第九十八章 憎悪血妹
「うっわあああああああああああああああああああ!!」
目を開くと同時に、私はベッドから飛び起きた。体中が汗だくだった。
――さ、最悪!! 何て酷い夢!!
窓の外から差し込んでくる神界の穏やかな朝の日差しを眺めて、どうにか呼吸を整える。
はぁ……。気分変えよ。セルセウスのカフェに行ってコーヒーでも貰おう……。
いつものドレスに着替えている最中、『ドンドンドン』と部屋の扉が激しくノックされた。
「うるさいなあ、誰よ……って、えええっ!?」
扉を開けて驚く。アリア、アデネラ様、セルセウス、更には火の神ヘスティカ様や雷神オランド様まで……神殿に住む沢山の神々が集まっていた。
「な、な、何事ですかっ!?」
私が叫ぶと、オランド様が言う。
「それはこちらの台詞だ! リスタルテ! 今し方、お前の部屋から凄まじい邪気を感じたのだ!」
「邪気……?」
アリアが恐ろしいものを見るような表情で口に手を当て、私を指さしていた。
「り、リスタ……! アナタの体から邪気が溢れてるわ……!」
「何という禍々しいオーラだ!」
意味も分からず呆然とする私。数歩、後ずさる神々とは逆に、アデネラ様が近付いてきた。私の左手を握って、ガン見する。
「こ、これは、の、呪いだな。じゅ、術者に、う、腕を触られたろう?」
アデネラ様が「見ろ」とばかりに私の目の前に手首を向ける。そこには誰かに握られたようにくっきりと手形が付いていた。
「う、嘘……!!」
じゃあ、さっき見たのは夢じゃなかったの!?
「え、怨皇セレモニク最後の呪い『
夢の中で聞いた台詞をリフレインしつつ、恐怖におののく私に対し、アリアはどうにか笑顔を繕った。
「リスタ。心配ないわ。此処は神界。きっと解決する方法がある筈よ」
セルセウスも少し引きつった顔で頷く。
「そ、それに呪われたからといって、神は死なない! そこまで心配することはないんじゃないか?」
「そ、そう……だよね!」
「とにかくイシスター様に相談してみましょう」
アリアと一緒に部屋を出ると、聖哉が通路の壁にもたれていた。
「あっ、聖哉! ちょっと待っててね! すぐに終わるから!」
「……すぐに終わりそうにない程の邪気を発散させているがな」
「ふぅ」と短く息を吐くと、聖哉は私の近くに寄ってきた。
「俺も行く」
私とアリア、そして聖哉はイシスター様の部屋に向かったのだった。
「失礼します……」
アリアに続いて、聖哉と一緒にイシスター様の部屋に入る。椅子に腰掛けたイシスター様は厳しい顔をして、私が口を開く前に話しかけてきた。
「リスタルテの体が黒い靄で覆われています。これ程までに強い呪いは久々に見ました。おそらく術者の命と引き替えに発動した呪いなのでしょう」
イシスター様は言葉を続ける。
「神や勇者の身の内にあるのは仮の魂『アストラルソウル』。
このタイミングでイシスター様がチェイン・ディストラクションの話を始めたことに、身の毛がよだつ思いがした。
「ま、まさか、イシスター様……!」
「そうです。この呪いはチェイン・ディストラクションと同様の効果を持っています。呪いが完全に発動した時は、アナタのディバインソウルまでも破壊されるでしょう」
「わ、私、死んじゃうってことですか!?」
くらりと目眩がした。押し黙る私とアリアに代わって、聖哉が尋ねる。
「呪いを止める方法はあるのか?」
「邪神のせいで、リスタルテの未来が読み取れません。なので、ここから先の話は予知ではなく、私の推測となります。呪いを止めるには、この強力な呪いをも上回る圧倒的な光の力で解除する、もしくは呪い本体にディバインソウルが天に召されるか、砕け散るのを感覚させることです」
ううっ! 後に言われた『ディバインソウルが天に召されるか、砕け散るか』って、やっぱり私が死ぬってことじゃない!
「バアさん。これも邪神の力によるものではないのか? どうにかしてセレモニクに送られる邪神の加護を止めれば呪いも弱まるのではないか?」
「呪い自体は邪神の加護ではなく、セレモニク本体によるものです。そして今はセレモニクという存在が消失して、呪いだけが残っている状態。邪神の力を弱めたとしても呪いが消えることはないでしょう」
「なるほど。なら、魂が破壊されるまでに時間はどのくらい残っている?」
イシスター様は私の顔をちらりと窺った後で言う。
「リスタルテを覆う邪気の量から推測すると……呪いが完全に発動するまで、おそらく一晩とないでしょう」
た、たった一晩!?
聖哉が私を振り返る。
「リスタ。門を出せ」
「えっ?」
「まずはイクスフォリアにセレモニクの死体を確認しに行く。そこに呪いを解く手がかりがあるかも知れん」
「う、うん……」
もうセレモニクの死体など見たくないが、そうも言っていられない。
「聖哉。リスタ。気を付けてね……」
アリアとイシスター様に見送られつつ、私は地下のプロクシー・ルームに繋がる門を出したのだった。
……沢山のトラップが発動した後のプロクシー・ルームは、桶が散乱、壁が半壊して酷い有様だった。
そして。セレモニクは片方の手足を失ったあの時の状態のまま、地面に伏していた。
「あれ? 聖哉?」
ふと聖哉がいないことに気付く。聖哉は半分開けた扉から、片目だけで様子を窺っていた。
「……何やってるの?」
「セレモニクは本当に死んでいるか? 死んでいるとして、呪いの効果は継続していないか? この状態で俺まで呪われれば、どうしようもなくなるからな」
「も、もう死んでるってば。それに私が呪われたのは、セレモニクに手首を握られちゃったから。聖哉は大丈夫だよ」
そう。強力な呪いの発動には、それなりに厳しい条件が必要だ。私は手首を長時間握られてしまい、まんまとその条件を満たしてしまったのだけど。
ようやくゆっくり門から出てきた聖哉は、目を細めてセレモニクを見た。
「干からびているな。リスタ。お前の力か?」
「う、うん。私の光の力を浴びたらこうなったんだ」
「つまりプロクシー・ルームに入り、セレモニクにトドメを刺そうとした結果、呪われたという訳か」
「う……。ごめん……」
指示を破った私を、聖哉は諫めたりはしなかった。
「まぁ今回は俺のせいでもある」
ポツリとそう呟くと、セレモニクを剣の鞘でツンツンと
「な、何してるの?」
「検死だ」
……その後、聖哉は鞘でセレモニクの死体を引っ繰り返したり、転がしたりしていたが、やがて私に視線を向ける。
「絶命を完全に確認した。これでセレモニクがまだ生きていて、呪いを発動しているという線は消えた」
「そ、そんなこと考えてたんだ……」
「それでは、次はお前が教えて貰ったという光属性の神のところに行ってみよう」
プロクシー・ルームでは、セレモニクの死を確認しただけで特に得られるものはなかった。例の如く、土魔法でセレモニクの遺体を地中に沈めた後、私と聖哉は神界に戻ったのだった。
門は神緑の森にある瓦屋根の屋敷の前に出した。木で出来た扉を開き、金神バルドゥルの家に入る。
畳の部屋でバルドゥルは私を見て、にこやかに微笑んだ。
「これはこれは。私との修行は役に立ったで……ほっげえええええええええええええええっ!!」
しかし私が近付いた途端、バルドゥルは絶叫した。
「な、何て邪気!! 何て恐ろしい呪い!! 一刻も早く帰ってくださいでませ!!」
バルドゥルは祭壇から壺を持ってきて、入っていた塩を私達に投げつける!
「ぷわっぷ!? ちょ、ちょっとバルドゥル!? 話を、」
「いくらお金を積まれても、こんな強力な呪い、私には無理でませ!! お帰りくださいでませ!!」
ものすごい勢いで塩を投げてくるバルドゥルを見て、聖哉が眉間にシワを寄せていた。
「おい。何だ、コイツは。『砂掛けババアの女神』か?」
「い、いや、そんな女神いないよ! 一応、光属性の神だけど……」
聖哉はバルドゥルに近付き、壺を引ったくると『ズボッ』とバルドゥルの頭に被せた!
「あがっ!? く、暗いっ!? そして……塩で目がしみるでませえええええええ!!」
そして聖哉は何事も無かったように踵を返す。
「時間がもったいない。行くぞ」
「う、うん……」
聖哉に言われて、今度は神界の屋上に門を出した。神界ナンバー2の破壊神ヴァルキュレ様に解決策を聞いてみるようだ。ヴァルキュレ様は、前に戦神ゼトの存在を暗に教えてくれた。イシスター様が言えないような解決法を知っているのかもしれない。
体に鎖を巻き付けただけの半裸の女神は、今日も屋上で下手くそな絵を描いていたが、聖哉が近寄ると絵筆を置いた。しばらく話をした後、ヴァルキュレ様が私の方に歩いてくる。
「分かったぜ。リスタルテ。仕方ねー。アタシが一肌脱いでやるよ」
そして右手を私の顔に当てる。
「えっ? ヴァルキュレ様?」
「簡単な話だ。要は呪い本体に『お前が死んだ』と錯覚させてやればいいんだよ」
「ちょ、ちょっと待って、ヴァルキュレ様!! ま、まさか!?」
「
「ひでぶっ!?」
痛みを感じる間もなく突然、目の前がブラックアウトした。
……しばらくして、私は意識を取り戻した。いや、意識を取り戻すという表現は正しいかどうか分からない。私は少し離れた場所から、聖哉とヴァルキュレ様に囲まれて倒れている私自身を見ていたのだ。頭部が破壊され、とても良い子にはお見せ出来ないグロテスクな感じになってくずおれている。
――げえええええええ!! 私ってヴァルキュレ様に殺されちゃった訳!? ってことは、今の私って幽霊みたいなものなの!? 無茶苦茶するなあ、もうっ!! ま、まぁ、でも、私の為を思ってやってくれた訳だし、実際これで助かるっていうのなら……
そう思いながら倒れた私を見ていると、体から発散されていた邪気が集まり、徐々に人の形を象っていく! そして女性の頭部を持つ双頭の怪物に変化する!
――ひいっ!? セレモニク!!
邪気が集まり具現化したセレモニクは、無くした筈の腕と脚が再生していた。だがセレナとモニカの顔は相変わらず血塗れで潰れている。
その刹那! 双頭の間からドス黒い血を撒き散らし、皮膚を突き破りながら、三つ目の頭部が現れる! こちらも血塗れで、しかも眼球がくり抜かれたように無い!
何故か聖哉もヴァルキュレ様も、私の存在にもセレモニクの存在にも気付いていなかった。ひょっとすると、今の私とセレモニクは幽霊とか霊体とかそういう概念とはまた違う、意識のみの存在なのかも知れない。
セレモニクは、手探りで倒れている私に近付くと、膝を折り、ブツブツと呟いている。
「死んだ? 死んだ? 死んだ? 死んだ? 死んだ? 死んだ?」
しかし、不意にすっくと立ち上がる。
急にぐるりと首を捻ると、その光景を見ていた私のもとにヨタヨタと歩いてくる! 目が見えていない筈なのに何故か正確に!
――うわわわわわわわっ!
逃げようとするが、体が動かない! 私の体を掴むと、血塗れの顔を近付け、地獄の底から響くような声で言う!
「お前は死んでいないお前は死んでいないお前は死んでいないお前は死んでいないお前は死んでいないお前は死んでいない」
「ひぃやああああああああああああああああああああ!!」
私はまたも叫びながら目を覚ました。
「だ、大丈夫、リスタ!?」
心配そうな顔のアリアが私を覗き込んでいた。
「あ、あれ? 私?」
見渡せば、自分の部屋。聖哉は勿論、セルセウス、アデネラ様、ヴァルキュレ様までいる。怖々とヴァルキュレ様に破壊された自分の顔を触ってみるが、元通り再生しているようだ。
「ねえ、アリア。私、どのくらい寝ていたの?」
「二時間ほど。実はアナタが寝ている間も、私達に思いつく限りのことは試してみたのよ。でも……」
沢山の神の中にイシスター様がいることに気付く。部屋から出られるのはとても珍しい。悲しげな表情のイシスター様を見た時、
『ああ、そうか。私はもう助からないんだ』――素直にそう思った。
私はアリアの手を握る。
「アリア。私が死んだ後のことはアリアに託すわ。聖哉達と一緒にイクスフォリアを救ってね」
「ううっ、リスタ……! こんな……こんなことって……!」
アリアの目から涙がこぼれ落ちる。私はアリアの頭を撫でてから、隣にいたセルセウスに話しかける。
「ねえ、セルセウス。キリちゃんとジョンデは?」
「俺のカフェにいる。二人共、心配しているぞ」
「二人に『ごめんね』って伝えておいて」
「わ、分かった……ぐすっ……だ、ダメだ……この雰囲気……耐えられん」
セルセウスが手で顔を覆いつつ部屋を飛び出した後、私は傍にいる聖哉を眺めた。
「聖哉。昨日、『助かった』って言ってくれて凄く嬉しかったよ。イクスフォリアに来てから足を引っ張ってばっかだったけど、やっと私、ちょっとだけ聖哉の役に立てたかなって。だから、満足だよ。でもね……」
無言の聖哉に思い切って言ってみる。
「最後にさぁ、一つだけお願いがあるの……」
みんなが見ている。だけど『どうせ最後』だと思えば、さほど恥ずかしさは感じなかった。
「え、と。キス……してくれないかな? ホッペでいいから……」
私は照れ笑いする。
「いや、あの別に好きとか嫌いとか、人間とか女神とかそういうんじゃなくて。ただ、なんとなく。ほら……今まで一緒に冒険してきたじゃんね? だから、お別れのキスって感じでいいから」
「リスタ……」
聖哉は真面目な顔で近付いてきた。
――ああ、これでもう思い残すことはないわ……。
そして……
ゴスーン!!
聖哉は寝ている私の頭部に拳を降り下ろした!
「……ぱぴっ!?」
強烈な衝撃で私の口から変な声が漏れる! 周りの神々がざわついていた。
「あ、アレが最近の人間のキスなのか!?」
「俺にはげんこつに見えたぞ!?」
「げ、げんこつっぽいキスなのかしら!?」
あーでもない、こーでもないと言っている神々に私は叫ぶ。
「こんなキスあるかああああああああ!! こりゃ間違いなく、げんこつだわ!!」
「ああ、やっぱりそうだよね!」と妙に納得する神達を無視し、今度は聖哉に声を張り上げる。
「お前、いきなり何してくれてんだ、オラアアアアアアアアアア!!」
すると聖哉は「フン」と鼻を鳴らす。
「まだまだ元気ではないか」
「最後の最後までアンタって人はああああああああ!!」
「最後だとまだ決まった訳ではない。本当にやるだけやったのか? 後悔のないところまでやったのか?」
「えっ……」
そして聖哉は真剣な目を私に向けた。
「簡単に諦めるな。最後の瞬間まで抗い続けろ。俺はもう二度と後悔はしないと決めた。俺も、そして、お前もだ」
「聖哉……?」
「呪いが完全に発動するまで、まだ時間はある。そして可能性は依然、残されている。付いてこい」
「って、ふえええっ!?」
寝ている私を無理矢理ベッドから引っ張り出す。そして、
「バアさん。アンタもだ」
「は、はいはい」
聖哉は私とイシスター様の腕を取り、周りにいた神々を押しのけつつ、部屋から出たのだった。
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