第116話 洗濯娘「いろは」

 太郎は心の奥を読まれたかのような言葉にドキッとしてしまった。

 うずめ様は太郎の驚いたような顔にもう一度にっこりとしてから、ふと思い出し、


「あ、そうそう、『い』ちゃん」


 そう呼ぶと、


「あ、はい、うずめ様、なんでしょう」


 うずめ様に呼ばれ、洗濯娘「い」が1人でととっと走ってくる。


「えっ、『い』ちゃん?」

「うん?」


 今度は違うことで驚く太郎にうずめ様が不思議そうに顔を向ける。


「『い』ちゃんって」

「はい」

「あの、なんでその呼び方を?」

「なんでって、それが名前だから」

「ええっ!」

 

 太郎の家では洗濯3人娘は「い」「ろ」「は」と呼ばれていたが、それはおじいさんとおばあさんが名前を覚えられずに便宜的にそう呼んでいるのだ思っていた。


「名前って『い』が?」

「そうですよ。ちなみに『ろ』ちゃんも『は』ちゃんも名前です」

「ええええええっ!」


 まさか本名だったとは……


「え、太郎さん知らなかったんですか?」

「知らなかった。てっきり呼び名かと」

「違いますよ」

「いや、一文字だけの名前って」

「おかしいですか?」

「おかしいってのじゃなくて、聞いたことないから」

「あら、太閤秀吉の正室だって『ね』さんですよ」

「えっ、『ねね』か『おね』でしょ?」

「『ね』さんですよ」

「愛称みたいに重ねて『ねね』とか」

「丁寧に『おね』って言うことはありますけど」


 諸説あるけど「子年生まれで『ね』と名付けられた」とか「寧や祢と書いて『ね』と読む」とか、確かに一文字で「ね」説はあるのです。


「あたしたち三つ子なのでまとめて3人で『いろは』って呼ばれます」

「ええっ、三つ子! でも顔全然似てないよ」


 てっきり同じ村の出身の、同じ年の子3人だとばっかり思っていた太郎は本当に驚きました。

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