第四十二章 帝都オルフェ

「誰か、誰か、手拭いを持てええええええ!!」


 フラシカが叫び、兵士達が用意した手拭いを受け取るや、


「失礼致します!」


 戦帝の股間に当てた。


「うー……濡れてて気持ち悪いお……ねえ、下着……此処で脱いでいい?」

「だ、ダメです! 我慢してください!」

「ふぇ……」


 そして戦帝は半泣きで鼻水を垂らす。


 デモンズ・ソード魔王軍陸戦精鋭部隊襲来よりも衝撃的な状況に、私、エルル、マッシュは石のように固まっていた。ただ聖哉だけは普段と変わらぬ様子で戦帝を眺めている。


「おい。リスタ。能力透視で戦帝の特殊スキルを見てみろ」

「さ、さっき見たけど?」

「もう一度、見ろ」


 私は特殊スキルのみに焦点を絞り、戦帝の能力を透視した……。




 戦帝ウォルクス=ロズガルド

 特殊スキル 老化(LvMAX) お漏らし(Lv8) 幼児退行(Lv9)




「!? とんでもない特殊スキル出た!! 老化がレベルマックスになってっけど!?」

「これで戦帝が帝都から出られない理由が分かったな」


 さっきまで股が濡れていたせいで泣きべそをかいていた戦帝は、だが、もうそれすら忘れたのか、


「ちょうちょ! ちょうちょ!」


 空に両手を伸ばし、走り回っていた。ちなみに蝶など何処にも飛んではいない。


 ――こ、これは酷いわ……! 『要介護レベル』じゃないの……!


 その時。後方より馬の蹄の音がした。振り向くと見覚えのある蒼髪の女騎士が白馬にまたがり、駆けてくる。


「父上っ!!」


 戦帝の娘ロザリーは馬から飛び降りる。それを見た戦帝は、蝶を追うのを止め、ロザリーに駆け寄った。


「ロザリーしゃん!!」


 嬉しそうに叫ぶと娘にしがみつく。


「さみしかったお! ロザリーしゃんがいなくて、とってもとっても、さみしかったお!」

「お、落ち着いてください、父上!」


 それは父親と娘の抱擁というよりは、迷子になった幼子が母親を見つけた時のような光景だった。私達だけでなく、周りの兵士達も言葉を失い、ロザリーと戦帝を、じっと見詰めていた。それに気付いたロザリーが烈火の如く怒った。


「何を見ているかあ!!」


 兵士達がビクッと体を震わせる。


「デモンズ・ソード残党の征伐に負傷者の救護!! やることは山ほどあるだろうが!!」


 蜘蛛の子を散らしたように駆け出す兵士達。後に残ったのは私達だけだった。


「き、貴様らもいたのか……!」


 無論、ロザリーにとって見られたくないシーンだったのだろう。何とも言えない複雑な表情をしていたが、そんな彼女に戦帝がまたも抱きつく。


「しゅきー! ロザリーしゃん、だいしゅきー!」

「父上! やめてください! おいたをすると、お化け! お化けが出ますよ!」

「お化け!? お、お化けは……しゅごく、こわい!!」

「怖いでしょう! なら、静かにしてください!」

「うん……静かにする……お化けこわい……ふぇ……」


 おとなしくなった戦帝を氷のような目で見詰める聖哉に気付いたロザリーは、顔を真っ赤にして怒鳴った。


「お前、何だ、その目はァ!? 言いたいことがあるなら言えよッ!!」


 だが聖哉は呆れたような顔で無言。代わって私が口を開く。


「ね、ねえ、ロザリー。これってば、やっぱり『認知しょ、」


 途端、私の胸ぐらを掴み、鬼のような顔で睨む。


「言うな……! それ以上、言うな……!」

「いや、言いたいことあるなら言えって言ったじゃんか!!」


 そうこうしている隙に、戦帝は聖哉の方に走っていった。


「おにいちゃん、あしょぼ! あしょぼ!」


 無邪気に駆け寄る老人の腹部を、


「近寄るな」


 聖哉は遠慮なく蹴っ飛ばした。地面に転がった戦帝は、


「ふええええええええん!!」


 人目をはばからず大泣きした。


「コラーーーーッ!! 何てことしてくれんだ、お前ええええええ!?」


 父親に駆けるロザリー。娘に抱きつく父親。


「ふえ……ビックリして……またおちっこ漏れちゃった……ふえ……」

「おお、よしよし! アイツは後でこらしめておきますからね!」


 父親を慰めているロザリーの肩を私は軽くチョンチョンと叩く。


「あ、あのー。そういえば私、戦帝に城に来いって言われてたんだけど? 見せたい物があるとか……」

「ああ!? そんなもの後だ、後!!」

「後って、どのくらい?」


 すると戦帝はまたも見えない蝶を追い始めた。


「ちょうちょ! ちょうちょ!」

「おい。このアホジジィを何とかしろ」

「だ、誰がアホジジィだ!! 言葉に気を付けろ!!」

「ねえ、ロザリー。後ってどのくらいなのよ?」

「うるさいな、もう!! えぇい、一時間……いや二時間だ!! 二時間後に帝国城に来い!! お前らはそれまでオルフェの町でも見物していろ!!」


 言われて聖哉は踵を返す。


「そうしよう。此処にいても仕方あるまい。それに……あまり長居すると、アホが伝染するかも知れんしな」

「!? 貴様ああああああああ!!」

「は、早く行こうよっ!!」


 エルルが急かし、私達はすごい剣幕のロザリーから逃げるように帝都の町中に向かったのだった。





 当然といえば当然なのだが、帝都であるオルフェは今まで見たどんな町よりも栄えていた。石畳の大通りはお洒落な服を着た老若男女で溢れ、また所狭しと立ち並ぶ店々みせみせからは活気のある声がする。町はどうやら祝勝ムード。戦帝がアホになる前に四天王を倒したことは紛れもない事実であり、その後の醜態を知らない帝都の人達は戦帝の偉業を大いに讃えていた。


 そう。戦帝がイライザを倒してくれたお陰で、残す敵は魔王のみとなったのである。


 ――う、うーん。何だか、実感湧かないなあ。だって最後の四天王をこの世界の人間が倒しちゃうんだもん。ま、まぁでも、考えようによってはラッキーよね……?


 しばらく歩くと『BAR』と書かれた看板が目に入った。私は聖哉の肩を突く。


「ねえねえ、聖哉! ちょっとだけ寄っていかない? 素敵なバーよ!」


 だが聖哉はつまらなさそうな顔を向ける。


「アルコールなど入っている時に敵に襲われたらどうする?」

「ふ、雰囲気を楽しむだけだってば!」

「酒場は酔っぱらいだらけだ。こちらに非がなくとも向こうから絡んで来たりする。そしてケンカになり、最終的には刺殺事件に発展するかも知れん。だから行かん」


 ……はぁ。こういうところも慎重なのね。


 酒場に行けず軽く凹む私の手をマッシュが引いた。


「リスタ! あそこにカジノがあるぜ!」


 見れば、看板を持ったバニーガールが客寄せをしている。科学の発達していないゲアブランデでは電飾きらびやかとはいかないが、それでもカラフルな塗料で建物をデコレーションし、カジノは華やかな雰囲気を醸し出していた。


 エルルが目を輝かせる。


「これがカジノかぁ! 私、見るの初めてだなぁーっ!」


 カジノはファンタジー世界に於いて、冒険者の楽しみのひとつ! マッシュもエルルちゃんも興味があるようだし……


 私は二人に微笑みかける。


「少しだけ寄って行きましょうか?」

「いいのか、リスタ!」

「たまには気晴らしも必要よ! ホラ、私のお金を上げるから、これをメダルに交換して、」


 だが。聖哉はそんな私達をカジノの前に残し、スタスタと歩き去っていく。


「ち、ちょっと聖哉!? 待ってよ!! やらないの!?」


 叫ぶと面倒くさそうに振り返り、きっぱりと言い放つ。


「負ける可能性が1%でもある限り賭け事はやらん」


 いや、もう、どんだけ真面目なのよ!!


 マッシュ達は行きたがっているし、私はしつこく聖哉を誘う。


「ひょっとしたらメダルの景品交換ですごい武器や防具が手に入るかも知れないわよ?」


 どうよ! これなら聖哉もちょっとは興味が出たんじゃない?


 そう思ったのだが、聖哉は氷の視線で私を射抜く。


「リスタ。カジノの景品などで魔王が倒せる武器が手に入ると本気で思っているとしたら……お前の脳味噌はルーレット盤を回る白玉くらいの大きさだ」

「あんな、ちっちゃくねえわ!!」


 聖哉は歩みを止めず、エルルは「あーあ。行きたかったなぁ……」がっくりと肩を落としていた。


 私は少し窘めるように聖哉に言う。


「聖哉。ちょっとくらい遊んでも罰は当たらないわよ? マッシュもエルルちゃんも行きたがってるさ。だから、ねっ?」

「そんな暇があるなら、道具屋や武器屋に行きたい。帝都ならば戦闘に役立つ珍しい物が売っているかも知れんからな」

「そ、それはまた後で行くとしてさ! 今はホラ、」


 すると聖哉はより一層冷たい目で私を睨む。


「お前は女神だろうが。ちょっとは世界のことを考えたらどうだ?」

「か、考えてるからこそ、たまには息抜きが必要だと思うのよ!」

「全く。そんなだからヴァルキュレに三流女神呼ばわりされるのだ」


 ……は? な、何でここでヴァルキュレ様の名前が出てくるのよ? 


「何よ!! どうせ私はヴァルキュレ様には勝てないわよ!!」

「り、リスたん!? 落ち着いて!!」


 エルルが怒る私をなだめるが、聖哉は何処吹く風で歩き続け、道具屋の前で立ち止まった。


「どうだい、お客さん! 限定商品の『上薬草じょうやくそう』だぜ!」

「ほう。普通の薬草と、どう違う?」

「回復力が全然違うんだ! これを使えばどんな傷でもアッという間に治っちまうぜ!」

「本当か? 嘘だったら店を燃やすが、良いか?」

「ああ……って、いい訳ねえだろ!! 怖いことサラッと言うお客さんだな!? だが嘘じゃねえ!! 上薬草は一つで普通の薬草三個分の回復力があるんだからな!!」

「ふむ。ならば少し貰おう」


 少しと言いつつ例の如く、とんでもない数量を頼もうとしていた聖哉に、イライラしている私は怒鳴った。


「ってか、聖哉!! 回復なら私の魔法で出来るでしょ!! そんな薬草なんかいらないじゃんか!!」


 すると聖哉よりも店主が顔色を曇らせた。


「『そんな薬草』とは何だよ? 俺っちの仕入れた上薬草を舐めて貰っちゃあ困るぜ! ハイプリースト高位司祭の回復呪文にも、ひけをとらねえんだからな!」


 普段なら謝るところだが、今の私はすこぶる機嫌が悪かった。


「何よ! 私の魔法の方が威力があるに決まってるわ!」

「じゃあ、勝負しようや! おっ、いいところに……おぉい!」


 店主はタイミングよく苦しげな顔で町中を歩く兵士を見つけ、声を掛けた。


「お、俺に何のようだ? さっきデモンズ・ソードが攻めてきた時、両腕にダメージを受けたんだ。だが金がなくて治療が出来ないんだ……」


 店主は兵士の両腕を眺め、にやりと笑う。


「両腕に同じような怪我をしてやがる。どうだ? どちらが、この兵士の腕の治りが早いかで勝負しようぜ? もし買ったらウチの商品、全て半額にしてやらあ!」

「上等だっつーの!!」


 店主は兵士の右腕に上薬草を塗りつける! そして、私は左腕に全意識を集中する!


 宇宙に広がる創造の意思よ!! 我に力を与えたまえ!! フォォォォッ!! 燃え上がれ、私の女神力めがみりょくうううううううううううううう!!


 ……一分後。


「やっぱり上薬草は治りが早いなあ!! もう全然痛くないぞ!! おねえさんの方はまだちょっと傷口がジクジクするけど」


 ……はい、負けました。頑張ったけどダメでした。上薬草には勝てませんでした。


 傷心し、項垂れる私を聖哉が見下していた。


「……この下薬草女げやくそうおんなめ」

「!! 今すぐ薬草が必要な感じにしてやろうか!? 私だってねえ!! 真の女神の力を解放すればこんな薬草なんかに負けないのよ!!」

「ならば、今それを出してみろ」

「そんなことしたら、即女神クビにされちゃうの!!」

「相変わらず使えん」

「だ、だから何度も言ってるでしょ!! 女神は過度に人間を助けることが出来な、」

「おい。上薬草をくれ。限定商品と言っていたな。ならば限度いっぱいまで貰おう」

「へい!! ありがとうございます!!」





 道具屋を出た後、


「何よ……! 何なの……! 一体何なのよ……!」


 怒り治まらずブツブツと呟きながら歩く私に、マッシュが声を掛けてきた。


「なぁリスタ。落ち着けよ。ホラ、リスタには陰毛があるじゃんか!」

「うっさいわね、このマッシュルーム!! アンタのキノコ、引き千切るわよ!!」

「!? ひっでえ台詞!! それでも女神!?」

「ま、マッシュが変なこと言うから悪いんだよ! ねっ、リスたん!」


 エルルの言葉すら私は無視し、歩き続けた。


「リスたん……?」


 その後、聖哉は武器屋で色々と物色していた。時間を掛けて見終わると店を出る。


 やがて、遠くにそびえる帝国城を見詰め、


「そろそろ行くか」


 聖哉は城へと足を向けたのだが……私のテンションは度重なるフラストレーションの為、史上最悪だった。

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