第九章 旅の前に

「……何でこうなるのよ!!」


 エドナの町の外れで私は聖哉に怒りをブチ撒けていた。消し炭が完全にこの世界から消滅した後で、私達を待っていたのは町の人達の怨嗟に満ちた眼差しだった。気まずくなった私は、愛想笑いで聖哉の背中を押し、その場から逃げるように立ち去ったのであった。


「せっかく感謝されてたのに、アレじゃ全く意味ないじゃん!! 勇者どころか魔王みたいだったじゃん!! 私、さっき子供に石ぶつけられそうになったんだからね!?」


 だが聖哉は私の言葉など意にも介していなかった。冷たい声でボソリと言う。


「ケオス=マキナから助けてやったというのに。この世界の人間は情のない奴らが多い」

「情がないのはアンタだよ!! ジェイミーさん、アンタのせいで燃えたんだよ!? せっかく貰った果物も見てよホラ! こんなにこんがり焼けちゃって! もう食べられないよ!」

「それは知らん」


 聖哉はスタスタと私の前を歩き続けた。


 し、信じられない! あんな事件を引き起こしておいて、この態度! ちょっとでもカッコいいと思った私がバカだった! いくらルックス良くても、やっぱ最低だわ、コイツ!


 イライラしつつ、町の出口付近まできた時、誰かが走り寄る足音が聞こえた。振り向けば、ニーナとニーナの父親である。息を整えつつ、ニーナの父親が私達に頭を下げた。


「す、すいません。せっかく町を救って貰ったのに、何だかさっきはあんな感じになっちゃって……で、でも皆、急な炎にビックリしちゃったんだと思います……」


 私は「いえいえ」と首を振る。


「仕方ないですよ。悪いのは全てこちらですもの。だって店を燃やして、それからあと、町の人も燃やしたんですから」


 言っていて悲しくなる。とても勇者のやることとは思えない。というか正気の沙汰とは思えない。


「と、とにかく、助けて貰ったお礼も出来ていなかったので後を追って来たんです! 間に合ってよかった!」


 そしてニーナの父は聖哉に袋を差し出した。


「これ、僅かですが気持ちです! どうか受け取ってください!」


 今までそっぽを向いていた聖哉だったが、渡された袋の中身を覗き見て、目の色を変えた。


「ほう、金か。武器や道具を買う為に金はあるに越したことはない。貰っておこう」

「ち、ちょっと聖哉! 勇者なんだから少しは遠慮ってものを、」


 しかし勇者は銀貨を手の平の上に載せて、眉間にシワを寄せた。


「むう。思ったより少ない。もっとないのか? ありったけ寄越せ」

「!? もう勇者じゃないよ!! ただの強盗だよ!!」


 私は叫ぶが、ニーナの父親は苦笑いしつつ、ポケットからも小銭を出し、聖哉に差し出した。


 絶句する私にニーナが純真な笑みを見せる。


「あははっ! 私、知ってるよ! おにいちゃんは心の病気だけど、本当はいい人なんだよ!」


 私はニーナの肩に手をやり、どうにか笑顔を繕った。


「ニーナちゃん。半分当たりで半分ハズレよ。病気なだけ。いい人じゃあないわ……」

「黙って聞いていれば何を言う。俺は病気などではない」

「正常な人間が町の人、燃やして、金巻き上げるかよっ!! ああっ、もう!! 恥ずかしいっ!! さっさと次の町に行くわよ!!」


 私は二人に頭を下げると、とっとと聖哉の手を引いた。


 ニーナが背後から大声で叫ぶ。


「ありがとう、おねえちゃん! ありがとう、病気のおにいちゃん! 本当にありがとう!」

「こ、これっ! ニーナ! そういうことを言ってはいけない!」


 父親に叱責されても笑顔で手を振るニーナに見送られ、私は気まずさMAXでエドナの町を後にしたのだった。




 しばらく黙って歩いていると、聖哉が受け取った金を懐に仕舞おうとしていた。背後から白い目でその様子を見ていると、聖哉の胸元から何かが落ちた。


 ……それは以前、ニーナに貰った押し花だった。


「あら、聖哉。その押し花まだ持ってたの? 敵を呼ぶ呪いのアイテムとか言ってなかった?」

「まぁ、よく考えるとその方が好都合だからな。向こうから敵が攻めて来る方が御しやすいというものだ」


 そして聖哉は金と一緒にそれを懐に仕舞った。


「……ふーん」

「何だ?」

「いえ、別に」


 ――何考えてるのか、全く意味不明。ホント、わかんない男。まぁ、でも……いっか。


 ほんの少しだけ怒りの薄れた私は、気を取り直して明るい口調で聖哉に話しかけた。


「じゃあ、とにかく次の町へ急ぎましょう! 大女神イシスター様の情報だと、このまま北にずっと歩けば見えるセイムルの町に、アナタの仲間になる人物がいるらしいわよ! 何だか楽しみね!」


 だが、しかし。聖哉は足を止めて立ち止まり、きっぱりと断言する。


「やはりダメだ。まだ早い」

「はっ!? えっ、えっ、まだ早い、って、えっ!?」

「一度、天上界に戻る」

「!! 嘘でしょ!? 何で!?」

「無論、トレーニングだ」

「はあああああああああああ!? また召喚の間で筋トレするの!?」

「うむ。よくよく考えれば、四天王ケオス=マキナを倒したと知れば、敵はさらにもっと強い者を差し向けてくるだろう。次の町に行く前に入念に準備しておかねばならん」

「い、いやそれはそうかもだけど、聖哉のステータスだったら、よっぽど大丈夫だと思うよ?」

「憶測でものを言うな。次も勝てる保証などない。そして保証がない以上、こちらとしては常に最高のコンディションにしておかねばなるまい」

「で、でも次の町に行かないと仲間も出来ないし、それに強い武器や防具も手に入らないよ? それは流石に困るでしょ?」


 すると聖哉はアゴに手を当て、考えているようだったが、


「仲間はともかく、確かに武器や防具は欲しいな。お前は創造出来ないのか? 以前、召喚の間で俺のベッドなどを作ったろう?」

「女神の創造の力は天上界でしか使えないのよ。勿論、作った物を下界に持ち出すのも禁止。そういう過度な人間への援助は神の法に背くことになるの」


 話を聞いて、聖哉は顔を歪めた。


「……使えん女だ」

「なっ!? 何よ!! サポートならしっかり出来るわよ!! 私の治癒魔法、見たでしょ!? アンタが燃やしたジェイミーさんの火傷もすっかり治したのよ!!」

「あんなもの薬草があれば充分だ。つまりお前の存在価値は薬草レベルだということだ」

「誰のアイデンティティが薬草よ!!」

「とにかく。まずは天上界に戻り、修行する。嫌ならお前一人で次の町へ向かえ」

「わ、私一人で次の町行っても意味ないじゃん……何言ってるの……」

「ならば早く天界への門を出せ。この薬草女」

「わ、わかったわよ……ってか待って!! 今なんつった、オイ!?」

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