第百十二章 おもちゃ箱

 神界の広場はさながら軍事演習場のように、爆発と轟音が鳴り響いていた。土煙の舞う集団からは時折、魔法や槍、剣が弾け飛び、それと同時にカフェ・ド・セルセウスのテーブルやコーヒーカップなども散乱した。


「もう勘弁してくれええええええええええ!!」


 流石に私も同情してしまう程、憐れに泣き叫ぶセルセウス。だが泣こうが喚こうが聖哉が修行を中止などする筈はない……と思っていたのだが、


「うむ。それでは今日はここまでにしよう」


 開始より約二時間後。神界が夕日に赤く照らされた頃、聖哉はそう言った。


 ――あ、あれ? ホントに止めちゃうんだ?


 珍しいと思った。基本的に聖哉は相手の神がブッ倒れるか、深夜に至るまで修行を止めないからだ。


 私的には、早めに切り上げた修行。そうは言っても、神々はヘトヘトに疲れ果てているようだった。槍神の尻には槍が突き刺さり、悶絶。そして風神フラーラ様は目に涙を溜めている。


「ううっ! 私の風魔法って何なの? 血液型占いしながら、かわされるとか、ありえないんですけど……!」

「ふ、フラーラ様! 大丈夫ですよ! オーダー神界特別措置法施行してないから、本来の神力じゃない訳ですし!」


 私は慰めたが、


「そんなこと言ってもさぁ……ぐすっ!」


 普段クールなフラーラ様は幼い女の子のように泣きじゃくっていた。


 かたや、


「あー、面白かった! じゃあアタシは帰るなー!」


 ヴァルキュレ様は満足げに顔をツヤツヤさせながら帰っていく。


 各々、悲喜こもごもな顔で立ち去り……やがて神々は誰もいなくなった。


 所々、陥没した神界の広場を呆然と眺めていると、聖哉が一人、神殿の方に歩いて行くのが視界に入った。


 ――おおっと、危ない! 放っておくと、すぐいなくなるんだから!


 今度こそは、と私は聖哉を追いかける。


「待ってよ、聖哉! 何処に行くの?」

「昼は先程の合同修行に当てる。そして夜は……」

「夜は?」

「他にやることがある」

「やること? それって何?」

「……」

「ねえねえ。夜は何するの? ねえ?」

「うるさいな。お前は遊んでいろと言ったろう」


 聖哉は立ち止まり、地面を足で踏む。土魔法の力で、地中に沈んでいた物体が浮上した。


「ええっ!?」


 それは大きな木箱だった。中を覗くと、けん玉、積み木、コマ、お手玉、シャボン玉などが入っている。


「お前専用のおもちゃ箱を用意しておいた。これで遊べ」

「!! 私はちっちゃい子供か!?」


 しかも、おもちゃのチョイス古っ! 日本の昭和初期の子供じゃないのよ!


「何よ、コレ!! バカにしないでよ!!」


 いきり立っていると聖哉がぼそりと呟く。


「……ステイトバーサーク・フェイズセカンド状態狂戦士・第二段階

「ヒイッ!?」


 ま、まさか、狂戦士化したげんこつで殴る気じゃ!? 


 いくら女神が死なないと言っても、そんな威力のあるげんこつを喰らえば脳漿がブチ撒かれる。私は怖くて手で頭を抱えたが……衝撃は来ない。しばらくして薄ら目を開けると、聖哉は忽然と姿を消していた。


「!! また消えた!? 一体何なのよ、アイツはぁっ!!」


 イライラしておもちゃ箱を蹴っ飛ばすと、中から積み木が飛び出した。神界の広場に放っておく訳にもいかず渋々、片付けていると、傍にいたセルセウスとぶつかった。セルセウスが怒る。


「邪魔だよ! 積み木なんかで遊んでるんじゃない!」

「遊んでねえわ!!」


 セルセウスは顔面を紅潮させて、散らばったカフェの備品の後片付けをしていた。セルセウスも憤慨しているようだが、私だってイラついている。私達は睨み合い、一触即発の状況だったが、


「お、落ち着いてください! とりあえず一緒に後片付けしましょう! ねっ!」


 キリコが散らばった積み木を拾い、私に渡す。その後はホウキを使い、散乱したカフェの備品を一カ所にまとめ始めた。セルセウスが涙ぐむ。


「キリコ……! お前は本当に良い奴だな!」


 アリアも近くに来て、うんうんと頷く。


「天使のようなキリング・マシンね!」


 そしてセルセウスは私にジト目を向けた。


「リスタ! お前もちょっとは見習えよ!」

「うっるさいわね!」


 そんな風に言われてセルセウスの手伝いをするのが癪だったので、私はおもちゃ箱から、けん玉を取り出して一人で遊び始めた。最初は単なる時間潰しだったのだが、


「ほっ! はっ、ほっ、はっ!」


 ――やだ、何コレ、結構楽しい……!


 私はいつの間にか、けん玉に熱中していたのでした。




 それなりに思い通りに玉をけんに刺せるようになった時、日はとっぷりと暮れていた。辺りを見れば、テーブルも定位置に戻り、カフェ・ド・セルセウスもどうにか復活している。キリコが私の傍に歩いてきた。


「リスタさん……」 

「あっ、キリちゃんもやる、けん玉? そこそこおもしろいよ!」


 へらへら笑っていると、キリコは真剣な声を出す。


「あ、あの、今日は部屋で一緒に寝てくれませんか?」

「それは勿論いいけど……アレ? キリちゃんって寝るんだっけ?」


 キリコは機械だから食べたり寝たりはしない筈。不思議に思っていると、言いにくそうにモジモジし始めた。


「えっと……実はですね。聖哉さんから『一緒にいる時はなるべくリスタと寝てやれ』と言われていて」

「ええっ! 何でだろ?」

「私も聞いたんです。そうしたら『セレモニクの呪いがまだ残っているかも知れないから』って言ってました」

「!! あの人、まだ呪いのこと、心配してんの!?」


 あれからもう、かなりの時間、過ぎてるわよね? いくら何でも気にしすぎだと思うけど……!


「リスタさんのこと、きっと気に掛けてくれてるんですよ!」

「どうかな。面倒臭いからキリちゃんに見張り役、押しつけたんじゃ……」

「理由は何でも、私、リスタさんと一緒に寝られるなら嬉しいです!」

「ホント? じゃあ行こっか!」


 私とキリコはセルセウスの貸してくれた部屋に行ったが、寝る時間にはまだ早い。なので、おもちゃ箱からおもちゃを取り出し、二人で積み木をしたり、お手玉をしたりして遊んだ。聖哉におもちゃ箱を渡された時は腹が立ったが、無邪気に喜ぶキリコを見ていると何だか楽しくなる。キリコもおもちゃで遊ぶことで、フルワアナの町で起きた辛い体験から気が紛れているようだった。


「これって聖哉さんが自分で作ったんですね」


 積み木を眺めていたキリコが、ふとそう呟いた。


「えっ? 聖哉がコレを?」

「見てください」


 積み木の下部分に凄く小さな字で『竜宮院聖哉』と彫られている。


「ほ、ホントだ……!」

「此処にもあります」


 けん玉、お手玉……よく見ると全てのおもちゃには聖哉の名前が書かれていた。


「うわぁ……一個一個にフルネーム書いてるよ……!」

「きっと無くさないように書いてるんですよ! 几帳面ですね!」

「い、いや気持ち悪いよ。小学校低学年じゃないんだからさあ……」

「でも聖哉さんらしいです!」


 キリコはくすくす笑っていたが……うーん。普段『時間の無駄だ』とか言いながら修行に打ち込むくせに、こんなのを作る時間はあるの? 意味不明だわ。


「……寝ましょっか」


 考えるのもバカらしくなって、私はキリコと一緒にベッドに入り、目を閉じたのだった。






 二日目。昼。


 今日も広場では、聖哉と神々との激しい合同練習が繰り広げられていた。


 私はおもちゃ箱から、シャボン玉を取り出し、吹きながら聖哉の修行をぼんやりと眺める。昨日同様、聖哉は神々を圧倒していた。時々、聖哉の腕から雷や疾風がほとばしるのを見て、魔法の習得も順調に進んでいるのだと確信する。


 私は修行から目を離し、カフェのテーブルで紅茶を啜るアリアに尋ねてみた。


「ねえ、アリア。昨日の夜って、聖哉見た?」

「いいえ。見ていないわ」

「ったく。何処で何やってんのかしら……」


 思いっきりシャボン玉を吹く。虹色のシャボン玉がいくつも空高く舞い上がった。


「り、リスタ……アナタは一体、何をやってるの?」

「シャボン玉よ。アリアもやる?」

「い、いえ結構よ……。それから、聖哉のことはあまり考えなくてもいいんじゃない? きっと魔王討伐に向けて、意味のあることをしているんだろうし」

「そりゃあ私だって邪魔なんてしたくないよ? でも、イヤなのよ。私の知らないところで、こっそり何かが進んでるような気がして……」


 魔王戦も間近に迫り、いつもにも増して聖哉の行動が気になっていた。かと言って何も出来ない。私はただシャボン玉を大空に飛ばすしかないのだろうか。


 ふと隣のアンデッドもそわそわしていることに気付く。


「むう。俺も勇者のように色んな神に付いて修行がしたいな」


 聖哉の修行を見て、感化されたらしい。私はジョンデに話しかける。


「ジョンデ。修行っていってもアンタ、セルセウス以外の神なら神気にやられちゃうでしょ?」

「最近は神界の気にも幾分、慣れてきた」

「ふーん」


 私はアリアの背を軽く押して、ジョンデに近付けてみた。


「うおっ!? 眩しい!! 目が痛い!!」

「やっぱダメじゃんか。諦めなさいよ?」

「い、いいや!」


 そしてジョンデは離れたテーブルに座る神を見やる。


「セルセウス同様、あの神もほとんど神気が無い! 今までカフェで見かけた時は、その不気味な姿形から邪神の類だと思って避けていたのだが……」


 ジョンデが意を決したように向かったテーブルには、ウットリとした面持ちで聖哉の修行を眺める軍神アデネラ様がいた。頭を下げ、真剣な顔で話し掛ける。


「昨日、アンタの技を見た。俺にあの素晴らしい剣技を教えてくれないか?」

「し、屍に、れ、連撃剣を、お、教えろと言うのか……」


 ジョンデを上から下まで眺めていたアデネラ様は、やがて、こくりと頷く。


「ま、まぁ、いいだろう。お前を、き、鍛えれば、せ、聖哉の為になるかも知れないからな」

「おおっ! では、よろしく頼む!」


 どうやらジョンデはアデネラ様に剣技を教わるようだった。


「……いいなあ」


 様子を見ていたキリコが、うらやましそうに二人を見詰めている。


「キリちゃんは私と遊ぼ?」 

 

 私専用おもちゃ箱から、お手玉を取り出してみるが、キリコは首を横に振った。


「あ、あの出来れば私も修行がしたいです!」

「ええー。聖哉、ワンマンだからさあ。修行しても多分、活躍させてくれないと思うよ?」

「それでも心を鍛えることは出来ると思います! 私、強くなりたいんです!」

「そう……」


 やる気になっているキリコの意思を尊重してやりたかった。私はキリコを連れて、アデネラ様の元に向かう。


「ねえ、アデネラ様。キリちゃんにも技を教えてあげてくれません?」

「ぞ、ゾンビの次は、き、キリング・マシンか。つ、ついでだし別に、い、いいけど……」

「ありがとうございます! えっと、キリちゃんには優しくしてあげてくださいね! 中身は小さな女の子なんで!」


 ――まぁアデネラ様も怖いところはあるけど、アリアも近くにいるし、変なことにはならないよね。


 そう思いつつ、ジョンデとキリコをアデネラ様に任してから、聖哉の方を見る。合同練習をしていた全ての神が、聖哉の周りで地面に倒れ伏していた。


 聖哉が剣を鞘に納める。どうやら今日の修行は終わりっぽい。


 しかし次の瞬間、


「ステイトバーサーク・フェイズセカンド」


 聖哉が狂戦士化! 忽然と視界から消えた! 


 アリアが口をぽかんと開けている。


「に、逃げるようにいなくなったわね」


 だが私はアリアに親指を立てる。


「私、見てたの! 赤い軌道が向かったのは神殿の方角よ! ちょっと行ってくるね!」

「リスタ! 無理に追わない方がいいんじゃない?」

「大丈夫! 夜、何してるのか確かめるだけだから!」


 そうして、私は神殿に駆けたのだった。





 聖哉が神殿に行ったのは、ほぼ間違いない。だが、統一神界の神殿は広く、

探すのに手間が掛かりそうだ。火の女神ヘスティカ様と廊下で擦れ違ったので聞いてみる。


「すいません。聖哉、見ませんでした?」

「アナタの勇者ならさっき、ヴァルキュレ様と仲良さそうに歩いていたわよ」

「ありがとうござい……って、ええっ!!」


 何気ない一言に私は凍り付く。


 ま、まさか……まさか……またヴァルキュレ様と変なことしてるんじゃ!?


 ヘスティカ様に軽く会釈だけして、私はヴァルキュレ様の部屋に急いだ。




「ヴァルキュレ様! 入ります!」


 ノックもそこそこに部屋に突入した刹那、ブッたまげる。

 

 普段から鎖を体に巻き付けているだけで露出度の高いヴァルキュレ様は、今、完全に全裸だった!

 

「うわあああああっ!! やっぱ思った通り!! 聖哉ぁっ!! 出て来なさいよ!!」


 だが、ヴァルキュレ様はきょとんとしていた。


「何言ってんだ、リスタルテ。此処にはアタシ一人だよ」

「あれっ!? だって、仲良さそうに話してたってヘスティカ様が、」

「廊下で立ち話してただけだ。その後、聖哉とは別れた」

「じゃ、じゃあ何で裸なんですか!?」

「部屋にいる時、アタシは基本マッパだ」


 ……ああ、何だ。そういう感じのライフスタイルなのね。


 ホッと安心する私に、ヴァルキュレ様が呆れた顔を向ける。


「お前、また聖哉の尻、追い掛けてんのかよ? 女神は勇者のサポート役であって、親じゃねえんだぞ。いちいち気にするな」

「で、でも……」

「アイツは一人でも、やるべきことをしっかりやってる。お前はお前で、聖哉に言われたことを、しっかりやってりゃいいんだよ」


 何だか私よりも聖哉のことを知っているていで物を言われている気がして、少し腹が立った。


「ヴァルキュレ様は私が聖哉に何、言われてるか知らないから、そんなこと言えるんです! 聖哉ってば私に『おもちゃで遊んでろ』なんて言うんですよ!」

「ふーん。なら、それが今のお前にとってベストな選択なんだろーよ」

「!? おもちゃで遊ぶのがベストな訳ないじゃんか!!」


 声を張り上げると、全裸のヴァルキュレ様が私にゆっくり近付いて来た。


「それよか、リスタルテ。こんな時間にアタシの部屋に来るってことは、どういうことか分かってんだろーな?」

「へ?」


 気付けば、いつの間にか背後! そしてドレスの上から私の胸を鷲掴みにする!


「ひえええええっ!? ちょ、ちょっとおっ!?」

「おっ! お前、またちょっとおっきくなったなー!」

「や、やめっ……!」


 私の胸を弄りながら、全裸の破壊神が耳元で囁く。


「なんならアタシが遊んでやろーか? 違うおもちゃでよ?」

「!? け、け、け、結構ですっ!!」


 私はヴァルキュレ様の手を振りほどくと、部屋を飛び出したのだった。




 ――はぁ、はぁ、はぁっ! こ、怖っ! 危うく汚されるとこだったわ!


 神殿の廊下で乱れたドレスの胸元を直していると、何と聖哉が体から冷気を発散させている女神と話し合っている。


 い、いた!! こんなところに!!


 聖哉の対面にいるのは、水晶のように煌めくローブに身を包んだ氷神キオルネ様だ。


「一つ尋ねたいのだが、対象を永遠に凍らせるような技はないか?」

「そうですね。一時的に凍り付かせることは出来ますが、いくら上位の氷結魔法でも永続的に凍らせるのは無理かと……」


 ええっ? 一体何の話をしてるの?


 私は二人の方に歩み寄っていく。私に気付くと聖哉は溜め息を吐いた。


「……またお前か」

「ねえ、聖哉は火炎系じゃん。氷系の魔法を覚えるのは無理だよ?」


 いくら聖哉のような天才勇者でも特性というものがある。私の治癒魔法や、また聖哉得意の火炎魔法の対極となる氷結魔法はどう頑張っても会得出来ないのだ。


「ただ相談しているだけだろうが」

「それって魔王戦に向けての話? 魔王を永久に凍らせたいってこと? でも、魔王はやっつけないと意味なくない?」


 私は女神ぶって、得意げに語る。


「いい? 魔王の命がある限り、イクスフォリアには凶悪な魔物が生まれ続けるの。邪神の加護も止まらず、世界は崩壊し続ける。イクスフォリアを救うには魔王の命を完全に絶つしかないのよ」


 すると聖哉は、いきなり私の頭をぶった。


「あいたっ!? 何すんのよ!!」

「お前に言われなくても分かっている」

「だったら何でこんな話をキオルネ様としてるのよ!」


 聖哉は私を無視して、キオルネ様の肩を軽く叩く。


「とりあえず、この女神を今すぐ凍り付かせてくれ」

「!? 何でだよ!!」


 憤慨する私と苦笑いするキオルネ様を残し、聖哉はそのままスタスタと歩き去って行ってしまった。


 な、何よ、それ!? マジで私を凍り付かせる為にキオルネ様と話し合ってたの!? い、いや……流石にそれはないよね!?


 聖哉の行動が全く理解出来ない。というか……落ち着いて考えてみると、行動が読めないのは出会った時からだったっけ……。


 ドッと疲れの出た私は、キリコのいる部屋に戻ることにしたのだった。

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