第百五十五章 プロパガンダ

 聖哉が遠くで藁半紙に何かをメモっているのが滲んで見える。何があろうが常に平常運転。どうせまた戦略を練っているのだろう。


 私は泣きながらセルセウスと一緒にロザリーのお墓を作っていた。墓と言ってもセルセウスが大剣を叩き付けて地面を陥没させた後、埋めて土を整えるだけの簡易的なものだ。


「隣にケオス=マキナの墓も作ってあげようよ……ぐすっ」

「そうだな。その方がロザリーも喜ぶだろうな」


 意外にもセルセウスは文句を言わずに付き合ってくれた。この時ばかりはセルセウスの方がよっぽど聖哉より優しくて好感が持てた。


 ようやく涙は収まったが、泣きすぎたせいでシャックリが止まらない。こんなにガチ泣きしたのはいつ振りだろう。キリちゃんが死んだ時……いや聖哉が天獄門の代償で砕け散った時……私って泣いてばっかりね。そういや小さい頃も泣き虫だったっけ。


 手で土を整えながら、統一神界に生まれた頃に思いを馳せる。幼い頃の私は今よりずっと気弱で同時期に生まれた神々にいじめられていたことがあった。



「うっわあああああああああああああああん!!」


 大泣きして神殿に帰るとすぐにアリアが飛んでくる。


「どうしたの、リスタ!?」

「ひぐぅっ! みんなが私の治癒なんて何の役にも立たないって! あぐぅー! 擦り傷すら治せないって! それからあと鼻水すごいとか何とか! ぐじゅるるるるっ!」

「は、鼻水は何とかしましょうね……」


 アリアは私の顔をハンカチで優しく拭いてくれた。


「大丈夫よ。成長すれば治癒の神力も上がるわ。それにイシスター様のオーダーがあればもっと、」

「でもでも! みんなが言うの! 私なんか女神じゃないって!」


 せっかく拭いてくれたのに、またしても私は泣いてしまう。しばらく泣いた後、目を擦って顔を上げるとアリアが微笑んでいた。


「ねえリスタ。女神にとって一番大切なものって何だか分かる?」

「誰にも負けない強い神力……でしょ?」


 するとアリアは首をゆっくり横に振る。


「いいえ。違うわ。女神にとって一番大切なものはね……」






「おい、リスタ。とうに五分は経ったぞ」


 聖哉の声で私の意識は過去から現実へと引き戻される。


「も、もうちょっと待ってよ!」

「もし敵が襲って来たら厄介だ。急げ」

「マッシュはイグザシオンの反動で来られないんでしょ? 大丈夫だよ」

「たとえマッシュが来なくとも部下がいる。とにかく何があるか分からん。急げ」


 私とセルセウスはせっせと作業し、どうにか二人を埋葬した。息を切らしていると、聖哉がつまらなそうな顔で呟く。


「どうせやるなら遺体をイグルに運び、町の奴らに埋葬させれば良いものを」

「いいの! ケオス=マキナと一緒にさせてあげたかったんだから!」


 聖哉は溜め息を吐き出す。そして、その後は無言を保った。


「イグルへの門を出せばいいんでしょ! それより本当に冥界に戻らなくて良いのね?」

「今回は冥界で修行するまでもない。安全かつ確実に神竜王を倒す方法は既にある」


 聖哉が次戦に修行無しで臨むのは珍しい。確実にマッシュを倒せる、という自信があるらしいが……ロザリーのこともあって私はイヤな予感がしていた。





 

 町の広場に出た後、聖哉は真剣な顔で私を見詰めてくる。


「リスタ。捻曲世界に対する俺とお前の考え方が違うことは理解した。その上であえて言う。俺のやることに口出しをするな。それがこの捻れた世界を救う最短で最善の方法だ」


 泣き腫らした顔の私に向かって、聖哉は普段よりは優しげに声を掛けてきた。


「……わ、分かったよ」


 私が頷くと、聖哉はセルセウスに指示し、町中の人々を広場に集め始めた。その中には人魔連合の幹部だった者もいる。


「何だ何だ?」

「勇者様が報告があるそうよ」

「うん? ロザリー様がいらっしゃらないな」


 広場には女子供も含め、数百人もの町民が集まり、ざわざわとしていた。しかし聖哉が咳払いすると皆、水を打ったように静まり返る。聖哉は珍しく感情の籠もった振り絞るような声を出す。


「ロザリーが……竜王母戦で尊い命を散らした……」


 一瞬の沈黙後、


「そ、そんな!」

「ロザリー様が……!」

「噓だ!!」


 住民達は悲痛な叫び声を上げた。聖哉も手で目頭を押さえている。


 ――あれっ!? ひょっとしてロザリーを犠牲にしたこと、聖哉なりに反省して!?


「ロザリーは命を惜しまず、必死に竜王母と戦った。まさに戦帝の娘として相応しい最後だった」


 聖哉は歯を食い縛りながら、辛そうな顔を民に向けた。


「だがロザリーは死んだ。それは疑いようのない事実だ」


 中には泣き崩れる者もいた。気まずい沈黙が続く中、聖哉は静かに皆に語りかける。


「神竜王マッシュ=ドラゴナイトの力は強大だ。ロザリー亡き今、俺一人で神竜王には勝つことは出来ない。皆の協力が必要不可欠だ」


 !! へっ!? 聖哉が町の人達に協力を仰ぐなんて!!


 私もセルセウスも驚いて顔を見合わせる。その後、聖哉はハッキリと言う。


「この中に、ロザリーの意志を引き継いで俺と一緒に戦い、世界を救うという高き志のある者はいないだろうか?」


 勇者の演説に、集まっていた若者達がざわめき始める。


「せ、世界を救う……!」

「ロザリー様の意志を俺達が……!」


 突如、数人の若者が聖哉の前に躍り出る。


「俺を使ってください!! 命などいりません!!」

「ロザリー様の無念は僕が晴らします!!」

「そうか。うむうむ」


 聖哉は満足そうに頷いていた。そして民衆に向け、凛とした声を張り上げる。


「いいか。勇者は俺だけではない。命を恐れず神竜王に立ち向かう者――その全てが勇者なのだ」

「お、俺達が……!」

「勇者……!」


 男達から歓声が上がる! そして……沸き立つ民衆を前に私は心の底から戦慄していた!


 ち、違う! 反省なんて全然してない! 心にもないこと言って町の人達を煽動してるんだわ!


 私は我慢出来なくなって聖哉に駆け寄り、耳元で言う。


「まさか町の人達をマッシュと戦わせようってんじゃないよね!?」

「イグザシオンを持つマッシュとの直接戦闘は出来る限り避けねばならんからな」

「避けるって……じゃあ一体どうやってマッシュを倒すつもりなのよ?」

「まずはイグルの結界を解除し、マッシュを町中に招き寄せる。その後、結界を再発現し、部下の竜人達と隔離させるのだ」

「そ、そんなことしたらイグルの町の人達が犠牲に!」


 聖哉は「それがどうした」と言わんばかりの顔をしていた。


「俺が安全にマッシュを仕留めるに際し、ロザリーの代わりとなる壁役が必要だ。つまり多数の人民による『肉の壁』だ」

「!? そんなのド悪役のすることじゃない!!」

「幻の世界の幻の住民達だ。構うことはない。それにリスタ、言ったろう。俺のすることに口出しするんじゃない」

「だ、だってさぁっ!!」


 聖哉は私をスルーして再び民衆を見渡す。若者達は今や興奮冷めやらぬ顔で口々に語り合っていた。


「俺達が……勇者なんだ……!」

「世界を救う役に立てるんだ!」

「父のかたきの竜人をこの手で殺してやる!」


 聖哉の力ある言葉で人々は一種の高揚状態だった。だが無論、中には躊躇する者もいる。


「僕が勇者だなんてそんな……普通の人間が竜人相手に戦える訳がない……」


 聖哉は何処かで見たことのあるその気弱そうな若者に優しく語りかける。


「お前の名は?」

「ジェイミーです。以前はエドナの町で果物屋を営んでいました」

「ならばジェイミー。お前が勇者第一号だ」

「!! ぼ、僕がこの町で一番最初の……勇者!?」

「そうだ」


「おおおっ!」と町の人々がどよめく。皆の熱い視線を浴びて、先程まで気弱な感じだったジェイミーは顔を紅潮させ、息を荒くしていた。


「う、嬉しすぎるっ!!」

「よし。勇者ジェイミー。見事、神竜王を討ち取ってくれ」

「命に代えても頑張ります!!」


 更に聖哉は近くに集まった民衆に話し掛ける。


「お前の名は?」

「メルビンと申します!」

「よし。勇者二号」

「あ、ありがたき幸せ!」

「ぼ、僕はトニオです!」

「俺はジョーです!」

「うむ。勇者勇者」

「やったああああああああああ!!」

 

 こんな感じで聖哉はイグルの町の人を次々と勇者にしていった。しかし数十人を超えたところで小さな声でぼそりと呟く。


「……面倒臭くなってきたな」


 そして聖哉は一列にずらっと並んだ町の人を指さした。


「そこの右端から左端まで、みんな勇者だ」

 

 !? 勇者の大安売りをし始めた!! 適当すぎるでしょ!!


 驚きを通り越して呆れていると突如、男達を掻き分け、聖哉の前に飛び出した者がいた。おさげの女の子、ニーナは目に涙を浮かべている。


「わ、私も……私も亡くなったロザリー様の為に何か出来ることはありませんか!?」

「うむ。立派な心がけだ。無論、女にも出来ることがある」

「何なりとお命じくださいませ!!」

「ニーナ。お前にも勇者の力を与えよう」


 そして聖哉はニーナの体をぐっと抱き寄せるや、唇を重ねた……ってウオオオオオオオオオイ!?


 愕然とする私! 呆然とするニーナ!


「ゆ、ゆ、勇者……様?」

「今、お前は屈強な男にも劣らぬ強い力を得たのだ」


 恍惚として唇を押さえていたニーナは、ふと気付いたように呟く。


「ほ、本当だわ! 体の奥に何だか不思議な力が宿った気がします!」


 様子を見ていた男性達は口々に語り合う。


「せ、接吻のように見えたが……どうも違うらしい」

「バカが! 勇者様がそんなふしだらなことを為さるか! 聖なる力を分け与えられたのだ!」


 すると突然、多くの女性達が次々と聖哉に殺到した。


「勇者様! 私にもお力を!」

「アタイにも!」

「お願い、キスしてええええええええ!!」


 うら若き少女から中年の女性まで皆聖哉の前に一列していた。アイドルのサイン会のような行列を見ながら私とセルセウスは震えていた。


「ね、ねえ、セルセウス……! あのキスって……!」

「ああ、間違いねえ! インフェクト・ラヴァー感染致死呪だ!」

「せ、聖哉!! ちょっと!! ちょっとこっち来て!!」


 私達は聖哉を行列から連れ出し、詰問する。


「今のってロザリーにやった死のキスよね!?」

「無論、そうだが……ああ、心配はいらん。本番の仕込みをしているだけだ。発動は俺の合図があるまでは行われない」 

「そんな心配してないよ! そうじゃなくて、」

「では発現条件のことだな? 安心しろ。全ての感染者が、合わせて一つのインフェクト・ラヴァーとなるように放っている。つまり皆で頑張ってマッシュを計六十六回殴りまくれば発現する」

「だから、そういうことじゃなくて!」

「ふむ。普通の人間ではマッシュに近付くことさえ出来ないというのだろう? 大丈夫だ。全部は無理だが数人は透明化させる。無論、半数以上は近付く前に死ぬだろうが六十六回の攻撃を与え、マッシュを病気にさせる確率はゼロではない」


 私とセルセウスは言葉を失う。だ、ダメだ、この勇者……女の子まで肉壁にしようとしてる!! もう最低すぎ!!


 その後、不特定多数の女性達に口づけしまくる聖哉を見て、私は色んな意味で辟易していた。


 キスの行列が終わった後、病原体にされたことも知らない女性達は夢見心地で頰を赤らめていた。


「すごい! 力が湧き出てきたような気がするわ!!」

「私も!! 体の中に得も言われぬ何かが入ったような!!」


 ――いや、それ呪いの病原菌だから!!


 そう叫ぶ訳にもいかない。インフェクト・ラヴァーを女性達に施すと、聖哉は再度、民衆に向かい合った。


「皆、よく聞け。神竜王は途轍もなく強い。正直、多少の犠牲は出るだろう」


 勇者になって浮かれていた者もその言葉に静まり返る。だが突然、聖哉は私の背中をバンッと押した。


「ふえっ!?」


 民衆の視線がよろめく私に突き刺さる。えっ、えっ!! ちょっと何コレ!?


「だが、こちらには救世の女神がいる。我々には女神の加護があるのだ」


 聖哉が私を持ち上げると「おおー!」と民衆が声を上げた。聖哉は私を指し示しながら話し続ける。


「見ろ。偶像崇拝に等しき聖天使教などとは比べものならぬ、本当の女神の神々しき姿を」

「そ、そう言われてみれば何と美しい……!」

「まさに天上の女神様!!」


 ――ううっ……!


 戸惑っていると、更に聖哉はセルセウスも指さす。


「それに剣神の加護までおまけで付いてくるのだ」

「!! 俺、おまけっすか!?」


 セルセウスは叫ぶも民衆は高ぶっている。聖哉は更に言葉を続けた。


「二柱の神の加護ある我らに恐れるものはない。仮に戦いで死しても必ず天国に行くだろう。むしろ死んでから人生が始まるのだ」

「し、『死んでから人生が始まる』……? 意味は全く分からんが……何だかそんな気がしてきたぞ!」

「私も! 死ぬことなんか怖くなくなってきたわ!」


 私は溜まらず、セルセウスの耳元で囁く。


「な、何かヤバい宗教みたいになってきてない?」

「確かに! 聖哉さん、こうして聖天使教に対抗するつもりなのかも……!」


 洗脳された町の人々を前に聖哉は厳かに告げる。


「神竜王との聖戦は翌日決行する」


 ――えええええええ!! あ、明日っ!?


 セルセウスも驚いたようで聖哉に近寄り、ボソボソと尋ねる。


「あ、あの、えーと、聖哉さん。明日って早すぎないっすか? 町の人間を訓練とかしないんですか?」

「通常なら入念に施すところだが、いかんせん伸び代の無い烏合の衆だ。マッシュの前に立ちはだかり肉壁となってくれればそれで良い。数による混乱に乗じてマッシュを暗殺するのが最大の目的なのだからな。それに最悪、メテオ・ストライクで町ごとマッシュを潰すという手もある」


 とんでもないことをさらりと述べた後、冷たい目で民衆を一瞥する。


「ただこちらの命令通りに動く人形となるよう、隊列の組み方などの指示はしておかねばならんな」


 そう言って小一時間ほど住民に歩き方や並び方の練習をさせた後、聖哉は町の人々の前に立った。規律正しい整列を覚えた民衆に聖哉は声を上げる。


「よし。それではいっせいのでいくぞ。……さん、はい」


 指揮者のように合図をすると、民衆が揃って大声を出した。


「「「「「レディ・パーフェクトリー準備は完全に整いました!!」」」」」

「!? 決め台詞、町の人に言わせやがったああああああああああ!!」


 そんな私のツッコミすら、高ぶる民衆が巻き起こす熱狂の渦に掻き消されるのであった。

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