第百五章 もう一人

「魔王を倒した!? 聖哉が!?」


 ミレイの言葉に私は唖然としてしまう。


 ちょ、ちょっとこの人、何言ってんの!? 聖哉が一年前、魔王に負けちゃったからイクスフォリアは滅ぼされて、私達がもう一度救済にやってきたんじゃない!!


 だがミレイはミレイで、きょとんとした顔だった。


「私はてっきり、クレオがお願いしていた陶器の材料を、聖哉様が持っていらしたのだと思ったのですが……」

「クレオ? 陶器って?」

「クレオは私とグレスデンの息子でございます。夫のグレスデンは町の宿屋を営んでおりまして、半月程前ターマインから聖哉様がいらした際、クレオがラドラル大陸の土をお願いしたのです。ラドラルの土とこの大陸の土を混ぜ合わせると良い粘土が出来ますので」

「は、はぁ……」


 ミレイの言っていることがよく分からない。半月前に聖哉に陶器の材料を頼んだ? 聖哉はイクスフォリアに来た時からずっと私と一緒に旅をしている。そんなことがある筈がない。


 この女の人、少し変なのかしら――そう思った瞬間、聖哉にグイッと首を引っ張られ、私はミレイから引き離された!


「ぐへぇっ!? 何よ、いきなり!?」

「リスタ。門を出せるか、試してみろ」

「何で今!?」

「いいから、試せ」


 私は渋々、呪文を唱えて、門を出した。扉を開けば、中には何と白い壁が! 

 

 ――こ、これは……呪縛の玉の影響!!


 聖哉がしたり顔で頷く。


「うむ。これでこの町が既に死皇の支配下にあることが確実となった」

「ってことは、もしかして……この町の人達って……!」


 佇むミレイと、その背後で町を行き交う人々を眺めて、ぞくりとする。し、死皇っていうくらいだから、ひょっとして此処は『死人の町』だったり!?


 私は戦慄するが、聖哉は忌々しそうに眉間にシワを寄せていた。


「安易に敵の懐に飛び込んでしまうとは。偵察の為、フルワアナ周辺には既に土蛇を放っていたが、モンスターを発見した訳ではないのでスルーしてしまったようだ。今後は少しでも妙な気配を感じたら、すぐに報告するよう改良しなければ」

「い、いや、これは誰にも防ぎようがなかったんじゃないかな……!」


 聖哉がフルワアナの町に入ったことを後悔している間も、ジョンデとキリコは訝しげに辺りを見回していた。


「流石にこの状況はおかしいな。イクスフォリアで、こんなに平和に残っている町があるとは信じがたい」

「よく考えれば、町の外にはスケルトンやゴーストが沢山いました。なのに、この町が無事なのはおかしいですよね……」


 聖哉も黙って頷く。


「この町の連中がおかしいのは当然として、問題はその真相だ。『死人の集まり』、『幻術による効果』、『魔物の変化』、『土人形』……可能性が多すぎる。一つ一つ潰していかねばなるまい」

「潰す、って?」


 聖哉はミレイに近付いていく。歩きながら懐から麻の軍手のようなものを取り出して装着すると、首を捻るミレイの胸元に手をやり……思いきり開いた! たわわなミレイの胸が露わになる!


「せ、聖哉!?」


 突然のセクハラに驚く私を尻目に、聖哉はミレイの胸や腰、そして手足など全身を両手でまさぐり始めた! ミレイの顔が赤く染まってゆく!


「ああっ、聖哉様!? そ、そんなところ……あっ、あっ!」

「聖哉っ!! アンタ、何やって、」


 次に聖哉は、喘ぐミレイの顔に聖水をブッかけた!


「あふんっ!?」

「い、いい加減にせんかあ、このハレンチ勇者がああああああああああ!!」


 私は叫びながら聖哉に飛び掛かり、ミレイから引き離した後で頭を下げる。


「ご、ごめんなさいね、ミレイさんっ!!」


 ミレイは体をプルプルと震わせていた。体をまさぐって、その上、顔に聖水をかける――まさにセクハラの極み! いくら、この人が死人でないのを確かめる為だといってもやり過ぎよ!


 しかし、ミレイはうっとりとした表情を見せていた。


「いや、いいんです。すごく……いいんです。夫はこんなことしてくれませんから……」

「!! ミレイさん!? もしかして発情しちゃったんですか!?」


 人妻は発情しているが、怒ってはいないようだった。


 な、何よ、コレ!! イケメンならセクハラも許されるの!? ジョンデがやったら絶対、事件になってるのに!!


 世の不条理を嘆いていると、聖哉はミレイから離れたところでぼそりと呟く。


「ステータスも見て確認した。この女は死体や魔物や人形ではなく、生身の人間のようだ」


 ジョンデは目を細めながら、歩く人々を見やる。


「他の奴らもアンデッドという訳ではなさそうだぞ。言いたかないが、俺には分かる」


 アンデッドにはアンデッドの気配が分かるようだ。言われてみれば、私の女神の勘も、ミレイや行き交う人々に対して邪悪なオーラを感じない。私達を騙しているような感じは全くしないのだ。


「なら一体、この町って……え……?」


 言いながら聖哉を見て仰天する。何の前触れもなく、聖哉は抜いたキラーソードを、自らの手の甲に突き刺していた! 剣が貫通し、赤い血がボタボタと落ちている!


「な、な、な、何してんのよ!?」

「肉体に激痛を与えてみた。だが変化はない。幻術という訳でもなさそうだ」


 て、敵に幻術を掛けられているかも知れないから、目を覚ます為に痛みを!?


「まぁ、俺が気付かぬうちに幻術に掛けられているなど考えにくいが、念の為にやっておいた。……おい、リスタ。すぐに治せ」

「分かってるわよ!!」


 ったく、普段慎重なくせに、こういう無茶は平気でするのよね、この人! 


 治癒魔法で聖哉の傷を癒していると、聖哉は事も無げに呟く。


「つまり現在、最も信憑性があるのは『町の人間は生きているが、催眠術などで敵に操られている』という状況だ」


 私がどうにか傷口を塞ぐと、聖哉は持っていた薬草を更に手の甲に押し付けながら言う。


「とにもかくにも、この町は怪しい。一旦、町から出たいところだが……」

「だが、勇者! 今の話が本当なら、この町にいるのは生きている普通の人間なんだろ?」

「だ、だったら、私達がいなくなれば危ないんじゃあないでしょうか!」

「そうね! 死皇にやられる前に守ってあげなきゃ!」


 私達が揃って見詰めると、聖哉は大きく息を吐き出した。


「仕方あるまい。しばらく滞在し、様子を見よう。それに今、町の外に出るのも得策とは限らんしな」

「えっ……」


 聖哉はフルワアナの空を見上げていた。町の上空は晴れているが、町の外には毒々しい黒雲が浮かんでいる。むしろ邪気は町の中ではなく、外に充満しているような気がした。


「では充分に気を配りながら、この町を探索することにする。お前達は俺から離れないようにしろ」


 聖哉が歩き出す。私達が後を追って町中に向かおうとすると、ミレイが声を掛けてきた。


「あ、あの、私共の宿屋はこの通りを抜けたところにあります。いつものようにお代は頂きませんので、よろしければ後ほどお立ち寄りください……」





 フルワアナは砂漠の中にある町らしく、足下には舗装されていない地面が広がっている。通りにはテントが林立し、バザーのように品物が地べたに置いてあった。


「勇者様! こんにちは!」

「ごきげんよう、聖哉様!」

「ターマインからのご視察、ご苦労様です!」


 フルワアナの人々は聖哉とすれ違う際、親しげに声を掛けてきた。イクスフォリアでよく向けられてきた侮蔑の眼差しとは違い、尊敬の念が込められている。そう……まるで本当に聖哉が魔王を倒した後のような……。


「おっ! 珍しいな! 武器屋があるぞ!」


 ジョンデが一つのテントを指さした。サーベルのような形の剣が地面に並べられている。ジョンデの言う通り、確かに武器屋は珍しい。イクスフォリアは魔王に征服されている世界。ちゃんとした武器を買って手に入れることは今まで一切、出来なかったのだ。


 聖哉も気になったようで武器屋に近付くが、しばらく眺めた後、つまらなそうに呟く。


「弱い武器だな」


 私は鑑定スキルを発動したが、攻撃力はキラーソードに及ばないのは勿論、プラチナソードにもほど遠い。魔王が邪神の加護を受ける前のイクスフォリアの難度は『B』だと聞いている。だとしたら置いてある武器がそこまで強くないのも頷けた。


「そもそも魔物に操られているような人間が売っている物だ。ちゃんとした物である訳がない。此処に置いてある剣とて、本当に剣なのかも疑わしい」

「えっ? でも見た感じ、普通に剣だけど?」

「狸が旅人を化かす絵本を昔読んだことがある。町の人間は幻でなくとも、売っている物は幻かも知れん。買ったところで後々、泥団子に変わる可能性がある」

「確かにそうね」


 普段から何事も疑ってかかる聖哉だが、今回は私も全面的に賛成だ。この武器屋で買う物などなさそうである。


 だが、歩き出そうとした途端、信じられない光景を目にする。


 聖哉が懐からお金の入った袋を取り出していた。そしてターバンを巻いた男の店主に話しかける。


「その剣。100本貰おう」

「!! いや結局、買うんかい!? 言ってること無茶苦茶じゃね!?」

「超低確率ながら剣が泥団子で無かった場合のことを考え、一応、購入しておくことにする」

「ってか、どのみち100本もいらないでしょ!! 全部、泥団子だったらどーすんのよ!?」

「仮に全て泥団子だったとしても、後でその泥団子が何かの役に立つかも知れん」


 今まで黙って話を聞いていた店主が遂に怒って叫ぶ。


「泥団子なんか置いてねえよ!!」




 ……とにかく百個は諦めさせ、十個の泥団子……いや十本の剣を購入した後、聖哉は今度は道具屋のテントの前で足を止めた。薬草や毒消し草、また麻痺に効く類の草が並べられている。


「おい。狸親父」

「お、俺のことかい!?」

「そうだ。これらの草はどうせ何の効果もない、ただの葉っぱだろう?」

「ちゃんと効果のある道具ですよ!! 失礼だな、もう!!」

「フン。どうだかな。だが、その『ただの葉っぱ』――あえて全て買おう」


 ゴチャゴチャ言いながら、聖哉は置いてあった草を購入しまくっていた。


「さ、最終的にいつも通り、買い漁るんだね……!」

「うむ。買わずに後で後悔したくはないからな」


 買い物をしているとやがて日が暮れ始めた。大量の荷物を持って歩いていると、道の突き当たりに建物が見えてくる。土を固めたような家だが、この町で見た中で一番大きい。あれがミレイの夫が経営する宿屋だろう。年端もいかない男の子が建物の脇で佇んでいる。


「あっ、聖哉様!!」


 男の子は、私達に気付くと駆けてきた。聖哉の前で嬉しそうな顔を見せる。


「陶器の材料を持って来てくれたんだね!」

「何だお前は。そんな物は持ってきていない」

「ええっ!? その抱えてる大きな袋って、材料じゃないの!?」

「これは『ただの葉っぱの詰め合わせ』だ」

「!! どうしてそんなものを大量に持っているの!?」


 騒いでいると、建物の中からミレイと一人の男性が飛び出してきた。四十代くらいの誠実そうな男性は、聖哉に近付くと頭を下げる。きっと、この男がミレイの夫のグレスデンだろう。


「す、すみません、聖哉様! これっ、クレオ!」

「だって聖哉様、約束した陶器の材料、持ってきてくれないんだもん!」

「聖哉様は記憶を失っているらしいんだ!」

「ええーーーっ!? 何だよ、それ!!」


 クレオが嘆く。どうやらグレスデンはミレイから話を聞いているらしい。穏やかな顔で、ミレイと一緒に宿屋に手を向ける。


「皆様お疲れでしょう。日も落ち始めたことですし、こちらへどうぞ。いつものように一番良い部屋をご用意致します」


 グレスデンは私達を宿屋に案内しようとしたが、聖哉が首を横に振る。


「断る。誰が好きこのんで魔窟になど入るか」

「ま、魔窟!? そんな……!!」


 経営する宿屋を『魔窟』と言われて愕然とするグレスデンを放置し、聖哉は離れた所にある空いたスペースに歩を進めた。


「よし。此処にしよう」


 そして聖哉は地面に手を当てる。あっという間に地面が隆起し、宿屋に引けを取らない大きさの洞窟住居が出来上がった!


「な、何と……!」


 驚いているグレスデン夫妻を尻目に、聖哉は更に土魔法で数体のゴーレムや土蛇を生み出して、洞窟住居の周りに配置した。その後、グレスデンに鋭い目を向ける。


「グレスデンと言ったな? 夜、俺達の寝込みを襲うつもりなら覚悟しろ。このモンスター達は、寝込みを襲うお前を全力で襲うだろう」

「と、父ちゃんがそんなことするもんか!!」


 クレオは叫んだ後で、ぼやく。


「はーあ。材料もないし、聖哉様ボケちゃってるし、もう最悪だよ……」


 今度はミレイがクレオを叱る。


「クレオ! 世界を救ってくださった勇者様に何ということを!」

「だ、だってこの人、ホントに聖哉様!? 目つきも、態度だって悪いし、まるで偽者だよ!!」


 クレオが聖哉を睨む。そして聖哉もクレオを睨んでいる。ちょ、ちょっとやめてよ、聖哉!? 子供とケンカなんかしないでよ!?


「なんか違うんだよなあ。僕の知ってる聖哉様は、こんなんじゃなくてさぁ……」 

 そう言って、聖哉から目を逸らし、通りを眺めたクレオの顔に突然、赤みが差した。


 ……幼いクレオの視線の先。夕暮れを背に、こちらに向かって歩いてくる人影があった。逆光に目を細めながら、その人物を見た瞬間、私の心臓は大きく鼓動する。


 鎧ではなく、ターマインの紋章の入った貴族の服を着ている。だが、艶のある黒髪に凛々しいマスクは間違いない。


 ――う、嘘!? こんなことって……!!


 クレオが楽しそうに叫ぶ。


「ホラ、やっぱり!! 本物の聖哉様が来てくれたよ!!」


 もう一人の聖哉が満面の笑みを湛えながら、私達に歩み寄って来たのだった。

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