第六十章 新しい職業
解放宣言をした後、聖哉が向かったのは職を変えることの出来る洗礼者エンゾのもとだった。私もおずおずと勇者の後に付いていく。
「おや、にいちゃん。転職したくなったのか?」
老人のエンゾは、前歯のほとんど無い口をにやりと歪め、笑っていた。
「うむ。だがその前に質問だ。職を変えた後、また元の職に戻すことは出来るのか?」
「ああ、出来るぜ。大丈夫だ」
「本当だな? 嘘だったら、引き千切るぞ?」
途端、エンゾから笑顔が消えた。
「怖ぇえな、にいちゃん。何を引き千切るのか言わねえところが、また怖ぇえ。だが本当だ。俺のところに来りゃあ、いつでも元の職に戻してやるよ」
「では次の質問だ。その時、覚えた技は元の職業に戻した時でも引き継げるのか?」
「いいや。そりゃあダメだ。元に戻れば技は忘れちまう。まぁ、またその職に戻れば思い出すがな……」
その後も聖哉は転職について事細かにエンゾに聞いていた。
聖哉は職を変える気らしいが、私としては複雑な気分である。せっかくの上級職である魔法剣士を捨てて、一体どんな職に就こうというのだろう。聖哉の場合、魔法剣士を辞めれば、二つの職業を身につけられるが、代わりに強力な技であるフェニックス・ドライブやフェニックス・スラストなどが使えなくなってしまうのに……。
「……今、にいちゃんが選べる職業は、こんな感じだな」
そう言ってエンゾが聖哉に示した職は、
『武闘家、槍使い、魔法使い(風・雷・光・土)、商人、占い師、愉快な笛吹き』であった。
ふぅん。色んな適性があるのね。あらっ、占い師や愉快な笛吹きなんて『捨て職』まであるわ! あはは……って、おっと、いけない! 真面目に考えましょう!
あのブノゲオスを倒すとなれば……『槍使い』なんてどうかしら? フェニックス・スラストのように強力な刺突技を色々覚える可能性があるわ。そして、次に選ぶならやはり『魔法使い』ね。現状維持の『火』でもいいと思うけど、それ以外なら『風』や『雷』なんかがいいんじゃないかなあ。
しかし聖哉はエンゾに言う。
「まずは魔法使い。属性は――『土』だ」
「えっ! 土魔法? それってアイヒちゃんと同じの?」
予想外だったので驚くと、聖哉が私を睨んだ。
「なんだ、お前。いたのか」
「そりゃ、いるよ!! ってか、まだ怒ってるの!? 殴って蹴って乳潰したんだし、もう許してくれてもいいじゃんか!!」
「とにかく俺の選ぶ職に口出しするな」
「だって、土魔法でしょ? 攻撃に適してる魔法じゃないよ? そりゃあ、地割れなんかで敵を倒す技もあるだろうけど、強力な火炎魔法を捨ててまで得るような職じゃないわ」
「うるさい。土魔法はサブ。メインは別だ」
そっか! 槍使いなんかの攻撃に特化した職をメインにして、土魔法は補助として使うつもりなのね! うん、それなら……
安心した刹那、聖哉はエンゾに言う。
「メインの職は『愉快な笛吹き』だ」
「!! いや嘘でしょ!? 笛吹くの!? 冗談よね!?」
仰天している私を置いて、話は進む。
「じゃあ、にいちゃん。メインの職が『愉快な笛吹き』、サブの職が『土魔法使い』でいいんだな?」
「ああ。それでいい」
「いやいや、ちょっとちょっと!! 愉快な笛吹きはないってば!! ダメだって!! そんなのメインのジョブにしたら、ステータスだって大幅に低下するんだよ!?」
上級職の魔法剣士であるからこそ、聖哉の攻撃力、防御力などのステータス値は通常よりも高いのだ。そんな捨て職を選べば、全体的な能力値低下は免れない。
なのに、
「じゃあいくぜ、にいちゃん……『職業転換』……!」
エンゾの手が輝きを放ち、発生した光が聖哉を包む!
「ようし。これで転職完了だ。今日から、にいちゃんは『愉快な笛吹き兼、土魔法使い』だ」
「う、うわ……! ホントに転職しちゃった……! ね、ねえ、やっぱり元に戻した方がいいんじゃない? ひょっとしたら聖哉、まだちょっと『混乱』が残ってるんじゃ?」
焦る私に聖哉がジト目を向ける。
「さっきから、うるさい奴だな。寝ていればいいのに」
「寝ないわよ! 私は心配してるの!」
「お前の心配などいらん」
「なっ!? 仲間を心配するのは当然でしょ!!」
「誰が仲間だ。元々、お前など連れて行くつもりはない」
「……は!?」
「お前は役立たずの上、足を引っ張ってばかりだ。おとなしく此処に残っていろ」
「た、確かに私のせいで神界で準備出来なかったのは認めるわ!! だけど、あんなことがあったからこそ、私は余計に聖哉の役に立ちたいのよっ!!」
熱い気持ちをぶつけるが、聖哉は冷たい眼差しを私に向ける。
「ブノゲオスはチェインディストラクションを持っている。つまり、これからイクスフォリアで出会う全ての魔物は、お前を殺せる可能性があるということだ。もはや、ゲアブランデの時のようにお前を守る自信はない」
「それでもいい!! 自分の身は自分で守ります!!」
「死んでもいいんだな?」
「そのくらいの覚悟はあるわ!!」
しばらく無言の後、
「勝手にしろ」
聖哉はボソリと呟いた。私は神妙な顔で頷きつつ、心の中でほくそ笑む。
ふふふ! どうよ、どうよ? この捨て身の精神! これで好感度がグーンとアップしたんじゃない? なんだかんだで私達は一蓮托生なのよ! さぁ、二人の愛でイクスフォリアを攻略しましょ!
期待しつつ、私は鑑定スキルを聖哉に発動した。
★リスタのドキドキ恋鑑定★
◎彼とアナタの愛情度は? 『1点』
◎彼氏にとってアナタは? 『雑草以下だし言うことも聞かない』
◎一言アドバイス! 『付いてくるなというのに付いてくるアナタという存在が、すっごくウザいみたい。もう、むしり取って捨てちゃいたい気分!』
!? 点数下がった上、むしり取って捨てたくなってる!! いいとこ全然ねえな、オイ!!
ガックリうなだれていると、聖哉は何処かに歩き出す。気付いて追いかければ、ゴザを敷いた道具屋の前だ。私は店主に聞こえないように小声で囁く。
「ね、ねえ、聖哉。此処の道具屋は農具なんかが大半。冒険に役立つ物は何一つ売ってないわよ?」
「そうでもない」
聖哉はゴザの上に置かれてあった『鉄の筒』を手に取ると、イシスター様に貰っていた小袋を私から奪い取ると、そこから通貨を取り出し、購入した。
「これを加工すれば、笛になるだろう」
「本気で笛、吹くんだ……」
「笛吹きだからな。だが笛だけではない。買い物はまだある。……おい、主人。魔光石を千個貰おう」
「はい、魔光石千個ですね、ありがとうござい……って千個ォ!? 何でそんなにいるの!?」
聖哉の爆買いは私にとっては見慣れた光景だったが、店主は驚いていた。ただ、いくら私が驚かなかったと言っても、お金もそこまでないし、千個も持ち運べないし、店主の言った通り、そんなに魔光石が必要な意味も分からない。私はどうにか聖哉をなだめて、五十個で納得させた。
聖哉は大きな持ち物袋を買って、それに魔光石を詰めていたが、今度はゴザの上にある瓶詰めされたピクルスのような物を指さす。
「その非常食、それからあと飲み水の入った水筒も貰おう。ありったけだ」
「その……あまり沢山持って行かれると私達の分が無くなるのですが……」
「す、すいません! 売れる範囲でいいですから!」
もう一つの持ち物袋に買った非常食や飲み水などを入れ、私に渡す。まるでダンジョンにでも行くような入念な準備だった。
買い物の後、聖哉は呟く。
「次は装備品だ。まずは鎧。そして……いくら笛吹きとはいえ念の為、剣くらいは携帯しておいた方がいいだろう。プラチナソードはブノゲオスに奪われてしまったからな」
「そうだけど、此処には武器屋や防具屋もないんだよ?」
「何を言っている。武器も防具もあるではないか」
「え? 何処に?」
「あそこだ」
聖哉の指の先にはブラットがいた。聖哉が近付いてくるのを知り、
「ああ? この上、一体、俺に何の用だ!」
眉間にシワを寄せたブラットに、
ゴスーン!!
聖哉は突然、げんこつを食らわした!
「ぱっぴぷ?」
またしても泡を吐いて倒れるブラット!
「!! えええええええ!? 何でいきなり、げんこつするの!?」
聖哉は意識のないブラットの鎧を脱がし、自分に装着していた。鞘の剣も取って、装備する。
「鋼の剣と鋼の鎧を手に入れたぞ」
「ひ、ひっどい……!!」
更に聖哉の目は、遠巻きに様子を窺うブラットの仲間を見据えていた。
「ついでだ。スペアも貰っておこう」
「ひいっ!? 助けてくれえ!!」
追いかけ殴り、失神させて、身ぐるみをはぐ……。とてもまともな人間のすることとは思えなかった。しかし、満足に物資の手に入らない、この世界での攻略を考えた時、私は何も言えないのであった。
――し、仕方ないのよね。こうでもするより他に方法が……
どうにか納得しようとしていた、その瞬間! 私の頭皮に激痛が!
「いっぎゃあああああ!?」
ぶちぶちぶちぶち! 聖哉は何も言わず私の頭髪を引き抜いていた!
「な、な、何さらすんじゃあ、お前ええええええ!?」
「プラチナソード合成の為だ。ゴチャゴチャ言うな」
「だったら、せめて一言くらい声掛けてからやれよ!!」
「……それで道具も買ったし、装備も得たわ。これからどうするの?」
頭をさすりながら私は聞く。
「出発は明朝。今日は宿屋に泊まり、体力を回復させる。今、覚えている魔法や特性なども吟味したいしな」
「え!! ってか明日、もう出発!? そんなに早くて大丈夫なの!?」
聖哉のことだから、此処でしばらく自主トレでもするのかと思っていたのに!
「案ずるな。策がある」
「そ、そう? 聖哉が言うなら……でも一晩過ごすにしても、宿屋なんかもなさそうだけど?」
「誰かの家に泊めて貰えばよかろう」
「泊めてくれる家なんか、あるかなあ? 私達、此処の人達に好かれてないし」
「あるかなあ、ではない。見つけるのだ」
聖哉は辺りを窺うと、ヒョロっとして気の弱そうな青年を見つけ、近付いていく。
「おい。お前、名前は?」
「えっ? か、カロンと言いますが」
「ではカロン。宿を提供しろ。一晩でいい」
「ええっ!! まさか、僕の家ですか!? だ、ダメです!! 狭いし汚いし!!」
「構わん。場所は何処だ?」
「あ、あの、でも、本当に汚くて、それはそれは酷い家でして……」
「カロン。そんなに言う程、不満な家ならば……お前が出て行けばいい」
「!? そ、そんなっ……!!」
「これからは俺が住む」
私は泣き出したカロンの肩を抱く。
「ち、違うの、カロンさん! 一晩! たった一晩だけだから!」
「ううっ、ぐすっ……! じゃ、じゃあ僕……自分の家……出て行かなくてもいいですか……?」
「もちろんよ! そんな必要ないわ! だってアナタの家だもん!」
「よかった……! 実は愛着のある家だったんです……! 本当に……よかった……!」
そんなこんなで、出会ったばかりの人の家に無理矢理泊まり、私達は体力を回復させたのだった。
翌朝。大きな荷物袋を背負い、私達はカロンの家を出た。
「よし。では行くとするか」
「う、うん……」
住人達に多大なる迷惑を掛け、私達は希望の灯火を出発したのであった。
……あ。当然ですけど誰も見送りになど来てくれませんでした。
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