第百三章 プレゼント

 翌朝。


 神界墓場に様子を見に行くと、聖哉は相変わらず霊トレに励んでいた。聖哉の霊体は、昨日より更に引き締まったようだ。


 私の隣でネフィテト様が満足げに頷く。


「うんうん。随分、霊的マッチョになったね」


 そう。霊体を鍛えて霊力を強めれば、実際の剣に霊力を宿す神技ゴーストバスター幽滅霊剣が会得出来るのだ。 


「ネフィテト様! それじゃあ、もうすぐゴーストバスターの修行に移れるんですね!」

「やろうと思えば、今すぐにも可能ね。でもこのまま頑張って霊体を絞り続ければ、霊的細マッチョ達が集う霊の祭典『ベスト霊体コンテスト』で上位入賞も狙えるね」

「い、いや……そんなコンテストは別にどうでもいいんですけど……!」

「それは残念ね。なら昼休憩の後、剣に霊力与える修行、始めるね」


 ようやくネフィテト様の許可が下りた。私はトレーニングに励む聖哉の霊体に話し掛ける。


「聖哉! 休憩だって! もうゴーストバスター習得に充分な霊力は付いてるみたいだよ!」

「まだだ。あと少し鍛える」

「ええっ!? ま、まさか、ベスト霊体コンテストに出る気なの!?」

「バカかお前は。そんな暇があるか。霊力をもっと上げたいだけだ。そうすればゴーストバスターの威力も上がるのだからな」

「そ、そっか。よかった……。でもあんまり無理しないようにね。休憩はしっかり取るんだよ?」


 聖哉は黙ったまま霊トレを続けている。私はジョンデとキリコの様子を見に行くことにした。

 




 朝早くだったので、カフェ・ド・セルセウスはまだオープンしていなかった。だが、ガーデンテーブルの近くで、マスター姿のセルセウスとジョンデとキリコが何やら話し合っている。


「セルセウスは剣の神なんだろ? 頼むよ!」

「セルセウスさん、お願いしますっ!」

「むう……」


 難しい顔で腕組みするセルセウス。ん? 一体どうしたんだろ?


「おはようキリちゃん。これって何事?」

「あ、リスタさん! おはようございます! ええっと今、カフェのお手伝いをする合間に剣の修行もしたい、ってセルセウスさんにお願いしてたんです!」


 ジョンデが決意に満ちた目を私に向けてくる。


「俺も正式に勇者の仲間になった。朽ち果てた身だが、この剣を世界を救う為に役立てたい。更なる剣技を磨きたいのだ」

「ふーん。なるほどね。それでキリちゃんも同じ気持ちなんだ?」

「は、はいっ! 私も強くなって聖哉さんのお役に立ちたいです!」


 うーん。修行しても結局、聖哉が一人で敵をやっつけちゃうんだけどな……。でもまぁ、二人共ここまで言ってるんだし……。


「ねえ、セルセウス。二人に剣を教えてあげたら?」


 私も頼んでみるが、セルセウスは依然渋い顔のままだ。


「俺はもう剣術からは退いた身だからな」

「い、いやアンタ、勝手に退いたつもりになってるだけでまだ剣神だよ……!」


 セルセウスが渋る本当の理由は分かっている。聖哉とのスパルタ修行がトラウマになり、剣が大嫌いになってしまったのだ。


 それでも、ジョンデはセルセウスの手を握る。


「俺も若い頃は剣の道を志した者! そして実際に神界で剣の神に会えて、これ程光栄なことはない!」

「……むう」

「頼む! セルセウス!」

「お、お願いします! セルセウスさんっ!」


 頭を下げる二人にセルセウスは大きな溜め息を吐いた。それからマスターの服を脱ぎ捨て、鎧を装着し始めた。二人の足下に木刀を投げる。


「どうした? 何をボサッとしている。その木刀を持て」

「い、いいのか、セルセウス!?」

「朝の仕込みはもう終わった。しばらくなら良いだろう」

「セルセウスさんっ!! ありがとうございますっ!!」

「フッ。俺の修行は厳しいぞ。二人同時に掛かってこい」


 ……だが格好良いのはそこまでだった。


 胸を借りるつもりで打ち出したジョンデの木刀がセルセウスの頭部にヒットする。


「!! あいたっ!?」


 更にキリコの木刀がセルセウスのみぞおちに食い込む!


「げっふうっ!? ……ちょ、ちょっと待って!! 一瞬!! 一瞬だけ待って!!」


 そして二人を見て、能力透視を発動したセルセウスの顔から血の気が引いた。


「き、キリコの攻撃力、八万超え……!? ジョンデの攻撃力は、十万を超えてる!? も、もう充分強いじゃないか!!」


 そりゃまぁ、ジョンデもキリちゃんも、難度SSイクスフォリアの住人。普通のレベルじゃないのよねえ。


 しかし、ジョンデもキリコも首を横に振る。


「まだまだ! 俺はもっと強くなりたいんだ!」

「私も! セルセウスさんくらい強くなりたいんですっ!」

「い、いや、俺、あの攻撃力、実はその、三万くらいで、」


 蚊の鳴くようなセルセウスの声は二人には聞こえていないようだった。


「セルセウスさん! 手加減はいりません! 本気でやってください!」

「キリコ! 相手は剣神! ここは言葉じゃなく、剣と剣で語るんだ! 俺達の力でセルセウスを本気にさせてやろうじゃないか!」

「分かりました! 私、全力でやりますっ!」


 そしてジョンデとキリコはセルセウスを木刀で滅多打ちにし始めた!


「ちょ、ちょっとジョンデ、キリちゃん!! セルセウス、口から泡を吐いてるわよ!?」



 


 

「……セルセウスさんにすごく悪いことをしてしまいました」

「ああ。剣神なのに、あんなに弱いとは思わなかった……」


 ジョンデとキリコは泡を吐いて気絶したセルセウスをカフェ奥の部屋のベッドに運んだ後、やるせない表情でテーブルの椅子に腰掛けていた。


 すると私達の元に聖哉がやって来た。何やら布で覆われた長い包みを持っている。


「あっ、聖哉? 霊トレは終わったの?」

「うむ。流石にもう充分だろう」

「それじゃ午後まで体を休めましょ」


 空いた椅子を勧めるが、聖哉は座らず、長い包みを差し出してきた。


「え? 何コレ?」

「空いた時間を利用して合成を試みていたのだが……遂に先程、完成したのだ」

「合成……って、じゃあ全然休憩してないの!? 大丈夫!? また倒れたりしない!?」

「平気だ。もう肩の荷は下りたからな」


 肩の荷? それってやっぱり『別件』が片付いたからってことなのかな?


「とにかくこれを見ろ。『キラーソード』――プラチナソードに代わる新しい剣だ」


 聖哉が布を取ると、鞘に入った三本の剣が現れた。聖哉が鞘から抜くと、刀身がギザギザとして銀色に輝いている。


「ほう! キラーソードか! 素晴らしい剣だな!」


 ジョンデは目が利くのだろう。聖哉の作ったキラーソードをまじまじと見て感嘆していた。私も鑑定スキルを発動したが、プラチナソードより攻撃力も耐久性もあるSランクの剣だった。


 物資に乏しいイクスフォリアで強い剣を合成出来たことは非常に喜ばしいが、私は気に掛かることがあった。恐る恐る聞いてみる。


「あ、あの聖哉……。ちなみにどうやってその剣を作ったの?」

「グランドレオンの体毛と、オクセリオのパーツの一部、そして今回、手に入れたセレモニクの毛髪αをプラチナソードと掛け合わせたのだ」


 じゃあ合成の為に今までずっと幹部クラスの敵の一部を集めてたんだ!? 何だか凄い執念ね……!! で、でも、それはともかく、


「あの……今聞こえた『プラスα』が気になるんですけど……!」


 また私の毛が大量に消費されているのではないかと、ビクビクしながら尋ねるが、


「案ずるな。今回、使用したリスタの毛は一本だけだ」

「ええっ!! たった一本!? 百本じゃなくて!?」

「うむ。だが代わりに、キラーソードの作成にはアンデッドの体毛が大量に必要だった。故にジョンデの毛を百本、むしっている」


 安堵する私と真逆に、ジョンデが顔色を変えた。


「そ、そんなに俺の毛、使ったの!? いつの間に!?」

「お前は死体。ハゲようが、ハゲまいが気にすることなどあるまい」

「い、いや、多少は気にするけど!! ……ねぇ俺、ハゲてない!? 鏡、ある!?」


 聖哉はうろたえるジョンデを無視し、三本ある剣のうち一本をキリコに差し出した。


「キリコ。強くなりたいのだろう?」

「え……あっ、はい!」

「ならば持っておけ」

「あ、ありがとうございますっ!」


 め、珍しいわね、聖哉が仲間に剣をあげるなんて!


 ふと私はキリコのキラーソードのグリップ部分に何かが書かれてることに気付く。よく見ると、


 ……そこには『キリコ』と名前が彫ってあった。


「へえ! キリちゃんの名前、彫ってあげたんだ!」

「嬉しいです!! 私、この剣、大切にします!!」

「……名前がないと混ざった時、誰の物か分からなくなるからな」


 ふーん。一体どういう風の吹き回しだろ。ってか、聖哉のプレゼントって初めて見たかも。


 聖哉は頭髪を気にしているジョンデにもキラーソードを差し出す。


「お前にも、やろう」

「あ、ああ。複雑な気分だが……まぁ、ありがたく受け取っておく」

「ねえねえ。ジョンデも名前、入れて貰ったの?」


 私とキリコはジョンデが貰った剣の柄の部分を見る。そこには、


 ……『死体』と書かれていた。


「!? 名前、彫れよ!!」


 ジョンデが叫ぶが、


「この方が分かりやすいだろうが」


 そう聖哉は一蹴する。「あははは」と私は他人事のように笑っていたのだが、


「一応、お前にも作っておいた」

「わ、私にもあるの!?」


 差し出されたキラーソードを受け取りつつ、私は聖哉に言う。


「ど、どうせ『バカ』とか『駄女神』とか書いてるんでしょ!!」


 そして、私は恐る恐る柄を見た。すると、


 ……そこには何も彫られていなかった。


「!? 何か書けよ!!」


 空気扱い……! これが一番辛いわ……!


『死体』と書かれたジョンデの方がまだマシな気がする。だがジョンデはジョンデで眉間にシワを寄せながら自らの頭をさすっていた。


「俺達の分の剣が三つ。すると、勇者の分と合わせて……お、俺……髪の毛、四百本も抜かれたのかよ……」

「いや。合計六百本以上、抜いた」

「!! はぁっ!? 何でそんなに抜いたんだよ!?」

「俺用の剣のスペア、更にそのまたスペアが必要だった」

「それ、いるか!?」

「いる。グランドレオン戦では実際、大量の剣を使ったからな」

「くっ!」


 正論に対し、歯を食い縛るジョンデを余所に、聖哉は宣言する。


「それでは昼食後、ネフィテトの所に向かう。そしてゴーストバスターを会得し、今回の修行の仕上げとする」





 

 昼ご飯を食べた後、皆で神界墓場に向かった。


 抜き身のキラーソードを構える聖哉にネフィテト様が言う。


「自分の霊体の一部を剣に与える感覚ね。剣が自分の腕の延長になったような気持ちでやるといいね」


 聖哉は剣を持ったまま、目を瞑り、息を深く吸って吐き出した。しばらく微動だにしなかったが、次に聖哉が目を見開いた刹那、キラーソードの刀身が白い膜のようなもので覆われた。


「おおっ!」と私とジョンデが叫ぶ。


「もの凄く飲み込み早いね。そうね。それがゴーストバスター幽滅霊剣よ。斬ればどんなタイプのゴーストにも、ダメージ与えるね」

「やったわね、聖哉!」


 天性の才能に加え、基礎である霊力トレーニングを念入りにしたせいもあったのだろう。驚くほどアッサリ、聖哉はゴーストバスターを会得した。


 剣を鞘に収めた聖哉は私の方に歩んでくる。


 えっ!! な、何!? まさか歓喜の抱擁!?


 少し胸をときめかせたその瞬間、


 ゴチーン!!


 私の頭上に聖哉の拳が振り落とされた!


「何さらすんじゃい!!」と叫ぼうとしたが、私は倒れた私を見ていることに気付く。何と、またしても私は霊体にさせられていた! 


 な、な、何コレ!? 殴られただけで霊体にさせられた!?


「うんうん。木槌、無くても相手を霊体にする技も覚えたね。ホント、アナタ、優秀よ」


 ネフィテト様は感心しているが……えええええええ!? そんな技まで習ってたの!? ってか、いるの、この技!?


 とにかく倒れている自分に重なるようにして、私は元の体に戻った。


「か、勝手に霊体にしないでよね!!」


 叫んでみるが、聖哉はただ自分の手を眺めている。


「うむ。これで後は代わりの容れ物さえ見つかれば問題はクリアだ」

「代わりの容れ物?」


 意味不明な聖哉の呟きに、ジョンデが唸り声を上げた。


「ううううううっ!!」


 見れば、大粒の涙を流している。


「えええっ!? どうしたの、ジョンデ!?」

「ううっ! 俺は今、確信した! この勇者は、殴りかかってきたり、髪の毛を千切ったり、一見ありえないくらい酷い男だ! だが、」


 そしてジョンデは涙ながらに言う。


「お前は……ずっと俺をアンデッドから元の人間に戻そうとしてくれていたのだな!?」

「嘘!? ほ、ホントなの、聖哉!?」


 無言の聖哉に代わって、キリコがハタと膝を打つ。


「あっ!! つまり、それが『別件』だったんですね!!」


 昨日ジョンデをリスタル毛人形に入れたのも、その為!? つまり、修行しながら、ジョンデをアンデッド状態からも治すことも考えてたんだ!! 何だ、やっぱり優しいじゃん、聖哉!!


 私達は称賛の眼差しを向けるが、当の聖哉はバカをみるような目をしている。


「お前達は何を言っている?」


 涙を拭ったジョンデが、笑いながら聖哉の背中を叩いた。


「ワハハハ! 分かってる、分かってるぞ! それが世に言う『つんでれ』というやつだろう!」


 言いながらジョンデは聖哉の肩に腕を回そうとした。聖哉はそれを払いのける。


「やめろ。死臭がする。近付くな」

「まぁそう言うな! これからも仲良くやろうぜ! 相棒!」

「……いい加減にしろ」


 途端、聖哉がジョンデの頭部を拳で打ち付けた!


 ボコボコボッコーン!


 聖哉の土魔法が炸裂! 凄まじい音がして、ジョンデの体は地中へと消えた! 完全に姿が見えない程に埋没している!


「せ、せ、聖哉さん!?」

「聖哉!? やりすぎよ!! ジョンデ、今回はオデコすら出てないよ!?」


 私とキリコは戦慄するが、ネフィテト様が笑いながら近付いて来た。『死体』と柄に書かれたジョンデのキラーソードを拾うと聖哉に手渡す。


「コレ、地面に突き刺すね」

「うむ。そうだな」


 聖哉はジョンデを埋めた位置に剣を突き刺した。何だかジョンデの墓標のようになってしまう。


 聖哉が感慨深げに言う。


「ゴーストバスター習得に加え、キラーソードの合成にも成功。更にうるさい奴のお墓も建てた……」


 そして聖哉はいつものように前髪を掻き上げた。


レディ・パーフェクトリー準備は完全に整った


 ネフィテト様が親指を立て、キリコが絶句し、そしてジョンデは地中に埋まっている。その様子を見ていると、『別件』が本当にジョンデの為だったのか、何だったのか、私はよく分からなくなるのであった。

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