第五十五章 向こう見ず

 門を抜けると、そこは薄暗い室内だった。木の板を張り合わせただけの壁と床、ガラスのない小窓がある。四、五人はくつろげる広さだが、床には所々、穴が開いており、テーブルや椅子など置かれてある家具もボロボロ。捨て去られた廃屋といった様相だ。


 本来なら、もっとよく観察したいところだが、その前にどうしても気になることがあった。


 私はルームウェアのままの勇者に尋ねる。


「ねえ、聖哉! さっき私のこと、『女神様』って呼んだわよね? それに『レディ・パーフェクトリー』じゃなく、『ガナビー・オーケー』って言ったよね?」


 それはイシスター様に水晶玉で見せて貰った、過去の聖哉の口癖だった。心の中で不安が徐々に渦巻いていく。


「まさかとは思うけど……私のこと、覚えてるよね?」

「アンタは俺の担当の女神様。そして俺はこの世界イクスフォリアを救う為に召喚された勇者――そうだろう?」

「そ、そうだけど……名前! 私の名前は? 言える?」

「確か……『味噌タルト』だったな?」

「!? リスタルテだよ!! 何だ、味噌タルトって!! そ、それじゃあゲアブランデのことは!?」

「ゲアブランデ? それは全く聞いたことがない」


 目的は忘れていない! 私のことも女神と認識している! だ、だけど……これは……!


 本人に聞いても分かりそうにないので、私は能力透視を発動、聖哉のステータスを見る。



 竜宮院聖哉りゅうぐういん せいや

 Lv51

 HP90854/145683……



 ――体力がずいぶん減ってる! やっぱり狼男の攻撃が効いてたんだ!

 

 しかし、私が目を見張ったのは体力の下にあった見慣れない文章だった。




 《状態:大混乱》




 だ、だ、だ、『大混乱』!? そうか!! だから記憶喪失に加えて、意識が混濁してるんだ!!


 決定的だったのは、ステータス最後の『性格』だった。今まで『ありえないくらい慎重』と記されていた例の箇所は、




 性格 とっても向こう見ず


 


 ……に変化していた。


 くらりと目眩がした。無論、思い当たるのは狼男の捨て台詞。奴は『爪痕を残した』と言っていた。つまりこれはこういうことだったのだ。勇者を状態異常に持ち込み、その戦力を削いだ――ってか、こんな状態異常、初めて見たけど!? もし治癒の力を使えたとしても治せるかどうかわからない!! ああ、もう一体どうしたら!? せっかくイシスター様が記憶をそのままにしてくれて、聖哉とラブラブ状態だったのに……!!


 不意に聖哉の愛情度が気になって、私は恋の鑑定スキルも発動してみる。




 ★リスタのドキドキ恋鑑定★

 ◎彼とアナタの愛情度は? 『40点』 

 ◎彼にとってアナタは? 『可もなく不可もなし』

 ◎一言アドバイス! 『うーん。今はアナタのことは眼中にないみたい。記憶が戻ればいいのだけれど……』




「!? 愛情度が暴落してる!! そして、可もなく不可もないっ!!」


 叫ぶと聖哉が訝しげに私を見た。


「おい。アンタは何を言っている?」

「い、いえ……こっちの話よ。気にしなくて大丈夫……」


 そ、そう、そう! 大丈夫、大丈夫! こんなの混乱が治まれば、元に戻るって! 何てことないわ、うん! とにかくこうなったら一旦、退却よ! 神界に戻ってイシスター様に回復方法を聞くことにしましょう!


 私は聖哉の手を握る。


「聖哉!! 一度、統一神界に戻るわよ!!」

「何故だ? 今、来たばかりだろう」

「いいから、ホラ!!」

「意味が分からん」


 来た時とは反対に、私は渋る聖哉の手をグイグイと引く。そして神界への門を再度開き、足を踏み入れた、その刹那、


『ガンッ!!』


 おでこに強烈な衝撃!!


「痛ったあああああいっ!?」


 頭を押さえて叫んだ私の目前にはコンクリートで出来たような白い壁があった。


「な、何よ、コレ!? どうして門の中に壁があるの!?」


 何かの間違いだろうと、もう一度、門を消した後、出現させるも、やはりそこには壁があった。


「こ、これじゃあ帰れないじゃない!! 来られたのに戻れないなんて、そんなバカなことってある!?」


 意味不明な状態! だ、だけど、こんな時こそ鑑定スキルよ! 


 白い壁を凝視すると、視界に文面が現れる。



『次元を妨げる壁――邪悪なる者の魔力が発動しているわ。魔力を発している術者を倒すか、これを発生させている魔導具を破壊しない限り、壁は消えないようね』



 カスタマイズしたので、口語口調で鑑定スキルは私にそう語りかけていた。事実を知って、私は凍り付く。


「う、嘘……!! 統一神界に戻れないの!? ってことは、こんな状態でイクスフォリア攻略を進めなきゃならないの!?」


 魂が抜けたように立ち尽くす私とは裏腹に、聖哉は窓際で大きく手招きしていた。


「おい、女神様。こっちに来て、アレを見てみろ」


 愕然としつつも、言われるままに軋む床を惰性的に歩き、ぽっかり開いた窓の外を見た。


 視界に入ったのは紫色の空、倒壊した建物。鼻腔をつくのは淀んだ空気。ガルバノは冒険の始まりの町とは思えぬ荒廃した状態だった。そして――私は大きく目を開く。やや離れた場所で、町を闊歩かっぽするのは二体の獣人! 一体は犬のような顔をしており、またもう片方は猫の顔をしている! 更に彼らの手に握られた鎖の先には、四つんばいで歩く裸の人間が!


「な、何なのよ、アレは……!」


 それは普通の世界とは逆の光景! 獣が鎖で人間を繋ぎ、ペットのように引き連れている!


 とにもかくにも、此処に来て初めて出会ったイクスフォリアのモンスターである。私は二体の獣人に見つからないよう気を付けながら、能力透視を発動してみた。




 獣人(犬型)

 Lv35

 HP56274 MP0

 攻撃力28754 防御力27895……



 獣人(猫型)

 Lv37

 HP58887 MP0

 攻撃力30008 防御力29574……




「――え!」


 想像以上の能力値に心臓が大きく跳ねた。


 そ、そっか!! コイツらって、幹部クラスなのね!? いきなりサブボス的な奴らを見つけちゃったんだわ!!


 しかし、


「よお。今日も小汚いペット、連れてんな」

「うるせえにゃ。テメーの家で飼ってる、みすぼらしいのよりはマシにゃ」

「つーか、お前らどっちも餌、ちゃんとやってんのかよ。ガリガリじゃねーか。死んじまうぜ」


 他にも鳥のような顔、猪のような顔、人語を解する獣人が続々と路上に集まってくる! 更に、この一団から離れた場所にもグループを作り、話している獣人達が! そして、そのどれもがハイレベル! HPは五万前後、攻撃力三万以上が、わらわらと存在している!!


「ち、違う……!! この世界じゃ、ザコ敵で、このステータスなんだ……!!」

 

 しかも、その数! 気付かれないようにして辺りを窺っただけでも、数十人! きっと町全体では何百人もの獣人が住んでいるに違いない!


「な、何て恐ろしい世界なの……!!」


 体が震え出し、すがるように聖哉に視線を向ける……が、そこに勇者はいない。


「……は!?」


 聖哉は小屋の扉に手を掛けていた。ビックリ仰天して私は叫ぶ。


「いやちょっとアンタ、何やってんのォ!?」

 

 平然と聖哉は私に言う。


「無論、戦いに行くのだ。人間が鎖で繋がれ、ペット扱いされるのを黙って見ていられるか。あの化物共、一網打尽にしてくれる」

「だってアンタ今、素手で部屋着だよ!?」

「素手で部屋着の何が悪い?」

「悪いよ!! 就寝前じゃないんだよ!? 難度SSなんだよ!? 装備も無くて、あんなハイスペックな大群と戦える訳ないじゃんか!!」


 扉から引っぺがすようにして聖哉を部屋の中央に戻す。


「とにかく落ち着いて!! 今、アナタは重傷なの!! 混乱が収まるまでは、じっとしていて!!」

「俺は元気だ。混乱などしていない」

「私の名前も覚えてなかったじゃないの!!」

「もう覚えた。『お酢タルテさん』だろう?」

「リスタルテだよ!! 全然、覚えてねえじゃねーかよ!!」


 言葉を荒げると同時に酷い頭痛がした。側頭部を押さえながら、首を横に振る。


「……いい、聖哉? 狼男にやられて、今、アナタは万全じゃないの。記憶障害に加え、十四万あった体力も九万まで落ちてるわ。治してあげたいけど、私の治癒能力は今回使えない。だから、ね? 此処でしばらく休息しましょう?」

「体力がこれだけあれば充分だと思うが……やれやれ。随分と慎重な女神様だな」


 ぐっ!? な、何だか聖哉に言われるとムカつくわね!!


 それでも、とりあえずは出て行くのを諦めてくれたようだ。その後も聖哉は忙しない様子で窓から外を眺めていた。

 

「ね、ねえ。様子を窺うなら、もうちょっとコッソリ見て欲しいんだけど。あんまり身を乗り出すと見つかっちゃうかも知れないじゃない……」


 向こう見ずな勇者にハラハラしていると、やがて何かを見つけたようで顔色を変える。


「む。新たな獣人が現れたぞ」

「ええっ?」


 私も窓に近付き、そろりと様子を窺う。


 聖哉の言う通り、先程、裸の人間をペットのように連れていた集団の前に、巨大な獣人が腕を組んで仁王立ちしていた。


 他の奴の二倍はあるだろう、でっぷりとした体躯。醜悪な豚の顔。巨大なオークは他の無装備の獣人達と違い、鋼の胸当てを身に付けていた。体が動く度、背中に斧のような武器を背負っているのも見える。


 明らかに他の獣人とは違う威容のオークが、犬顔、猫顔の獣人を睨め付ける。


「何してんだあ、お前ら。奴隷を大切にせんかあ。可哀想に、見ろ。ガリガリに痩せ細ってるじゃあないかあ。餌、ちゃんとやってんのかあ?」


 オークの間延びした声に、犬、猫の獣人は顔を見合わせた後、頭を下げる。


「す、すみません、ブノゲオス様」

「どのくらいの頻度で餌やってんだあ?」

「お、俺のは一日、一食だけ……」

「私も夜に一回だけにゃ……」

「バカか、お前らはあ。餌は一日三回きっちりやるんだあ。それにたまには風呂にも入れてやれえ。良い奴隷を作るのが魔王様に召し使った我らの勤めなんだからなあ」


 見かけによらず、他の獣人よりも人間を気に掛けているようだ。周りの獣人達の敬うような態度から、モンスターとしての位は高そうだが、それでも、たかだかオーク。きっと他の獣人に毛が生えた程度の能力値だろう――そんな風に何気に能力透視を発動した私は言葉を失った。


 


 獣魔ブノゲオス

 Lv67

 HP338547 MP0

 攻撃力300019 防御力258344 素早さ77777 魔力794 成長度674

 耐性 火・水・雷・氷・土・光・闇・毒・麻痺・即死・眠り・状態異常

 特殊スキル 邪神の加護(LvMAX) 全属性魔法軽減(LvMAX)

 特技 ゴッド・チョッパー神裂戦斧

    バキューム・シュレッダ吸引噛砕

 性格 短気




 ……こ、こ、こんなことって!! 聖哉が何とか勝った魔人化した戦帝と同程度のステータス!? それに加えて『全属性魔法軽減』!? これじゃあ魔法によるダメージも期待出来ない!! あ、ありえないわ!! この世界はゲアブランデの比じゃあない!! 何もかもが狂ってる!!


 犬、猫獣人に連れられていた裸の人間は成年と思しき男女で、アバラが出て、薄汚れ、乞食のような体つきだった。二人共、よほど酷い待遇を受けていたのだろう。目の前に現れた優しい獣人に対し、女は涙を流し、そして、男はすがりついた。


「ああ、ブノゲオス様! ありがとうございます、ありがとうございます!」


 豚の獣人ブノゲオスの足下に触れ、感謝を述べる裸の男。途端、ブノゲオスの顔が曇った。


「……触ったなあ」

「え?」

「……お前……触ったなあ」


 途端、ブノゲオスは牙を剥いて、大声を出す!


「汚い人間があああああ!! 糞の付いたような手で、このブノゲオス様の高貴なる体に触れたなああああああ!!」


「ひいっ!」と叫び、手を離すが、既にブノゲオスは背中にあった大斧を抜いて上段に構えている! そして、禍々しい大斧より発しているのは漆黒のオーラ!


「あ、あれは、チェイン・ディストラクション!! アイツも私と聖哉の魂を破壊する武器を持っているというの!?」


 おののく私! そして窓の外では哀れに懇願する奴隷!


「お許しを! お許しを!」


 だが激怒の為、顔を紅潮させたブノゲオスの耳には全く届いていない! 無慈悲に斧を振り落とすと、男の全身は鮮血を撒き散らし、真っ二つに分離した!


 奴隷の女が、


「きゃああああああああああああ!!」


 大きく叫び、主人である猫顔の獣人の足下に隠れた。


 女の叫び声で正気に戻ったのか、ブノゲオスは、ばつが悪い顔をした。


「あーあ。また殺しちまったなあ。まぁ、いいや。他にも奴隷は腐る程いるんだからなあ」




 ……今、私の隣では、窓の外で起こった恐るべき状況に体を震わせ、怒りを露わにしている者がいた。


「何て奴だ。絶対に許せん」


 勇者である。普段、平淡な顔を怒りに歪め、聖哉は扉に向かおうとしていた。


「せ、聖哉!? 落ち着いて!! アナタらしくもない!!」

「人が目の前で殺された。これがじっとしていられるか」

「だからって!! 今、行っても無駄死によ!! アイツのステータスはアナタを軽く上回っているのよ!?」

「大丈夫。いける」

「一体、何を根拠に!? ステータスを見てよ!! きっと得意の火炎魔法も、たいして効かないわ!!」

「ステータスは見た。その上で、いけると踏んだのだ」

「……えっ」

「女神様。奴のステータスを見て、何か気付いたことはないか?」

「気付いたこと?」


 聖哉はいつものようにフンと鼻を鳴らす。


「いいか。注目すべきは奴の素早さだ」

「た、確かに攻撃力や防御力に比べれば、素早さが低い。そこに目を付けたのは悪くないわ。けど、それでもアナタの素早さは65000。奴には何もかも劣っているのよ?」

「違う。俺が言っているのは、そういうことではない」


 聖哉の目が鋭く尖った。私は静かに息を呑む。


 そ、そうよ! 聖哉はいつも私の考えの斜め上をいく戦略で強敵を倒してきた! 向こう見ずになったからといって、それは健在なのかも知れない!


「教えて、聖哉!! 一体どんな戦略があるの!?」


 すると聖哉は自信ありげに口を開く。


「奴の素早さは77777。つまり7のゾロ目。そして、7は幸運を表す数字」

「……は?」

「これで分かったろう。……いける!」

「!? いや、何だ、そのくっだらねえ理由!? そんなんで勝てたら誰も苦労しねえわ!!」


『ラッキーナンバーだから勝てるんだ!』――小学校低学年のような理由付けに私は呆れるを通り越して、泣きそうになった。それでも向こう見ず勇者は扉へと向かう。


「とにかくあの豚は許せん。行って倒してくる」

「無理だって!! 絶対、死んじゃうってば!! いい!? アイツは、私やアナタの魂をも破壊する武器を持っているの!! 通常、勇者は死んでも元に世界に戻るだけ!! でもアイツに殺されたら、もう元の世界に帰れないかも知れないのよ!? それでもいいの!?」

「それがどうした。死など全く恐れるものか。人は生まれた以上、必ず死ぬ。ならば俺は前を向いて死のう。よし、決めた。此処が俺の死に場所だ」


 ――こ、これぞ蛮勇!! 無謀なる勇気!! い、一体どうやって止めたらいいの!?


 だがブノゲオスに奴隷を殺され、聖哉はヒートアップしていた。私が止めるのも聞かず、引き摺るように扉に向かおうとする。


「やめてってばあああああああ!!」


 どうにか腰にすがりつくが、全く止まらない。


 ああああああああ!? 何よコレ、もう最悪すぎる!! 今となっては、あのありえないくらいの慎重さが懐かしいわ!!


「もうホント、やめてえええええ!! お願いだよおおおおおおおお!!」


 にっちもさっちもいかない切羽詰まった状態で、大声で叫ぶと、目から涙が零れた。聖哉はそんな私を見て、少し心配そうな顔をした。

 

「どうした、女神様? 何故、泣いている?」

「だ、だって……ぐすっ……聖哉が全然言うこと……ひっく……聞いてくれないから……」


 すると聖哉は頭を掻いた。


「すまない。困らせてしまったな。少し慌てすぎたようだ」


 え……? せ、聖哉が……謝った?


 そして聖哉は冷静に戻った表情で、床に腰を下ろした。


 そ、そっか。向こう見ず聖哉は慎重聖哉と違って、デフォルト状態でも優しいところがあるんだ……。


 涙を手で拭っていると、聖哉は私に頭を下げた。


「悪かった。ここはアンタの言う通りにしよう」

「ん。分かってくれたなら、いいの。ありがとう……」

「許してくれ。トトカルチョさん」

「!? だからさっきからリスタルテだって言ってんだろ!! アンタそれ、わざと言ってんの!? ねえっ!?」


 泣いたり怒ったりして情緒が乱れた、まさにその時。『ガタガタガタ!』と、急に床から音が聞こえて、


「ひえええっ!?」


 私は大きく体を震わせる!


「な、な、な、何事!?」


 音は部屋の端から聞こえてきた! 見ると、部屋隅の床が押し上げられ、床下から薄汚れたボロをまとった何者かが這い出してくる!


「て、敵!?」


 聖哉が身構え、私はその背後に隠れる。しかし、ボロをまとった者は私達を見て、頭に被っていたフードを取った。そこには白髪の老人の顔があった。

 

「早く。こちらです」


 そして老人は今出てきたばかりの床の下を指さした。


「この中には恐ろしい獣人はいません。さぁ……早く」


 急かす老人。だが私は躊躇する。いきなり部屋の床から這い出して来た人物を、簡単に信用出来る筈がない。


 しかし聖哉はツカツカと部屋隅へと向かう。


「何と良い人だろう。すぐ行こう」

「ち、ちょっと聖哉!?」

 

 私は聖哉に耳打ちする。


「いくら何でも怪しくない!? あの人、床の下から出て来たんだよ!? ちょっとは疑ったら!?」

「床の下から這い出そうが、天井から飛び出そうが関係あるまい。人が人を信じなくてどうする?」

「いや、でも此処は難度SS世界だし、」

「大丈夫だ。見ろ、あの老人を。とても澄んだ目をしている」


 言われて、まじまじと老人を眺めれば、確かに邪悪な気配は全く感じない。いやむしろこれは……。


 躊躇う私に、老人はボロの胸元から十字架のペンダントを出した。


「心配ご無用。私はルーク。ガルバノの神父です。いや、神父だった、と言った方がよいでしょうな。町は今やご覧の有様ですから」


 そして神父は少し、口元を緩めた。


「数日前、微かな天啓を感じたのです。この荒廃した世界を救う者が現れるという……。そして事実、アナタ達は私達の地下住処へと通ずるこの廃屋に現れた……」


 こ、この廃屋の地下にそんな秘密の場所が!? でもそんな都合良く……って、そうか! イシスター様がこの廃屋に辿り着くように既に門を調整してくれてたんだ! そしてこの神父に啓示を与えていたんだわ!


 ルーク神父は、にこりと微笑み、手招きする。


「さぁ行きましょう。獣人の手を逃れた我らの地下集落――『希望の灯火リトルライト』へ」

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