマグラは布で左手を縛り、傷の応急処置をしながら聖哉を睨む。


「今のがケオス=マキナを葬った得意の火炎魔法か? だが効かんな。魔王軍直属四天王デスマグラを舐めるんじゃあな、」


 話の終わりを待たず、聖哉は剣を抜き、先手必勝とばかりに炎の怪物に斬りかかっている。恐るべき速度で瞬時に間を詰め、怪物の肩から胴にかけて斬り抜けた筈の剣は、だが、傍目にもまるで手応えがなかった。実際の炎を剣で斬ることが出来ないように、モンスターは聖哉に斬られる前と今とで、まるで変わりがない。


 ――こ、これはひょっとしてゴースト系モンスター!? な、なら!!


「聖哉!! 聖水よ!! 聖水を剣に塗って攻撃してみて!!」


 しかし聖哉は首を振る。


「剣には既に聖水を付けてあった。だが効いていない」


 え……も、もう付けてたの? いつの間に……? さ、流石の抜け目なさね……ってか、


「じゃあ何で効かないの!? ソイツ、ゴーストじゃないの!?」


 私の声を聞いて、デスマグラが含み笑う。


「コイツの名は『ダークファイラス』。数百体ものモンスターによる実験を繰り返した結果、生まれた我が右腕。最強の火属性モンスターだ」

「火属性モンスター!? アンタ、アンデッド使いでしょうが!?」

「俺が作るのはアンデッドだけじゃあないんだよ! 『モンスター全般の改造』が俺の特技だ! 勝手に勘違いしてんじゃねえ! バカが!」


 ぐっ、誰がバカよ!! 調子に乗ってくれちゃって!! 確かに騙されてたけど、だから何だってのよ!! アンデッド系じゃないと分かれば、その対応をするだけよ!!


 私がダークファイラスの弱点を突き止めるべく、能力透視を発動しようとした時、


「ステータスを見るつもりか? 別にいいぞ。ダークファイラスは誰かのように姑息な『偽装』のスキルを使っていたりはしないからな」

「……それを知ってるってことは、アンタ、聖哉のステータス、覗いたのね?」

「偽装のレベルを上げに上げているせいで本来の能力値は分からなかったが、まぁ問題ない。ダークファイラスは無敵だからな」


 はっ! 実際に聖哉のステータスを見たら、そんな事は口が裂けても言えないだろうけどね! 女神力を使いまくるし、目が潰れそうになるから私も最近見てないけど、きっとケオス=マキナ戦より遥かにずっと向上している筈よ!


 そして私は目を凝らし、敵のステータスを見る。デスマグラの言う通り、偽装のないダークファイラスのステータスは瞬時に私の視界に映った……。





 ダークファイラス

 Lv74

 HP80187 MP9215

 攻撃力21559 防御力135875 素早さ10741

 耐性 火・風・水・雷・土・聖・闇・毒・麻痺・眠り・呪い・即死・状態異常

 特殊スキル 全武器攻撃無効化(LvMAX) 火炎系魔法無効化(LvMAX) 風系魔法無効化(LvMAX) 水系魔法無効化(LvMAX) 土系魔法無効化(LvMAX) 雷系魔法無効化(LvMAX) 光系魔法無効化(LvMAX) 闇系魔法無効化(LvMAX)

 特技 デッドリーフレイム完全黒死炎

 性格 デスマグラにのみ従順



 ケオス=マキナを軽く上回る攻撃力、素早さ……しかし私が驚いたのは、とんでもない防御力と、このモンスターが持つ特殊スキルだった。


「防御力十万超え……全武器攻撃無効化に加え、ほとんど全ての魔法が無効……!?」


 な、な、な、何よ、コレ!? これじゃあ聖哉に勝ち目がないじゃない!!


 火炎が効かなくても、たとえば聖哉のウインド・ブレイド裂空斬は風を伴う風属性の剣技。またアトミック・スプリットスラッシュ原子分裂斬は土属性を孕んでいる。だが火、風、土の魔法を無効化し、さらに剣による攻撃も無効化するとなると……唯一、コイツにダメージを与えられるのは……


「ひ、氷結魔法のみ……!?」

「その通り。しかし、それにも順序があってね。いきなり氷結魔法を繰り出してもダークファイラスには効果がないんだ」


 デスマグラは楽しそうに喜々として喋る。


「俺は親切だから教えてやるよ。いいかい。まず、特技『振動波』を用い、ダークファイラスの体の分子構造に乱れを起こす。そうしておいてから、氷結魔法で、ダークファイラスの属性を火から氷へと変換し、物質化させる。これでめでたく武器攻撃無効は解除。物理攻撃が効くようになる。ここまでした後、ダークファイラスの防御力を上回る攻撃力で攻撃すれば倒せるだろう」

「ほう。本当に親切だな」


 聖哉が感心したように呟くが、私は聞かされた事実に総毛立っていた。


 なぜなら第一に、特技・振動波は打撃スキルLv7以上で習得できるが、そもそも『打撃』は、剣と魔法の世界ゲアブランデに於いて、およそ意味のないマイナースキル。剣を扱う剣士が拳による『打撃』を特殊スキルとして持っていること自体がありえない。さらに火炎魔法が得意な術師が、その対極である氷結魔法を扱うことは魔術理論的に不可能。さらにさらに、この二つを仮に奇跡的にどうにかクリアしたところで、待っているのは鉄壁以上の恐るべき防御力……。


 青ざめた私の顔を見たデスマグラはニヤリと笑う。


「そうだよ!! 不可能だからあえて教えてやったんだよ!! 絶望して貰う為にな!! 剣があるのに誰が、わざわざ打撃のスキルなど磨く!? それに火炎魔法と対極の氷結魔法を習得することは人間には絶対に不可能!! さらに武器攻撃無効化を解いたところで防御力は十万!! お前らがダークファイラスに勝つ可能性は0%なんだよ!!」


 デスマグラは勝ち誇ったように哄笑した。


「ひゃはははははは!! 勇者よ!! 俺の左手を切り飛ばした直後、この場所まで瞬間移動してくるとは大した手並みだったな!! だが、このデスマグラはそんな最悪な事態すら既に想定済みよ!!」


 そして自信ありげに黒き炎の怪物をアゴで指し示す。


「アンデッド対策をして戦いに臨む者を待ち受けるのは、アンデッドの弱点とは無縁の火属性最強無敵モンスター!! 俺は、あらゆる状況を想定し、策を打っているんだ!! いいか!! これこそが知略に長けし者の戦闘だ!!」


 な、なんなのよ、このデタラメな難度の敵は!? ラスボスとの最終決戦じゃあないのよ!? こんな敵、攻略不可能じゃない!! ……い、いや、だけど!! だけど、このありえないくらいの慎重勇者なら、きっと今回も何らかの準備をして、奇跡的な逆転劇を……


 一縷の望みを託し聖哉に視線を向ける。すると、


「……何ということだ」


 聖哉がボソリと、そう零していた。


「せ、聖哉?」

「驚いた。これは驚いたぞ」


 せ、聖哉がそんな言葉を吐くなんて……!? やっぱり勝つのは不可能なの……!?


 私は悲嘆に暮れる。だが、デスマグラに鋭い視線を向けた勇者はいつもと変わらぬ淡白な表情だった。


「『あらゆる状況を想定して策を打つ、それが知略に長けし者の戦闘』――か。本当に驚いたな。どうしてお前はわざわざ大声で、そんな『普通のこと』を言ったのだ?」

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