第百七章 愛の形

 既に二時間が経過し、練習は実戦に入っていた。向こう見ず聖哉が慎重聖哉に真剣を打ち鳴らす音が響く。


 激しい稽古の最中、私はジョンデの隣にキリコがいないことに気付いた。


「あれ、ジョンデ。キリちゃんは?」

「キリコなら、さっきクレオが手を引いて宿屋に連れて行ったぞ」

「ちょっと! ちゃんと見てあげてよ! キリちゃん、まだ子供なんだから!」

「アンタだって見てなかっただろ!」


 私は聖哉達を残して、宿屋に向かう。流石にクレオに危険を感じた訳ではないが、昨日のように機械だからとイジめられているのではないかと不安になったのだ。


 宿屋のカウンターには父親のグレスデンがいて、番をしていた。聞けば、クレオは裏手にあるテントにいるらしい。


 私は裏庭に回って、大きなテントの入口を開く。


「……キリちゃん、いる?」

「あっ、はい! います!」


 テントに入ると、クレオとキリコが並んで座っていた。クレオは手を泥だらけにして粘土をこねている。母親のミレイも近くにいて、その後ろにある棚には土で出来た様々な陶器が並んでいた。


「え? 何やってんの?」

「陶器作りです!」


 キリコが楽しげに言う。ミレイが私に近付いてきて、こっそり耳打ちした。


「クレオが昨日の一件で落ち込んでしまって。それで、キリコさんに陶器の作り方を教えたい、と」

「あっ、そうなんだ!」


 イジめるどころか、クレオはキリコと仲良くなろうとしているらしい。そっか。最初は生意気な男の子だと思ったけど……純真なのね。


「それにしても陶器作りか。子供にしちゃあ、渋い趣味ねえ」


 するとミレイがくすりと笑う。


「フルワアナの民は、大自然に感謝しています。我らを支えてくれる大地を愛す――故に、この地では陶器作りが盛んなのです」


 ろくろなどは使わず、クレオは手で粘土をこねて、小さな壺のような物を作っていた。出来上がったのを自信ありげにキリコに見せる。


「こんな感じ。分かった? やってみて」

「はい!」


 キリコは粘土を受け取り、見よう見まねでこねてみるが、なかなかうまくいかないようだ。クレオが呆れ顔をする。


「機械なのに不器用なんだなあ……」

「す、すいません」

「ホラ。こうやるんだ」

「あっ、なるほど!」


  ――ふふっ! 何だかお兄ちゃんみたいね!


 キリコの手を取って粘土をこねるクレオを見て、微笑ましい気分になる。うん。ミレイさんも傍にいるし、この様子だと全然、問題ないようね。


 ふと私はテントの中に大きなお皿の陶器が飾られていることに気付いた。大皿には、サソリのような怪物と闘う戦士達の絵が入れられている。


「ねえ、ミレイさん。これってもしかして……」

「はい。聖哉様のパーティです。聖哉様は一年前にフルワアナを訪れ、この地を荒らしていた魔物『キングスコーピオン』を退治してくれたのです。これはその時の絵を陶器に入れて焼き上げたものです」


 ミレイは遠い目をしながら語る。


「あの時、私は間近で聖哉様の戦いを見ておりました。キングスコーピオンに挑む聖哉様パーティの戦いは熾烈を極めました。聖哉様は、腹部をキングスコーピオンの尾に刺されながらも、どうにか勝利を収めたのです」

「ええっ!! お腹を刺されながら!?」

「他のパーティの皆様も、毒と麻痺と眠りでフラフラでした」

「ま、またレベル低いのに挑んだんだ!! ホントあの聖哉ってば、向こう見ずなんだから!!」


 慎重聖哉とのギャップに呆れ返っていると、ミレイが笑う。


「確かに見ていてハラハラしました。それでも私達、フルワアナの民は聖哉様を尊敬しています。自分の力以上のことにでも必死に頑張る、あの勇者様を」

「うーん。どっちも極端なのよね。足して2で割ると、ちょうどいいと思うんだけど……」


 ミレイと話した後、私は陶器作りに熱中しているキリコを残して、聖哉のもとに戻ることにした。




 宿屋の前では、驚いたことに聖哉達がまだ剣を打ち交わしていた。


「ま、まだやってたんだ……!」

「ああ。あれからずっと休みなく続けている。慎重な方はいいが、向こう見ずの方はまずいぞ。今にも倒れそうだ」


 ジョンデの言う通り、向こう見ず聖哉の顔に明らかな疲労が浮かんでいた。遂に体力の限界がきたようで、向こう見ず聖哉がぼやく。


「わ、技は使えるようになった。もう充分ではないか?」

「まだだ。もっと熟達したい。俺は世界を救わねばならんのだからな」

「そうか……そちらの世界は未だ救われていないのだったな……!」


 そして、向こう見ず聖哉は歯を食い縛る。


「よし、分かった。ギリギリまでやろう」


 だが、向こう見ず聖哉の体はプルプルしていた。しばらく打ち合った後、『バターン』と漫画のように地面にブッ倒れる!


「ちょ、ちょっと!?」


 私は聖哉達に駆け寄った。気を失った向こう見ず聖哉を抱き起こしながら、慎重聖哉を叱る。


「聖哉!! 加減しなきゃダメだって!! こっちの聖哉ってアンタよりずっとステータス低いんだから!!」

「ふむ」


 慎重聖哉は向こう見ず聖哉に近付き、心臓に手を当てたり、閉じたまぶたを指で開いたりした。安否を確認しているのかと思ったが、


「色々な点を鑑みても、やはり昔の俺のようだな。……今のところは」


 全く心配などせず、ただ入念に向こう見ず聖哉を分析していただけだった。そして顔を上げて、町外れの曇った空を眺める。


「砂嵐が過ぎるまで二、三日と言っていたな。それまでは動かず、現状維持。町の観察を続けることにする」


 そして聖哉はツカツカと一人、歩いていってしまった。いやちょっと!! どうすんのよ、こっちの聖哉は!?


 倒れた向こう見ず聖哉を放っておく訳にもいかず、私はジョンデに宿屋まで運ぶようにお願いしたのだった。




 グレスデンに話をし、一部屋借りてベッドに寝かせる。ジョンデは運んだ後、出て行っていまい、部屋には私と向こう見ず聖哉の二人だけが残された。


 念の為、ステータスの体力を見て、驚愕する。



 HP 3/70024



 !? オォイ!! HP3しかないじゃん!! この人、なんで練習で死にかけてんの!?


 おそらく限界を超えて、技の稽古に付き合ったのだろう。瀕死になった聖哉は、それから何と丸一日寝ていた。


 向こう見ず聖哉が起きたのは、次の日の正午だった。


「……おや。女神様」


 椅子に座って様子を見守る私を見て、向こう見ず聖哉はポツリと呟いた。


「おや女神様、じゃないわよ。アンタ、無理しすぎだって」


 すると少し口角を上げる。


「あの俺はすごいな。もう技をマスターしているのにも拘わらず、全然止めてくれない。俺なら基礎を聞いた時点で満足して止めるのだが。同じ自分ながら、全く違う」

「まぁね。色々あって、あんな感じになっちゃったのよ」

「女神様達の世界は魔王に滅ぼされた世界だと聞く。辛すぎる体験が俺の性格を変えたのだろうな……」

 

 向こう見ず聖哉は慎重聖哉の境遇に思いを馳せているようだったが、その時、私はあることに気付いた。


「ね、ねえ! アナタ、魔王を倒したのよね! じゃあアナタの世界じゃターマインも無事なの?」

「無論、平和だ。現在ターマインを拠点にして、俺は世界の安全を見守っている。元々、フルワアナには視察を兼ねて来たのだ。砂嵐が去ればターマインに戻る」

「ってことは……ティアナ姫もいるのね!?」

「うむ。ティアナと子供が俺の帰りを待っている」


 私の心臓は激しく鼓動した。


「お、お腹の子供……生まれたんだ!!」

「ああ。まだ赤ん坊だがな」

「男の子? 女の子?」

「女の子だ」

「元気?」

「元気だが……女神様。どうして泣いている?」


 向こう見ず聖哉に言われてハッとする。私の目からは涙が溢れていた。


「う、ううん。な、何でもないの……ってか、聖哉は日本に帰らなかったんだね?」

「うむ。この世界で、命をかけて守りたいものが出来た。だから留まることにしたのだ」


 その言葉が追い打ちとなって、どうしても涙が止まらない。向こう見ず聖哉のいる世界。それはティアナ姫だった時の私が望んだ世界に違いなかった。いや……今の私にとっても……


 ――ああ……この世界が本当の世界だったら、どんなに幸せなんだろう?


 そう思った瞬間だった。


「リスタ。隣の花は赤く、また芝生も青く見えるものだ」


 私と向こう見ず聖哉二人しかいない筈の部屋に、冷たい声が木霊する!


 えええええっ!? い、一体この声はどこから!?


 ドキドキしながら、辺りを窺っていると、ベッドの下からもう一人の聖哉が当然ように這い出してくる!


「!! またベッドの下から出てきた!? そこ定位置なの!?」


 叫んだ瞬間『ボゴッ』! 私は頭を叩かれた!


「痛ったああああああい!? いきなり何するのよっ!!」

「寝ぼけるな。現実に帰ってこい」

「はぁっ!?」


 それだけ言うと、慎重聖哉は部屋から出て行った。しばらく呆然としていた私だが、やがて落ち着くと怒りが込み上げてくる。


「し、信じらんない!! 大体いつからベッドに潜んでたのよ、あのストーカー!!」

「大丈夫か、女神様?」

「うん。何とか……」


 向こう見ず聖哉は頭を殴られた私を心配していた。『やっぱりあの聖哉より、向こう見ず聖哉の方が断然マトモだわ!』――私はそう思った。






 次の日。


 洞窟住居で目覚めると慎重聖哉は既にいなかった。どうせ筋トレしたり、ゴーレムを作ったり、町を偵察したりしているのだろう。もう、ほっとこ!


 今日もキリコはクレオと遊ぶ為にテントに行った。そして、宿屋のカウンターではジョンデとグレスデンがにこやかに話している。


 ――あら。ジョンデ、グレスデンと仲良くなったのかしら。楽しそうに笑ってるわ。


 私は物陰から様子を窺うことにした。


「二人の聖哉様のことですが、町の者には双子だと言っておきましたよ」

「それは助かる。あの二人を同時に見たら、混乱してしまうからな」


 そう言って、ジョンデはしばらく宿屋の外を眺めていた。行き交う人々を見て、感慨深げに言う。


「良い町だ。かつてはターマインもこのように活気があった」

「はて? 異国の地ターマインは今も繁栄していると聞いておりますが? 美しい姫と世界を救った勇者、素晴らしい王妃と優秀な将軍に囲まれて……」

「そ、そうか! この世界では俺は元気にやっているのか! アンデッドにならず、ティアナ姫と一緒に……」


 感極まった様子のジョンデに、宿屋の奥から一人の美しい女性が近付いてきた。ティーセットをトレイに載せている。


「粗茶ですが、どうぞ」

「ああ! すまないな!」


 笑顔でティーカップを受け取ろうとした刹那、女性がジョンデの顔に茶を思い切り、ブッかけた!


「うおおおおっ!?」


 とんでもない粗相をしたのに、女の顔には全く反省の色はない!


「な、何だ、この女は!! グレスデン!?」

「い、いえ! この女性はうちの宿屋の者ではございません!」


 すると、女性の体が発光! 瞬く間に鎧姿の慎重聖哉となる! 聖哉は冷ややかな声をジョンデにぶつける。


「呆けるな。それでも将軍か。常に警戒を心掛けろ」


 ええええええっ!? 変化の術で女に化けて、ジョンデを監視していたというの!?


 その後、スタスタと何事もなかったように立ち去っていく聖哉の後ろ姿を見て、


「アイツの方が偽者なんじゃねえか!?」


 そう叫ぶジョンデの気持ちが、私には痛いほど分かるのであった。




 ジョンデがお茶をかけられた後で、私はキリコとクレオの様子を見に行った。聖哉が歩いて行ったのは反対方向だし、流石に子供達のことまで監視したりしないと思う。それでも私は聖哉がいないか、キョロキョロと辺りを警戒する。うん! 今度こそは、いないわね!


 今日もミレイに見守られつつ、クレオとキリコは仲良く粘土をこねていた。キリコの技術も上がったようで、机には二人が作ったお皿や壺などの粘土が並べて置いてある。きっとこうして、乾燥させているのだろう。


 私は手を動かす二人に聞いてみる。


「ねえ。今は何を作ってるの?」

「飾り物だよ。僕は『太陽』」

「私は『月』です」

「ふふふ。後で交換するんですって」


 ミレイはそう言って微笑んだ後、少し寂しげにクレオに目をやる。


「町を覆っている砂嵐も明日には去るそうよ。クレオ。それまでに型を取っておきなさいね」

「ええっ! そしたらキリコ、もう行っちゃうのかよ!」

「は、はい。私、魔王を倒す旅の途中なので」

「あーあ。せっかく仲良くなれたのになあ」

「ごめんなさい……」


 ミレイは今度は私に視線を移す。


「焼き上げから完成まで、一月は掛かります。女神様。旅が終わればまた是非、この町に寄って頂けませんか?」

「ええ。分かったわ。必ず」

「それじゃあ今から焼き上げをしましょうね」


 ミレイがテントの外にある大きなかまどに近付く。クレオもミレイの後に続いた。


「母ちゃん! キリコの為に急いで焼いてよ!」

「はい、はい」


 そんな様子を見ながら、キリコがぽつりと呟いた。


「リスタさん。もしも世界が魔王に支配されなければ、こんな穏やかな未来が私にもあったのでしょうか」

「キリちゃん……」

 

 しんみりした時間が流れる。だが、ミレイが道具を使って竈の蓋を開けた刹那、私達は固まってしまう。


 何と、竈の中には聖哉の顔があった! そこから炎に包まれた慎重聖哉が飛び出してくる!


「きゃあああああああああああああ!!」

「うわああああああ!! 怪物だあああああああ!!」


 ミレイとクレオは絶叫し、キリコと私は絶句する。業火に体を燃やしながらも、聖哉は何食わぬ顔だった。どうにか私は口を開く。


「せ、せ、聖哉!! 熱くないの!?」

「体を火炎魔法でガードしている。なので、少し熱いだけだ」

「!? 熱いんじゃん!!」


 燃えながら聖哉はキリコに近寄った。


「キリコ。俺達には俺達の世界がある。無い物ねだりをするな」

「は、はい。すいません……」


 私はもう我慢できなくなって聖哉に叫ぶ。


「聖哉!! いちいち仲間のこと監視するの止めなさいよ!!」

「お前達が油断しているからだ。この町は既に死皇の支配下にあるということを忘れるんじゃない」

「だ、だからって!!」

「明日には砂嵐が去る。何もなければ、一旦この町を出る。準備をしておけ」


 言いたいことだけ言うと、例の如く何処かに歩き去っていく。


 ――な、何か私とジョンデ、そしてキリちゃんの良い雰囲気、全部ブチ壊されたような気が……!


 クレオが愕然と呟く。


「やっぱり僕、あの聖哉様嫌いだよ……! 犯罪者スレスレの匂いがする……!」


 クレオの言葉に心から頷いている間、ミレイが聖哉の出てきた竈を点検していた。私は聖哉に代わってミレイに謝る。


「ごめんなさい。うちの犯罪者が……いえ、聖哉が」

「あ、いえいえ。竈は壊れていないようですし」

「意味分かんないですよね、あのストーカー……」


 私はドン引きしていたが、ミレイは優しげに笑う。


「たとえば、愛着のある陶器を毎日の生活に使う人もいれば、壊れないようにそっと戸棚に仕舞っておく人もいます」

「……はあ?」

「好きなものに接する時、愛情を素直に表す人と、遠くから黙って見守る人がいるのではないかと。あちらの聖哉様を見て、ふとそう思いました」

「い、いやミレイさん。そんないいものじゃないですよ。ただ私達に厄介事を起こされないように、監視しておきたいだけなんですって」

 

 それでもミレイは穏やかに微笑んでいたのだった。





 そして、出発予定の日の朝。


 まだ、まどろんでいる私の右足に、


「いってええええええええええええ!?」


 激痛が走って、飛び起きる! 見れば土蛇が私の足に思い切り噛み付いていた!


「な、何よ、コレ!?」


 すると蛇はパカッと口を開き、そこから聖哉の声を発する。


「朝だ。起きろ、リスタ」


 どうやら土蛇電話みたいだが、


「どんなモーニングコールだよ!!」

「いいから、すぐに支度しろ。町外れに敵影を発見した」

「て、敵影って!? あれ!? もしもし!? もしもーし!? ……あの野郎!!」


 とにかく私はすぐに着替えて、部屋を飛び出したのだった。

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