第2話 おじいさんの帰宅

 台所においしそうな匂いが流れ、外が暗くなってきた頃、おじいさんが山から帰ってきました。


「やれやれ疲れた、って、おばあさん、なんだいこれは!」


 おじいさん、と言っても毎日毎日山へ入って芝を刈ったり山菜を取ったり、罠にかかったうさぎや山鳥、時にイノシシなんかを担いで帰ってくるおじいさん、足腰は丈夫です。


「おかえり。それね、川に流れてきたんですよ」

「こんな大きな桃がかい?」

「そうなんですよ」

「川からって、はて、川上にこんな桃がなるような木があったかなあ」

「さあねえ、けど、流れてきたのは確かですから。それよりご飯ですよ、うがい、手洗いお願いしますよ。世間ではよくない風邪が流行っているようですから」

「はいはい」


 今日の晩ご飯は「猪鍋」です。

 このイノシシは5日ほど前におじいさんが山で仕留めたものです。きれいに血抜きをし、風通しのよい納屋の中に吊るして熟成させておきました。ウサギやキジバトと違い、大物のイノシシは寝かせた方がおいしくなるのです。

 大きくてとても一度に食べきれないので、一部は熟成に回して少しずつ食べ、残りは乾燥させて貯蔵にまわします。それでも余りそうな時には市に持っていって現金に変えています。


 ぐつぐつぐつ、よく煮えた鍋は味噌の香り。猪鍋は味噌味に限る。


 おじいさんとおばあさんは一緒にお腹いっぱい猪鍋を食べ、一休みしてからさて、デザートに取り掛かりましょう。


「しかし大きな桃だけど、落とした人とかが出てこないかねえ」

「大丈夫じゃありませんか?」


 おばあさんが包丁をぎながら答えます。


「だって、ここより上に住んでる人はいませんからね。このあたりにある家はうちだけ、もしも落としたとしたらとっくに桃を知りませんか、って聞いてきてるはずですよ」

「それもそうかな」


 二人共結構楽観的な性格です。


「さて、切りますか」


 おばあさんがギラギラに研ぎ上げた包丁を持って桃に近づいてきました。

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