第百二十四章 楽園崩壊

 私の周りで神々がざわめく。


「に、人間の頭部?」

「まさか。何かのパフォーマンスじゃないか?」

「お、おい……! アレは何だ……?」


 誰かが一点を指差し、私を含めた神達の視線がそこに向かう。


 扉からゆっくりと闘技場に歩んでくる者がいた。細身の体に黒金の鎧をまとっているが、何より私の目を引いたのはその者が被っている仮面だった。


「う、噓……!!」


 衝動的に私は席を立ち、闘技場に向かおうとした。


「お、おい、リスタ? ど、どうした?」

「待てよ! 何処に行くんだよ?」


 アデネラ様とセルセウスが呼び掛けるが、それでも私は走り出す。


 あれはパフォーマンスなんかじゃない! イーサン=シフォーは本当に殺された! 何故なら私は見覚えがある! あの仮面の者と、その体から発散されている赤黒い狂気のオーラに!


――あの時、メルサイスと一緒に居た奴だわ!!



 闘技場のセコンドまで辿り着いた私は、アリアの肩を激しく揺さぶった。


「アリア! 望月麗美を戻して! アイツ、ヤバいよ!」


 望月麗美は怪訝そうに向かってくる仮面の者を眺めていた。アリアは私の言葉に黙ったまま、頷く。私に言われるまでもなく、異様な雰囲気を感じ取っているのだろう。


「麗美! 部外者の処理は神に任せて!」

「で、でも……」

「いいから一旦、下がりなさい!」


 珍しく強い口調のアリアに驚いたようで渋々、麗美は後退する。そして麗美と代わって闘技場に足を踏み入れた神がいた。


 破壊の女神ヴァルキュレ様は転がったイーサンの頭部に近付き、しばらく眺めていたが、やがて中央に佇む仮面の者を睨んだ。


「テメーがやったのか?」

「うん」


 仮面から何の躊躇いもない、くぐもった声が聞こえた刹那、ヴァルキュレ様の姿が私の視界から消えた。乾いたような音がしたと思った次の瞬間、二人の立ち位置が入れ替わっている。


 ――ま、まさか攻撃したの!? 今の一瞬で!?


 仮面の者が体勢を整えながら、とぼけた声を出す。


「おっとと。危なかったなあ。流石、神様だね。凄い速さだ」

「直撃をかわしたのは褒めてやる。テメーの頭ごと壊してやろうと思ったのによ。だが『危なかった』だと? 笑わせんじゃねー」


 ヴァルキュレ様が片手で拳をごきりと鳴らす。同時に仮面にヒビが入った。


「……破壊術式・其の一ファースト・ヴァルキュリエシャタード・ブレイク掌握圧壊


 ひび割れた仮面がバラバラになり、地に落ちる。私は仮面の下には、不気味で醜悪な怪物の顔でもあるのではないかと想像していた。だが現れたのは、艶やかな唇。長いまつげのある瞳。そして、


「ええー。ちゃんとかわしたと思ったのに。何コレ、すっご」


 仮面が外れたせいで声がハッキリと聞き取れる。それはまだ若さの残る女の声だった。


「話が違うよー。神様って人間に危害を加えないんじゃないの?」


 短めの髪を整えながら話す女を見て、ヴァルキュレ様の顔色が変わっていた。


「テメーは……!」


 ――えっ! ヴァルキュレ様、もしかしてソイツのこと、知って……?


 だが、女はとぼけた声を出す。


「一歩間違えれば僕も、あんな風になるとこだったよ」


 イーサンの首を指さして、ヘラヘラと笑った。


「ちなみに、あの人って優勝候補だったんだよね? それにしちゃあイマイチだったな」

「アタシの勇者がイマイチだと?」

「能力値は高かったよ。けど、そもそも強いってそういうことじゃないんだよね。一流大学首席で卒業した人が後々、痴漢なんかで捕まったら、本当にそれって賢い人だったのかなって疑問に思わない? そんな感じ」

「訳わかんねーこと、ほざきやがって」

「単純にレベルの低下が悲しいんだよ。元勇者として」


 ――も、元勇者……!?


 私は隣にいるアリアに叫ぶ。


「ねぇ、アリア!! アイツは一体誰なの!?」


 するとアリアは、ぼそりと呟く。

 

「神域の勇者……!」


 そ、その称号って、さっき記念館で見た……?


「でも……まさか、こんなことが……! 魂が砕け散った者が蘇るなど、絶対にありえない……!」


 震えた声を出すアリア。ヴァルキュレ様もアリアもこの女のことを知ってるようだ。詳しく聞きたいが、アリアは尋常ではない様子で息を乱していた。


 一度、視線を闘技場に戻した途端、私はギクリとする。その女が私の方を向いていたからだ!


「前に会ったことあったよね。ねえねえ、この間の男の人はいないの? あっちの方が絶対強いと思うんだけどな」

「せ、聖哉は神界にはいないわ!!」

「ふーん。つまんないの」


 本当に残念そうな顔を見せた瞬間、


「……何処見てやがんだ、テメーは」


 ヴァルキュレ様が女の背後に迫っていた。そして破壊の力を込めた腕を振り下ろす。金属音が鳴り響き……私は更にとんでもないものを目の当たりにする。


 ヴァルキュレ様と元勇者と名乗った女の間に、迷彩服を着た見覚えのある女神が二本の剣を交差させて破壊の拳を受け止めていた。


「ぜ、ゼト!?」


 私は思わず叫んでしまう。そんな!! ブラーフマ様に幽閉させられている筈なのに!?


 かつて聖哉にステイト・バーサークを授けた戦神ゼトは、鎖の巻き付いた拳を双剣で打ち払うと、元勇者に語りかける。


「油断するな、であります。コイツは統一神界で一番強い女神であります」

「じゃあ、ゼト。フェイズ・フォースを使っても勝てないの?」

ステイトバーサーク・フェイズフォース状態狂戦士・第四段階でありますか。教えてもいないのに覚えているとは何だか不思議な気分であります。だが、それこそがメルサイス様の偉大なるお力でありますな」

「ねえ、勝てないの?」

「……とにかく今は作戦通り、事を進めるであります」

「そっか、うん。そうだね」


 ゼトが剣を構えながらヴァルキュレ様と対峙している。その隙に女勇者は胸元に手に入れて、そこから一枚の紙を取り出した。ひらりと宙に飛ばすと、紙に描かれていた赤い魔法陣が空間に投写されるように巨大化して具現する!


「ゲート、繋がったよー。よろしく、どうぞー」


 不気味な血の魔法陣から、まず屍のような朽ち果てた腕が現れた。


「ま、まさか……!」


 私のイヤな予感は的中する。アンデッドの体に鎧をまとった者、黒いローブから邪気を発散させる者、おぞましい虫のような体躯の者……ぞくぞくと異形の者達が這い出てくる!

 

「じゃ、邪神だ!!」


 闘技場の神々がざわめく。難度S世界の魔王並に禍々しい邪気を孕んだ者達は、各々が出て来た魔法陣を囲うようにして片膝を付いていた。やがて……魔法陣から、まだら色の髪の毛を棚引かせ、颯爽と暴虐の女神が現れる。


 ――メルサイス……!!


 神気とは真逆の邪悪なる漆黒のオーラ。なのに圧倒的な存在感と、ある種の美しさを醸し出していて、私はついつい魅入ってしまう。


 かしづく邪神達の間を抜けて、メルサイスは辺りをぐるり窺った。


「ただいま。統一神界」


 メルサイスと直線上にいるヴァルキュレ様が、チッと舌打ちした。


「全部、テメーの仕業だったって訳だ」

「ヴァルキュレ。それにアリアもいるね。懐かしい顔ぶれが多いな」

「悠長なこと言ってんじゃねえよ。テメー、無事で済むと思ってんのか? この神々に囲まれた闘技場の中で」

「問題はない。こちらが、あえてこの時この場所を選んだのだから」

「テメーの筋書き通りに進んでるようで気に食わねえな。一体どうやってイシスターの目を掻い潜った? 『ゼトを手引きし、元勇者を召喚。邪神まで送り込む』――神界じゃあこんなことはありえねー」


 た、確かに未来予知の出来るイシスター様がいるのに、どうして……?


「前回の教訓だよ。イシスターは自分の未来までは見通せない。襲撃の第一目標をイシスター殺害とすることで、それ以後の未来予知を防いだんだ」

「何だと……」


 メルサイスが合図すると、ゼトが闘技場から下りた。傍に置いてあった大きな藁袋を持って帰ってくる。


「よっこらせっと」


 どさっ、と音がした。そしてゼトはメルサイスの隣でにたりと笑う。


「中に何が入っているか、言うまでもないのであります」


 袋からは赤い血が流れ出ていた。私の全身が凍り付く。


「そ、そ、そんな!! イシスター様を!? な、何てことを!!」

「落ち着いて、リスタ! 肉体は滅びても神は死なない! い、イシスター様はきっと大丈夫よ!」


 大きく声を張り上げるアリアは、まるで自分自身にそう言い聞かせているようだった。ゼトにアリアの叫びが聞こえたらしい。


「まぁ基本、そうでありますな。でも、これを使うならば例外であります」


 ゼトが漆黒の刃の双剣をかかげる。剣は瘴気を発散させていた。


チェイン・ディストラクション連鎖魂破壊――神だろうが何だろうが死んじゃいますのでご注意を、でありまーす」


 言った途端、ゼトは剣を構えて観客席に飛び込む! それを合図に、異形の者達もまた各々の武器を手に、神々のいる場所に雪崩れ込んだ!


「うわあああああああっ!!」

「いやあああああああ!!」


 殺されると聞いて、普段、荘厳な雰囲気を醸し出している神達が血相を変えて逃げ惑う。斬撃の音と叫び声が入り交じる地獄絵図さながらの光景の中、ゼトが高らかに宣言する。


「平和ボケした神々に告ぐ! 現刻よりアルマゲゼーダ・セカンド第二次神界統一戦争の開始であります! ……って、ぐおっ!?」


 しかし激しい音と振動! ゼトが立っていた闘技場の地面が砕かれる! 直撃をかわしたゼトの前には、ざんばら髪を逆立たせた軍神アデネラ様が振り切った剣をそのままに佇んでいた。


「あ、アデネラ……!」

「ぜ、ぜ、ゼト……!」


 凄まじい形相で睨み合う。そして、


「ぜ、ゼト! し、し、し、死ね!!」

「お前が死ね、でありますうううううううう!!」


 アデネラ様とゼトの間に並々ならぬ確執があるのは知っていた。一万年の怒りと怨みを込めたような剣を両者、猛烈に打ち交わし始める!


「あはははははは! 盛り上がってきたねー!」


 メルサイスの隣で女勇者が楽しそうに笑っていた。ヴァルキュレ様が女勇者を睨む。


「おい、クソ女。一つだけ質問に答えろ。イーサンもチェイン・ディストラクションで殺されたのか?」

「うん。そうだよ」

「……アイツには子供がいるんだぜ」

「だから何?」


 ヴァルキュレ様が鬼気迫る表情を見せた。女勇者が高笑いする中、ぐぉんと空から音がする。見上げると空一面に魔方陣が展開されている。メルサイスも空を見て呟く。


「時の魔法陣……クロノアか。だが無駄だ。既にアンチ・クロックフィールドを展開している」


 ――く、クロノア様が聖哉に教えた、時間操作を未然に防ぐ技!! メルサイスも使えるというの!? どうしてそんなことが!?


「世界はもう歪み始めている」


 メルサイスが呟く。理解できないことが多過ぎて、私の頭は半ばパニック状態だ。し、神界はこれからどうなっちゃうの……!?


 しかし、頼りになる最強女神がメルサイスの前に立ち塞がる。


「時間なんか止める必要はねえ! コイツら全員一人残らず、アタシがブッ壊してやる!」

「破壊神ヴァルキュレ――攻撃力、スキル共に統一神界最強。前回、私に荷担した神々のことごとくがお前の前に姿を消した……」

「今回もそうなるんだよ」

「魂と共に追放された後、私は数々の異世界を彷徨い、より強い暴虐の力を得た」

「それなりに勝算があって神界に現れたんだろ? 見くびりはしねー。だが、関係ねーよ。この技の前じゃあな」


 ヴァルキュレ様が天に向かって叫ぶ。


「最奥神界!! オーダー神界特別措置法施行だ!!」


 言うや即座、ヴァルキュレ様の体から、とんでもない量のオーラが迸る。イシスター様に代わって最奥神界よりオーダーが許可されたのだろう。ヴァルキュレ様が持つ本来の力に、私の体がビリビリと震える! 限界突破された究極のステータスだ!


「二度目はねえぞ、メルサイス。あの時はアタシなりに容赦したんだぜ?」


 左手を右手に添えながら対象に向ける構えを見て私は戦慄した。ゲアブランデの魔王戦が脳裏に過ぎる。あれはヴァルキュレ様の最終破壊術式! 回避絶対不能の対象直撃技だ!


ヴァルハラ・ゲート天獄門を発動させようとしているな」

「分かってようが、どうしようもねーだろ」

「そうでもない」


 ヴァルキュレ様が手を向けたメルサイスの体から、瘴気のようなものがぶわっと溢れ出た。メルサイスの周りの空間が蜃気楼のように歪んで見える。


 ――な、何よ、あのオーラは……!?


 初めて見るオーラに不吉すぎる気配を感じて、私はヴァルキュレ様に叫ぶ。


「ヴァルキュレ様! 早くヴァルハラ・ゲートの発動を!」

「こ、この……!」


 だが、メルサイスに向けたヴァルキュレ様の手がブレて、狙いが定まらない! メルサイスが落ち着き払った声を出す。

 

「神界の歴史は今日、閉じる。そして全てが新しく、正しい世界へと生まれ変わる……」


 ヴァルハラ・ゲートの発動より早く、メルサイスは片腕を神界の地面を叩くように振り下ろした。


スルー・ザ・ネヴァー捻曲せよ天意流動体


 まるで地面が柔らかいもので出来ているように、メルサイスの拳によって大きく波打った。その波動は地面から空間に伝導して、闘技場全体がぐにゃりと歪む。


 今――私の視界に映るもの全てが揺らいでいた。足下すら覚束おぼつかなく、立っていることが出来ない。私はその場にしゃがみ込む。やがて激しい目眩のように思考すらもクラクラとして、私の意識は薄れていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー