第三十八章 天獄門
次元を破り、聖哉に迫るクロスド=タナトゥス。為す術もなく、後ずさる私達。
だが、このどうしようもない状況下、一筋の光明が現れる。
「……お待ちなさい。魔の者よ」
凛々しい声と共にタナトゥスの前に立ちふさがったのは統一神界の男神女神。最凶の怪物は今、広場にいた神達に囲まれていた。
「一体、何処からこの統一神界に紛れ込んできたかは存じませんが……」
「此処はお主のような異形が来る所ではない」
「邪悪よ、滅すべし!」
おおっ! 風神フラーラ様に雷神オランド様、それに氷神キオルネ様! 名だたる神が勢揃いしてるじゃない! これはツイてる! やっつけてくれるかも!
私の期待にこたえるように、フラーラ様が風の魔法を唱えたり、オランド様が雷を落としたり、キオルネ様が氷柱をぶつけたりした……が、タナトゥスは何事もないように、ゆっくりと私達に歩を進めてくる。
「ぜ、全然効いてないじゃん……!」
炎もダメ、風も雷も氷もダメ!! そもそもコイツに有効な魔法なんてあるの!?
「ねぇ……リスたん……」
エルルが不安そうに私に声を掛けた。『大丈夫!』と言ってやりたいが、今の私には笑顔さえ繕う自信がない。返事をするのを躊躇っていると、
「リスタ! おい、リスタってば!」
今度はマッシュが私の体を揺すった。
「アレ、見ろよ! 師匠が……!」
「え……?」
マッシュとエルルが伸ばしている指の先を見る。すると、聖哉はいち早くスタコラサッサと駆けだしていた。
「……ッ!? あ、あの野郎!! 待ちなさいよっ!!」
私達は聖哉を追いかける。どうやら方角からして神殿に向かって走っているようである。ってか前にもあったな、こんなこと!!
「一人で逃げんな、コラーーーッ!!」
それでも聖哉は止まらず走り続ける。神殿に辿り着き、扉を大きく開くと、そのまま中に突っ込んだ。
呼吸を乱しつつ、神殿の入り口まで辿り着く。ふと後ろが気になって振り返ると、男神女神達の魔法をかわしたタナトゥスがふわりと浮遊しつつ、背後まで迫ってきていた。
「うわあっ!! リスたんっ!! 着いて来てるよおおおっ!!」
「は、早く! 早く中に入るのよ!」
飛び込み、扉を閉める。途端、私の耳には激しく階段を踏みならす音が。見上げると二階へ通じる階段を聖哉が駆け上っていく。後に続こうとした瞬間、扉が『バンッ!』と開かれ、死神が現れる。
「ひいっ!? 神殿にまで入って来た!!」
だが、扉近くに立っていた門番の如き精悍な顔立ちの男神が立ちふさがった。
「おのれ、魔の者め! この神殿に入ってくるとは! この拳神アルクスの超絶無敵拳で粉々に打ち砕いて……うっぎゃあああああ!!」
「よ、よくもアルクスをやったでごわすな! 次は相撲の神である、おいどんが相手でごわす! 神技・百烈張り手……って、ぐっはあああああ!!」
良い具合に神殿内にいた色んな神がタナトゥスに挑みかかる。無論、全く効いてはいないのだが、足止めにはなってくれていた。私達も階段を上り、
「聖哉! 待ってってばあ!」
どうにか聖哉との距離を縮めた。
「アイツは基本的に俺を狙っている。お前達は何処かに隠れていればいいだろうが」
「あ、アンタ一人、放っておける訳ないでしょ!」
二階へ辿り着いても聖哉は廊下を走るのを止めなかった。そんな聖哉の前に見知ったヒゲ面マッチョが現れた。剣神セルセウスは皿の上に大きなホールケーキを乗せていた。
「よう! また帰ってきたのか! 見てくれ! たった今、新作のケーキが出来たんだ!
「いらん。どけ」
聖哉は差し出しされたケーキを、そのままセルセウスの顔面に叩き付けた。セルセウスは「ゲーギィィィッ!!」と叫び、その場にくずおれた。私とマッシュとエルルが顔面ケーキでブッ倒れたセルセウスの横を走り抜ける。
ひ、悲惨すぎる!! 今度、機会があればケーキ、食べてあげよう……!!
私が決心した時、またも目前に知り合いの女神が現れる。
猫背の引きこもりかつ連撃剣の使い手、軍神アデネラ様が目にくまのある不健康な顔で笑っていた。
「せ、せ、聖哉……! か、帰って来たんだね……!」
聖哉は足を止め、アデネラ様に言う。
「アデネラ。あの後ろの奴を止めろ。そしたら今度遊んでやろう」
「え……。ほ、ほ、ほ、本当……か……!」
アデネラ様が鞘から剣を抜く。そして、こちらに向かってくる邪悪を睨んだ。
「せ、聖哉は、わ、私が守る!」
そして円を描くような独特の構えを取った。
「み、見せてやる……! し、真……連撃剣……!」
迫るタナトゥスの懐に飛び込むや、振るわれた剣が生み出す残像の数は、聖哉の二刀流連撃剣と同じか、もしくはそれ以上!! タナトゥスの体を瞬時に斬り刻んでいく!!
――おおおっ!? 流石、本家本元!! 凄いスピードとパワーだわ!!
だが連撃剣で斬られる度、タナトゥスは分裂していく! 二体が四体、四体が八体、八体が十六体、十六体が……。
私はたまらなくなってアデネラ様に叫ぶ。
「いやすっごい分裂してます!! もうやめて!!」
だがアデネラ様は斬撃を続けつつ、困った顔を私に向ける。
「と、途中で……と、止められ……ないの……よ……」
聖哉が私の肩を叩いた。
「ダメだ。予想通り、さっぱり使えん。逃げるぞ」
予想通りとかひっでえな! そう思いつつも、私達はアデネラ様を置いて走り出した。気になって背後を振り返ると、アデネラ様は、神殿の廊下を埋め尽くす程、分裂したタナトゥスに踏み潰されていた。やがて中央の一体に吸い込まれるようにして分身が本体に融合し、タナトゥスが私達への追撃を再開する。
――そ、それにしても軍神アデネラ様でも全く歯が立たないなんて!! い、一体どうすればいいの!?
長い渡り廊下の後、聖哉は三階に続く階段を駆け上る。
「聖哉!! いつまでも闇雲に逃げても仕方ないわよ!!」
無敵の魔物にジリジリと追い詰められ、いつしか私の頭はパニック状態になっていた。
「ああっ!! もうっ!! どうしたらいいのよおおおっ!!」
半泣きで叫ぶと、聖哉が私を振り返る。
「少し落ち着け。リスタ」
「無理!! だって聖哉も言ったじゃん!!『どうやったら勝てるか全く分からない』って!! こんな状況で落ち着ける訳ないわよ!!」
タナトゥスに追われながらも、聖哉はいつもと変わらぬ平坦な口調で言う。
「確かに『どうやったら勝てるか全く分からん』とは言った。だが『どうやったら勝てるか全く分からん敵に出会った時の対処法』は既に用意してある」
「……へ?」
「奴の趣味は絵を描くことだそうだ。見かけによらず、な」
「は? 何の話? 奴って一体?」
「神界一面を見渡せる神殿の屋上で、絵を描いているらしい」
「だから誰が?」
いつの間にか長い階段を上りきっていた。突き当たりの扉に聖哉が手を掛ける。
「り、リスたん! 聖哉くん! ダメっ! もう追いつかれるよっ!」
背後からエルルが大声で叫ぶのと、聖哉が扉を大きく開くのは、ほぼ同時であった。
扉を開けた途端、強い風が吹き、私の前髪を揺らす。見晴らしの良い神殿の最上部では、緩やかな傾斜の石屋根に座る女神がいた。
「あ、あれは……!」
聖哉の言う通り、確かに似合わない趣味だと思った。
胸と下半身を鎖で巻いただけの破壊の女神ヴァルキュレ様は、絵筆を持ってキャンバスとにらめっこしていた。集中して描画にいそしむヴァルキュレ様は私達には気付いていない。
「つ、つまり、聖哉!! 神界最強女神をタナトゥスにぶつけようって訳!?」
「そうだ。だが奴の性格上、まともに頼んでも戦ってくれそうにない。よって、」
扉を開けて、タナトゥスが屋上に躍り出た。もはや逃げずに対峙した聖哉に、タナトゥスは例の伸長する十字架を放つ。チラリと背後を窺った後、ギリギリのところでかわす聖哉。長く伸びた十字架は、そのままヴァルキュレ様のキャンバスにぶつかり、描いていた絵を突き破る!
「よし。狙い通りだ」
聖哉が小声で呟いた。
ひ、ひっでええええええ!! コイツ、わざとタナトゥスに絵、壊させやがった!?
「……嘘……だろ……? 完成間近……だったのに……」
自らの絵を破いた十字架が縮小し、その持ち主である死神に戻っていく。絵を壊した犯人を鬼の形相で睨むや、ゆらりと立ち上がったヴァルキュレ様の体から銀色の凄まじいオーラが発散される。
「テメーーーッ!! 一体何してくれてんだ、この糞ボケがーー! ブッチブチにブチ壊すぞ、ラッアーーーーーー!!」
とても女神とは思えない台詞を天界に木霊させる。
「……こっちだ。離れておけ」
聖哉は私とマッシュ、エルルちゃんを屋根の端に招き寄せた。聖哉の前まで歩いた後、どうなったかと戦況を振り返ると、既にヴァルキュレ様がゼロ距離でタナトゥスの頭部を片手で掴んでいる!
――は、早っ!? いつの間に!?
「このド三下が……! 砕け散れ……!」
ヴァルキュレ様の体を包むオーラが即時、ブワッとその量を増し、タナトゥスを掴む右手に集約される!
「
おおおっ!! 破壊術式!? な、何だか凄そう!!
……しかし。何も起きない。やがてタナトゥスは霧のように体を変化させ、文字通り雲散霧消。ヴァルキュレ様の拘束を解いた後は少し離れて再度、実体化する。
「何だ、コイツ……
ヴァルキュレ様は今度は胸に巻き付けてある鎖に手を当てる。
「
蛇のようにヴァルキュレ様から伸びた鎖がタナトゥスに絡み付き、縛り上げる!
そ、そうか! コレは対ゴースト用の破壊技! 凄い! どんな敵にも対応出来るんだわ! これならきっと……!
しかし! タナトゥスの体から出た黒きオーラが、巻き付いた鎖を一瞬で粉々に粉砕する! 胸と繋がっていた鎖を砕かれた反動で、ヴァルキュレ様が無様に体勢を崩した!
ええええええええ!? き、効いてない!! 破壊の女神の技ですら通用しないの!?
これ以上ないくらい、私は絶望する。
天界最強の女神ですら倒せないなんて……! これは全てを超越した弱点のない完全無欠の生命体……! 三千世界の何者にも破壊出来ないんだわ……!
「……ふふふ……はははははは……くくくくくく……」
突如、くずおれたヴァルキュレ様が笑い出した。そして、しばらく笑った後、一転。激怒し、紅潮した顔を見せ、
「
天を貫く大声で叫んだ。
オーダー! 抑制された神力を解放するつもりなんだわ!
すぐにヴァルキュレ様のオーラが銀色から眩い白銀に変わり、私は大女神イシスター様の許可が下りたことを知る。
――い、一体、オーダーでどれ程の力を得たというの……!?
私は能力透視でヴァルキュレ様を見て……絶句した。
破壊神ヴァルキュレ
Lv999
HP999999999 MP999999999
攻撃力999999999 防御力999999999 素早さ999999999 魔力999999999 成長度999999999
耐性 火・風・水・雷・氷・土・聖・闇・毒・麻痺・眠り・呪い・即死・状態異常
特殊スキル ステータス限界突破
特技
性格 剛胆
な、何てステータス! これが、統一神界最強の力!!
聖哉も能力値を見たのだろう。私の隣で小さく頷いた。
「うむ。他の神とは比べものにならん。まぁ、神とは本来このくらい人知を超越したものであって然るべきだが」
ステータスは見たこともないくらい限界突破している! だけど、相手はどんな攻撃も通用しない伝説級の怪物! それに対し、破壊の女神が一体どんな技を繰り出すのか、私達は息を呑んで見守る!
ヴァルキュレ様は大きく息を吐いた後、左手を右手首に軽く添え、タナトゥスに向けた。途端、統一神界全てを飲み込むような圧倒的なオーラが発散される!
「喰らえ……!
向けた手から何かが出るのかと何となく想像した。だが違った。もうもうと立ち込める障気と共にヴァルキュレ様の頭上に巨大な門が出現する。古びた門の上部には石膏で作られた女神の顔があった。
――これは……召喚魔法!? きっと門の中から何かを呼び出そうとしてるんだわ!!
格子状ではない黒き扉に閉ざされ、中は窺い知れない。だが、その扉がやがて障気を発散させつつ、ゆっくり開く。
障気が晴れ、その中にいたものを見て、私は愕然とした。
中には黒色のローブに身を包み、鉄の十字架を抱えた超概念の死神――クロスド=タナトゥスが入っていた。
マッシュとエルルが驚愕の声を上げる。
「えーーーっ!? ど、どうして!? どうしてタナトゥスが入ってるの!?」
「まさか本体じゃなく分裂した方か!?」
しかし辺りにタナトゥスの分身はいない。いるのは門の中に入っていたタナトゥス一体だけである。そしてそれはつい今の今までヴァルキュレ様と戦っていた筈なのに!
「な、何なのよ、この技は……!?」
私が呟いた刹那。門上部にある石膏の女神が目を開けた。作り物だと思っていた女神の顔が、真っ赤な血を垂れ流しつつ、口を開く。
「ぎげげげげげげげげげげげげげ!」
地獄の底から這い上がってくるような不気味な笑い声が響き渡った。口だけでなく、目からも血を流しながら狂ったように哄笑する女神を見て、
「!? 何アレこわい!!」
私はオシッコを漏らしそうになった。
タナトゥスは門から這い出そうとするが、笑い声と共に徐々に黒い扉が閉まっていく。そして扉の内側に備え付けられた無数の針がタナトゥスに突き刺さる。
どんな魔法にも攻撃にも手応えの無かったタナトゥスだが、その針が刺さるや、『バギバギ、メリメリ!』と骨の砕けるような音を立てた。
「ア……アアアア……」
不意にタナトゥスの顔面――真っ黒な空洞より喘ぐような声が漏れた。そして、
「アアアアアアアアアアアアアアアア!!」
感情がないと思っていた死神が絶叫する。だがそんなタナトゥスの叫びすら、
「ぎげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげ!!」
血まみれの女神の口から発する狂笑が掻き消す!
『ガシャン……!!』
そして重々しい音と共に門は閉じられた。やがて門の周りに充満していた障気が消えるのと同時に、溶けるようにして門自体も消え去っていく。
私達の誰もが言葉を失う中、ヴァルキュレ様が呟く。
「因果律を超え、開いた瞬間、敵を飲み込んでいる回避不能の対象直撃破壊術式――それが
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