第163話 素顔のままで

「いやあ、今年は本当にいい祭りだったなあ。太郎さんのおかげですよ」

「え?」

 

 いきなり後ろから話しかけられ、太郎が振り向くと、そこには素朴な顔のおじさんが立っていました。


「一時はどうなるかと思ったけど、いや、本当によくおさめてくれました、ありがとう」

「あ、あの」


 誰だ、このおじさん。


「あれっ、分からない?」

「いや、それは無理ですよ」


 うずめ様が当然のようにそう言って、


「あまてらす様ですよ」

「ええー!」


 そう紹介されても、太郎にはすぐには信じられませんでした。


 そこにいたのはそのへんにいるおじさん、てなレベルじゃなく、なんとも素朴な顔、丸に点を3つ打ったような、シンプルな顔にひげの剃りあとが青々とした、ちょっと笑ってしまうような愉快なおじさんがいたからです。


「え、ええ~」


 太郎は2回目に、今度はちょっと間の抜けた声を出して驚きました。


「えへへへへ」

 

 あまてらす様と紹介されたおじさんは、すごくうれしそうに笑うと、


「いやあ、化粧落とした後のそのすごく驚かれるの、それもうれしくてこういうことずっとやってんですよ」


 と、そう言った。


「もう、あんたったら」

 

 へらへらとうれしそうなあまてらす様の後ろから、ぽっちゃりしたいかにもおかみさん! と言った風情の女性が寄ってきて、


「すみませんねえ、ほんとに、いくつになってもいたずらが好きで。困ったお父ちゃんだねえ?」


 と、背中に背負っている赤ん坊に言いました。


「えっと、この方は?」

「あまてらす様の奥様ですよ」

「ええっ!」

「えへへへへへ」


 またうれしそうにあまてらす様が笑います。


「あっし、こういうことをやっております」


 そう言ってあまてらす様、いや、おじさんが差し出した幟には、


天野屋輝蔵あまのやてるぞう一座」


 との染抜きがありました。

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