第百十三章 賢者の村

 神界滞在三日目の昼。


 聖哉の合同練習の一方、カフェ・ド・セルセウスの近くでは、ジョンデとキリコがアデネラ様に指導を受けていた。


「……そ、それじゃあ、き、休憩にしよう」


 アデネラ様が辛そうにうなだれるキリコを見て、そう言った。アデネラ様も聖哉のように剣の練習となると周りが見えなくなるところがあるが、それでも休憩を勧めたのはキリコを気遣ってくれたからだろう。


 アデネラ様は遠くのガーデンテーブルに腰掛け、聖哉の練習をウットリとした目つきで眺め始める。私の傍ではジョンデが地べたに座り、苦々しげな顔で剣を見詰めていた。


「『連撃剣』――勇者はすぐに会得したと聞いていたが……とんでもない難度の技だな」

「はい! コツを掴むのすら難しいです!」


 キリコも頷く。二人共、能力値はとんでもなく高い。それでも習得に苦労しているのを見ると、聖哉ってやっぱり凄いんだなあ、と再認識してしまう。


 セルセウスがジョンデとキリコに近寄り、笑顔で話し掛けてきた。


「連撃剣の修練か。大変そうだな」

「ああ、セルセウスか。全く、自分が情けなくなるよ……」

「まぁ、ほどほどにしておけよ。連撃剣はそう簡単に会得出来るものじゃない」

「ということは、もしかして……セルセウスさんもアデネラさんに教わったことがあるんですか?」

「……まぁな」


 キリコへの返答に私は驚く。


「マジで!? セルセウスも連撃剣できるの!?」

「ええと、うん、まぁ、それなりに……って、ウオッ!?」


 いつの間にかアデネラ様がセルセウスの背後に佇んでいた。慌てるセルセウスにジト目を向ける。


「お、教えたことはあるが、こ、コイツはたった数分で、な、投げ出した。セルセウスに比べれば、き、キリコもジョンデも、み、見所がある」

「セルセウス!! アンタ、連撃剣、マスター出来なかったんじゃん!! なのに出来るような振りしないでよ!!」

「お、教わったことあるって言っただけだし!! 別に会得したとは言ってないし!! 嘘は吐いてないもん!!」

「!! 子供か!?」


 とても剣神とは思えない台詞に愕然とするが、優しいキリコはセルセウスをかばった。


「で、でも難しいですもんね、連撃剣! 私も全然できなくて!」

「だろ! そうだよな! できないよな、あんなの! 無理無理、絶対無理!」


 すると突然『ゴキゴキッ』と骨の軋む音が聞こえた。


「……強力な剣技だからと言って、必要以上に力を込めてはならない。腕の関節を柔軟にし、可動域を広げることにこそ注力するのだ」


 振り返ると、聖哉が鞘に入れたままの剣をセルセウスに向けて構えている。


「喰らえ……『連撃剣エターナル・ソード』」


 聖哉の鞘が残像を残しつつ、セルセウスに降り注いだ! 


「ウッギャアアアアアアアアア!?」


 絶叫と共にセルセウスが弾き飛ばされる! ズタボロの雑巾のようになったセルセウスを気にも留めず、聖哉はキリコに視線を向けた。


「キリコ。俺の分析ではキリング・マシンの腕の可動域は人間より広い。無駄な力さえ入れないようにすれば、上達は早いだろう」

「な、なるほど! 分かりました! ありがとうございますっ!」


 キリコが頭を下げる。そしてアデネラ様の目はハートだ。

 

「お、お手本のような、見事な連撃剣だ……! す、好き……!」

「というか聖哉……私達の会話、聞いてたんだ。……ん? あれっ、合同練習は?」

「もう終わった」

「終わった、って……」


 ふと広場を窺って、私は吃驚する。聖哉と練習していた全ての神々は地面に倒れ伏していた。


「も、もしかして……あんなに沢山の神の技をもう会得したの!?」

「うむ」


 言葉を失う私。聖哉の背後からアリアが微笑みながら歩いてくる。


「秘密は狂戦士化ね。バーサーカーと化して練習することで、より習得スピードも向上しているのよ」


 そっか! 元々、覚えの早い聖哉が、更に狂戦士化で能力値を上げてから修行すれば、当然、覚えはもっと早くなるわよね!


 聖哉は特に嬉しくも無さそうに皆に告げる。


「それでは今日一晩休息し、翌朝、賢者の村に向かうことにする」

「つ、遂に行くのか!」


 ジョンデは表情を綻ばせたが、


「えっ、もう……ですか?」


 キリコはそう言って剣を見詰めた。ジョンデが察したようで苦笑いする。


「確かに連撃剣の練習をやり始めたばかりで少し残念だがな」

「ですね。もう少し練習したかったです……」


 アデネラ様がそんな二人を見て、頷く。


「き、基礎の基礎は教えた。あ、後は各自で、れ、練習しろ。き、きっとすぐに上達する」

「はい! ありがとうございました!」


 キリコは深々とアデネラ様にお辞儀したのだった。





 その夜も私は部屋でキリコと二人、聖哉のくれたおもちゃで遊んでいたが、明日のことを考えて早めに眠ることにした。


 ……目を閉じて何時間経ったろう。キリコの隣で寝ていた私は振動で目を覚ました。


 ――地震、かしら?


 だが違う。気付けば、横でキリコが小刻みにカタカタと震えている。


「キリちゃん! どうしたの?」


 驚いて明かりを灯す。するとキリコは私に抱きついてきた。


「ねえ、大丈夫?」

「ゆ、夢……ってこんな感覚なんでしょうか。目を閉じていたら急に、巨大な黒い影が世界を覆うような――そんな映像が浮かんできたんです」

「巨大な影?」

「あれはきっと……魔王アルテマイオスなのだと思います」


 震えるような声でキリコが言った。


「私、感じたんです。アルテマイオスがその力を恐ろしい程に増大させているのを……」

「キリちゃん……!」


 イシスター様でさえ、アルテマイオスの現状を知ることは出来ない。だがキリコは、かつて機皇オクセリオと感覚器官を共有していた。魔王の力も同じように知覚してしまったのだろうか。


 私はキリコに笑顔を繕う。


「今は不安かも知れない。でもね、この戦いが終わればイクスフォリアは平和になるわ! キリちゃんもカーミラ王妃も、イクスフォリアの人達、皆が楽しく暮らせる世界が来るのよ!」

「そ、そう……ですよね」


 半ば自分に言い聞かせるような言葉だったのだが、


「ダメですね、私! 夢を見たくらいで、落ち込んでしまって! 聖哉さんみたいに逞しくならなきゃ!」


 私はそんなキリコの頭を撫でる。


「聖哉が必ずアルテマイオスを倒してくれる。だから、心配ないよ」


 そのまま明かりを灯したまま、私はキリコを抱きしめるようにして眠ったのだった。





 翌朝。


 キリコと手を繋いで神界の広場に向かうと、既に聖哉とジョンデが荷物を持って佇んでいた。


 イシスター様によれば、賢者の村は死皇のいたエアリス大陸より南に位置する離島にあるらしい。私は呪文を唱え、門を出す。


「悪魔神官がいるのよね? ちゃんと賢者の村の跡地から三十メートル離れた場所に出したから!」


 聖哉の性格を考慮し、ちょっと得意げに言ったのだが、


「フン。たったの三十メートルか。百メートルは離れたところに出すべきだが……まぁ良いだろう」


 当たり前だと言わんばかりに鼻を鳴らす。そして聖哉はいつものように、そろりと門を開いて様子を窺った後、先に門を潜った。


 私達もその後に続いたのだが、潜った瞬間、聖哉がゴロゴロと地面を転がった。


「せ、聖哉!?」

「どうした、勇者!! 敵か!?」


 私もジョンデも身構えるが、辺りは寂れた風景が広がり、閑散としている。聖哉は何事も無かったように立ち上がる。


「な、何で急に転がったの!?」

「……敵襲に備え、念の為、転がっておいた」


 ジョンデが鼻をヒクヒクとさせていた。


「敵襲があってから転がってくれよ!!」

「そうよ!! 何も無いのに転がったらビックリするでしょ!!」

「ま、まぁまぁ。とにかく無事だったんですし……」


 キリコが私達をなだめる。聖哉は体に付いた土を手で払う。


「それでは警戒しつつ、村へと向かう。……ケイブ・アロング移動式洞窟


 地中へと潜り、私達は洞窟の中をそろりそろりと歩み出した。



 ……地上の安全を確保した後、聖哉はケイブ・アロングを解除。浮上した後は、林立する樹木の陰から様子を窺う。


 遠くの方では水晶玉で見たように、仮面を被った悪魔神官達が魔法陣の周りを練り歩いていた。聖哉が鋭い目を向ける。


「あれが何かの召喚儀式ならば、変なものを呼ばれる前に片を付けねばならん」

「た、確かにそうね!」

「幸い、一匹は離れたところにいる。情報はアイツから収集するとして、あの魔法陣の周りの奴らは一網打尽にしても問題は無いだろう」


 聖哉は自らの眼前に手をかざし、呟く。


ジョブチェンジ職業転換。『愉快な笛吹き兼、土魔法使い』へ……」


 途端、聖哉のヴィジュアルが道化師のような格好に変わる! おおっ! 何だか懐かしいわね、この姿!


 何日も地中に潜って獣人達を倒した記憶が蘇った。あの時は鬱になりそうだったが、今となってはちょっとした思い出だ。


 だが聖哉が胸元から『ずるり』と取り出した物は、あの懐かしい吹き矢ではなかった。


「そ、それ、何なの!?」


 直径一メートルはあろうかという長い筒を見て驚く……って、一体どこに仕舞ってたのよ、そんなもの!


「『プラチナム吹き矢・ver大筒』だ。今からバースト・エア圧縮空土砲で悪魔神官達を一掃する」


 聖哉はまるで棍棒のような太さのプラチナム吹き矢を地面に下ろした。すると、掃除機のように土が射出口に吸い込まれる。そして聖哉は恵方巻きに齧り付くような感じで端っこをくわえた。


 途端『ぼんっ!!』と爆音! 同時に吹き矢の先でも轟音が響く! 見れば巨大な火炎と黒煙が渦巻いている!


 煙が晴れた後、無惨にも体がバラバラになった悪魔神官達を見て、私は叫ぶ。


「いや、どんだけ威力上がってんの!?」


 ロケット弾が着弾したかのような光景を見て、驚愕する。つーか、もう笛でもないし、吹き矢でもないじゃん!


「一応、全滅したようだが……ちゃんと死んだか確認しよう」

「それより、聖哉! 今の爆発で残った一人も逃げちゃったんじゃない?」

「大丈夫だ。既に土蛇が確保している」


 聖哉が指を鳴らすと、一際大きい土蛇に引きずられるようにして一人の悪魔神官が魔法陣の近くまで連れてこられた。よく見ると体は大小、様々な土蛇でグルグル巻きにされている。


 まず聖哉は火の魔法剣士に職業転換し、遠くからマキシマム・インフェルノで死体を魔法陣ごと焼き払い、その後、地下に落とした。そうしてから、充分な距離を取ったまま、生き残った悪魔神官に尋ねる。


「お前達は此処で一体何をしていた?」


 だが返事はない。それも当然。十メートル以上離れているので、聖哉の声が届いているのかどうかすら分からない。


「お、おい勇者! 何でこんなに離れているんだよ?」

「追い詰められた奴が何かしてくる可能性がある。あまり近付くと危険だ」

「だからって、此処じゃあ相手の声が聞こえないだろ!」

「ならば土蛇マイクを使う」


 聖哉はマイクを通し、悪魔神官に再度、同じ質問をした。


「貴様らには関係ない……!」


 私達の足下にある土蛇がそう言った。どうやらこの土蛇は離れている悪魔神官の声を伝達しているようだ。


「正直に言え。でないと、土蛇がお前を絞め殺すぞ」


 聖哉が脅すが、悪魔神官はケタケタと笑った。


「構うものか! どうせお前達も死ぬ! アルテマイオス様は無敵になられるのだ! もはや誰にも止めることは出来ん! けけけけけけ……!」

「む……」


 聖哉が急に地面を足で思い切り踏んだ! 突如、私達の周りに岩壁が現れる! それと同時に轟音と振動が私の体を揺らした!


「な、な、何が起こったの!?」

「奴が自爆した。思った通りだ」

「流石、聖哉さん! 離れていて大正解だったんですね!」

 

 キリコが感嘆し、ジョンデが唸る。聖哉は、したり顔でそんなジョンデを一瞥してから、キリコに視線を移す。


「キリコ。こんなことわざがある。『窮鼠、突然自爆する』――覚えておけ」

「はいっ!」


『窮鼠猫を噛む』じゃなかったっけ。いやまぁ別にいいけど……実際、助かった訳だし……。


「それにしても結局、何の儀式か分からなかったわね」


 私がそうぼやいた時だった。


『奴らは……邪神への祈りを捧げていたのじゃ……』


 しわがれた声が聞こえた。


「ん? ジョンデ、今、何か言った?」

「いや! 俺じゃない!」

「おじいちゃんみたいな声が聞こえたわ。聖哉はあんな声じゃないし、アンタでしょ?」

「俺だって、おじいちゃんみたいな声じゃねえよ! だ、だが……確かに俺の頭の中にも声が響いたぞ!」

「わ、私にも聞こえました!」


 すると再度、声がした。


『ワシはかつてこの村に住んでおったイメルという者じゃ。いや、意識のみの存在となった今では【かつてイメルであった】と言った方がいいかも知れんがのう……』


 えっ!! じゃあ賢者の亡霊!? 死んでなお、勇者が村に来るのを待ち望んでいたとでもいうの!?


 魔王が勇者を殺し、邪神の力を得た後、村は襲われて賢者達は惨殺された。もし一年前に聖哉がこの村に立ち寄っていたら、こんなことにはならなかった筈だ。


 ――き、きっと聖哉のこと、恨んでるわよね?


 私は心配するが、聖哉は何食わぬ顔でその声の主――イメルに告げる。


「敵が村に近付く気配を察知出来なかったのか。賢者とはいえ、さほど賢くはないようだな」

「聖哉!?」


 するとイメルの霊は乾いた声で笑った。


『未来は分からないものじゃ。自分の運命となると特に、のう』

「お前が本当に賢者の亡霊だとして、俺に話し掛けてきた目的は何だ?」

『あの時、伝えられなかったことを伝える為じゃ……』


 少しの間をおいて、イメルの厳かな声が私達の頭に響く。


『魔王アルテマイオスは命を二つ持っておる』

「そんなことは、とうに知っている」


 聖哉が呆れたような声を出す。そのことは、イシスター様に水晶玉で過去の魔王戦を見せて貰った私達には周知の事実だった。聖哉が重ねて言う。


「邪神の加護を得て、更に力を蓄えている魔王は、現況二つどころではない命を持っていることも想定される」

『う、うむ。確かにその通りじゃ』

「お前が俺に伝えたかったことはそれだけなのか?」

『いや……本来ならこの賢者の村に伝わる奥義【ドレイン・チャージムーブ吸収動力解放】を授けたかった。しかし残念ながら、それを教えることが出来る賢者は、もう殺されてしまったのじゃ……』

「問題ない。その技なら既に会得している」

『何と……!』


 賢者イメルの声が驚嘆に満ちた。


『そ、それが本当なら……勇者よ! そなたは時空を超越されておる! 邪神の加護を受けた魔王アルテマイオスですら打ち破れるかも知れん……!』

「勿論ですよ! 魔王は私達が今度こそ必ず倒します! ねっ、聖哉!」


『当然だ』と断言すると思った。しかし、聖哉は難しい顔でイメルに尋ねる。


「お前に一つ聞いておこう。アルテマイオスを倒す以外に世界を救う方法が存在すると思うか?」


 あれ……? 聖哉……?


『イクスフォリアを救うには魔王を倒す他、ないじゃろう』

「そうか」


 ど、どうしてそんな当然のことを? ひょっとして聖哉……魔王に勝つ自信がないの?


『もしも……もしもアルテマイオスを倒せたなら、そなたは真実の勇者となるじゃろう。その時はもう一度、此処を尋ねて来て欲しい……』


 イメルの霊は聖哉に未だ語りかけている。だが……足音。振り向くと、聖哉が無言でこの場から立ち去ろうとしていた。


「ちょ、ちょっと!? 待ってよ、聖哉!!」


 私もジョンデも慌てるが、


「……此処にもう用はない」


 ぼそりと呟き、歩みを続ける。私は聖哉の後を追いながら、ごくりと生唾を呑み込んだ。


 ――な、何よ、この息が詰まるような聖哉の雰囲気は!? もしかして……このまま魔王城に!?


 最終決戦の予感に私の心臓は激しく鼓動するのだった。

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