第百四章 砂の町

 ジョンデを地中から掘り出した後、イシスター様と話して死皇がいるエアリス大陸へ門を出す許可を得たのだが、聖哉はすぐに私に門を出させなかった。


「エアリス大陸の何処に死皇がいるかは分からんが、とにかく魔王の住むガストレイド大陸に近い北部は避けよう。まずは南部から様子を窺いたい」

「聖哉。南なら『フルワアナ』っていう町があるみたい。情報収集も兼ねて、そこに門を出そっか?」

「死皇に支配された大陸にある町か。既にアンデッドやゴーストだらけの可能性が高いな。いきなり町中に門を出すのは危険だ。そこから更に南に五百メートル離れた地点に出せ」

「う、うん。分かった」


 相変わらずの慎重さだったが聖哉の言うことも、もっともだ。私は言われた通りに町から離れた場所に門を出したのだが、それでも聖哉は門を潜らない。荷物袋から壺のような物を取り出した。


「おい、勇者。何だソレは?」

「金神バルドゥルが持っていた壺だ」


 ああ。そういえばセレモニクに呪われた時、バルドゥルがこの壺から塩を私に投げつけてきたっけ……。


 聖哉は壺から塩を取り出すと、私が出した門の下部に盛り塩をした。それが終わると、私、キリコ、ジョンデの頭にパラパラと塩を掛けてくる。ジョンデがしかめ面をして、キリコは不思議そうに聖哉に尋ねる。


「せ、聖哉さん。これは一体何なのでしょう?」

「塩には霊的な悪いものを払う効果があるという。念の為のゴースト対策だ。また、塩はナメクジにも効く」


 ナメクジはこの際、全く関係ないと思うのだが……まぁこれで聖哉の気が済むならと思い、私は放置した。


 ようやく聖哉がそろりと門に手を掛ける。ゆっくり扉を開いた後、聖哉の後に続いて私達は門を潜ったのだった。




「うわあ……砂だらけですね……!」


 門を出ると、キリコが声を上げた。キリコの言う通り、三百六十度、足下には砂が広がっている。更に頭上にはカンカンと照りつける太陽。私達が出た場所は砂漠のど真ん中だった。ジョンデが目を細め、地平線の彼方を眺めている。


「あれがフルワアナの町か?」


 暑さのせいで蜃気楼のように揺らいでいるが、ジョンデが指さした先には町らしきものが見えた。


「そうみたいね。とりあえず、あそこを目標にして歩きましょ」

「……待て。リスタ」


 フルワアナに向かおうとした私達を聖哉が止めた。振り返ると、屈み込んで熱砂に手を当てている。


「何してるの、聖哉……って、わわっ!?」


 途端、砂の中からゴーレムが現れた! 一体のゴーレムに続き、更に二体、三体……合計四体のゴーレムを作成した後で聖哉は言う。


「このゴーレムの背に乗って進むことにする」


 一体のゴーレムの大きな手が私の体を掴み、自らの背中に乗せた。同じようにジョンデもキリコも無理矢理ゴーレムの背中に乗せられる。


「聖哉!? どうして!?」

「此処は砂漠地帯。蟻地獄のように熱砂の中に引きずり込もうとするモンスターがいるかも知れん。そんな時も巨大なゴーレムに乗っていれば、まず安心だ。それに、」

「それに何だ?」


 ジョンデが聞くと聖哉は自信ありげな顔をした。


「……楽しかろう?」

「い、いや! 全然、楽しくなどないが……!」


 ジョンデの言う通りよ!! 一体、何が楽しいの!? 分かんないわ、この勇者の感性……!!


 それでもキリコは明るい声を出す。


「私はとても楽しいですっ!」


 そ、そーなんだ!? 象さんの背中に乗っているような感じなのかな!?


「うむ。それでは進もう」


 そして私達は――というか私達を背中に乗せたゴーレムは動き出した。だが数歩歩いた時、私達の目前の砂が隆起し、地中から肉の削げ落ちた白骨が現れる!


「な、何よ、一体!?」


 砂の中から現れたのは剣を持った骸骨だった! 骸骨剣士は十体近くいる!


「お、おい、勇者! スケルトンの群れだ!! ゴーレムから下りて戦うか!?」

「その必要はない。ここはゴーレムに任せよう」


 剣を振り上げ、ガシャガシャと音を立てて私達に近付いて来るスケルトン達。だが、ゴーレムの強烈な拳を頭部に喰らうと弾け飛び、呆気なくバラバラになった。


 さ、流石は土魔法を極めた聖哉の作ったゴーレム! 凄まじい戦闘力だわ!


 ゴーレムに乗ったまま、動かなくなったスケルトンに手をかざし、『エンドレス・フォール』で残骸を地下に沈めることも忘れない聖哉だったが、ふと気付けば、一体のくずおれたスケルトンを凝視している。他の残骸に比べると、頭部が損壊しているのみで、体はしっかりと残っていた。


「ジョンデ。試しにこの骸骨をお前の新しい体にしてみるか?」

「い、いや、アンデッドからスケルトンになっても意味無いだろ。嫌だよ……」

「死臭は無くなるぞ?」

「だからって、そんな『知らない人の骨』になりたくねえよ! 腐ってても自分の肉体の方がマシだ!」

「やれやれ。贅沢な奴だ」

「!! 俺、そんなに贅沢かな!?」


 ジョンデは頭部の無いスケルトンになるのを拒んだが……ま、まぁそりゃあ当然よね。っていうか、よくよく考えれば、生きた人間の体を借りる訳にはいかないから、仮にジョンデの体を移し替えるとしても、モンスターで代用するしかないのかしら?


 とにもかくにも、スケルトンを一掃した私達は再びフルワアナに向けて歩き始めた。しかし、それも束の間。今度は前方に赤いもやのようなものが複数出現する! 実体のない、このモンスターは間違いなく――


「聖哉! ゴーストよ! 凄い数だわ!」


 靄の中に、恨みに満ちた人の顔のようなものが浮かんでいる。死んだ人間の怨念が魔王の力を得て凶悪なモンスターになったのだろう。


「ほう、これがゴーストか。今こそ修行の成果を見せてやる」


 そして聖哉は自らのキラーソードに念を送るようにして、ネフィテト様から教わったゴーストバスター幽滅霊剣を発動する。白い膜のようなもので覆われた剣を、聖哉はゴーレムに乗ったまま構えた。


「お前達も腰のキラーソードを抜け」

「う、うん!」


 私達は聖哉に貰った鞘からキラーソードを抜く。すると、既に刀身は聖哉の剣と同じく白い膜のようなもので覆われている。


「えっ!? これって、もうゴーストバスターが発現してるの!?」

「神界にいる時、霊力を付与しておいた。今回はお前達にも手伝って貰うぞ」


 珍しく聖哉が私達に協力を求めている! 今まで聖哉の役に立ちたかった筈なのに、いざ戦闘となって、私の手は震えた!


 わ、私もこれで戦うのね! 出来るかなあ……い、いや、何考えてるの! 女神は勇者のサポート役! 頑張らなくちゃ!


 私はジョンデを真似て、慣れない剣を構えるが……聖哉が冷めた目で見詰めてきた。


「何をしている? さっさと、お前達の剣をゴーレムに渡すのだ」

「「ええっ!! ゴーレムに渡すの!?」」


 私もジョンデも驚くが、一応言われた通りにゴーレムに剣を差し出す。霊力の秘められた剣を受け取ったゴーレムは、そのままゴーストに突撃! 丸太のような腕を『ぶぅん』と振り回し、斬りかかった! ゴーストバスターの一撃を浴びたゴーストは、


「オオオオオ……」


 嘆きの声を上げつつ、文字通り、雲散霧消した。


 ……その後も私達を背に乗せながら、ゴーレムはゴーストバスターを自在に操り、大活躍していた。ゴーレムのお陰で、ゴーストの数はどんどん減っていくが、ジョンデは微妙な顔だ。


「全部ゴーレム任せかよ……。何だかなあ。『倒してる感』が全くないというか……」

「何が『倒してる感』だ。そんなものはいらん。安全が第一だ」

「そりゃあ、そうだけどよ……」


 あはは……。マッシュもそうだったけど、男ってやっぱりモンスターと戦いたがるのよね。


 しかし、私は聖哉が眉間にシワを寄せて、一点を見詰めていることに気付く。


「……おい、キリコ。何をしている?」


 私はキリコを見て驚く。キリコはゴーレムにキラーソードを渡していなかった。代わりに震えながら自らキラーソードを握りしめている。


「わ、私……出来れば自分の力でゴーストと戦ってみたいです!」

「!! キリちゃん!?」


 だ、ダメだって、聖哉にそんなこと言っちゃ!! 一応、コレで難なく無事にやっつけてる訳だし、ここは大人しく従った方が……!!


 聖哉はキリコを睨み付けながら言う。


「そんなに自分の力を試してみたいのか?」

「はい! 私、強くなりたいんです!」


 訪れる沈黙。聖哉のげんこつがキリコに向けられるのではないか、と危惧したのだが、


「いいだろう。ならば、やってみろ。だが、俺がいいと言うまでゴーレムから下りるなよ?」

「分かりました!」


 あ、アレ!? 認めちゃった!? 何だか、聖哉らしくないような!?


 意外にもすんなりキリコの意見を受け入れたように思えた聖哉だったが、


「……アストラル・ブレイク幽壊鉄鎖


 ゴーストに効果のあるヴァルキュレ様の破壊術式を発動。一体のゴーストを手の平から出た鎖でがんじがらめにする。完全に動けなくなったゴーストを見て、聖哉が頷く。


「よし、キリコ。このゴーストを攻撃してみろ」

「はい!」


 か、過保護すぎる!! いやまぁ、別にいいんだけどさ!!


 キリコはゴーレムから下りると、鎖で縛られたゴーストに恐る恐る近付いていく。だが、ゴーストを前にして、キリコはずっと震えたままだった。


「どうしたの、キリちゃん? 後は斬るだけよ?」

「あ、あの……このゴーストも、元は人間さんだったと思うと、何だか……」


 性格の優しいキリング・マシンはどうしても攻撃を逡巡していた。聖哉は小さな溜め息を吐くと、アストラル・ブレイクで捕らえていたゴーストを自ら斬り伏せた。


「あっ……」

「倒せないなら、最初から素直にゴーレムに任せておけば良い」

「す、すいません」

「キリちゃん! 無理することないわよ! 戦闘なんて徐々に慣れていけばいいんだから!」


 落ち込むキリコを慰めていると、ジョンデが声を荒げる。


「また新しいゴーストが現れたぞ!! さっきより更に多い!!」


 見れば、左右から数十体のゴーストが私達に向かってくる! 


 た、確かに数が多すぎるわ!! 大丈夫かしら!?


 すると聖哉は自分の顔の前に手をかざす。


ジョブ・チェンジ職業転換。土の魔法剣士から、火の魔法剣士へ」


 そして聖哉はゴーストの大群に両手を向けた。


マキシマム・インフェルノ爆殺紅蓮獄

 

 刹那、聖哉の手から溢れ出た炎が幾状にも分かたれ、迫ってくるゴースト達を襲う! 全身を紅蓮の炎で包まれたゴーストは、


「アアアアアア……!」


 断末魔の叫びを残し、消滅した。


「……って火炎魔法、効いてんじゃん!! ゴーストバスターいらなくない!?」

「これから先、使う機会はあるかも知れん。それにゴーストバスターを使わずに、倒せるのなら、それはそれで良いではないか」

「そ、そうだけどさぁ……せっかく修行したのにやるせない気分というか……」

「そんなことよりゴーストは肉体が無い故、エンドレス・フォールで埋めることが出来ん。その分、徹底的に燃やし尽くさねばならん」


 さっきまでゴーストがいたけど、今は何もなくなった空間に聖哉は紅蓮の炎を描いていた。


「何やってんだ、アイツ……!」


 私とジョンデが冷めた目で見詰める中、バルドゥルの塩を辺りに沢山撒いてから、ようやく聖哉は町に向けて進行を再開した。


 ゴーレムに乗ってしばらく歩くと、フルワアナの町の全貌が視界に入ってくる。


「聖哉! もうすぐフルワアナよ!」


 私が叫んだ、その時だった。


「ぶわっ!?」


 急に突風が吹いた。砂が目に入り、私は咄嗟に瞼を閉じてしまう。「くっ!」と隣でジョンデの声がした。


「う、うーん……」


 私は目を擦りながら瞼を開く。


 ――あれ……?


 ふと違和感を覚えた。今まで遠くから窺っていたフルワアナの町の外観が少し変化したように思えたのだ。


 気のせいだと思おうとした。だが聖哉が「チッ」と舌打ちする。


「気を付けろ、リスタ。突風が吹いた時、妙な感覚があった」

「あっ! 聖哉も感じたんだ?」

「ひょっとすると死皇のテリトリーに入ってしまったのかも知れん。用心を怠るな」

「う、うん!」


 ジョンデもキリコも真剣な顔で頷く。私達は緊張感を持ちながら、フルワアナの町の入口に向かった。


 入口には、風と砂を避ける為、頭部をすっぽり隠す民族衣装を着た女性が立っている。私達に気付くと、顔の覆いを取った。日に焼けた美人だ。


 女性はゴーレムに乗ってやってくる私達に怪訝な表情を向けていたが、聖哉に気付くとたちまち笑顔に変わった。


「聖哉様!!」


 叫んで、聖哉のゴーレムに駆け寄ってくる。聖哉が剣を抜いた。


「誰だ、お前は。俺に近付くな」

「ええっ! お忘れですか? グレスデンの妻、ミレイでございます!」

「グレスデンもミレイも、どちらも全く知らん」

「そんな……!」


 ミレイと名乗った女性は困惑していた。こ、この人ってきっと一年前の聖哉と面識があるのよね!?


「すいません! 聖哉ってば、記憶喪失で!」


 作り笑いしながらフォローする。


「そ、そうですか。ついこの間、お会いした時はお元気そうでしたのに……」


 んん? 一年前って『ついこの間』かなあ?


 少し不思議に思ったが、ジョンデとキリコは笑顔で、土で塗り固めたようなフルワアナの家々を眺めていた。


「この町はまだ無事のようだな!」

「死皇の手は、此処には届いていないみたいですね!」


 するとミレイはきょとんとした表情を見せる。


「『死皇』? 何ですか、それは?」

「あれっ!? 知らないの!?」


 ――この大陸に君臨する怪物の名前を知らないなんて!?


 私達は顔を見合わせるが、ミレイはにこりと微笑みながら言う。


「聖哉様が一年前、魔王アルテマイオスを倒してくださってから、この地はずっと平和でございます」

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