第五十七章 力の差
長い階段を上りきった後、木の板が頭上に見えた。それを手で押し上げて、私と聖哉は地下より這い出る。
床から出て見渡せば、汚れた壁、おんぼろの家具……またしても人気のない廃屋だった。だが、ルーク神父に希望の灯火まで案内された時に見た屋内とは感じが違う。
おそるおそる窓に近寄り、辺りを窺う。外の景色も前回とは異なっていた。同じような長さの階段を上ったのだが、アイヒの土魔法で、違う廃屋に繋がったらしい。
遠くの方で獣人達が集まり、何やらガヤガヤと騒いでいた。更にその先に目を凝らすと、首輪や手錠を掛けられた人間が一列に並べられている。どうやらブラットが言っていた奴隷市場の近くのようだ。
「ねぇ、聖哉。ブラットに言われたことを真に受ける必要はないわよ。今のアナタのレベルじゃ絶対ブノゲオスには勝てない。一番いいのは、どうにかして市場にいる奴隷達を解放することね。そうすれば希望の灯火の人達も私達を見直してくれる筈よ。だからとりあえず、」
窓の外の様子を窺いながら、聖哉に話しかけていた私は、とんでもないものを発見した。
……サビた剣を持った部屋着の勇者が、悠々と外を歩いているではないか!
「!! はああああああああああああああ!?」
大声で叫び、すぐさま廃屋を出て後を追う!
「オィィィィィィィ!? お前、一体何考えてんだあああああああ!?」
とっつかまえて、肩をグイグイ揺さぶるが聖哉はきょとんとした表情だった。
「ブノゲオスを倒しに行くのだろう? 外に出なくてどうする?」
「だから倒すんじゃなくて、奴隷達を解放……って、え……」
大通りで騒ぐ私と聖哉を、十数名の獣人達が訝しげに見詰めていた。
「おい……この人間共、首輪が付いてねえぞ?」
「もしかして、はぐれの人間か?」
うわああああああああああ!! もうダメだあああああああああ!!
心臓がバクバクと音を立てる。だが聖哉は全く取り乱していない。
「どうせ戦うことになるのだ。手間が省けてよかったではないか」
そしてサビた剣を肩にのせ、獣人達に向かい歩き出す。
「うっ……? な、何だ、この人間は……!」
物怖じしない態度の聖哉に不気味なものを感じたのか、獣人達は襲いかかってこなかった。神が海を真っ二つに切り開く伝承のように、獣人達が勇者に道を譲る。私はその後を、そそくさと付いていく。
――あ、あれっ? ひょっとして、このままあっさり奴隷解放できちゃったり……?
だが、数メートル先にいた狐顔の獣人が気付いたように叫ぶ。
「おいおい!! お前ら、ボサッとしてんじゃねえよ!! 誰かコイツを止めろ!!」
「お、おう!!」
狐男の一喝で、近くにいた獣人が私達を囲む!
――そ、そりゃそうよね……そんな上手くいく筈ないわ……。
目の前でゴツゴツとした皮膚を持つサイのような獣人が舌なめずりをしている。
「コイツら、誰にも管理されてないってことは……」
狐顔の獣人が相づちを打つ。
「そうさ。殺しちまっても食っちまっても、お咎めはねえってこったよ……」
物騒な会話を聞きつつ、私は覚悟を決める。
も、もう戦うしかないわ……!
そして能力透視を発動! サイ、狐など私達を取り囲む五体の獣人のステータス値を見る! 個々の攻撃力はやはり三万以上! 強敵揃いだ!
だが、獣人達はまだ私達の
「ホラ! これあげる! 使い方、分かるよね?」
「無論だ」
聖哉は頷くと、私の金髪を自分の前髪に付けた。艶のある黒髪に金髪が映えて、なかなか良い感じのメッシュとなったが、私は叫ぶ。
「違うわあああああ!! 何で
「む? 合成?」
「特殊スキルにあるでしょ!! その剣はサビてるけど、元は鋼の剣!! 私の髪の毛と鋼の剣でプラチナソードが出来る筈よ!!」
言いながら無理矢理、聖哉の手を取り、剣と毛を合わせる……すると、眩い光が発生し、サビていた剣は瞬く間に神々しく輝くプラチナソードとなった。聖哉の顔もプラチナソード同様にパァァァと明るくなる。
「何と素晴らしい剣だ……! これさえあれば魔王にも勝てる……!」
いや絶対に勝てないと思う。というか、この窮地すら乗り越えられるかどうか疑わしい。
そんな中、遂に狐男が痺れを切らせて大声で叫ぶ。
「いくぜ!! 俺が一番乗りだ!!」
突然、飛びかかってきた狐の獣人に、
「ひいっ!?」
私は身を屈めたが、そんな私の前に聖哉が躍り出る。瞬間、『ごきり、ごきり』……プラチナソードを握る手から、関節を外すような音がする!
「
刹那、宙に描かれた幾つものプラチナソードの残像が狐男を迎撃する! 残像が消えた時、狐男の体はバラバラに分離! 血液をブチ撒け、十数個の肉片と化して、地に落ちた!
「こ、こ、この野郎!!」
仲間をやられ、一斉に飛びかかる四体の獣人! 流石にこの数は連撃剣では仕留められない! だが、
「
剣のないもう片方の腕が、既に業火に包まれている! 獣人達が聖哉に到達するより早く、腕より派生して鎖のように広がった業火が、獣人達を紅蓮の炎で包む!
「うおおおおおおお!?」
「ぎゃあああああああ!!」
阿鼻叫喚の叫びと共に、火だるまとなった獣人達は、マキシマム・インフェルノの超高熱で、あっと言う間に黒こげとなり、その場にくずおれた。
聖哉は、未だ燃え盛る手を前方に掲げる。
「……消し炭になりたくなければ、道を開け」
聖哉の言葉に、周りで様子を見守っていた獣人達が恐れおののき後ずさる。そして聖哉はそのままツカツカと前方に向かう。
――よ、四体もの獣人を一瞬で!? ゲアブランデの時は、後片付けや目眩ましにばかり使ってたから気付かなかったけど……
だが、感嘆しつつも私は気付く! 体を
「聖哉、後ろ!! ソイツ、まだ生きてるわ!!」
叫ぶが、聖哉は振り向きもしない! それでいて、炎に包まれたプラチナソードは聖哉の脇を通り抜け、既にサイの獣人の眉間を貫いている!
「
呟くと同時に、崩れ落ちたサイの獣人を目の当たりにして、
「な、何だ、この人間は!?」
「ムチャクチャ強ぇぞ!!」
辺りの獣人達は完全に戦意を喪失したようだった。私もゴクリと生唾を飲む。
――性格は向こう見ずになった……だけど、類い希なる戦闘センスは健在! 慎重でも向こう見ずでも、竜宮院聖哉は逸材に違いないんだわ!
高ぶる私の眼前、開けた視界の先には、鎖に繋がれた奴隷達が十数人!
「聖哉! とにかくあそこにいる奴隷達を解放しましょ! そして一旦、希望の灯火へ戻るのよ!」
聖哉と共に私は奴隷達に駆け寄り、
「もう大丈夫よ!」
聖哉が辺りに睨みを利かせてくれている間に、怯える奴隷達の手枷、足枷を解いた。
最後の一人の枷を解いた、その時。急に辺りがざわざわと騒がしくなった。
「うおおおおい。これは一体何の騒ぎだあ?」
聞き覚えのある、野太く間延びした声に背筋が凍る。獣人の群れを掻き分けて、巨大な体躯が姿を現した。
「う、嘘でしょ……? このタイミングで……!」
オークの獣人かつ、この町の支配者――獣魔ブノゲオスが、のそりのそりと近付いてくるではないか!
私と聖哉を見ると、ボリボリと首筋を掻きながら、呑気に言う。
「ああ、ひょっとして、お前らが勇者に女神かあ。まだら髪の悪魔が言った通りだあ。『近々、神の使いが奴隷を解放しに来るだろう』って言ってたもんなあ」
……『まだら髪の悪魔』? その魔物が私達の動きを感知しているの? 統一神界に侵入してきた狼男も、ソイツに導かれた……?
ブノゲオスが現れて安心したのか、私と聖哉の周りに獣人達が再度、集結してくる! その数、およそ数十体! だが、ブノゲオスは太い手を獣人達にぶらぶらと揺らす。
「お前達は下がっていて、いいよお。此処は俺に任せろよお」
不意に訪れた
「せ、聖哉! チャンスよ! マキシマム・インフェルノでブノゲオスを目眩ましさせて、奴隷を連れて逃げましょう!」
「目の前にボスがいるというのにか?」
「だからアイツを倒すのは無理だって!! それより今は奴隷の命が優先!! でしょ!?」
「まぁ……そうだな」
何とか聖哉を言いくるめる。しかし、私達の行動を見越すように、ブノゲオスが「ぶへへへ」と下卑た声で笑った。
「逃げるんじゃないぞお。もし逃げたら、この奴隷の首を引き千切るぞお」
いつの間にかブノゲオスはボロをまとった女性を片腕に抱えていた。首に力を込められて、女性が苦しそうに
鋭く尖った勇者の目がブノゲオスに固定される。
「女神様。あの人質を捨てては行けない。この場を去るのは、ブノゲオスを倒し、奴隷を全て解放してからだ」
ううっ! 言ってることは勇者として正しい! け、けど、ブノゲオスに勝てる訳が……!
ブノゲオスは聖哉の戦意を知るや、奴隷の女を自分の背後に突き飛ばし、背中の斧に手を伸ばす。
「
「な、何でアンタがそんなの持ってるのよ!! それも『まだら髪の悪魔』ってのから貰った訳!?」
「お前に教えてやる必要はねえなあ」
……と、私がブノゲオスの注意を逸らしている間に聖哉の剣が炎を帯びる! ブノゲオスが斧を手に取る前に、
「喰らえ……!
裂帛の気合いと共にブノゲオスに斬りかかる! だが余裕の表情のブノゲオスは深呼吸するように、大きく息を吸い込んだ! 途端、私の髪やドレスが乱れる! 周りの物全て吸い込むような吸引力! そして向かってくる聖哉に対し、吸った空気を口から噴出する!
「ぐっ……!」
生じた凄まじい突風に聖哉の動きが止まる! 同時に、まるでロウソクに息を吹きかけたように、聖哉の剣を覆っていた業火が消え失せてしまった!
「ブヘヘヘへ。火は燃え移るから消さなきゃなあ」
魔法剣をゴリ押しの力技で封じたブノゲオスだが、聖哉はそのままブノゲオスの懐に飛び込んでいる。
「ならば……
フェニックス・ドライブを封じ、油断したブノゲオスにアデネラ様の絶技を叩き込む! 咄嗟の判断力に私は心の中で喝采を送ったが、
「んん? 今、何かしたかあ?」
聖哉が放った連撃を全て受け、それでもブノゲオスに全くダメージは見られなかった。
諦めずに連撃剣を繰り返す聖哉だが、その腕の動きが止まる。見ると、何とブノゲオスがプラチナソードの刀身を握って止めている!
「たいして痛かねえけど……お前……鬱陶しいんだよおおおおおお!!」
そして、もう片方の太い腕で、聖哉の腹に拳を見舞う! 鈍い音と共に聖哉の足が地面から浮いた!
「がは……っ!!」
「聖哉!!」
たった一撃で聖哉は地面に沈んだ。ブノゲオスが呆れたような顔を見せる。
「なんだあ? もう終わりかあ? 斧なんていらないじゃねえかあ。勇者ってこんなに弱いのかあ。いや……俺が強すぎるのかあ?」
ま、まるで赤子同然! やっぱり、てんで話にならないわ!
それも分かっていたことだ。今の聖哉の攻撃力では、ブノゲオスにかすり傷さえ与えられない。元々のステータスが違いすぎるのだ。
――も、もう奴隷を救うどころじゃないわ! とにかく、この場から逃げ出さなきゃ……!
本能的に聖哉に向けて駆け出した私の前には、だが、犬の獣人! 同時に首筋に激しい衝撃!
「うっ……!」
獣人の手刀を喰らい、私も聖哉と同じく地に倒れ伏した。
薄れゆく意識の中、ブノゲオスが背後に背負う斧が視界に入る。
――ああ……これから、あの斧で魂を破壊されて……私達の冒険は終わるのね……。
「う、うぅん……」
一体どのくらいの時間が過ぎたのだろうか。打たれた首を手で押さえつつ、起き上がる。
辺りは薄暗がりで、目の前には太い鉄格子が見える。どうやら牢屋のような場所にいるようだ。そして私の隣にも同じような鉄格子の牢があり、そこには、
「聖哉!?」
剣を取られて丸腰の聖哉が、体をくの字にして横たわっていた。
「ねえ、大丈夫!? しっかりして!!」
「う、うむ……」
私の呼びかけに気付いたのか、聖哉はどうにか上半身を起こす。殴られた腹を押さえ、辛そうにしているが、命に別状はなさそうだ。
「よかった! 無事で!」
そう言った刹那、
「……本当によかったのか、どうか」
私のすぐ背後から声がした。
「だ、誰!?」
振り向いて、牢の隅にいる女性を見て、ホッとする。先程、ブノゲオスに人質に取られていた女性だ。
「アナタも無事だったのね! 他の奴隷達は?」
「知らないわ。まぁこの地下牢にいないってことは、ブノゲオスが呪縛の玉の効力を一時的に解除した後で、町の外に売られちゃったんじゃないかしら」
「そ、そんな……!」
「あら。彼らは幸せよ。まだ生きているもの。問題なのは私達……」
女性は他愛もない話をするように言う。
「私とアナタはね、これからブノゲオスの腹の中に収まるのよ」
「は、はぁっ!? それって食べられちゃうってこと!? この町は奴隷を作る町じゃないの!? ブノゲオスも、そう言って、」
「表向きはね。だけど、奴は若い女をこっそり食べているの。おっと……噂をすれば。そろそろ年貢の納め時かしらね」
のしのしと巨大なオークが姿を現す。まずは聖哉がいる牢を見て、にたりと笑った。
「勇者は生け捕りにしてグランドレオン様に差し出すんだあ。ぶへへへへ。グランドレオン様、誉めてくださるぞお」
満足げに腹をさすりながら、次に私と女性がいる牢の前まで来て、鉄格子の向こうから吟味するように私達を凝視した。
「勇者を捕まえて、手柄を立てたんだあ。ご褒美があっても、いいよなあ」
ヨダレを垂らす醜悪な顔が私を捉えた。
「それじゃあ、まずは女神から頂こうかなあ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。