第四章 初めてのモンスター
武器と防具、それもかなり質の良い装備品を手に入れた私達は町を出て、草原地帯を歩いていた。無論、聖哉をモンスターと戦わせる為である。
「何もわざわざ……」と最初は渋っていた聖哉だったが、流石にニーナでも大丈夫と聞いて、プライドが許せなかったのだろう。その後は特に文句も言わず、黙って私の後を付いてきた。
そして、お目当てのソレはすぐに見つかった。
今、私達の目の前には水色のブヨブヨとした生物が、草場の陰でフルフル震えていた。
「聖哉、見て! アレがモンスターよ!」
「ほう。奇っ怪な生物だな。遺伝子操作か何かか?」
「魔物だよ! スライム! ゲームとかで見たことない?」
聖哉が首を横に振ったのを見て、私は少なからず驚いていた。
す、スライム知らないんだ……。そんな日本人いるのね……。
「いい、聖哉。スライムは人間を見ると飛びはねて攻撃してきたりするわ。当たると粘液が皮膚を溶かしたりするけど、すぐに振り払えば大した害はない。実際、大人なら棍棒で倒せる程、凄く弱いモンスターだから……って、えっ……?」
私は大きく目を見開いた。聖哉は鋼の剣を鞘から抜き、「コォォォォ」と静かに息を吐きだしていた。握っている鋼の剣が聖哉の呼吸に反応するように光を帯びる。辺りの空気が振動している。
「喰らえ……!
言うや、次の瞬間、聖哉はスライム目がけ、斬り付けた。
爆発にも似た轟音と衝撃波! 同時にスライムのいた地面が裂ける!
「ひぃええええええええ!?」
巻き起こった風圧で髪を乱しながら、私は聖哉に叫ぶ。
「ち、ちょっと! たかがスライム相手に、コレはやり過ぎ、」
だが聖哉は剣を持っていない方の左手を、先程まではスライムがいたけど現在は何も存在しない場所へ向けていた。
「まだだ……! まだ生きているかも知れん……!」
そして聖哉の左手が紅蓮の炎に包まれる。
「
途端、左手から発射された魔法の炎が、スライムがいたけど今は何もなくなった場所付近へと広がった。そして瞬時に一面の草原を焦土と化していく。
「だからスライムもういないってええええええ!!」
私は叫ぶが、聖哉は聞いていない。
「いや……まだだ……! まだ安心は出来ない……!」
そして再度、剣を構える。
ええっ!? 確か聖哉が今使える特技は二つの筈!! い、一体、何を!?
するとまたしても「コォォォォ」と呼吸音。そして剣が輝き、辺りの空気が振動し、
「
「!? もっかいアトミック・スプリットスラッシュいったああああああ!?」
再度、鳴り響く轟音。爆発。地響き。地割れ。私の金髪が強風でオールバックになった。
……しばらくして、私は隕石が落下したかのように陥没した地面に立っていた。
何事もなかったかのように、剣を鞘に収める勇者に私は大声で叫ぶ。
「ってかスライム一匹にどんだけ全力で攻撃するの!? 最初のアトミック何とかで既にスライム、粉微塵に粉砕されてたわよ!?」
「油断は禁物だ」
「限度があるわよ!! 聖哉!! アンタも能力透視のスキル持ってるわよね!? スライムのステータス見なかったの!?」
「一応、見た。攻撃力も防御力も一桁だったな」
「だったら、そんなモンスター相手にここまでしなくても、いいでしょうが!!」
「目で見える情報だけが全てだとは限るまい」
「!? いやもっと自分のスキルを信じようよ!!」
私は髪の毛を整えながら、大きく溜め息を吐いた。
「とにかく……これでちょっとは自信がついたでしょ? ね? アナタはものすごく強いのよ。だからさっさと次の町に向かいましょう。大女神様の情報では、そこにアナタの旅の仲間になる人物が待っているそうよ……」
聖哉の肩に手をやったその瞬間。『ぞくり』。急激に感じた邪悪な気配に全身が粟立った。
「な……何?」
振り返ると、女が私達の方にゆっくりと歩いてきていた。鴉のような漆黒の髪の女は、同じく黒く水着のような露出度の高い衣装に身を包み、片手に身の丈程もある大剣を軽々と持っていた。一瞥すると女戦士。だが彼女から立ち上る邪悪なオーラは彼女が人間でないことの証だった。
女は聖哉に妖艶な笑顔を見せた。
「凄まじい剣技だったわー。アナタがそうねー。きっとそうなのねー」
「あ、アナタ……何者なの?」
聖哉に代わって尋ねると女は両の口角を大きく上げた。
「他次元からいらっしゃった女神様に選ばれし勇者様。初めましてー。私、魔王軍直属四天王が一人、ケオス=マキナですわー」
女の口から出た驚愕の事実に私の体は震えた。
そ、そんな!! まさか!! 始まりの町付近にいきなり魔王軍直属の者がいるなんてありえない!! ちゃんと大女神イシスター様が安全な場所からスタートさせてくれた筈なのに!?
だが女から溢れる魔獣のような邪気が、彼女の言っていることが本当だと私に告げていた。
魔王軍直属四天王ケオス=マキナは私の焦燥を悟ったのか、クックッと含み笑いした。
「驚いたー? 我らが魔王様はね、勇者召喚の兆しを事前に感知していたのよー。流石にその正確な出現位置までは掴めなかったらしいけどねー。でもでもでもー、勇者召喚するなら初めは弱いモンスターの生息地を狙うでしょー? それでその辺りの村や町に当たりを付けて、見知らぬ者がやって来た形跡を調べ、そして此処に辿り着いたって訳よー」
楽しそうに嗤うケオス=マキナ。反して私は戦慄する。
さ、流石、難度Sの世界ゲアブランデ! 今までの世界のようなセオリーは通じないって訳ね!
「魔王様は随分と勇者を警戒なさっていたわー。私は、そこまで気にしなくても良いのではないかと思っていたのだけれどー。でもでもでもねー、こうして対峙してみて分かったわー。アナタってば恐ろしいまでの能力を秘めた勇者なのねー。いけない、いけない、いけない、いけない。コレは早めに片付けないといけないわー」
ケオス=マキナは赤い舌をチロリと出すと、大きな剣を後方に引いた。
ま、マズい!! 戦闘態勢を取った!!
私は身構えつつも、聖哉も持っているスキル『能力透視』で相手の実力を窺い……そして……絶望した。
ケオス=マキナ
Lv66
HP3877 MP108
攻撃力887 防御力845 素早さ951 魔力444
耐性 水・風
特殊スキル 魔剣(Lv15)
特技
性格 残忍
な、な、何てこと!! こんなの序盤で出会う敵のステータスじゃないわ!!
「せ、聖哉……!」
女神の私としたことが、恐るべき敵の出現にテンパってしまい、助けを求めるように聖哉を振り返り見た。
だが……聖哉は忽然と姿をくらましていた。
「あらっ!?」
素っ頓狂な声を出してしまう。なぜなら私の視線の先、脱兎の如く走り去っていく勇者の背中が見えたからだ。
「ち、ちょっと!? め、女神を置き去りにして逃げるなあああああ!!」
叫びながら、私も聖哉の後を追う。背後でケオス=マキナの笑い声が聞こえた。
「あらあらあらあらー! 勇者のくせに女神を置いて一目散に逃げるのねー? でもそれ良い判断よー! 普通の人間は迷わず咄嗟にこんな行動出来ないわー! おもしろい、おもしろい、おもしろい勇者ねー!」
ケオス=マキナはどうも追ってくる気配はないようだ。私は全力で駆けつつ、聖哉の背中に言葉をぶつける。
「ま、待ちなさいよっ!!」
すると聖哉が少し足を緩め、私を振り返った……と次の瞬間、私に向かって何かを投げつけた。
『ボンッ!!』
「はひゃっ!?」
私の足下で炸裂し、もうもうと煙を辺り一面に撒き散らす煙幕。
「何すんのよおおおおおおお!!」
激怒した刹那、私の背後で剣を振るう音!
まだ追ってきていないと思った。だがケオス=マキナはいつの間にか私の背後に迫り、大剣で私の首を狙っていたのだ。
「ふふふっ! 目くらましねー! これも良い判断よー!」
またもケオス=マキナが嗤い、白い煙が辺りに充満するその最中。私の腕が誰かに取られた。気付けば聖哉が私の腕を引いている。そしてこんな窮地なのに相変わらず冷静な口調で言う。
「おい。一時撤退だ。早く天上界とやらに繋がる門を出せ」
「そ、そうね! わかったわ!」
全力で走りながら、私は呪文を詠唱。十数メートル先に門を出現させる。
門まであと僅か数センチの距離。だが、背後から悪魔の声が轟く。
「逃がさないわよーーーーーーー!!」
ちらりと背後を振り返ると、白煙の中から大跳躍して飛び出したケオス=マキナが剣を振りかぶっている。
「ひっ!」と小さく叫び、すがるように聖哉を見る。すると聖哉は既にケオス=マキナに向かい、左手を掲げていた――紅蓮の炎に包まれた左手を。
左手から溢れるように広がったヘルズ・ファイアの波状の火炎は、攻撃すると言うよりは相手の動きを攪乱する為のものだったらしい。
火炎に阻まれ「チッ!」とケオス=マキナが舌打ちする。
その間に私達はどうにか門を開き、この場から脱出したのであった。
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