第96話 可愛い子には旅もいいけど

 ですが、おばあさんはハッと何かに気がついたようにイラッとを引っ込めました。


「太郎や」


 おばあさんは素麺の鉢をカチャリと銘々膳めいめいぜんの上に置くと、静かに太郎に話しかけます。


「今になってこんなことを言うのはなんだけど、勝手に色々と話を進めて悪かったなと思っているのよ」

「おばあさん」

 

 おじいさんはおばあさんの言葉にびっくりしました。

 だって、あれほど熱心に鬼ヶ島行きを進めていたのに、ここにきてそんなことを言い出すとは思わなかったからです。


「おじいさん、ごめんなさいね、でも、ここまできて思い出してしまったの」

「何をだい?」

「そもそも鬼ヶ島と言い出したのは、太郎を普通に戻したかったから」

「そうじゃったな」

「今の太郎を見てくださいな、もうほとんど元通り」

「確かに」

「ということは、鬼ヶ島なんて危ない場所に行く必要もないんじゃないか、そう思い出したんですよ」

「おお、確かに!」


 言われてみればその通りです。太郎が普通に戻ってくれたらそんな必要ナッシング!


「え?」


 太郎が驚いてカチャンと箸を取り落としました。


「え、えっと、ちょっと待ってよ」

「どうしたんだい、太郎や」

「え、だって、2人は僕に鬼ヶ島に行ってもらいたいんでしょ?」

「ええ、でもそれは、言った通りにあなたに元気になってほしいから、部屋から出てほしいから。だから、そうして普通に戻ってくれたら無理に行かせることもないんじゃないかと思い直したのよ」

「そんな勝手な!」

「え?」

「行け行けって言うから行くかどうか考えてたのに、今さらそんなのないよ!」

「太郎、鬼ヶ島に行く気になったのかい?」

「いや、それは、あの……」


 太郎は困って何も言えなくなりました。 

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