第二十章 荷物持ち

 水に濡らした冷たい手拭いを用意して部屋に戻ると、マッシュは既に目覚めていて、ベッドの上から顔だけ動かして私の顔を眺めていた。


「……此処は?」

「セイムルの宿屋よ」


 数時間前。勇者いわく『大掃除』が終わり、拷問部屋から聖哉が出てきた瞬間、マッシュは緊張の糸が切れたのか、意識を失ってしまった。聖哉にお願いしてマッシュを担いで貰い、私は一旦、天上界への門を出現させた。異世界内の移動に天上界の門を使用するのは、神界のルールに抵触するかも知れないが、それでもマッシュが心配だったので「ええい、ままよ」と門を潜り、私達はエルルが待つセイムルの宿まで戻ってきたのだった。


 以上のあらましを説明しようとした瞬間、


「マッシュううううううっ!!」


 ベッドの傍で、うたた寝していたエルルが気付き、マッシュに飛び乗った。


「ぐへぇっ!?」

「よかった、よかったよう!! このまま起きなかったらどうしようかって!! 本当によかったよう!!」

「ち、ちょっとエルルちゃん!? マッシュはまだ体が完全じゃあないのよ!?」


 抱きついていたエルルは苦しそうに呻くマッシュから離れた。


「ご、ごめん、マッシュ。痛かった?」

「い、いや痛くない。大丈夫だ」


 マッシュはしばらく苦笑いしていたが、急に真顔になった。


「おかしい……本当に……どこも全然、痛くない……」


 そしてマッシュは手で自分の顔を撫でる。


「目も……指も治ってる? まさかアンタが……?」


 私はマッシュに微笑む。


「指はともかく目を治すのは苦労したのよ。一時間以上は掛かったかしら」

「……すまねえ。恩に着る」


 照れくさそうに顔を背けながらマッシュがそう言った時。部屋の扉がノックも無しに大きく開かれ、そこに傍若無人な勇者が立っていた。


「ようやくキノコが目覚めたか」


 聖哉にキノコと言われてもマッシュは怒る様子を見せなかった。やはり照れくさそうに、


「助けてくれてありがとな」


 聖哉の目を見ずに礼を述べた。勝ち気な性格のマッシュからすれば勇気を振り絞った一言だったのだろうが、聖哉は気にも留めていなかった。


「そんなことよりお前達。準備が出来たなら、とっとと出掛けるぞ」

「せ、聖哉? もうちょっと休ませてあげようよ? マッシュは今、目覚めたばかりなのよ?」


 しかし、エルルとマッシュは聖哉の言葉に、互いに顔を見合わせていた。

 

 エルルがおずおずと聖哉に尋ねる。


「えぇと……出掛けるって?」

「お前達二人を荷物持ちにすることに決めたのだ。だからさっさと支度しろ」


 いや荷物持ちとか! 普通に『仲間にする』って言ってあげたらいいのに!


 二人の反応を心配したが、エルルは花が咲いたような笑顔を見せた。


「うっわーい!! やったあ!! 荷物持ち、荷物持ちだっ!! 嬉しいようー!!」

「よ、よかったわね、エルルちゃん!」


 この子、荷物持ちの意味分かってるのかしら……?


 一方、マッシュは当然の如く仏頂面だ。思い詰めた表情で喋る。


「俺……今回のことでよくわかったんだ。確かに俺達とアンタらじゃあレベルが違いすぎる。以前、言われた通りだ。このままじゃ俺達は足手まといだ。だから……だから……」


 私は心の中、嘆息した。マッシュが次に喋ろうとしている言葉が手に取るようにわかったからだ。拷問とダークファイラスのトラウマはやはり根深かったのだ。いや仮にそれが氷解していたとしても、その上でマッシュが同行を拒否するというのならば、結局、私は何も言えない。


 ……だがしかし。マッシュは次の瞬間、ベッドから飛び出すと、聖哉の前で床に頭を擦り付けた。


「だから……俺を弟子にしてくれ!!」

「……は?」


 私が呆気に取られていると、


「足手まといにならねえように努力する!! もちろん荷物だって持つ!! だから近くで学ばせてくれ!! アンタみたいに強くなりてえんだ!! 頼む!! 弟子にしてくれ!!」


 な、なんだ……この子ってば、思ったよりメンタル強いんだ……。でも……よかった……!


 聖哉は足下で懇願するマッシュに素っ気なく言う。


「荷物を運ぶなら、何でも構わん」

「そ、そうか!! なら、よろしくな……いや……よろしくお願いします!!」


 エルルは屈託のない笑顔で聖哉に微笑んだ。


「えへへー! よろしくねー、聖哉くんっ!!」

「ば、バカ!! エルル、お前!! 師匠と呼べ、師匠と!!」

「……呼び方などどうでもいい。勝手にしろ」


 聖哉は本当に面倒くさそうだった。そんな三人を眺めつつ、私は思う。


 う、うーん。何だか普通の勇者のパーティとは随分違うような気がするけど、当初の予定通り、竜族の二人も同行することになったし、結果はオーライなのよね?


 エルルが私のドレスの裾を引っ張って無邪気に笑っている。


「リスたんもよろしくねー!!」

「え。『リスたん』? それ、私のこと?」

「ダメー?」

「い、いえ、別にいいけど……」


 あはは……女神の威厳が……ま、まぁ、いいか。


「それで師匠!! 早速だけどよ、案内したい場所があるんだよ!!」

「あっ、マッシュ!! それって『竜の洞窟』のことでしょっ!?」

「ああ、そうだ!!」


  竜の洞窟? エルルは分かっているようだが、私は初耳だ。


「ねえ、マッシュ。竜の洞窟って何なの? そこに何があるの?」



 ……マッシュが今は亡き、ナカシ村の村長に聞いたという話を要約すると、こうだ。


 今から十六年前。天からナカシ村に降り立った一匹の竜が運んできた二人の赤ん坊がマッシュとエルルだった。竜はナカシ村の村長に言った。


『この竜族の血を色濃く継ぐ赤子は、神の啓示によって現れる勇者の仲間となり、ゲアブランデを邪悪から守るだろう。勇者が現れし時、共に竜の洞窟へ赴き、封印を解け。邪悪を倒す最強の武器を与えよう』


 私は興奮して聖哉の肩を揺する。


「聖哉!! 最強の武器だって!! これは絶対ゲットしないと!!」


 しかし聖哉は難しい顔で腰の剣を眺めていた。


「せっかく合成で『プラチナソード改』を完成させ、予備も三本作ったところだというのに……」


 そ、そうなんだ? ちょっと可哀想! でもね、聖哉、冒険ってそんなものよ! 苦労して手に入れた武器より強い武器がすぐに出てきちゃうのよ!


「じ、じゃあ気持ちを切り替えて、その竜の洞窟とやらに行きましょう! マッシュ、エルルちゃん、案内よろしくね!」


 二人は行く気満々の笑顔を見せたが、


「ダメだ」


 勇者の一言で時が止まる。


「その前に先に行かなければならないところがある」

「せ、聖哉……そ、そ、それってまさか、ひょっとして……」

「うむ。天上界だ。修行をせねばならん」


 私はガックリと、うなだれる。


 ま、またですか……ちょっと冒険したら、すぐ戻るのね……。何だかもう実家みたいになっちゃってるわ……。


「それに次は竜の洞窟とやらに行くのだろう? ならばドラゴンと戦う準備もしておかなくてはならん」


 流石にマッシュ達が顔を青ざめさせた。


「や、やめてくれよ、師匠!! 竜族を滅ぼす気か!?」

「そ、そうだよー!! 悪い竜なんか一匹もいないと思うよー!?」

「そんなもの、行くまでわからん。とにかく俺は天上界に行く。お前達も付いてこい。リスタ、別にコイツらを連れて行っても問題ないだろう?」

「ええ……まぁ……いいけど……」


 心中、複雑だったが、私は承諾した。


 天上界での修行が、ちゃんと結果として表れている以上、もはや何も言わないでおこうと思った。『レベルは現地でモンスターと戦って上げるもの』――数少ない勇者召喚により私が培ったそんな異世界セオリーに従順だったなら、聖哉はとっくに殺されていただろう。此処は難度Sの世界ゲアブランデ。今までのセオリーは一切通じない。それならば、いっそ聖哉に全てを任せよう。


 私は呪文を唱え、門を出現させる。


 聖哉の後に続き、マッシュとエルルがまるで遠足にでも行くように楽しげに門を潜った……。






 統一神界に着くなり、聖哉が私にセルセウス様の居場所を聞いてきた。

 

 セルセウス様は昼はよく食堂で食べているし、今はちょうど昼時だったので、私達は食堂に向かうことにした。


 神殿内を歩いていると、エルルがキョロキョロと忙しなく首を左右に動かしていた。


「ねーねー、リスたん!! 此処って神様達が住んでる世界なんだよねー!?」

「ええ、そうよ」


 マッシュも珍しげに辺りを窺っている。


「この神殿、ホントすげえな。広くて大きいのは勿論、飾ってある彫刻とか絵画とか、目に入る物全部、芸術品っていうか……いや俺よくわかんねえけどさ」

「わぁっ! あの花瓶、見て!! 見たことのない綺麗な花が活けてあるよ!! ねー、リスたん!! ちょっと見てきてもいいー!?」

「それよりエルル!! あそこにいるアイツ、頭に輪っか付いてるぞ!! ひょっとして、あれが天使ってやつじゃねえか!?」


 エルルとマッシュが騒いでいるのを見て、何だか微笑ましい気分になる。そうよね、普通、天界なんて来たら、こういうリアクションよね。白い部屋に数日間引きこもって自重トレーニングばっかりしないよね……。


 だが普通でない勇者は、ネコの首を掴むようにして走り回るエルルを止めた。


「ダメだ。後にしろ。早く修行がしたい」

「うぅー!! もっと色々見たいのにー!!」

「で、でも、聖哉。セルセウス様に会うのはいいけどさ。流石にもう稽古してくれないと思うよ?」

「構わん。別件だ」


 別件って何かしら……? よく分からなかったが、歩いているうちに食堂に辿り着く。


 広い食堂をぐるり見渡すが、どうやらセルセウス様はいないようだった。


 諦めて食堂を出ようとした時、向かいの厨房で見慣れた顔と一瞬、目があった。


 厨房内で「ひゃっ!」と小さく叫ぶとエプロン姿の男は、うずくまって隠れようとしたが……間違いない。


「セルセウス様!?」


 私は厨房に押し入り……そして愕然とした。


 剣神セルセウスは筋骨隆々のマッチョな体に花柄のエプロンを付け、メレンゲの入ったシルバーのボウルを持っていた。


「……お前は一体何をしているのだ?」


 聖哉が睨むとセルセウス様は背筋をシャンと伸ばした。


「せ、せ、聖哉さん!! コンチャーーーーース!!」


 う、うわ……男神らしさの欠片もない……ってか態度が何かもう後輩だよ……。それにしても、ヒゲ面にエプロン……似合わないわね……。


 セルセウス様は目を泳がせながら喋る。


「えっと、あの、その俺……前も言ったけど、剣とか、もうやめようかなって。だってアレ、危ないじゃんね? 切られたら血が出るじゃんね?」


 げえっ!? この間、言ってた話、マジなの!? 剣神なのにガチで剣、やめちゃうの!? ど、どれだけ聖哉との稽古がトラウマになってるのよ!?


 セルセウス様は照れながら、メレンゲの入ったボールを見せる。


「そ、それでさ。最近、俺、料理なんかやってるんだよ。こんな感じで。あ……そうだ! さっき作ったケーキがあるんだけど、よかったら食べてみてくれないかな?」


 そして聖哉の前に皿に乗ったショートケーキを差し出す。イチゴが一つ乗っており、それなりの見栄えである。目前のマッチョが作ったとはとても思えない。


 だが、聖哉はそのケーキを見るなり、こう言った。


「まずい。いらん」

「!! まだ食べていないのにか!?」


 セルセウス様が叫んだ。食べる前からマズイと言われれば、それは誰だってビックリして叫ぶだろう。


「そ、そんな……! 自信作なのに……!」


 可哀想なセルセウス様は、近くに居た甘い物好きそうな赤毛の少女に気付き、微笑んだ。


「君、どうだい? よかったら食べてみてくれないか!」


 フォークと共に皿を差し出すが、エルルも首を横に振った。


「うぅん、いらない。なんか中に筋肉とか入ってそうだもん……」

「!? 筋肉なんて入ってないよ!? というか、どうやってケーキに筋肉入れるの!?」


 聖哉は誰にも食べて貰えないケーキを持った哀れなセルセウス様を睨んでいた。


「いいか、セルセウス。俺は別にお前の趣味をとやかく言うつもりはない。だがお前には本業があるだろう。それを先にやれ」

「ほ、本業って?」

「無論、コレだ」


 聖哉はプラチナソードを鞘から抜き、光り輝く刀身を見せた。その途端、


「い、イヤだああああああああ!! もう剣の稽古なんかしたくないいいいいいいいいい!!」


 セルセウス様が絶叫した。その叫びっぷりといったら「だ、大丈夫かこのオッサン!」とマッシュが引くほどであった。


 だが聖哉はそんなマッシュの背を押し、セルセウス様に突き出す。


「安心しろ。今回の相手は俺ではない。コイツだ」


 驚いたのはセルセウス様と同様、マッシュも、だった。


「えっ? し、師匠が稽古してくれるんじゃないのか?」

「俺が相手するのはまだ早い。お前にはコイツくらいがちょうどいいだろう」

「へーえ。聖哉、マッシュのこと、考えてあげてたんだ?」

「考えるも何も、荷物持ちとしてあまりに弱すぎては武器や道具をモンスターに盗られるだろうが。多少は強くなって貰わねばならん」


 セルセウス様は自分の半分くらいしか背のないマッシュをチラチラと眺めていた。


「せ、聖哉さんの弟子っすか。あの……ちょっとだけ、君のこと、能力透視していい?」

「ああ。別にいいけど」


 恐る恐る能力透視を発動したセルセウス様は、しばらくしてから訝しげな顔をした。


「うん? 君、偽装のスキルとか使ってないよね?」

「……使ってねえけど」


 その途端。セルセウス様は花柄のエプロンを脱ぎ捨てた。


「よし、いいぞ!! やろうじゃないか!! 俺の稽古は厳しいぞ!! 覚悟しておけ!! がはははははは!!」

「な、なんだこのオッサン!? 情緒がムチャクチャだな!!」


 マッシュのツッコミ通りだと思った。セルセウス様……いやもう『様』付けるのは止めよう。セルセウス……ダメだ、コイツ……! だって相手が格下だと分かった途端、この態度! 絶対付き合いたくないタイプだわ!


 そんなセルセウスがマッシュを連れて意気揚々と厨房を出て行った後、聖哉は残ったエルルに視線を向けていた。


「さて、次はコイツだな」

「ええっ!? わ、わ、私もーーーっ!?」


 エルルの驚いた声が厨房中に響いた。

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