第百四十六章 ナカシ村跡地へ

 三日目。


 それなりに透明化を維持出来るようになった私とセルセウスはウノ邸でくつろいでいた。ロザリーもコツを掴んだようで、今はスラウリの指示通り、泉でなく部屋で静かに瞑想している。ちなみにセルセウスはもう安心しているのか、台所でケーキを作っているようだ。


「短期間で透明化を会得されるとは。流石はリスタ様ですね」


 リビングでウノが淹れてくれた紅茶を飲みながら私は照れ笑う。


「まぁ何とかね。いやー、スラウリの奴、最初はホント、とんでもないクソジジイだと思ったけど」

「それでも皆様方に透明化オーラを授けたのでしょう?」

「うん」


 ウノは少し神妙な顔で持っていたティーカップをテーブルに置いた。


「冥界の者が与えられるオーラの量には限度があるのです。おそらくスラウリは生涯もう誰にも透明化を付与することは出来ないでしょう」

「えっ!! そうなの!?」


 ウノの話を聞いて吃驚する。スラウリってば、そんな大切なオーラを私達に与えてくれたんだ!


「あ、リスタ様、どちらへ?」

「スラウリの所! 聖哉の修行がどうなってるのかも知りたいし!」


 早足で森を抜けて冥界の泉に辿り着く。ほとりでは最初出会った時のようにスラウリが水面に静かに釣り糸を垂らしていた。私に気付くと向こうから話し掛けてくる。


「勇者ならもう此処にはおらんよ。『戻って合成をやる』と言っておった」

「そっか。じゃあ行き違いかも。あれ……ってことは、」

「うむ。遂に高度な透明化技術を身に付けよった。たいした奴じゃわい」


 その透明化のことは聖哉が私達には言わないようにスラウリに告げている。聖哉なりの思惑があるようだし、私も深くは追求しなかった。ただゆっくりとスラウリの隣に腰を下ろす。


「えーと、その……ありがとうね」

「何じゃ。改まって」

「一応、お礼を。だって透明化って限られた者にしか教えられないんでしょ?」

「ウノ=ポルタに聞いたか」


 スラウリは「ヒヒッ」と口元を歪めて含み笑った。


「構わんよ。神とその勇者の役に立てるのなら。冥界と神界は需要と供給で成り立っておるのじゃからの」


 確か冥王も以前、そんなことを言っていたような気がする。ってか最近、六道宮に行ってないわね。たいして用も無い訳だけど。


 私は静かな水面を眺めながら独りごちるように言う。


「冥界って変わったところだけど、実は案外良い人が多いのよね」

「ウノもドゥエも良い奴じゃ。冥界の者の大半は心の底からお主らの力になりたいと思うておるよ」


 オーラ付与の量が限られているなら、今まで聖哉に技を教えてくれた冥界の者達も、もう誰にも自分の技を授けられないということだ。いつか会ってお礼を言わなくちゃ……そんな風に思っていると、スラウリは申し訳なさそうな表情で頭を掻いた。


「じゃが、本能に近い部分でワシらはワシらの役割を全うせねばならん。それは冥界の者の常識であり、それでいて神や人間には非常識となる。それでも昼の後には必ず夜が来るようにそうするしかない。ワシらはそういう風に出来ておる」

「はぁ……」


 な、何言ってるんだろ。難しくてよく分かんない。でも確かに冥界の者ってHPのことになると本性をさらけ出したりするもんね。きっとそのことを言ってるんだよね?


「むむ。きたか」


 スラウリは水面を見据える。竿がしなっているようだ。


「夕飯が釣れたわい」


 しばらくの格闘の後、グロテスクな冥界の魚をつり上げて、スラウリは喜んでいた。


 ――フフッ。こうしてると可愛いおじいちゃんね。


「じゃあスラウリ。私、行くね」

「うむ。達者での……ああ、そうじゃ」

「何?」

「今度来た時こそ透けたオッパイを見せてくれんか? この前はちゃんと見られんかったから次はちゃんとビーチクをクッキリハッキリ……って、おーい?」






 ウノ邸に戻り、何となくセルセウスの様子を見に行ってみた。台所ではセルセウスが楽しそうにボールをかき混ぜている。


「アンタはまたケーキ?」

「もう透明になれるしな。空いた時間を有効活用だ」

「だったら、剣の稽古でもしたら? 剣神なんだからさ」

「剣などもう時代遅れだ」


 急にセルセウスはケーキの材料の入ったボールを見せてきた。


「俺にも策がある。これが冒険の役に立つかも知れんぞ」

「非常食ってこと? ケーキなんて日持ちしなさそうだけど?」

「戦うばかりが脳じゃないってことだよ」


 セルセウスはそう言って不敵に笑う。 


「それにどうせ出発はまだ先だろうしな。聖哉さんは完璧でも俺らが敵にバレたら同じな訳だろ? きっと『最終チェックだ』とかって追加で修行させられるんだよ。今のうちに楽しんでおかなきゃ」


 そうしてセルセウスはケーキ作りに集中し始めた。確かに思い返してみれば、以前、変化の術を習った後も、私は入念に魚人の真似をさせられた。セルセウスの言う通り、今回も出発前に厳しい審査があるのかも知れない。わ、私も今のうちにやりたいことやっておこうかしら……!


 その後、セルセウスの作ったケーキをウノ達と一緒にリビングで食べていると、聖哉がこちらに歩んできた。


「翌日には出発する。準備しておけ」

「「あれえ!?」」


 セルセウスと一緒に素っ頓狂な声を上げてしまう。


「何を驚いている? お前達も、もう透明化をマスターしたのだろう?」

「で、でも聖哉、私達の練習見てもいないし! そんな適当な感じでいいの? チェックは?」

「今回は省く。お前達神はたとえ姿がバレても敵がチェイン・ディストラクションを持っていなければ、さほど危険はないからな。それに今までの経験上、しつこく指示したところで上手くいった試しはない。お前達の失敗は既に想定済み。その点は安心しろ」

「あ、はい。そうですか……」


 いや全然、信用ねえな! まぁ元はと言えば私のせいなのかも知れないけど!


「けど、ロザリーは透明化出来るようになったのかなあ?」

「お前達がそれなりに出来るようになればオーケーだ」

「え……」

「アレは死のうが生きようが、どうでも良い」

「ま、またまたそんな! ねえ!」

「あ、ああ! はっはっは!」


 セルセウスと一緒に冗談っぽく笑う。だが、聖哉はロザリーのいる二階の部屋に視線を投げていた。その目を見て、ぞくりとする。普段、私とセルセウスに向ける目が温かく思える程に冷えきっていたからだ。聖哉は捻曲世界のロザリーを女としてはもちろん、人間としてさえ見ていないようである。


 ――何か一波乱ありそうな予感が……! で、でも今回は情報収集! 敵地に攻め込む訳じゃあないもんね! うん!


 そうは思えど気になった私はしばらくした後、一人でロザリーの部屋に行ってみた。


「ねえ、ロザリー。入って良い?」


 ノックすると「どうぞ」と返事が返ってくる。扉を開けて部屋に入るが、


「あれ?」


 ロザリーの姿は何処にもない。


「……どうにか私もマスター出来たようです」


 私の傍から急にロザリーの声が! そしてロザリーの姿が何もない空間から現れる!


「透明化出来たんだ! 良かったね、ロザリー!」


 私が喜んで手を握るとロザリーも少しはにかんだような笑顔を見せた。


「これで皆様のお役に立てるだろうか?」

「ええ、バッチリよ、バッチリ!」

「勇者様は喜んでくださるだろうか?」

「うん! きっと喜ぶわ!」

「ほ、ホントっ!? 勇者様の足手まといになったら私、どうしようかって!! 良かった!! ああ、良かったあ……っ!!」

 

 普段の硬い言葉遣いを忘れて、少女のように頰を染めて喜んでいる。一つの心配は解決したが、新たな心配が脳裏を過ぎった。


「あ、あのさロザリー。あんまり、聖哉に入れ込んじゃあダメだからね?」

「はっ!? わ、分かっています!! べっ、別に私は勇者様に特別な感情など、あの、全く持って抱いておりません!! ただこよなく尊敬しているだけであってですね!!」

 

 !? わかりやすっ!!


「そ、そっか。じゃあ明日は出発だから準備をしておいてね……」


 あわてふためくロザリーにそう告げて私は部屋を出た。


 ――はぁ……。聖哉とロザリー、気持ちのベクトルが完全に真逆だわ。面倒なことにならなきゃいいけど。






 翌日。


 集合場所のウノ邸庭園で聖哉は大量の荷物をセルセウスに持たせていた。


「それで聖哉。まずは何処に行くの?」

「うむ。最初はイグルの町に戻り、そこからロザリーの移動魔法陣を用いて、神竜王が育ったというナカシ村へ赴く」


 ロザリーがおずおずと聖哉に申し出る。


「勇者様。ナカシ村にはもう住んでいる者などいないと思われますが……?」

「分かっている。そこでリスタ、お前の出番だ」

「私?」

「村でマッシュの私物を見つける。そしてそこからお前の力で残留思念を読み取るのだ」

「じゃあ聖哉さん、リスタの能力をそこで使うつもりだったんすね!」


 ――せ、聖哉が私の能力をあてにして……!?


「まぁ実際、リスタにそんな能力が無かったとしても、俺が鑑定スキルを発動すればそれなりの情報は得られるからな」

「あ、あるよ、能力! 私、頑張って情報読み取るから!」


 私は張り切っていたのだが、見送りに来ていたウノが神妙な顔で傍に近寄ってくる。


「リスタ様。下界で魔神化するなら注意して頂きたいことが……」

「た、確か前もそんなこと言ってたよね……。まさか体に害が!?」

「いえ。そういう訳ではありません。ただ感情が不必要に高まり、暴発する怖れがあるのです」

「感情が暴発!?」 


 私は吃驚するが、セルセウスがはたを膝を打った。


「言われてみれば、俺もイグルの町で魔神化した時、ルシファに取り入ろうとする負の感情が急激に芽生えてしまった! そうか……あれはそういうことだったのか!」

「いやアンタの場合は逆よ! 先に取り入ろうとしてから魔神化したんでしょうが!」

「あ、そうだっけ。うん、そうだった。ごめん」

「とにかくアンタは黙ってて! ……じゃあウノちゃん。それ以外は問題ないのよね?」

「ええ。リスタ様が感情を平静に保てるようなら特に問題はありません」

「分かった! 気を付けるわ!」

「……リスタ。本当に大丈夫なのか?」

「感情のコントロールならスラウリとの修行でやったもの! 信頼してちょうだい!」


 そして私は聖哉に言われた通り、門をイグルの町に出した。私達には数日振りのイグル。だが冥界での時の流れは神界のように遅い。実際、あれから数時間も経ってはいない筈だ。


「ああ、勇者様……! 本来なら一刻も早くナカシ村に赴きたいだろうに、私のことを考え、町に戻ってくださるとは!」


 ロザリーはそう漏らしながら聖哉に感謝していた。


「おおっ! ロザリー様が戻られたぞ!」


 やがてロザリーのもとに集まって来た町の人達に、これまでの経過を大まかに伝え始める。私はそんなロザリーを眺めていた。


 ――うーん。聖哉がイグルに戻ったのは捻曲ゲアブランデで一番安全な場所だってだけなのよね、きっと。


 私の思惑は当たっていたらしい。聖哉が厳しい口調で言う。


「おい、ロザリー。そんなことより早く移動魔法陣の準備をしろ」

「す、すいません! 今すぐに!」


 これから先、勇者に同行する旨を村の者に簡単に伝えると、ロザリーは杖を使って魔法陣を地に描いた。流石に聖哉も今回は疑わず、魔方陣の中に入る。しかし、


「念の為、透明化してから行こう。セルセウス、リスタ。お前達もやれ」


 私達は透明化を発動。互いの姿は見えなくなった。空間からセルセウスの心配そうな声がする。


「けど聖哉さん。これだと互いの位置が分かんないっすよね」

「うむ。透明化の欠点だ。故にロザリーだけは透明化させず、案内役として先頭を歩いて貰う」

「かしこまりました!」


 ロザリーは笑顔で頷く。……まぁナカシ村は無人の廃墟らしいし、平気よね。


「それでは出発だ」


 眩い光が輝き、私達の体は魔法陣に吸い込まれるようにして消えたのだった。





 光が収まり、次に私が目にした光景は一面の倒壊した建物群だった。崩れた瓦礫の隙間からは雑草が生い茂っている。


「随分前に滅ぼされたんだろうなあ」


 セルセウスの声だけが響く。今、ロザリーを除く私達の姿は完全に消えている。声の方向にいるんだな、と分かる程度だ。


「数年前の竜人の侵攻でこの村も滅ぼされたのです」

「でも、此処はマッシュの故郷でしょ?」

「神竜王は自分を育ててくれた人間をも惨殺したと聞いています」

「そんな……!」


『俺だってナカシ村の勇者マッシュって呼ばれてたんだぞ!』


 不意に、元気に聖哉に啖呵を切ったマッシュの姿が思い出された。今でも私はあのマッシュがこんな外道をしたとは思えない。誰かに操られている……もしくは別人……そんな思いを拭い去れないでいた。


「マッシュの旧家を探したいのだが」

「神竜王は村長の家で育てられたと聞いております。村の中心に確か一番大きな建物の跡があった筈です」

「ならばロザリー。先に行って一度、調べてこい」

「はっ!」


 一人だけ姿の見えるロザリーは元気に駆けていった。セルセウスがぽつりと呟く。


「ロザリー、結構役に立ってるよな。移動魔法だってリスタの門より便利だし」

「い、一回行けば私の門だって記憶できるもん! 詠唱時間も少ないし、私の方がスピーディーなんだから!」


 そう言ってはみたが、どうせまた聖哉に「お前など使えん」と吐き捨てられるのだろうと思った。しかし、


「そうだな。総合的にはリスタの門の方が優秀だ」


 聖哉は意外にも私を褒めてきた。な、何で? 珍しっ!


「それで、この村へ門を出せるように記憶したか?」

「うん! もう大丈夫よ!」

「ロザリーが死ねば移動手段の確保が面倒だ。その時の為にしっかりと覚えておけ」

「え、縁起でもないこと言わないでよ……って、えええっ!?」


 不意に聖哉の声のする方から大量のサラマンダーが発生する! 空間から突如現れた数十匹の火トカゲは、素早い動きで村中に散らばっていった!


「今のは!?」

「民家をしらみつぶしに探索するならオートマティック・フェニックスよりこちらの方が都合が良い」


 ロザリーに確かめに行かせながら、聖哉は独自に調査をし始めたのだった。だがその矢先、ロザリーが走って戻ってくる。私達の姿が見えないのでキョロキョロしている。


「ロザリー。此処よ」

「あっ、女神様! それでは報告です! 村長宅の周りは安全! 朽ち果ててはおりますが、中には家具なども残っておりました!」

「ふむ。それでは向かうとしよう。ロザリー、先導しろ」

「はっ!」


 しかしロザリーが数歩、進んだ時、聖哉がぼそりと言う。


「いや……待て。火トカゲが町の北、礼拝堂跡に竜人を発見した」

「りゅ、竜人って!?」

「もう少し観察する」


 何もない空間から聖哉の声が返ってくる。先程、聖哉が放った火トカゲの目は聖哉の目とリンクしているのだろう。


「ふむ。見た感じ、そこらへんにいるトカゲ人間と変わらんな」


 しばらくしてから聖哉の声がした。ロザリーが驚いた表情を見せる。


「こんな廃墟に竜人が? わ、私が行って殺してきます! 勇者様達は先に村長の家に!」

「いや。まずはそいつの様子を見に行こう。捕らえた後、適当に痛めつけて拷問にでもかければ、私物から読み取る残留思念とは違った情報が得られるだろう」


「ご、拷問っすか!」と私の背後からセルセウスの声。私も驚いてごくりと生唾を飲み込んだ。と、とても勇者のやることとは思えないわ! でもこれも世界を救う為なのよね?


 透明化して安全だった筈のナカシ村廃墟での情報収集。だが、謎の竜人の出現でやにわにきな臭い雰囲気が高まってくるのであった。

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