第百四十七章 暴走

 ロザリーを除き、未だ透明なままの私達は聖哉の出した火トカゲの後を追い、竜人がいるという礼拝堂に向かっていた。

 

 瓦礫を避けながら砂利道を北に進んでいると、先導する火トカゲがぴたりと止まる。辿り付いた礼拝堂は屋根や壁の部分が崩れており、遠くからでも中が丸見え。それでも神を象った像は残されており、くだんの竜人はその前に跪くようにして手を組んでいた。


 ――ほ、ホントにいた! 竜人だわ!


 遠くから様子を窺いながら、ロザリーが小声で囁く。


「おそらく聖天使教の祈りを捧げているのでしょう」

「死んだエルルをご神体として崇めるという例のやつか?」

「はい。聖天使教の教えは竜人のみを至高の存在とし、人類と魔族を抹殺することにあります。神竜王の為に命を捨てることすら厭わない狂信者の集まりです」


 聖哉が倒したヒュドラルや、イグルの町に侵入してきたパラドゥラは呪文のように『オーラ・エル・ラルラ我らに聖天使の加護がありますように』と唱えていた。私が彼らに怖れを抱いたのは高い能力値よりも、間違った教えを強く盲信するその目付きだったのかも知れない。


「狂信者の集まり、か。何だか恐ろしいわね……」

「ふむ。それはなかなか良いアイデアだな」

「は!? い、良いって何が!?」

「何でもない。こちらの話だ」


 聖哉の言動が少し気になったがその一方、ロザリーは剣を抜いて竜人の元に向かおうとしていた。


「ちょ、ちょっとロザリー!?」

「私が行ってとっ捕まえて参ります! 拷問はその後で!」

「待ってよロザリー! ホラ、あの竜人、何だか様子がおかしいわ!」


 私はロザリーの肩を引いて止める。遠くで神像に跪く竜人――その目から伝うのは一条の雫だった。


「神よ……どうか、どうかマッシュ様をお許し下さい……そして人と竜の間に真の幸福が訪れますように……」


 真摯な祈りが私の耳に届いていた。この竜人は今まで捻じ曲がったゲアブランデで見た竜人とは明らかに違っている。祈りの言葉から、噓偽らざる気持ちが溢れているように感じた。そして……私はこの竜人の声に聞き覚えがある気がする。


「ねえ、聖哉。あの竜人、何処かで見たことない?」

「竜人の外見は皆一様で同じに見えるが……言われてみれば声は何処かで聞いたことがある気がするな。ステータスを透視してみるか」


 ステータス透視で時折、その者の名前が分かることがある。言われて私も能力透視を発動しようとするが、すぐに聖哉が呟く。


「ふむ。名称『ラゴス』か。確か、竜の里まで俺達を案内した竜人だったか」

「そ、そうよ! 思い出した! ラゴスさん!」


 ラゴスは元のゲアブランデで、竜の里まで移動魔法陣を使って私達を導いてくれた竜人である。あの時も里の竜人達は狂信者のように竜王母の言いなりだったが、ラゴスだけはまともだった覚えがある。


「ラゴスさんなら安心かも! 近寄って話を聞いてみましょうよ!」


 そう言った刹那、祈りを捧げていたラゴスは「ゴホッガホッ!」と激しく咳き込み、前のめりになって倒れた。口から出た緑の液体が地面に零れ落ちている。


「え? もしかして病気?」

「ステータス確認と同時に鑑定スキルも発動した。病ではなく極度の肉体衰弱によるものだ。精神疲労とも相まって生命力が激減している。生きているのが不思議なくらいにな」

「そ、そうなんだ。じゃあ尚更、近寄って大丈夫よね?」

「……いいだろう」


 聖哉が透明化を解除し、私とセルセウスも姿を現す。聖哉は「少し待て」と数匹の火トカゲを生産しているが……いやいくら何でも気にしすぎでしょ!


 私はラゴスにゆっくりと歩を進めた。口の周りの血を拭い、どうにか立ち上がったラゴスは私に気付き、少し体を震わせる。私はなるべく明るい声を出した。


「私は女神リスタルテ! 安心して! アナタに危害は加えない! 約束するわ!」

「め、女神様……? ぐおおっ!」

「へ?」


 突然、ラゴスは聖哉が出した数匹の火トカゲに囲まれ、両手両足を押さえつけられた!


「!? いや、言った傍から危害加えちゃってんじゃん!!」

「念の為だ」

「弱ってるのにこんなことしなくても!! 私、噓吐いたみたいになったじゃない!!」


 地面に大の字になり、火トカゲに捕縛されながらもラゴスは笑った。


「いいえ。警戒は当然でしょう。今まで竜人が人類にしてきたことを考えれば……」


 そして私の方をちらりと向いた。


「その神々しいオーラ……。仰った言葉に偽りはないようですね。今際いまわの際に女神に出会えるとは……運命とは皮肉なものだ……」


 そしてラゴスはまたも咳き込む。まるで自ら死期が近いと悟っているかのようだ。聖哉が訝しげに尋ねる。


「おい。お前は何故一人、こんなところにいる?」

「私は神竜王――いえマッシュ様にバハムトロスを追い出されたのです。反逆の疑い有り、として……」

「反逆って、何をしたの?」

「竜族と人類は互いに争うべきではないと申し上げたのです。そしてそのことが急進派の怒りを買いました」

「た、たったそれだけで?」

「しかしその場で殺されなかったのは、ひとえにマッシュ様のお優しさです。そう……マッシュ様は本当はとてもお優しい方なのです」


 火トカゲに拘束されながらも、ラゴスは遠い目を朽ちた礼拝堂から見える空へと投げていた。


「私は思うのです。聖剣イグザシオンは本当に世界を救う為に必要だったのかと。いや、少なくともマッシュ様は聖剣の担い手となるべきではなかった……」


 辛そうにラゴスは目を瞑る。


「しかし、それも今となっては詮無きこと。非力な私は人類と竜族の為、ただこうして祈りを捧げることしか出来ないのです……」


 そう言いながらラゴスは腕に巻いていた緑色の布をちらりと見た。聖哉がぴくりと反応する。


「おい。それはひょっとしてマッシュの私物ではないか?」

「あ、聖哉さん! アレ、マッシュのバンダナですよ! 俺と修行してる時もずっと頭に付けてましたもん!」

「寄越せ」


 聖哉は遠慮無く、ラゴスの腕からバンダナを奪うようにして取った。


「これで村長の家に行く手間が省けたな。……おい、リスタ。早速だがこのバンダナからナカシ村を襲っている過去のマッシュを見ることは出来るか?」


 そう。私の能力は残留思念を読み取るだけではない。そこから派生して、その者についての情報を俯瞰して見ることが出来るのだ。ただし、その為には魔神の力を全開にしなければならないだろう。


「そうね。そこまで指定された映像なら、かなり集中しなきゃあ見られないかも」

「無理なら一度冥界に帰ってからでも良いが?」

「うぅん。私やるよ。やってみる……」


 ウノいわく、下界での魔神化は押し込めていた感情が暴発する可能性があるという。でも……私だって今や上位女神! 精神を集中させればきっと平気よ! 自分の力を信じて、リスタルテ!


 私はタイプ・オポジット形態転換法を使って、神から魔神に変化。胸元が開いた黒革ドレスに小悪魔の出で立ちになる。そして大きく深呼吸した。


「ホントに平気かよ、リスタ?」

「ええ。大丈夫よ、セルセウス。確かに胸の奥から何か熱い感情が溢れてくる。でも透明化と同じ要領よ。心を落ち着かせて、セルフ・コントロールを続ければたいしたことはないわ」

「へえ! やるじゃないか、リスタ!」


 さぁリスタ。これからもっと精神を集中させてマッシュの残留思念を読み取るわよ。ウヒッ。それにしても聖哉ってば格好いいわよね。 あれ、何コレちょっと。おかしいわね。今から過去のマッシュの情報を読み取らなければならないのに。ああ、聖哉といっぱいチュッチュしたいなあ。


 私は持っていたバンダナを投げ捨てた。だって目の前にこんな良い男がいるのに残留思念とかそんなこと難しいこと言ってられるかーーーい!


「聖哉ああああああああっ!!」


 私は聖哉の胸に飛び込む。聖哉よりロザリーが慌てふためいているようだった。


「め、女神様っ!? 急に何を!?」

「フン! ロザリー! いい? 聖哉は私のものなんだからねっ!」


 そして私は自分の体を聖哉に押しつけながら、体をくねらせる。


「だって私と聖哉ってば前世で子作りなんかしちゃってるもんねーっ! キャハッ!」

「……おい。離れろ」


 聖哉にドンと突き飛ばされるが、私は諦めない。自ら胸元を大きく開きつつ、聖哉に迫る。


「うふーん、聖哉ぁ! 一緒にエッチなことしましょ! はふーん!」


 セルセウスが私を指さして叫ぶ。


「セルフ・コントロールのセの字もねえじゃねえかよ!! ……聖哉さん、どうするんです!?」

「案ずるな。このくらいのことは無論、想定内だ」


 そう言って聖哉は腕を振り上げるが、私は余裕綽々だ。


「あらー? げんこつでもする気ー? ふふっ良いわよ! 聖哉にぶたれると感じちゃうかもー! それとも昔みたいに剣の鞘でおっぱいでも潰す? いいわよー、あっはーん!」


 だが聖哉は片手を私に向けて呟く。


「……ヘルズ・ファイア地獄の業火


 途端、手から出た紅蓮の炎が縄のように私を取り巻いた!


「!! ぐっげええええええええええええええええええ!?」


 あまりの熱さと痛みに絶叫する! 同時に魔神化も解けた私は、火だるまになりながら地面をゴロゴロ転がり……どうにかこうにか火を消した。


「はあっ、はあっ、ぜぇっ、ぜぇっ!」


 何とか一命は取り留めるもドレスは焼き焦げ、それから髪の毛もチリチリになっている。


「……どうだ、リスタ。意識がハッキリしたか?」

「意識がハッキリどころじゃねえわ!! 全身がコンガリ焼けましたけど!?」

「元と言えばお前が悪いのだろうが」

「だからって女神にヘルズ・ファイア使う!? 見てよコレ、服もボロボロで頭もチリチリよ!!」

「チリ毛は自分で治癒しろ。着るものならば俺が持っている」


 聖哉は道具袋から白いドレスを私に投げた。


「わ、私のドレスのスペアまで持ってるの?」

「うむ。いつかリスタにヘルズ・ファイアを使うこともあるだろうと思い、用意しておいたのだ」

「!? いつか燃やすつもりだったんかい!!」


 しかし私が悪いのは事実だし、それ以上は反論できなかった。素直に替えのドレスを受け取る。


「それにしても清純な私があんなこと……自分で自分が信じられないわ……!」

「淫乱女神のミティス様みたいだったぞ。オッパイ、自分から見せに行ってたし」

「うう、自己嫌悪! 今日こそ活躍するつもりだったのに!」

「まぁある意味、ハッスルしてたけどな」

「そういう活躍じゃないわよ!!」


 セルセウスと話している間に、聖哉は落ちたマッシュのバンダナを拾って渡してきた。


「それでは再度、試してみろ。次にまたハッスルしても安心するが良い。いつでも燃やす準備はしてある」


 そう言って聖哉は右手にヘルズ・ファイアの種火を作る。いや余計、安心出来ねえから!!


 それでもロザリーは羨ましそうに私を眺めていた。


「私も勇者様のヘルズ・ファイアを浴びてみたい……」

「!! やめた方がいいよ!? 地獄だよ!?」

「いいから早くしろ」


 深呼吸した後、魔神化する。『もう燃やされたくない』――その一心で私は集中しまくった。やがて……辺りの声や音が聞こえなくなり、深い静寂が訪れる。そして私の眼前に映像が広がった。




 逃げ惑う女子供。燃えさかる建物。阿鼻叫喚の人々の背後から迫るのは武装した竜人の群れだ。そしてその陣頭に立っているのは……


 ――マッシュ……?


 鳶色の髪の毛はツンと尖って上に伸びていた。ほんの少し面影は残っている。だが身長は聖哉程あり、手の甲に刻まれていた竜の紋章は鎧で覆われていない両腕や首もとにまで広がっていて何だか入れ墨のように思えた。鋭く尖り、濁った目はまるで魔物のようで、その顔は私の良く知っていた筈の者とまるで違う。


「ひ、怯むな! 立ち向かえ!」


 槍を持った人間が叫んだ。気力を振り絞るようにして、竜人の群れに村の人間達が立ち塞がる。ナカシ村にも多少、剣術や魔術に覚えのある者がいたのだろう。だが竜人と人間――元々の戦闘能力の差に加え、決定的な違いがあった。


 一人の兵士が竜人の隙を突いて背中を斬り付けた。大量の血液が溢れる致命傷。なのにその竜人はまるで痛みを感じていないように平然と兵士の頭部に噛み付いた。くずおれる兵士など気にも留めていないように竜人はうつろな目で呟く。


オーラ・エル・ラルラ我らに聖天使の加護がありますように……」


 狂信者の集団が人間達を蹂躙していく。やがて戦える者がいなくなり、残ったのは女子供や老人のみ。それでも竜人達は容赦なく彼らに斬り付けた。

 

「この村は俺の汚点だ。全て殺し、焼き払え」


 人間と共に暮らしていた記憶を消し去りたいのだろうか。陣頭よりマッシュの冷たい命令が木霊する。


 そんな折。建物の陰から一人の若者がマッシュの前に走り出た。懇願するように跪く。


「俺だよ、マッシュ! グレンだ! 昔、お前とよく遊んだろ?」

「ああ? 覚えてねえなあ」

「た、助けてくれよ、なあ! 俺まだ死にたくないんだ!」

「うーん。じゃあちょっと待ってろよ」


 そしてマッシュはアゴに手を当て、何もない隣の空間を眺め始めた。


「ああ……うん……そうか、そうだな。分かった」


 ――え……な、何? 独り言?


 その後、マッシュは笑顔で若者に向かい合う。 


「グレン。お前、少しでも長く生きたいんだよな?」

「あ、ああ!」

「それじゃあ長生きさせてやるよ」


 マッシュが握手の手を差し伸べ、グレンが笑顔で応じる。だがその笑顔は絶叫と共に引き攣った! グレンの手から垂れる血液! 人差し指が地を転がっている!


「そんな! 助けてくれるんじゃないのかよ!」

「助けるなんて言ってねえだろ。長生きさせてやるって言ったんだ」


 マッシュはグレンを羽交い締めにし、次に中指を引き千切る。泣き叫ぶグレンに構わず、その次は薬指、更には小指を……


 ――ひ、酷い!! こんなだったら、すぐ殺された方がまだマシじゃない!!


 両手の指が全て無くなった時、既にグレンは失神していた。だがマッシュはグレンの腹部を蹴りながら、周りの竜人に言う。


「人間ってのはヘタレな仕組みでよ。ある程度、痛みを与えると意識を失っちまう。……おい起きろ。意識がある状態でなぶり殺さなきゃあ意味がねえ」


「ぐはっ!」と意識を取り戻したグレンの口にマッシュは千切った指を詰め込んだ。 


「ヒャハハハハ! うめえか、テメーの指はよ!」






「……ヒイイイイイイイイイイイイイ!! 無理、もう無理ぃぃぃぃぃ!!」


 私は絶叫し、映像を自らシャットアウトした。体は汗でびっしょりだ。


「お、おいリスタ! 大丈夫か? 一体どんな光景が見えたんだよ?」

「想像の遙か斜め上よ!!」

「ほう。そんなにヤバいキノコになっているのか」

「ヤバいどころの話じゃないわ!! 人の指、千切って口に……オェェッ!!」


 思い返して吐き気がした。ロザリーが私の背中をさする。


「分かって頂けたようだな。神竜王の恐ろしさが」

「う、うん……」

「リスタ。お前が見たことを詳しく話せ」


 私は読み取った映像の内容を聖哉達に告げる。特に聖哉はマッシュの容貌や仕草などを入念に聞いてきた。話しているうちに少しだけ気が楽になっていく。


「あのマッシュがあんなことするなんて……本当に信じられないよ」

「捻曲世界のマッシュはマッシュではない。捻れた幻影だ」

「それでも元はマッシュなんでしょ? 素直な良い子だったのにどうして……」

「……女神様。アナタは本当のマッシュ様を知っていらっしゃるのですね」


 聖哉の火トカゲに拘束され、地面に大の字になりながら、ラゴスは顔だけこちらを向けていた。痩せこけているが、その顔は穏やかだった。


「元々、竜人は人類に協力し、魔王を倒す存在でした。なのにエルル様の死で歯車が食い違ったのです。そう……全てはあの時から……」


 話しながら、ラゴスはまたも激しく咳き込んだ。


「ら、ラゴスさん!! ……ねえ聖哉!! 拘束を解いてあげて!!」

「良いのです……どのみち私はもう……」


「ゴボッ」とラゴスの口から大量の血液が溢れ出す。


「この最後の刻に会えたのも何かの巡り合わせでしょう。お願いです、女神様……世界を……いえ……マッシュ様を救ってあげてください……」


 そうしてラゴスは目を閉じ、そのまま動かなくなった。

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