第百五十一章 女神の品性

「……もういい。ストップだ、リスタ」


 聖哉の一言で私は能力を停止した。白い壁の前で呆然と立ち尽くす。何だか胸が重苦しく感じた。


 ――エルルちゃんの苦痛を取り除く為にマッシュは人間と魔族を殺していると言うの? そんなのって酷すぎるよ……。


「よし。確認完了だ。マッシュはイグザシオンを使えば、その後、少なくとも一日は身動きが取れない」

「神竜王にあんな弱点が! 勇者であらざる身が聖剣イグザシオンを操る反動という訳か!」

「この隙を突けば勝てそうっすね!」


 聖哉はいつも通り冷静に分析していた。マッシュの弱点を知り、ロザリーもセルセウスも嬉しそうに盛り上がっている。私以外、エルルの姿は見えていないのだから無理のないことかも知れない。ロザリーが嬉々とした表情で私の手を握った。


「女神様! アナタは凄い! このような情報、アナタの力が無ければ決して得ることは出来なかった!」

「そ、そう? あははは……」


 そう言われては悪い気はしない。セルセウスと聖哉も珍しく感心しているようだ。


「少しは役に立ったな。水晶玉女」

「すごいじゃないか、水晶玉!」

「へへっ! ……ってその呼び方やめい!!」

「それでは勇者様! これからバハムトロスに乗り込まれるのでしょうか?」

「それは危険だと再三、言っているだろう。奴も自らの弱点は熟知している。強力な護衛を周りに配置……もしくは結界、魔法などで防御していると考えられる」

「は、はい! 仰る通りです!」

「今一番確実なのは、この間に敵の戦力を削ること。つまり竜王母の殲滅だ。最初は罠かと疑ったが、現状マッシュは行動不能。ならば移動魔法による挟撃を気にせず、安心して竜王母を仕留められる」

「成る程!」


 マッシュが弱っているのを知ってなお、敵の本陣に向かうことを避けるのは聖哉らしい慎重さだった。だが、聖哉はふと何かに気付いたように、アゴに指を当てて考え始める。


「いや、待て。やはり一度、バハムトロスに偵察に行っておくか」

「ええっ!! マッシュのいる大陸に!?」

「お前達、透明化しろ。そしてロザリー。移動魔法陣は出来るだけマッシュの居城から離れた場所に出せ」


 透明化した後、私はロザリーの描いた魔法陣の上に立つ。ロザリーが呪文を唱えている間、何やら緊張してきた。


「な、何だか急展開ね。ひょっとしてこのまま、マッシュと最終決戦になったりしないよね?」

「うう……俺、とてもそんな心の準備が……ああ、腹が下ってきた……行きたくない」

「それではバハムトロスへ移動します!」


 ロザリーの声が響き、魔法陣が光り輝く。目の眩む光が消えると、私達は鬱蒼と木々が生い茂る森の中にいた。


 ――此処がバハムトロス……?


 マッシュの本拠地。つまり元の世界で私達が『竜の里』と呼んでいた場所だ。竜人は魔族ではないが、それでも周辺には忌まわしい邪気が満ちているような気がした。すぐ傍に武装した竜人がいるのではないかと思い、私はごくりと唾を飲む。


「これからマッシュの居城を見に行くのよね?」


 だが、私が魔法陣から外に出る前に聖哉が口を開く。


「ロザリー。冥界に戻るぞ」

「は? 何か忘れ物でも……」

「急げ」

「か、かしこまりました!」


 聖哉に急かされてロザリーは再び移動魔法を展開。私達はほんの数秒でバハムトロスから冥界のウノ邸のリビングに戻ってきたのだった。


「よし。偵察完了だ」


 透明化を解除し、満足げな表情の聖哉に私は叫ぶ。


「いや、もう終わり!? いくら何でも早すぎない!? 緊張して損したよ!!」

「ほ、本当にこれで良かったのでしょうか、勇者様?」

「うむ。良くやった、ロザリー」

「はいっ!」


 ロザリーは嬉しそうだが……ちょっと今のマジに何だったの!? 数秒の偵察って意味ある!?


 全く訳が分からないが聖哉は一仕事終えたとばかりに、どっかとリビングのソファに腰を下ろした。


「時の流れが地上とは違う冥界ではまだ余裕がある。リスタ。もう一度、さっきのシーンを見たい」

「さっきのって……マッシュの現状?」

「いや。魔王と戦っている時だ。昔の映像だが、魔王を追い詰めたマッシュの技や能力、それに竜王母の力もしっかり見て確認しておきたい」

「確かにアレって、既にクライマックスの映像でしたもんね。どうせなら最初から見たいっすよね。……リスタ、あのシーン巻き戻してくれよ」

「私DVDじゃないんだけど!」


 それでも壁の前に立たされた。望んだ映像を見られるように集中していると、聖哉に殴られる。


 ゴチーン!! 


 ぶほっ!? ぐうううううう、殴られ続けてるから痛みが蓄積されてるわ!!

 


 ……痛みと引き替えに眼前に展開された映像では、人の良さそうな老婆が家の中で何かを一生懸命に編んでいた。


「ふう。とても良いバンダナが出来たわ」


 老婆は緑色のバンダナを嬉しそうに握りしめた。




「……おい。やめろ、リスタ」


 聖哉の声がして私は映像を止める。振り向くと仏頂面の聖哉がいた。


「誰がマッシュのバンダナ作成の映像が見たいと言った?」

「あれ。おかしいわね」

「もっと集中しろ。いいな」


 ゴチーン!!


 ぐふうっ!? あ、頭が……っ!!




 ……次に展開された映像は、その外観からナカシ村のようだった。あぜ道に、私達が知るマッシュより更に数年幼いマッシュが立っていて、その周りには同じ年頃の人間の子供達が集まっている。


「そのバンダナ、格好良いなマッシュ!」

「とっても素敵だわ!」

「へへっ! 良いだろ! ばあちゃんが作ってくれたんだ!」



 自主的に映像を中止した私の傍で、セルセウスが叫ぶ。


「だからバンダナはどうでもいいよ!!」

「わ、分かってるわよ、私だって!! でもこれしか映んないのよ!!」 


 気付くと聖哉が私を睨んでいた。


「怒るぞ。真面目にやれ」

「やってます!! けど、もう無理!! 頭痛すぎるもん!!」

「おいおい。何だよ。さっき過去の魔王戦が見られたのはマグレだったのかよ……」


 聖哉もセルセウスも冷たい目を私に向けていた。聖哉がぼそりと言う。


「役に立つと言ったが、前言を撤回する。お前は『ポンコツ水晶玉』だ」

「!? 散々殴っといて、何だその言い草はァ!!」

「情報収集は一旦中止。次のプランに移行する」

「是非そうしてくれる!? このまま続けたら頭、破裂するっつーの!!」

「そ、それでは勇者様。次は一体何を?」

「此処、冥界で竜王母対策だ。マッシュが行動不能のうちに修行を済ませる」

「ま、また修行すんの!? 透明化に続いてほぼ連続じゃない!! ほとんどゲアブランデの攻略、進んでないけど!?」

「フン。捻曲ゲアブランデに於ける冥界での修行はこれでラストだ。後は現地で確実かつ完璧に攻略する」

「え……!?」


 じゃあ竜王母戦からマッシュと戦うまでは、もう冥界には戻らないってこと? 今まで『一つ攻略しては、また戻って修行』を繰り返してたのに! 聖哉の考えが良く分からない! いやこれまでも良く分からなかったけど、今回は更に分かんない!


 戸惑う私だったが聖哉はリビングを出て、スタスタと歩き始める。


「ちょっと! 待ってよ! 聖哉、修行って何するの?」

「神の力を手に入れたマッシュと竜王母に対抗する為、それとは逆の力を手に入れておく」

「そ、それってまさか……闇の力!?」

「そうだ。こんなこともあろうかと既に目星は付けてある」


 ああ……確かに前に見せて貰ったリストに『こっそり呪いをかける』みたいなことが書いてたもんね。あれって闇属性の修行のことだったんだ。それにしても……


「闇の力かあ。何だかますます普通の勇者から遠ざかっていく気がするわ」

「安全に勝てるなら属性などどうでも良かろう」

「けど聖哉さん。人間がそんな力、手に入れられるもんなんすかね?」

「此処は冥界。神界の常識は通用しない。それに俺が無理でもお前達の誰かが闇の技を手に入れられれば良い。既に魔神化出来るお前とリスタや、悪魔の力を得たロザリーの方が習得は容易かも知れんしな」

「えー、何かヤダなあ。大丈夫かなあ」


 セルセウスが不安げに呟く。私も不安だがそれでも聖哉の歩く後に付いていくしかなかった。歩いていくと、やがて冥界の中心部に辿り着き、冥王の住む六道宮が見えてくる。


「え? 此処って……」


 六道宮の入口には全身が尖った水晶のような冥界の者が槍を持っていた。聖哉に気付くと、機械のような抑揚のない声を出す。


「冥王様に会うなら事前に申し出がないと困る」

「冥王ではなく、地下に用がある」

「無限回廊か。それにも許可が必要だ」

「そこの番人ナトススと会って話をしたいだけだ。無限回廊自体には興味がない」


 む、無限回廊? 番人? 何だか怪しい感じね……。


 少し考えていた冥界の者はやがて槍をトンと地面に付けた。


「……いいだろう。入れ」


 門番のいる入口から入るも、聖哉は前に行った冥王の間とは違う方向に進んでいく。見慣れぬ廊下を知っているかのように歩き、突き当たりの階段を下り始めた。長い階段を降りるとロウソクだけが灯る、暗くジメッとした場所に辿り着く。


 私達のいる場所だけは微かに明るいが、此処から先はよく見えない。それでも女神の視力でしっかり目を凝らしてみる。どうやら先には、延々と長い廊下が続いているようだ。こ、コレが無限回廊ってやつなのかしら?


 眺めていると、不意にポウッと暗闇に明かりが灯った。漆黒の闇の中からランタンを持った小さな何かが現れる。近付くにつれ、フードを被った顔が見えてくる。


「ひっ!」とセルセウスが小さく悲鳴を上げた。もしもセルセウスがいなければ私が先に叫んでいたかも知れない。フードの中の顔は骸骨だったからだ。


「君は……いや君達は勇者と女神だね」


 私と聖哉を交互に見た後、出した声を聞いて少しだけホッとする。見た目の印象とは違い、あどけない声だったからだ。たとえるなら子供の死神といった風体の冥界の者に、聖哉が話し掛ける。


「無限回廊の番人ナトススか?」

「そうだよ。此処に何か探し物かい」


 ナトススは暗闇に向けてランタンをかざした。先の見えない長い通路から何やら呻き声のようなものが聞こえてくる。


「ね、ねえ。無限回廊って何なの? ひょっとして冥界の牢獄みたいなもの?」

「うーん。出口かな。入口の後の出口」

「へ?」

「僕の友達も吸い込まれちゃったよ。いや今、世界はたゆたっているから、その現実さえもあやふやだけど。まぁ会おうと思えば会えるんだけどね。此処とは違う何処かで」


 セルセウスをちらりと見ると、お手上げのようなポーズを取る。冥界の者の言うことは、たまにこのように意味不明。聖哉も真剣に理解しようとは思わなかったようで急かすように尋ねる。


「それよりお前の使う闇の技は天使や神に有効なのか?」

「闇は光の対極だからね。神聖なオーラで身をガードしている者にもダメージを与えられる筈だよ」

「つまりチェイン・ディストラクションに準ずる技という訳だな。闇の力を扱うことで人体に影響はあるか?」

「人間は他の種族より闇の耐性が低いから危険だね。けれど僕のオーラを分けてあげれば問題ないよ。闇のオーラが悪い影響から君の体を守ってくれる」


 チェイン・ディストラクションなどの闇属性の武器や技は基本的に人間には扱えない。呪われたり、人体への影響があるからだ。しかしナトススのオーラを得れば安全に扱えるようになるらしい。うーん、相反する属性の魔法も使えるようになっちゃうし、冥界ってやっぱりチートだわ!


「でも君に僕のオーラを与えるのかあ……」

「無論それ相応の対価は用意する」


 げっ!! 対価ってHP恥ずかしみポイントのことよね!?


 また妙なことをさせられるんじゃないかとビクビクするが、ナトススは同じ場所を行ったり来たり歩き始める。どうやら迷っているようだ。いくらHPを貰えようが、冥界の者がオーラを授与できるのは生涯で数名限り。躊躇うのは当然だろう。


「まぁいいか。昨日の敵は今日の友なんて言うしね」

「ってか私達、別に敵じゃ無いでしょ?」

「そうだね。冥王様にも言われているし……分かったよ」

「それではこちらも対価を支払う。スラウリが言っていたようにHPにも好みがあるのだろう。お前好みのHPを先に教えろ」

「そうだね。じゃあそこの女神様」

「ま、また私!?」


「イエス!!」とセルセウスがガッツポーズしていた。ぐうっ! 何で私ばっかり連続で!


「じゃあ、僕に精一杯の下品で恥ずかしい行為を見せてくれる?」

「そ、それってまさかまたエッチなこと!?」


 唐突に出された無茶な注文に怯え、後ずさる私。するとナトススは太くて長い紫色の物体を私に差し出してきた! ま、まさかコレを……!? 噓でしょ……!!


「冥界イモだよ。食べて」

「!! 私、イモ食べさせられるの!?」


 び、ビックリした……! てっきり変なことに使うのかと……ま、まぁ食べるくらいなら良いか。いやでも待って! やっぱりこんな得体の知れない物、食べたくないわ! そうだ、鑑定してからにしようっと!


「リスタ。食え」


 だが、有無を言わさず聖哉が私の口に冥界イモを突っ込んできた! 


「ぶほぉっ!?」


 こ、コイツ……!! 自分の時はしっかり毒見する癖に!!


 無理矢理、詰め込まれたので咀嚼せざるを得ない。しかし、噛んでいると得も言われぬ甘みとコクが口の中に広がっていく。ええっ! コレ、メチャクチャおいしいじゃない!


 私はすぐに冥界イモを平らげてしまった。あー、おいしかった! もう一個欲しいくらいだわ!


 だが、その刹那、


「ゲフゥ!」


 私の口から空気が漏れた。


「……は?」


 私は驚く。ゲップというのは「あ、来るな来るな」と思ってから来るもの。しかし今のゲップは有無を言わさずいきなり胃から猛烈に突撃してくる感じだった。その後も、


「ガフッ! ゲフッ! ゲーーーーーッフ!!」


 私は飲み屋でくだを巻くオッサンのようなゲップを連続して吐き出した。


 な、何よコレええええええええ!! 女神の私がこんなはしたないゲップをするなんて!!


「冥界イモは気体を多く含んでるんだ。食べた後は凄い勢いで体外に放出されるんだよ」


 恥ずかしくて顔がカーッと熱くなる。ゲップは止んだ。しかし真の悲劇はこの後やってきた。


「……ブゥ」


 信じられないことに私のお尻から空気が漏れた。オナラというのは「あ、来るな来るな」と思ってから来るもの。しかし今のオナラは有無を言わさずいきなり(以下略)


 し、し、し、信じられない!! 私、女神なのよ!! なのに、なのに、


「プゥ。ブブー、プスー、プスプス。ブッスー。……バボンッ」


 最後に一際大きいのを噴出し、私はその場にくずおれた。


「うっわー……えげつねえなあ……」


 セルセウスが眉間にシワを寄せ、ロザリーは顔を背け、そして聖哉は鼻を摘んでいる。


「死にたすぎる……!!」


 これ程までに死ねない女神の自分を疎ましいと思ったことはなかった。『女神なのにイモ食って屁をこく』――まさに生き地獄である。


 海より深く落ち込む私を放置して、聖哉はナトススに話し掛ける。


「どうだ。HPの具合は?」

「うん。一気に溜まったよ」

「それでは闇のオーラの譲与を頼む。まずはロザリーからだ」

「ありがたき幸せ!!」


 ナトススがロザリーに骨だけの腕をかざす。黒いオーラがロザリーを包み、やがてそれは体に吸収されるように消える。


「うん? この子はもともと闇の加護があるね」

「悪魔と以前契約したことがあるのでな」

「それより、どうだロザリー。ナトススのオーラを受けて体に異常はないか?」

「は、はい。特に変わったところは無いかと思います」

「人体に害は無さそうだな。なら俺にも付与してくれ」


 今まで黙ってうなだれながら見ていたが、我慢出来なくなって叫ぶ。


「だから先にロザリーに試させたんだ!? 最低!!」

「黙れ。屁こき虫」

「!? あうっ!!」


 私はまたも深く落ち込んだ。もうオナラのことは言わないでええええええええ!!


 聖哉は闇のオーラを与えられた後、剣を抜いて見詰め始めた。やがて刀身が黒い靄のようなもので包まれる。闇属性の剣に変化したのだろう。これで竜王母やマッシュが神の力を得ていようが攻撃が通る筈だ。それでも聖哉はナトススに迫る。


「せっかくだ。闇の技をもっと教えて貰おうか」


 私が死にそうなテンションの中、聖哉の闇属性修行が本格的に始まるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー