第八十章 新王国建設

 イクスフォリアへの門を出そうとした私に聖哉が注文を付けた。ターマインではなくガルバノに門を出せ、と言うのだ。


 言われた通り、ガルバノに通じる門を出す。おそるおそる門を開いて中を覗くが、どうやら辺りに獣人はいないようだ。


「聖哉。希望の灯火の皆に、ブノゲオスとグランドレオンをやっつけたことを教えるんだよね?」

「それもあるが、ガルバノの現状を見たかった。今後、此処はターマインに次ぐ重要な拠点になるからな」

「拠点?」


 聖哉は屈んで、足下の土に手を当てた。すぐに地面が隆起し、土の中から目覚めたかのようにゴーレムの巨体が這い上がる。あっという間に聖哉は十体のゴーレムを生成した。


「……残っている獣人がいたら掃討しろ」


 ゴーレムは無言で頷くと、ノシノシと歩き出した。





 長い階段を下り、久し振りに希望の灯火に着くと、住人達が私と聖哉の周りに集まってきた。その中には集落のリーダー、ブラットもいる。


 神妙な顔のブラットに私は笑顔で親指を立てた。


「お、おい。ってことは、まさかブノゲオスを……?」

「ええ、倒したわ! ついでにこの大陸を支配していたグランドレオンもね!」

「マジかよ……! グランドレオンまで……!」


 しばしの沈黙の後、住人達から大きな歓声が上がる。気付けば土魔法で地下にこの集落を作った少女アイヒもいて、目に涙を溜めていた。


「勇者様……ありがとうございます……!」


 それでも聖哉はいつものように淡々とした調子で言う。


「だからと言ってすぐに地上には上がろうとするな。ラドラル大陸の南にも大陸があり、そこに強大な敵が住んでいるのだろう?」

「はい。怨皇セレモニク――海を挟んだ南の大陸クレスを支配し、強力な呪術を使うといわれる怪物です」


 二人の会話を聞いて、私は驚く。


 ――え! そ、そうなんだ! 知らなかった!


 イクスフォリアの内情に関しては、本来なら聖哉より私の方が詳しく調べておかなければならないのに……と密かに反省した。


「今までこの地ラドラルはグランドレオンが統治していた。だが、グランドレオンが倒れたと知れば海を渡って侵攻してくる可能性は充分にある。そこでお前達が取る選択は二つ。集落ごとターマインに引っ越すか、またはしばらくこのまま地下生活を続けるか、だ」


 アイヒは黙って希望の灯火の皆を見回した。アイヒの視線に気付いたブラットが言う。


「俺は此処に残るぜ。ガルバノは俺の故郷だからな」


 ブラットの言葉に老若男女、皆、頷いた。


「住み慣れた土地が一番じゃ」

「今までずっと地下で暮らしてたんだし、もうしばらく暮らすのも余裕だよ」


 ブラットが聖哉に近付く。


「それに……お前なら、すぐに怨皇セレモニクも倒してくれるんだろ?」


 ブラットは聖哉の胸を拳で軽く叩いた。それはブラットなりの感謝の気持ちなのかも知れなかった。 





 希望の灯火の皆と別れ、門を出して、ターマインの王妃の旧家に出る。すぐにジョンデ将軍が駆け寄って来た。


「もう帰ってきたのか。予想以上に早かったな」


 聖哉はいきなりジョンデ将軍の頭を拳で『パカッ』と殴った。


「!! 何すんだ、お前!?」

「理性がまだあるかどうか、確かめたのだ」

「あるわ!! 喋ってただろが!!」


 騒ぎを聞きつけ、カーミラ王妃と護衛の兵士達も旧家から出てくる。聖哉は周りを見渡した後、宣言する。


「それでは今から機皇兵団に対抗する準備を整える」


 まず聖哉は事前にターマインに放っておいた土蛇を集めた。数百匹の土蛇が足下にウジャウジャ集まり、ウネウネと動いている。


 全く物言わぬ土蛇達だが、聖哉には言葉が分かるようで「うん、うん」と頷いていた。シュールな光景だったが、やがて土蛇が土中に消える。


「よし。もうターマイン内に獣人は一人も残っていないようだ」

「あ。それを確かめてたんだ?」

「そうだ。敵を懐に残したまま、内を固める訳にはいかんからな」

「内を固めるって?」

「今からターマインを囲う」


 聖哉が手を前方に伸ばした。視線は遙か先、町の外れを眺めている。


「……グレイト・アイアンウォール万里鉄壁


 途端、ゴゴゴゴゴと地鳴りが響く! 同時に足下がグラついて、私と王妃、そしてジョンデが尻餅をつく!


「な、何?」


 最初に気付いたのはジョンデだった。


「アレを見ろ!!」


 ジョンデの指の先……高さ数十メートルもある巨大な岩壁が、遠く離れた町境に現れていた。地鳴りが止み、私は辺りを見回す。何と見渡す限り、三百六十度、岩壁が囲っている。


「な、なななな……!」


 私とジョンデは絶句する。


「グレイト・アイアンウォールは高さ五十メートル、厚さ一メートル。硬度は鋼鉄と相違ない。たとえ攻撃力三十万を超える敵の攻撃でも穴を開けるのは容易ではない」


 ――硬度も凄いけど……それよりこの広大なターマインをすっぽり囲ってしまうなんて……!!


 地下に集落を作った土魔法の使い手アイヒも類い希なる魔法使いだった。だけど、聖哉は土の神との修行でアイヒを遥かに凌駕してしまったようだ。


「岩壁は簡単に上ってこられないように外側に向かって反らしてある。問題は空からの攻撃だが……」


 聖哉は次に、火の魔法剣士に職業転換した後、オートマティック・フェニックスを十数基、天に放つ。


「希望の灯火のように地下へ潜れば上空からの攻撃にも完璧に対処出来るが、日光が遮断されるなどの問題も多い。とりあえず現状はこれで良しとしよう」


 今まで言葉を失っていたジョンデだが、どうにか口を開く。


「というか……機皇兵団には飛行する形態の敵はいないと聞いているぞ?」

「確かに空を飛ぶ敵が存在するならば、既にターマインは襲われているかも知れん。だが、戦況は刻々と変化している。今はいなくとも、敵がいつ飛行タイプの製造に成功するか分からんからな」

「か、考えすぎだと思うがなあ……」


 聖哉は土の魔法剣士にジョブチェンジした。そして前方に手を伸ばす。またしても地鳴りがした。


「せ、聖哉? 今度は何をしたの?」

「先程張った岩壁の向こうに更なる岩壁を張った」

「外壁を二重にしたって訳!?」

「そうだ」


 私も王妃もジョンデも聖哉の用心深さに半ば呆れ「あはは」と笑っていたが、やがて笑えなくなる。


 ……聖哉が二重の壁の向こうにも壁を作り出したからだ。


「おいおいおい! グレイト・アイアンウォールの硬度は鋼鉄と変わらないんだろ?」

「作れるだけ作る。その方がより安全だ」

「しかし、あまりに壁を張ると、見張り塔から外の様子が分かりにくくなるぞ?」

「その為の土蛇だ。既に壁の外、また各壁の間に忍ばせてある。土蛇の目は俺の目とリンクしている。問題はない」



 ……五重の壁を作った後、ようやく聖哉が一息ついた。


「それでは次にゴーレムを生成する」


 その時。今まで聖哉を傍観していた民衆の中から、こちらに駆け寄る者達がいた。ローブをまとった女性と鎧を着た戦士が私達の前に躍り出る。


「失礼します! 私はシャロワ! 勇者様、どうか私の魔法を役に立ててください!」

「俺はプレスコってんだ! 俺の腕力もなかなかのもんだぜ!」


 その二人の後ろにも沢山のターマインの住民がいた。獣人に虐げられていたのか、怪我を負った者も多数いるが、それでも皆の目は輝いていた。


 ――す、すごい!! 仲間がどんどん増えてくるわ!!


 ターマインが獣人に支配されたことを聖哉のせいにする者もいるだろう。しかし、中にはこのように過去は過去として、グランドレオンを倒してくれた聖哉に感謝し、力を貸してくれる者もいるのだ。私はそのことに、いたく感激していた。


 そして……聖哉は集まってくれた皆を見回すと、こう言った。


「全然いらん」

「!? ウォォォォォイ!!」


 私は大声で叫ぶ。


「せっかく集まってくれたのに、そりゃないでしょ!!」

「相手は魔力で動き続ける機械だ。食事、睡眠を問わず、延々と攻撃してくるだろう。そんな相手に対抗するのに、人間であること自体が不利なのだ」

「そ、そうかも知れないけど、それでも何か役に立つことがきっとある筈よ!」


 すると聖哉はこくりと頷く。


「では、農作業だ。しばらくの間、誰もターマインから出られない。よって、希望の灯火のように自給自足しうる体制を整えることが急務となる。ということで皆、農業に励め」


 しかしプレスコと名乗った戦士タイプの男が異を唱える。


「いや! 俺は機皇兵団と戦うことで、この力を役立てたいのだ!」

「お前は一週間飲まず食わず、睡眠無しの状態で元気いっぱい戦えるのか?」

「ぐっ! そ、そんな状態で元気いっぱいは流石に無理だが……!」

「そうだろう。ならば農作業をしろ」

「わ、私の火炎魔法なら、」

「いらん。農作業に使え」

「ぼ、僕の弓矢で敵を遠くから、」

「いらん。農業にいそしめ」


 誰に何を言われても頑なに農業を勧めてくる聖哉は、まるで『頑固な農家のおじさん』のようであった。頑固おじさんに愛想が尽きたのか、やがて協力しようとしていた住民達は微妙なテンションで踵を返し、私達のもとからいなくなった。


「せ、聖哉……!! だ、誰もいなくなっちゃったけど……!?」

「問題ない。それでは今からゴーレムの生成を行う」


 意にも介さず、地中からゴーレムを生成する勇者を見て、大きな溜め息を吐く私だったが、


「ま、まぁ、無駄な人死にを避ける意味でいいかも知れないよ? 勇者様なりにきっと気を遣ってくれたんだよ」

「そうかなあ……」


 王妃はそう言うが聖哉は惚れ惚れとした目つきで自らが作ったゴーレムを眺めていた。


「ゴーレムは良い。心臓にあるコアを破壊されない限り、半永久的に稼働する。仮にイクスフォリアにいる全ての生物が滅んでも動き続けるだろう」

「い、イヤなこと言わないでよ……!」

「それにゴーレムは人間のように勝手な行動をしない。更に俺が作ったのだから決して裏切ることがない。ゴーレムは良い」

「もう!! さっきの人達だって、きっと裏切らないよ!!」

「そうかも知れん。だが、ゴーレムはそれよりもっと圧倒的に裏切らない。ゴーレムは良い」


 ゴーレムへの絶対的な信頼に私はもう何も言えなかった。




 聖哉はその後も延々とゴーレムを作り続けた。しばらくすれば辺り一面、ゴーレムで埋め尽くされていく。

 

 横に二十体並んだゴーレムが三十列を超えた。流石に、六百体ものゴーレムを見て、ジョンデが聖哉に尋ねる。


「お、おい。一体どれだけ作る気なんだ?」

「敵が数でくるのなら、こちらも数で対抗せねばならん。機皇兵団が数万なら、こちらも数万のゴーレムを生成するまでだ」

「!! 数万も作るのか!? ターマインがゴーレム王国になっちまうぞ!!」

「それがどうした。俺のいた世界では羊の数が人間より多い国がある。人間よりゴーレムが多くても何の問題もない」

「い、いや、でも、だって……!」


 腑に落ちない表情のジョンデに王妃が微笑む。


「ジョンデ。数万のゴーレム達がずっとターマインに滞在する訳じゃない。勇者様は、このゴーレム軍団を使って北の大地に攻め込むつもりなんだよ」

「あ、ああ……なるほど。そういうことですか」


 しかし聖哉は王妃に言う。


「いいや。俺はしばらくターマインから出るつもりはないが?」

「ええっ!? 攻め込まないのかい!? だったら、数万のゴーレムは!?」

「全てのゴーレムは侵攻してくる敵を迎撃することにのみに使用する。北の機皇兵団に加え、南の怨皇セレモニク。この二つに同時に対処しなければならん。最悪、挟撃されることも考えられる」

「き、機皇にしても怨皇にしても、流石に相互には連絡を取り合ってないんじゃないかね?」

「いや。ブノゲオスが遠く離れたグランドレオンと水晶玉で会話していた前例がある。挟撃の可能性が僅かでもある限り、此処は一切動かず、籠城の一手だ。そしてターマインの準備が一区切り付いたら、次はガルバノに向かう。ガルバノ近辺には土魔法で要塞を築き、南の怨皇からの脅威に事前に対応する」


 王妃が唖然とした後、呟く。


「こ、こりゃあ、たまげたねえ……!」


 ジョンデもごくりと唾を飲む。


「な、仲間を取らず、全部自分一人でこしらえたゴーレムを使う……そして充分な戦力があるのにも拘わらず籠城する……こ、これが勇者のやることなのか?」


 城に篭もり、準備だけを整えて、敵の侵攻をひたすら待とうとする勇者を見て、ジョンデは勿論、王妃ですら、驚きを隠せないようだった。

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