第60話 びこうず

「あのね」

「うん!」

「ええ!」


 太郎がおじいさんとおばあさんに説明を始めました。


「何をしたらいいのか分からなくなってしまったんだよ」

「え?」

「何がしたいのか分からなくなってしまったんだよ」

「え?」


 2人には太郎の言っている意味がよく分かりません。


「僕も、小さい頃は楽しかったよ」


 太郎が少し上を向いて、思い出すような顔になりました。


「おばあさんと一緒に川に洗濯に行くようになった頃、最初はよちよち歩きだったのに、段々としっかり歩けるようになっていって、そしておばあさんのカゴを担いであげられるようになったり、洗濯を手伝えたり」

「そうだったねえ」

「おじいさんと一緒に山へ行くようになって、イノシシやヤマドリを取ったり、山菜を取ったり。どんどんと色んなことを手伝えるようになっていった」

「そうだったなあ」


 おじいさんとおばあさんも懐かしそうな顔になって聞いています。


「墾田永年私財法が出て、3人でがんばって田んぼや畑を作ったり、井戸を掘ったりして、どんどん暮らしが豊かになっていって、小作人や洗濯娘たち、使用人も増えてきて、そんなこともみんな楽しかった」

「ええ、ええ、そうでしたね」

「ああ、そうだったな」

「ヤギや鶏、牛や豚なんかも飼うようになって、にぎやかになって、おいしい食事も増えてきて」

「そうでしたねえ」

「そうだったなあ」

「本当に本当に幸せだったよ」


 太郎が笑顔を浮かべながらそう言います。


「だけどね、ある時急に気がついてしまったんだよ」

「何がだい?」

「なんか、僕はもうほしいものがなくなってしまったなあって」

「え?」

「もう覚えたいことも知りたいこともやりたいことも、何もなくなってしまったんだよ」


 太郎はそう言って悲しそうな顔になりました。


「食べる心配もしなくていい、好きなことをしてていい、そんな生活が虚しくなってしまったんだ」

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