第90話 押してもだめなら
そういうわけで、ますます太郎の心は頑なになり、返事をせずにじっと黙って座ったままになりました。
「太郎」
「太郎や」
おじいさんとおばあさんが声をかけても、視線をはずしてじっと座ったままです。
ただ、その座り方がちょっと違うのはおじいさんとおばあさんも気がついていました。
前は、何も見ず、それこそ呼吸してるだけの状態だったのですが、今は、あえて何も答えなくなくて黙っている、そんな感じです。
しばらくはそんな太郎をじっと見ていたおじいさんとおばあさんですが、2人で軽く視線を合わせてうなずきあい、
「まあ、いきなり言ってもなあ」
「そうですよね」
そう言いました。
あんまりやれやれとばかり言われても、人間は逆に嫌になることもあると、長い人生の経験値で知っていたからです。
「とにかく、そんなことがあるってことを覚えておいてほしい」
「そうそう、太郎がその気になったらいつでも旅立てるように準備はできていますからね」
って、
(まだ行くって言ってないのにもう準備だけできてるの?)
と、ちょっとだけ太郎はムッとしました。
さっきも言いましたが、
「今やろうと思ってるのに言うんだもんなあ」
の境地です。
ですが、ムッとする、なんて感情もなかった太郎がムッとしたのです、いい傾向かも知れません。
「とにかく、少し考えてごらん」
「うむ、そうしておくれ」
「それじゃあ、今夜のご飯は猪鍋ですよ」
「楽しみじゃなあ」
そう言っておじいさんとおばあさんは太郎の部屋を出ていきました。
(勝手なことばっかり言って)
太郎はまだ心の中で少しばかりムッとしていましたが、元々が心優しい太郎のことです、
(それもこれも、僕がこうしてじっと座ってばかりいるからなんだろうなあ)
と、おじいさんとおばあさんに申し訳ない気持ちも湧いてきます。
とってもいい傾向だと言えると思います。
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