第二章 レディ・パーフェクトリー
「ものすっっっごい変わってるのよ、あの子!!」
「……で、結局どうなったの?」
私は先輩女神であるアリアドアの部屋で愚痴をこぼしていた。赤毛のアリアは私より背が高く、大人の色気のある妙齢の女神で、今まで三百以上の世界に勇者を召喚してきたベテランである。
「準備するって言って、あれから召喚の間でずっと一人でトレーニングしてるの! ありえなくない? 普通、あんな白い部屋、とっとと出て行きたくない? すぐにでも異世界を見たがるもんでしょ? なのに!」
するとアリアはクスッと笑う。
「リスタ。アナタが攻略するのは難度Sの世界ゲアブランデ。かえってそのくらい慎重な勇者の方がいいかも知れないわよ?」
「だからって時間の無駄というか何というか。絶対、現地に行ってモンスターと直に戦った方がレベルだって早く上がるのに」
「いいじゃないの。そんなに慌てなくても。召喚の間も含めて、この統一神界は地上に比べれば時間の流れが非常に緩やかだわ。納得出来るまで此処に居て貰えばいいじゃない」
「……はぁ」
アリアは冷静に紅茶を啜っていた。私より先輩で大人なアリアは、やはり微笑みながら言う。
「とにかくリスタ。アナタは彼をサポートしてあげなくちゃ。今、彼が召喚の間でトレーニングしているのなら、その面倒を見るべきよ」
「面倒、って?」
「アナタ、あの殺風景な部屋にトイレやシャワールーム、ベッドなんか設置してあげた? 彼、お腹だって空いてるんじゃないの?」
「あっ……! い、言われてみれば……!」
慌てて部屋を出ようとした私の背中に向かってアリアは語りかける。
「それとリスタ。彼、上から物を言うような神様っぽい態度が気に入らないのかも知れないわ。そういう子にはもっと打ち解けて友達みたいな感じで接してやるのがいいわよ?」
流石ベテランのアリアである。私は「ありがとう!」と感謝して、ドアを閉めるや否や、大理石の通路を駆けだした。
「聖哉! ほったらかしにしてごめんね……って……」
召喚の間の扉を大きく開くと、聖哉が上半身裸で腹筋をしていた。体には玉のような汗が付着している。その姿が色っぽくて私は思わず、見とれてしまった。
そんな私を聖哉は睨んだ。
「おい。部屋に入る時はノックぐらいしたらどうだ?」
「ご、ごめん」
ってか此処、召喚の間だけど!? アンタの部屋じゃないんですけど!?
そう言いたいのをグッと堪え、私は持参したおにぎりを聖哉の前に出す。
「あ、あの、お腹空いてるでしょ? 一応、ご飯作ったんだけど」
「……コレは?」
そして私はニコリと微笑む。
「聖哉って日本人でしょ! 私、実は結構日本に詳しいんだよ! ホラ、おにぎり! こっちには梅干し、こっちは鮭が入っていてね、」
話の途中だが、聖哉は私の作ったおにぎりを睨み、「フン」と鼻を鳴らした。
「得体の知れない者が作った、得体の知れない物か」
「!? 失礼にも程があるでしょう!?」
「お前が先に食え」
「なっ!?」
「毒が入っているかも知れんからな」
……アリアに言われ、反省し、優しくしようと思った。だからおにぎりだって作った。しかし私は今、激しく憤慨していた。
「毒なんか入ってないわよ!! バッカじゃないの!! 大体、私がアンタに毒を盛る理由がある!?」
イライラしつつ、私は鮭おにぎりにかぶりついた。
「ホラ!! 大丈夫でしょ!! ったく、信じられない!! 一生懸命作ってあげたのにさ!!」
「ふむ。速効性の毒は入っていない……か」
「だから速効性の毒も遅効性の毒も入ってねーよ!!」
女神にあるまじき汚い言葉遣いで私は聖哉に叫んでいた。
「大体、言っとくけどね!! こんな部屋で腕立てとか腹筋とか自重トレーニングするくらいじゃあ大して能力なんか上がんないんだからね!!」
叫んだ後、私は女神の力を用い、瞬く間に簡易トイレと簡易シャワールームと簡易ベッドを創造した。その後、聖哉にブザーを突き出すようにして渡した。
「準備が出来たらこのブザーで知らせて! 食事は一日三回、扉の下から差し入れるわ! アンタがブザーを鳴らすまで私は金輪際、この部屋に立ち寄らないからね!」
「ああ、そうしてくれ」
私は召喚の間の扉を思い切り閉めた。
ズカズカと廊下を踏み鳴らし、自室に向かう。
――何よ、アイツ! もう勝手にしたらいいわ! どうせあんな何もない部屋で人間が暮らせる訳がない! 二、三日で音を上げるに決まってるんだから!
……だが、聖哉は全くブザーを押さなかった。四日経った時「ひょっとして死んでるんじゃ?」と疑ったが、差し入れのおにぎりは一応平らげているようだった。
自分から『立ち寄らない』と言った癖に、気になって私はしょっちゅう召喚の間の扉に耳を当てて、聖哉のことを気に掛けていた。
……そして一週間が経過した時。遂に聖哉に渡したブザーが鳴った。
急いで召喚の前に行き、扉を開く。すると、聖哉はシャワーを浴びたばかりなのか、体から石けんの良い匂いを漂わせていた。
「そ、それでどうなのよ? 修行の成果は?」
私が聞くと、聖哉は「ステータス」とだけ呟き、立体ウインドウを展開した。そのステータスを見て、私は小さく唸った。
Lv15
HP2485 MP2114
攻撃力533 防御力507 素早さ623 魔力499 成長度341
耐性 火・氷・風・水・雷・土・毒・麻痺・眠り
特殊スキル 火炎魔法(Lv9) 獲得経験値増加(Lv3)能力透視(Lv5)
特技
性格 ありえないくらい慎重
「じ、自重トレーニングだけで、ものすっごいレベル上がってる……!!」
特殊スキルの『獲得経験値増加』が影響しているのだろうが、それにしても想像を遙かに上回る成果である。正直、このステータスならば、私が以前、担当したDクラス難度の世界の魔王といい勝負が出来るかも知れない。
私が仰天していると、聖哉は事も無げに言う。
「欲を言えばレベルをMAXまで上げたかったのだが」
「いやこんな部屋で一生を終えるつもり!? いくら時の経つのが遅い異空間でも限度があるわ!! もう充分よ!! さっさと行きましょう、ゲアブランデに!!」
私が叫ぶと、聖哉はコクリと静かに頷いた。
「そうだな……」
そして聖哉は真っ白な召喚の間の空間のどこか遠くを見詰めながら、呟く。
「
な、何よ、その決め台詞は!? カッコつけちゃって!! 言わなくていいわよ、そんなの!!
「とにかく行くわよ、もうっ!!」
呪文で再度、ゲアブランデへ通ずる門を呼び出す。そして聖哉の手を無理矢理取って、門へと向かう。
予定より一週間遅れて、私達はようやくゲアブランデに赴くことになったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。